才能
母がいつも料理をしている風景を見て、楽をさせてあげたいと思い、料理を始めてみた。母の指導の下、料理をしてみたが、母や家族はとても喜んでくれた。僕はそれが嬉しくて、毎日料理の勉強をした。しばらくすると、一人で料理ができるようになり、レシピにアレンジを加えることができるようになった。我が息子ながら目覚ましい成長だと両親は褒めてくれた。そのうち、友人を招待してパーティの料理をふるまったり、友人に料理を教えたりした。僕はどうやら、人をもてなすのが好きらしい。両親や友人が美味しそうに食べてくれることに、大きな喜びを感じていた。こんな日々をしばらく過ごしていた。
僕は、もっと美味しいものを作りたいと思い、料理教室に通うことにした。先生に色々なことを教わり凄まじい速度で上達し、生徒対抗の料理対決で優勝をかざり、その教室で一番になるほどになった。すると先生は、君は天才だと言い、多くの美食評論家や有名な料理人が卒業したエリートの料理学校に行ってみてはどうかと僕に薦めてきた。受験しようか迷ったが、美味しい料理を作れるようになりたいと思い受けることにした。試験の内容は、料理のテーマ、例をあげれば、そば料理、揚げ物料理或いは大枠だとフランス料理などを作れと言われ、試験官に美味いと言わせれば合格だ。合格するコツは簡単で、試験官の好きな料理の流派や素材を研究して、それを本番で使って料理する技術があればよい。僕は、簡単に合格できた。
学校に入学すると、有名な料理店の御曹司、有名な評論家の子供、政治家の子供が沢山いた。最初の頃は、名前の力を持たない僕は馬鹿にされ、肩身が狭かったが、その学校で優秀な成績をとるようになると、みんなが僕を認めてくれた。その学校でも生徒対抗の料理対決があり、本にのるような美食家や、賞をとった美食家、その学校のOB、OGがきて審査した。その大会で僕は優勝することができた。すると、その学校は世界的にも認められている学校で、僕の名前はたちまち世界に広がった。名の知れた、有名な料理店からオファーがきたり料理相談をお願いされたり、僕は世界中を飛び回ることになった。時には異国の大統領同士の交渉がうまくいくようにと、料理を僕にお願いされたことがある。僕は周囲の期待に応えることに必死になった。
学校で、思うように料理ができず、行き詰まった人たちに、料理をケチつけられ、小言を言われるようになった。挙句の果てには、お前は天才だから、苦労している人たちの気持ちがわからないのだと言われた。僕は激怒した。周囲の重い期待に応えることがどれだけ大変なことかも知らずに、勝手なことを言うなと。僕は誰にも足を引っ張れちゃいけない。皆が僕を天才だと崇めるものだから、いつの間にか、僕は孤独になっていた。誰も僕の技術力についていけていない。僕には甘える相手がいなかった。僕は一人で美食を探求する。その一心で周囲の期待にずっと、ずっと応え続けた。
ある日、外国で行われる美食コンテストに参加することになった。僕はまた例によって、コンテストの審査員の好みを探り、材料を揃え、料理し優勝することができた。だが、賞を貰っても全然嬉しくはなかった。それからも色々な大会にでて賞を取り続け、僕は世界的に有名な料理人として活躍した。しかし、賞をとることに喜びを感じず、更には料理をするのが辛くなってきたのだ。あんなに、好きだった料理なのに、どうしてこんなにもしたくなくなったのか。自分にもわからない。ただ、調理器具を見ると悪寒がするほどに嫌いになってしまった。
とあるニュースが料理界を震わせた。「世界的な料理人、僕がとある社長に料理をふるまう約束を破り、失踪したというもの。現在、捜索中だが行方はわからず。」そのころ、僕は山に籠っていた。ある農家の人のところに美食を提供するかわりに居候させてもらっていた。自分で何がしたいのか、何になりたいのかわからなくなったからである。しばらく、山で生活をしたあと、こっそり山を降りて、色々な高級レストランに入って美食と呼ばれる料理を食べた。しかし、あらゆる美食を極めたとされる僕からしたら、何もかもが美味しく感じなかった。美食を探求するあまり、美食とは何か、それがわからなくなってしまったのである。僕はまた山に籠った。世間にでて、周囲から期待されることを恐れたのである。
それから、どれくらいの月日がたったかわからない。何も考えずに、ボッーと過ごしていた。農家の人が料理をだしてくれたとき、僕は何気なくそれを食べたが、その瞬間に涙が止まらなかった。その感覚は、何年も忘れていた感覚だ。
「美味しい・・・」
僕が美味しいと思える料理がまだあったのか・・・僕は目を前に向ける。すると、懐かしい人がそこに立っていた。
「母さん・・・」
母さんは、農家の人から連絡を受けて、ここにきたらしい。
「どうだい?母さんの料理は。あんたの足元にも及ばないだろうけど、懐かしいだろう?久しぶりにあんたの作る料理が食べたい。もう、料理はしないの?」
僕は思った。世界の要人や、美食家のためじゃなく、この人のために料理を作れば良かったと。この人に美味しいと喜んで貰うためだけに美食を探求すればよかったと。
「いらっしゃいませ!!」僕は学校をやめ、地元で小さな定食屋を経営していた。商売繁盛でお客さんは全員顔見知りだ。今は料理をすることがとても楽しく感じている。誰が何と言おうと、ここは世界一の定食屋だ!自信を持って、そういえる。
山頂の綺麗な景色が見たくて登るのもいいけれど、綺麗な景色を一人で寂しく見るよりは、山麓で山頂の景色に憧れながら、誰かと過ごしている方が、人は幸せなのかもしれない。