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異世界オデッセイ~十領戦記~  作者: タイヤキ
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夢中の訪れ


 白光が霧のように薄れるにつれ、視界一杯に澄み渡る星空が広がっていった。どうやら仰向けになっているらしい。人とオークの叫びや武器のぶつかり合う音は聞こえず、先程の喧騒が嘘の様な静寂である。感覚がはっきりと戻った背中に、土がヒヤリと冷たい事に気が付いた。ひょっとして自分は死んでいて、此処はあの世なのか?

 起き上がろうとした時、ふと目が回る感覚に襲

われた。その違和感の正体を立ち上がって周囲を見渡した時に知り、悠人は絶句した。

 境界の壊れた世界だった。無数の小島の様な地面が宙に浮かんでおり、悠人が居るのはその一つで、それらを内包して流星が縦に渦を巻いている。闇の宙域に流れる星々のトンネルである。悠人はこの世の物ならざる光景にただ息を呑むばかりである。その空間は果て無く広大で美しく、どこまでも無辺で恐ろしかった。

 圧倒いた悠人だが、急に後者の感情が膨れて来て慄いた。


 ここに出口なんてあるのか・・・・・・?もし今の姿が魂だとしても、ここに永久に一人で置いておかれるんじゃないだろうな・・・・・・?他には誰もいな居ないのか?


 最後の疑問の答えは直ぐに見つかった。


 「おーい、此処よ!」


 若い女の声だった。驚いて周りを見渡すと、小島の中心地にある小高く隆起した丘の中程から声の主がゆっくりと降りてくる所が見えた。彼女もここに送り込まれたのか?思いがげない誰かとの遭遇に、悠人も思わず安心して駆け寄った。

 

 「こっち、こっち!」


 この空間の中で女は落ち着き払っており、笑顔を浮かべてさえいた。格好はどこかの牧草地からやって来たかの様である。白のブカリとした余裕のある縫い目の荒い服に足首まで丈のある茶色のスカートの裾は広く、肩程しかない丸い袖口から伸びた白くほっそりした腕で、小脇に細口の瓶を一つ抱えている。頭にまいた白地に黒のチェック柄の布から艶やかな金髪を覗かせており、青の瞳の笑みは健康的だった。


 「お待たせしたわね。旅人さん。誰か探してるの?それとも、どこかへ行きたいの?」


 「よかった。誰もいないかと・・・・・・此処は何処?貴方は・・・・・・誰?」


 「もしかして、初めて来たの?」


 悠人の質問を無視して、女は興味深げに尋ねた。


 「気が付いたら、ここに居たんです。貴方も一人ですか?どうすれば帰れるか分かりませんか?」


 「貴方は一人?誰も一緒に居ない?」


 女が落ち着き払っている一方で、逆に質問しか返されない悠人はイライラが募って来た。


 「ああ。だけど、こんな所からは早く逃げ出さないと!どこかに出口か何か知ってたら教えてくれないか?」


 もし彼女がこの場所の事情を少しでも解するなら、機嫌を損ねてはまずい。そうとは知りつつも焦りが上回る。女は少しだけ考える様にこちらを見つめ、丘の上の方へチラリと目をやった。


 「出口ならあっちにあるわ。焦らなくとも消えやしない。案内してあげる・・・・・・ついてきて」


 良かった、悠とは胸をなでおろして女と歩き始めた。


 「貴方は変わってるのねぇ」


 女は朗らかに話した。


 「誰でも最初は戸惑ってるものだけど、一人で来て混乱している人はなかなかいないもの」


 「誰でもって、此処に人がよく来るのか?」


 まあね。と女は不思議そうに悠人の顔をみた。


 「貴方ってひょっとして魔術師では無い?別の事情で来てしまったの?」


 魔術師とは確かメリドラにも言われた言葉だが、そんな連中が本当にいるらしい。そこで悠人は自己紹介も忘れていると気付いた。


 「俺は悠人。助かったよ。ここには初めて来て、当然魔術師なんかじゃない。君は・・・・・・」


 女は歩みをピタリと止めた。

 

