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異世界オデッセイ~十領戦記~  作者: タイヤキ
4/9

襲撃

入れられた牢は狭く、大人一人が横になるのがやっとだった。寝床代わりに僅かに敷かれた藁の上に座り込み、悠人は頭を抱えた。

 事務所に帰らず、連絡も取れないとなれば、事務所から警察に捜索願いくらい出されるだろう。しかし成人の失踪など家出扱いがせいぜいだ。ましてや、エルシオンなどというどの地図でも見たことの無い場所にいると、誰に分かってもらえるだろう。そしてこの右手。不気味に光る傷は今は今はどうすることも出来ないとして、もう縛られてはいない。とはいえ、自らの体に起きた事に、悠人は気が気ではなかった。この異常な傷が致命傷にならない保証はない。

 悠人はあの尋問の場で、碌に説明もできなかった事を悔やんだ。よく考えれば言葉は通じていたのだ。冷静にあの場所で目覚めるまでの経緯を少しでも説明出来れば、少しは扱いも違ったかもしれない。最も、掌の傷については説明のしようがないが。

 考えこんでいる最中に、ふと喉の渇きを覚えた。森の中をずっと走らされ続けたのだから、無理もない。隅の方には水の入った桶がある。酷使した足を労るよう、膝と手を使って桶まで動き、上から覗き込んだ。

 薄暗いなかに、疲れた男の顔が浮かんでいた。髪は乱れてはねあがり、頬はやつれ気味、無精髭も目立つほど伸びて顔色も良くないだろう。殴られた跡か、左の目元はまだ少し腫れており、頬に丸い紫の痕がうっすら残っていた。

 水を飲んで渇きが癒えると、一気に全身が疲労で覆われた。敷き藁の上まで戻って横になり、眠りに落ちるまでのほんの短い間に頭を巡ったのは、もしここで殺されるか、閉じ込められたまま獄中死が自分の結末というなら......ろくな人生じゃなかったという思いだけだった。事態が明るい方向へ向かう想像は出来なかった。 


 昼間にも関わらず薄暗い部屋に机と椅子とクローゼットと、本棚がひとつ。初めて見る者は、十代の年頃な男の子の部屋とは思わないだろう。流行りのゲーム機もなければ、ブームの歌手やバンドのCDもなく、テレビすらもない。表現でもなんでもなく暗灰色の空間を見渡して、悠人は自分の部屋にいる事を不思議に思わず、フワフワと宙を漂っている気持ちでいた。窓の外からは大勢の賑やかな声が聞こえてくるが、部屋の中は水を打ったかの様に静かだ。

 ふとドアがひとつ目に入った。その先の廊下はすぐ玄関に繋がっている事は分っているが、そこまでの間に何より見たくも無いものを見ねばならないことも承知していた・・・・・・。


 鉄格子のガシャンと響く音で悠人は目を覚ました。どの位眠っていたのだろうか?外が見えないので時間を予測する事ができない。しかし自身の経験からして、最大なら六時間近くは経っているだろう。入ってきた男達に今回も荒々しく両脇を捕まれ立たされたとき、深い緑の服を着た女が一人立っていることにきずいた。


 「どうだ学者殿?化け物を呼んで暴れそうに見えるか?」


 悠人の右手を見せながら年配らしい声の兵士が尋ねると、女は


 「どうでしょうね。今までに見たことの無い傷であることは確かです。掌から、まるでシャロス・イネアと直接繋がっているかのような魔力を感じます・・・・・・しかし、ブラックマジックの力は感じ取れません。暴発の心配もなさそうです。」


 傷を興味深そうに見つめながらハキハキと答えた。年は恐らく二十歳より少し下だろう。モンブラン色の髪をセミショートにし、背はほっそりと高いが色白い顔立ちは幼さがのこっていた。翡翠の瞳の切れ長の目は、じっと悠人の傷に向けられている。


 「本当に大丈夫なのか?今は何があっても外に逃げ場がないんだぞ!」


 「落ち着け。ジェス。」


 ジェスと呼ばれた年若い声の兵士が心配そうに尋ねると、年配の方がなだめた。


 「どっちにしろ、こうするしかないとサー・カートライドも言っていただろう?あの奇妙な爺さんの言うことはあやしいが、今夜はどんな助けでも要るんだ。」


 そのまま引きずられるようにして外へと連れ出された。予想どうり辺り日は既に落ち、は闇に包まれる一歩前と言えるほど暗くなっている。

 何やら檻から出して貰える事になったらしいが、今度は別の問題が起きたらしい。しかし頭はこれ以上物事を深く考察しようとしなかった。いよいよ捕虜裁判の結果でも出たか、などとぼんやり思っていた時、入れられていた塔の直ぐ隣の建物に入る直前、ドーンという巨大な音が悠人の耳を貫いた。傍で誰かが大砲でも撃ったかと思うほどの轟音に思わず立ちすくむと、続いて汽笛の鳴るような音が響き渡った。


