ただイチャイチャしてるだけ
――部活行こうぜー
――あー、俺今日部活サボるわ
――りょーかい、じゃあ俺もサボろ
放課後になるとワラワラと人は出ていく。そんないつもの教室で、いつもとは違うことが起こっていた。
席に座ったままの俺の目の前で、両の手のひらを机にバンと叩きつけながらグイとこちらに身を乗り出してきたのは、ピンク色の眼鏡をかけた小柄な女の子。
「あの……美羽さん?」
頬を膨らませて怒っている彼女は気仙美羽。僕が幼稚園児の頃からの友達、いわゆる幼馴染だ。
「小鳥遊くん。私は怒っています」
「理由を聞いてもいい?」
「それは……自分で考えてください」
「えぇ……」
彼女に怒っている理由を尋ねるてみたら、何故か彼女は頰を赤らめて視線を逸らした。
俺が怒らせた理由はなんだろうかと思考を巡らせて、ようやく、あっと気付く。
だから怒っていたのか、と納得して言葉をだす。
「ああ、ごめん。うっかりしてた」
「……何が、ですか?」
ぱあっと一瞬笑顔を見せた美羽が期待のこもった眼差しで僕を見た。その期待に応えるように僕は鞄を探り、それを取り出した。
「昨日借りた410円をまだ返してなかったもんね。昨日は助かったよ。ありがとう」
自分の財布から410円を出して彼女の手に握らせる。うん、たぶんこれで問題ないかな。
「あっ、いえいえ。困ったときはお互い様ですからー……って違います! それじゃあまるで私がお金にがめついみたいじゃないですか! 怒ってる理由はそれじゃあありません!」
「えっ、……そうなの?」
「そうです!」
うーん、お金を借りていたのが理由でないとするなら……ああ!
「もしかして昨日うちに忘れていった髪留めのこと? ごめん、今日は持ってきてなくて……。明日は持ってくるね」
「そ、それはここで言うことじゃありません! そんな言い方したらまるで私と小鳥遊くんが……っ!!」
「美羽さんと僕が?」
「っ……!! なんでもないです! そ、そんなことより! なんで私が怒っているのか本当にわからないのですか?」
「……ごめん、もうちょっと考えさせてくれない? ……美羽の誕生日はまだ数週間先。……ホワイトデーのお返しもちゃんと渡した、よね。うーん……昨日のキスのことじゃないよね?」
僕がそう美羽に聞いたら、なんでかまだクラスに残っていた人たちがざわめきだした。
……? なぜだろう。もしかしてキスのフライを貰うことに特別な意味があったりするのかな?
「き……っ!? ち、違います! というかキ、キ……スって……。い、言い方が紛らわしいですっ! それに、もういいです。……ごめんなさい。私が勝手に舞い上がって、勝手に怒ってました。」
「えっ? えっと、間違ってたらあれなんだけど……もしかして今度映画を見に行こうに行こうって言ってたこと、かな?」
「………………です」
「やっぱり、違う?」
「…………そう、です。楽しみに、してて。なのに、なんにも言ってきてくれなかったし、もしかして約束だと思ってたのは私だけだったのかも、なんて。」
目に薄っすらと涙を浮かべながらそう言う美羽を見て、僕は椅子から立ちあがるとハンカチを美羽の目元にあてた。
「ごめん、忘れてたわけじゃないんだけど。いざ誘うとなると、妙に恥ずかしくて……」
「……うん、大丈夫。面倒な幼馴染でごめん、ね?」
「ううん。ずっと前からそんなこと知ってるから。知ってて、幼馴染を続けてるのは、美羽だから、だよ?」
「裕也ぁ……」
「あっ、また口調が昔に戻ってるよ?」
園児の頃は僕のことを名前で呼んでいたし、口調も敬語じゃなかった。
「う……ぐすん…………えっ、あ。ここ、教室……」
「うん、もう大丈夫?」
周りに目をやれば、僕たちのことを呆れたような、それでいて羨むような目で見つめている男子たちと、なにか映画でも見ているような雰囲気の女子たちの存在に気付く。
それを認知して、先ほど彼らの前で自分が見せた可愛い姿を思い出したのだろう。瞬間、美羽の顔が真っ赤に染まっていった。手で顔を覆い隠しているけれど、熟れたリンゴの実のように、耳まで赤く、熱を帯びていくのがわかる。
「っ~~~~!!」
そんな可愛く悶える美羽の頭を撫でたら、すごい勢いで殴られた。でも力は入ってなくて、むしろ可愛く染まった顔が丸見えになったから、「可愛い」と呟いてみれば、美羽はさっきより更に赤くなって悶え始める。
そんな美羽の様子に微笑ましさを感じていれば、クラスの人から「イチャイチャしてんじゃねーよ! 末永く爆発しやがれ!」という言葉が聞こえた。意味は分からなかったけれど、たぶん悪い意味じゃない気がした。
◇
「……もう嫌です。明日から学校いけません」
美羽と二人での帰り道。美羽はまだ少し赤い頬で恥ずかしそうに前髪を弄りながらそう呟いた。
……まあ美羽は真面目だから絶対に学校をサボることはしないのだけど。
「でも可愛かったよ?」
「むぅ……また小鳥遊くんはそうやってからかう。もとはと言えば小鳥遊くんが映画に誘ってくれていればこんなことには……」
それを聞いてもう一つ思い出したことがあったので、僕は「そうそう」と口を開いた。
「その映画の約束って、来週じゃなかった?」
その後また可愛く悶える美羽が見れたのだけど、この時ばかりは僕だけの胸の内に秘めておきたいと、そう思った。