 「ここからは先に進んで頂戴。道が狭いし、この格好じゃ歩き辛いから・・・・・・」


 丘のふもとからは土の地面が無くなり、ゴツゴツとしたむき出しの岩場になっていた。勾配に登り路はあるが成程細く、一人が登るのがやっとだろう。脇を抜けようとして、女の瓶からほのかに漂う甘い香りに気付いた。

 

 「どこまでいけばいい?」


 「頂上よ。そう遠くないわ。」


 そう言って指さした先の頂上には石でできたアーチ門が立っており、確かに距離も3分の2を過ぎようとしていた。いつの間にこれほど進んだのか思い出せないず、しかも門はただそこに置いてあるだけで、どこかに通じている様には見えない。しかし、悠人のそれらへの疑問すら、女の瓶から立ち上る香りに掻き消された。

 蜂蜜の様に軽く鼻孔を満たし、ベットリとこびりつく様な匂いに、ホッとした悠人は状況も忘れていつの間にか夢中になった。


 「あらら、残念だけど」


 唐突に切り出され、悠人は半ば夢現に聞いた。


 「ウ、ン、何?」


 「思ったより早く連中が集まってきたみたい。全く・・・・・・奴らはこういう時に限って嗅ぎ付けて来るのよね。でも、横取りはさせないわ」


 背後から聞く女の声が初めて険を帯びた。何の事か聞く前に猿の絶叫と、急ブレーキを猛スピードで切る音を掛け合わせたかの様な鋭い音に耳を貫かれ、一瞬で現実に引き戻された。何事かと見渡せば、右手側の中腹からムカデが這って来るのが見える。ただしサイズは180センチ程だ。今度はバサッと羽で空を切る音がしたかと思うと、別の化け物が左側に舞い降りた。蝙蝠の翼がある赤い短毛に覆われた人の体に鉤爪を持ち、毛の無いネズミの頭が牙をむくと細い舌がチロチロ覗いた。

 悠人が悲鳴と共に振り向くと、女は変身の最中だった。衣服の代わりに黒い剛毛をみるみると身に纏い、しなやかな手足は2倍に伸びて歪曲し、腹這いになった脇腹から新たに同じ手が2組ニュッと突き出した。両目は顔の大半を覆う複眼へと変わった。大玉の如く膨れた腹を揺らしてハエの羽音な音を立てると、女だった怪物は悠人目がけて飛びかかって来た。慌てて逃げようとするも突き倒され、ひっくり返された挙句肩から抑え込まれた。悠人の顔を覗き込む怪物の顎がうっすらと開く。


 笑っている・・・・・・


 その時だった。眩しく光る拳程の球が怪物に直撃し、怪物悠人の上から転がり落ちた。続けて2発目、3発目と飛んできて大ムカデが上半身を仰け反らせてグニャリと潰れ、翼の怪物は吹っ飛んだ。


 「急げ、異界人よ!」


 救い主は門の前に立っていた。直前まで唯の石だった門は今や中心に靄が渦巻き、緑に発光している。その前に立つ人影は影となって顔は見えなかった。


 「立ち止まるな。門の向こうまで走れ!」


 迷う暇は無かった。後ろでジタバタと怪物のもがく音を聞きながら、立ち上がって一心不乱に駆けだした。

 頭上をシュッ、バサッと幾つかの影がよぎる。新手が何匹も現れたのだろう。人影はこちらに手を差し伸べるが、近づけば近づく程潮が引く様にその姿は門の中へと引いて行き、一向に追いつけずに悠人の焦りを煽り立てる。門まであと少しの所まできた時、またもすぐ背中にガサガサと気配が迫って来た。振り向かなくてもかなりの速度で迫っているのがわかる。影が片腕を片手を上げ、突風に似た感触が悠人を突き抜けていき、一呼吸後にドンッザザーッと何かがぶつかる音と、風が巻き上がる様な音が聞こえて背後の気配が消えた。最後の力を振り絞って門前に走り込み、光る渦とその中に待つ影に向かって飛び込んだ。