 「くそっ、もうそこまできやがった!」


 ジェスが唸るように呟き、悠人を中へと押し込んだ。叩きつける様に扉を閉めた直後、先ほどの轟音がドアの外から連続して響いてきた。


 「急ごう」


年配の兵士が皆を急かした。


 「指揮官達は皆作戦室に集まってる。後は彼を連れて行くだけだ」


 中は広く明るかった。牢屋と比べて比較的整った石畳みに、所々敷物がしてあり、右には床を四角く切り取った炉を囲うように長テーブルと椅子が置かれており、左奥には上階へ続く階段があった。四方の壁から松明の明かりが届いており、先ほどから暗い地下にいた悠人には昼の様に明るく感じた。

 四人は階段を上り、廊下を真っ直ぐ奥へと進んだ。突き当たりのドアの前には髭面の大男が一人見張りの様に立っており、老兵が手を振って合図すると頷きを返し、扉を叩いて呼びかけた。


 「隊長。ジェスとクジョーが異人を連れて戻りました」


 「入れろ」


 昼に悠人を連行した二人が揃っていた。それに加えて、老人も一人いる。白髪を後頭部で結わえ、白とオレンジの布を何枚か雑に重ね合わせた様な物を羽織る彼の一番目を引く所は百八十を超えるだろう長身でも、右手に持つその背丈とほぼ同じ長さの杖でもなく、露出した手や顔の一面薄く灰を塗り付けた様な肌の色と、琥珀色の瞳だろう。目つきは鷲の様に鋭い。


 「この男がそうだ。この状況でどう役に立つというんだ?」


 カートライドがやや興奮気味に老人に問いかけた。


 「ここで時を無駄にできない。今にも攻撃が始まるんだぞ」


 対して、老人はゆっくりと落ち着いた声で答えた。


 「彼の手を」


 一同の視線が悠人に(正確には右手に)集まった。

 場の緊張感を受け、悠人は思わず手を丸めて傷を隠した。すると老人がゆっくりと歩み寄り、厚い皮に細かな皺の片手で悠人の拳を掬い上げると、そっとほぐす様に開かせた。その間無言だったが、皺の割にスベスベとしたその手に触れると、不思議とあらゆる緊張が体から抜け、安心感を覚えるのだった。


 「ご覧下さい。この傷はブラックマジックや他の危険な魔術によるものでは決してなく、寧ろその正反対のものです。これと彼がが今我々を救う武器となるでしょう」


 そのまま悠人の手を全員に見えるように掲げ、老人はカートライドに言った。


 「彼を防壁に連れて行くべきです」


 ここでメリドラが口を開いた。


 「待て。この男を連れて行く?大体その異人は襲撃の現場で見つかったんだぞ。その男が武器と言うが、一体どう我らの助けとなるんだ?」


 これにカートライドも頷いた。


 「確かに彼女の言う通りだ。彼が実行犯の一員でないとどうして言える?身元を証明する物はなにもないんだぞ」


 悠人の手を掲げたまま、老人は答えた。

 

 「今は差し迫った状況ですので簡潔に述べますが、この傷は正に、七竜経典に記述されるイスダリルの異界渡りの証です」


 一瞬皆が沈黙した。しかし直ぐにカードライドが反応した。


 「イスダリルの異界渡り......?そんなものは伝説じゃないか!あんたはこんな時にそんなおとぎ話を信じて全てを危険に晒せというのか?」


 半分も理解できないやり取りに黙ったまま圧倒されていて漸く、悠人は喋るということを思い出した。

右手をバッと引き戻し


 「ちょっと待て!待ってくれよ!さっきから一体なんの話をしているんだ?異界渡りだの七竜だの、あんた達の会話は意味が分からない。俺はただ、何かの間違いであそこに居ただけだ!」


 勢いよく述べはしたものの、相手は皆、悠人の無実の主張にさほど関心が無いらしく、メリドラはフンと鼻で息を吐いた。


 「聞いたか?この男は、己が伝説の異界渡りどころか、ここに居る理由も分からないと言っている。そんな異人に戦場で何が出来るというのだ?」


 「戦場......?」


 気の抜けた声で発した悠人の問いかけに誰かが返事をするより速く、老人がカードライドに歩み寄り


 「指揮官殿、不安が拭えぬのであれば......」


 そのまま身をかがめ、その耳元で何かを囁いた。


 カードライドは静かに聞いていたが、老人が顔を上げるとすぐにジェスとクジョーに指示を出した。


 「二人はその男を連れて武器庫へ行き、装備を与えてやれ」

 

 「戦場って一体......」

 