 悪夢の途中に目覚めたかの様だ。頭の中ではあの空間での恐ろしい出来事がはっきりと記憶しており、体に恐怖が薄らに残っている。ゆっくりと起き上がると世界は、オークとの戦争のただ中に戻っていた。

 だが、砦の中に立っているオークは居ない。皆倒れ伏していた。ついさっきまで悠人の首を締め上げていたウズガクも居ない。爆発で吹き飛んだのだろうか?兵士達といえば、生きている者は皆息を荒くつつも武器を下げ、唖然とした目でこちらを見ている。カートライドが頭を摩りつつやっと立ち上がり、悠人をみて困惑した様子を見せた。


 「これは一体どういう事だ・・・・・・?」


 何を驚いているのか悠人が理解できずにいると、


 「使者様だ・・・・・・」


 一人の兵士が悠人を震える指でさして言った。それに続いて


 「イスダリルの御力だ」 「本当に異界渡りだった!」 「一撃でオーク共を殺したぞ!」

 

 それらはざわめきへと変わり、直ぐに歓声へと変わった。


 「万歳!万歳!」


 壁の外でも変化が起きていた。どうやら野外のオークはほとんどが吹き飛ばされたらしいく、寄せ手は皆門からかなり離れた所で丸太の様に散らばって倒れており、生き残ったものが森の中へ逃げていく様子が見れた。その様子を見て皆益々興奮し、その元気の有る者は剣を掲げて足を踏み鳴らして叫んだ。


 「異界渡りが敵を退けたぞ!」 「竜の奇跡だ!我らの勝利だ!」


 そこへ兵士らを掻き分けて、メリドラがやって来た。奮戦していたらしく髪は乱れ、顔に血が飛び散っている。


 「ハレン、無事か?今のは一体誰の魔法だ?オークが退いていくぞ。兵も何を騒いでいる・・・・・・」


 そしてこちらに気づくと、彼女もまた、目を丸くした。


 「うわっ。お前は何者だ?な、なんだその体は!?」


 悠人が自分の体のどこがおかしいのだと少し身をまさぐって確かめてみようとした時、両手の皮膚が白い事に気が付いた。病的な白さでは決してない。寧ろ健康的な、メリドラやカートライドと同じ肌の色へと変わったのだとわかる。恐らく二人の反応からすると、変化はそれだけではないに違いない。


 「メリドラ、彼はあの異邦人だ。」


 「なにっ。だがなぜ・・・・・・全くの別人ではないか」


 辺りでは敵の退却を伝える声が砦全体まで広がり、同様の状況らしい東西南の守備隊から返される勝利の合図にいよいよ最高潮に達し、勝鬨が上がろうとしたその時だった。

 ドォォーンと身体の芯から震わせる音が響き、たちまち皆静まり返った。更に続けて響き渡る音は、澄んだ夜の空気を硝子の如く、沸き上がった兵達の士気諸共粉々に砕き散らした。それは聞けば音の振動が骨から魂までもバラバラにしてしまうと恐れさせる力が籠る響きだった。

 最初にカートライドが我に返った。


「退却の合図を出せ。奴らはまた来るぞ」


 「しかし、異界渡りが居る限り、また勝てるのでは?」


 ジェスだった。どうやら砦を捨てて逃げ出す事が不満らしい。


 「森の中には敵が十倍以上いる。砦と兵の方が持たないぞ」


 全員が敵が大群であることを思い出した様子であった。他に抗議する者もおらず、カードライドの指示で退却の笛が吹かれ、マシュに誘導されて兵達は駆け足で壁から降りた。壁下では廊下で見かけたあの大男が数人の兵と待っていた。彼らは門を内側から木材をつっかえにして押さえていたらしい。


 「マグス、クインにやるよう伝えてくれ」


 カートライドに頼まれて男は頷き、周りの兵に何か指示して各々別の方へ走って行った。


 「一体どこに逃げるんだ?」


 悠人は尋ねた。


 「南門からそのままボルズライン(森境領)まで一気に退く。バルトン公に事態を報告せねばならん」


 南門には既に3つの守備隊の生き残った者達と、牢で学者と呼ばれていた女がいた。


 「さっきのあの爆発を見ましたか?例の彼がやったんですか?」


 興奮した様子で質問し、悠人を見ると目を輝かせた。


 「その姿!あの傷は一体貴方に何をしたの?」


 「質問は全て後だ」


 カートライドが途中で遮り、一人の兵に確認した。


 「向こう側は安全だな?」


 「はい。新手が来た様子はありません」


 「ならば行くぞ。ただし用心していけ。合図の矢を放て」


 門の前から火矢が上へ向けて放たれた


 「全体、前進!」


 門が開かれ、一行は外へと駆けだした。外は意外にも道が切り開かれており、悠人はもう縛られておらずブーツを履いた足に多少の凹凸は気にならない。カートライドとメリドラ、女学者に付き添われる悠人と四人に続く兵士達が皆砦から離れたとき、ドドドドォーンと激しい発音と共に周囲が赤く染まった。


 何事かと振り向くと、丁度四つの火柱が夜空を紅く嘗め尽くす所だった。更に塔と建物からも火が噴き上がり、その輪郭はたちまち火の粉と黒煙に呑まれて見えなくなった。


 「あの砦が、まさかこうして焼け落ちる日が来るとはなあ」


 マシュがポツリと言った。


 「おい、誰かあの老人を見たか?ついてきていないぞ」


 メリドラが思い出した様に言った。


 「もう探す暇はない。残念だが祈るだけだ」


 カートライドは断然と前進を促した。


 それからどれほど進んだだろうか。遂に小休止の命令がなされたのは空の白んだ頃、開けた場所に着いた時であった。

 マシュは順番に見張りを立たせ、疲れ切った兵士達は苔のむした地面に腰を下ろし、木の幹に背をもたげて休息を取っており、カートライドとメリドラの二人も脇の方で岩に腰掛けて静かにしている。悠人は空き地の外れの地面の窪地に水が溜まっているのに気が付いて思わずひざまずいて手を伸ばした。


 「おい、その水を飲むのはやめておけ」


 顔を上げるとクジョーが立っていた。


 「この森の水を飲むのは特にまずい。灰の川が近いせいか、悪い影響を受けるからな」


 そういうと革袋を一つ放ってよこした。


 中身は水だった。一口ごとに血が水気を取り戻し、血管を巡るのを感じる。思えば、ずっと飲んでも食べてもいなかったのだ。


 「ありがとう」


 悠人は初めてここで会った人間にまともに礼を言った。


 「礼ならこっちが言いたいね。あれを見てみろよ」


 クジョーはそう言って森の向こうで未だ立ち上る煙を示した。


 「あんたが時を稼いでくれたおかげで砦に火を掛けられた。奴らも直ぐには追ってこれないさ。所で、それがあんたの本当の姿か?」


 「皆驚くけど、何が起きてるのかまだよく分からないんだ」


 すると窪地の水たまりを指さされた。


 「覗いてみな」


 恐る恐る見てみると、そこには自分とは全くの別人が写っていた。まず人種からして間違いなく違う。透明感すらある白い肌。瞳は薄い朱で、フワリした髪はうっすらと白銀かかった雪の様な白髪だ。


 「初めて見たときもこの国の人間とは思えなかったが、今は別の意味でそう見えるぞ」


 クジョーは砦の燃える方へ目を戻した。


 「あの爺さんの言っていた事も本当だったんだな。気の毒に、生きてればいいんだが」


 静けさを破って見張りの兵が駆け込んできた。


 「サー!」


 「どうした?もう追手が?」


 一同に緊張が走るが、どうやらそうではないという事が、次の瞬間の彼らの反応から分かった。

 見張りの後から馬が数騎乗り込んで来た。騎乗しているのは人間である。先頭の騎手を見て兵士達は短い歓声を上げた。


 「サー・カートライド。無事の様だな」


 大柄で体躯の良い髭面の男が呼びかけ、カートライドもホッとした様子で応えた。


 「救援に感謝します。ロゼック卿」


 


 

 

 


 

 


 


 


 

 

 

 

 




 

 


 


 


 


 




 


 

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