 「なに!なぜ急に?」


 メリドラが問いかけるも、カードライドがそれを押さえ


 「後で説明しよう。今は作戦を成功させる事に集中しろ。二人ともあの密猟者は既に配置しているな?」


 クジョーと呼ばれた年配の兵士が頷いた。


 「はい。言われた通り、弓兵と門にいます」


 「用意が整い次第、彼もそこへつれていき、指示を待て」


 「はい。指揮官殿」


 入室した時と同様に脇から挟まれて連れ出される直前に、悠人は声を上げた。


 「戦場ってなんだ!なんなんだ!?」


 「我々はオークの軍に包囲されている」


 知れ切った事。とでもいうようにカードライドは言った。


 「異邦人が奴らの事をどれだけ知っているかは分からないが。とにかく急げ。私達に従えなくても、どのみち今夜中に殺されるだけだ」


 悠人が何も言い返せずにいる内に、ジェスとクジョーが部屋から連れ出した。背後で扉がバタンと閉じた後、ジェスがまた興奮気味に喋り出した。


 「きいたか!囚人が異界渡り?ならこいつはイスダリルが遣わした使者か?」


 「静かにしろ」


 クジョーが窘めた。


 「指揮官の話を聞いていなかったのか?さっさと倉庫まで連れて行くんだ。あれこれ疑う時間は無いぞ」


 そこからは足早に外へ連れ出されて建物を回りこみ、裏正面に面した壁に着くまで無言だった。

 裏の壁にも門があり、砦に入る時に通ったのが正門なら、こちらは森に面した裏門だろう。その門の脇に倉庫が造られており、三人はそこで立ち止まった。


 「誰かいるか!」


 クジョーが呼びかけると、中から兵士が一人出てきた。


 オレンジの赤毛が松明の灯に映える男はクジョーとジェスを見て若干驚き気味に聞いた。


 「どうした?とっくに皆配置についたかと思ったぞ」


 「今からさ、クイン。その前に、この男に兵の装具を一式用意してくれ。指揮官の急な命令で、すまんが説明の暇がない」


 「すると、こいつが噂の男か。中へ入れ。しかし、こんな黄色い肌見たことない......」


 クインは悠人を倉庫にいれると、奥に置いてある大きな箱の蓋を開け、覗きこんだ。左右の壁には何かを引っ掛けておくためのフックや物を立て掛けておく棚がいくつもあるがそれらは全て持ち出されたらしく、空っぽだった。  


 「異邦人殿は、衛兵の鎧を着たことがおありかな?」 


 クインが上着のような物を持って尋ねてきた。当然悠人にそんな経験は無い。


 「いいえ、剣道くらいなら学生の時しましたけど」


 言ってから剣道なんて相手は知っているか?と思ったがやはり、


 「ケンドウ?何かの武術か?そりゃ」 


 との返事であった。 

 渡された物を見ると、一見グッと重い布の上着だが、ガシャガシャとした感触に内側を返して見ると、びっしりと細かく編まれた鎖が縫い付けられていた。 


 「頭から通せばいい。このブーツ履いておけ、この大きさしか無いけどな。それでもましさ」 


 更に渡された革らしいブーツは少し小さく、足踏みすると、爪先が少し痛んだ。

 言われるまま袖を通した鎧は違和感は余り感じないものの、その重みから多少動きにくかった。

 クインは最後に一振りのナイフの様な、小刀の様な刃物を差し出した。 


 「これでよし。異邦人殿よ。例え戦った事が無くともしょうがない。隙を見て、突き刺せ。出来れば背中を狙え。首を斬れれば一番いいが、なにせオークはでかいからな......」


悠人はオークのどこを突き刺すか以前の不安を口にした。


「あの、下半身はズボンだけですか?何か他に身を守れる物とか、無いですか?」


 「これは生憎!」


 クインは大袈裟な口調で答えた。


 「全身ピカリと光る鎧も畜生どもを真っ二つにするほどの剣もご用意出来ずに残念だ。ハンティングソード一本あるだけまだ良いのさ。さあ急げ!森の盾がお前を守るといいな!」


 指差された鎧の胸には汚れてうっすらとなってはいるが、砦の旗と同じ模様が刺繍されていた。樹に盾と鳥である。

 

 「よし。奇妙な様だが、準備は出来たな」


クジョーが入ってきた。


 「クイン。武器庫番を引き続き頼む。いよいよ奴らが森から出てきた様だ」


「こんなに静かにか?奴ららしくないな?不気味だな」


 「今日は不気味な事だらけだろ、朝からずっと!」


 ジェスが入り口の向こうから心配そうに言うのとほとんど同時に、再び爆発音と汽笛に似た音が更に近くから鳴り響き、悠人とジェスは飛び上がった。


 「門の上まで行くぞ。ウッドエルフは弓隊といる。彼も連れて行く」


 クジョーが素早く指示した。


 「いよいよだ。始まるぞ」

 


 





 

 

 


 

 

  


 

 


 

 



 

 

 



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