記憶片 失踪者達
その場所では人が消える、跡形もなく。
と、都市伝説のような噂が出回ったのは、奇怪な失踪事件が多発するようになってややしばらくのことだった。
年齢性別は関係なく、時刻もまばらに全国各地で短期の間に十を越える人間が姿を消した。年間8万人が行方不明になるこの国で、この手の事件は決して珍しいことではない。にもかかわらず、一躍世間の話題となった理由は、その現場状況にあった。
まず、都心で取り壊し間近のビルを夜間パトロールしていた五十歳の男性警察官が音もなく姿を消した。ペアの警官と別れて三分程のことだった。
次はこれも都内の博物館で、昼の十二時に二十代の女性の職員が姿を消した。複数の同僚と収集品の整理作業中のことで、その中の一人と直前まで会話していたという。
その次は県を跨いで仙台城にて観光中の三十代の女性が消えた。共に現場を訪れた友人は離れていたが、他の観光客が周囲を撮影中の女性を目撃している。
他にも大学で、家人在宅中の自宅の自室で、病院で、オフィス内で、全国各地から不可解な状況下で人が消えた。さらに直近ではある廃屋に行くと言い残して、四人もの男子高校生がいなくなり、内一人の両親が悠人のいる事務所を訪ねて来たのである。
事情聞き取りの仕事は、非正規事務員の悠人に回って来た。学生相手にいきなり何をどうやって聞けば良いのか?事件性がなければろくに動かない警察も未成年が一度に四人も失踪すれば話は別だ。帰宅時間の学校にはマスコミが詰めかけ、対策の教師らが校舎の周りを警戒している。
ほとんど素人の悠人に与えられたアドバイスは、身分を半分偽れの一言だった。
一度校舎から離れ、帰宅路を辿る生徒達に声を掛ける。
「こんにちは!ミステリー週刊誌のライターをしている者ですけど、今回の騒動について感想や知ってることがあったら教えてくれる?」
街角アンケートのやり方だ。唐突に声を掛けて、避けて行く隙を与えず会話を押し付ける。しかし
「いや、知らないすけど」
「なにそれ、ヤバ~」
といった答えが返ってくるか、巡回中の教師に詰め寄られるかがほとんどだったがやはり好奇心で喋りたがるもので、同市内の廃墟にいくと言っていたこととその場所とをようやく数人から聞き出せた。それだけでなく、オカルト研究部員という生徒からは、さらに興味深い情報が得られた。
「カルト教団!?」
「いやまあ、最近見たっていう人が何人かネットにあげてるだけなんですけど」
悠人はいかにもネタに食いついたライターのふりをして、さらに深く尋ねた。(最も、本当に興味はあったが)
「記事になったら、僕の名前とか文章にでます?」
小太りのオカルト研究部員君は期待したように尋ねた。
「なればね。それで、その人達は正確には何を見たの?」
目撃者によれば、不審人物がその廃墟に出入り
しており、その出現は一連の事件の始まった頃から少し経った位という。人物とはいっても背はやたら高い者ばかり、赤のローブに身を包み、フードを深く被って顔も見えないらしい。
「そんな集団がいるのに、警察は何もしないの?」
「警備の人は何度か来たみたいなんだけど、誰もいなかった見たいで。それに見たっていっても外からですし」
「わかった。ありがとう」
その時、またも見回りの教師が近づいて来るのが見えた。慌ててその場を離れて(名前、のせて下さいよ!と背中から声が追ってきた) 現場へと向かう。
住宅地を抜け、三十分程で到着した頃には夕暮れとなっていた。ここまで真剣に何かを探したのはいつかの逃げた飼い猫を探した時位だ。人を探したことなどあるわけもない。それでも事務所からの日給は貴重な収入だった。
見上げれば、廃墟といっても中々の大きさで、もとは塾か何かのコンクリートの建物だった。これなら何かの集団位隠れ家にできるだろう。
錆びた門を開け、 敷地に少し入ろうとした時
「そこで何してる?」
飛び上がって振り向くと、どうやら警備会社のヘルメットを被った中年の男がいぶかしんで見ていた。
「失礼、ちょっと写真を撮れたらなと思って」
「あんたも廃墟マニアかオカルトマニアとかの人かい?中に入りたいんだろう?やめときな。ここは安全な場所じゃない。」
「中はそんなに危ないですか?」
思わず素に戻って悠人が聞くと、警備員はゆっくり頷いて声を落とした。
「ここを最近見回る数が増えたが、一度みたんだ......普通じゃないものが。とにかく、警告させて貰うよ。ここには入りなさんな。写真なら外から撮りなさい」
そういうと男はひとりで敷地ないに入って行った。普通じゃないものとやらについて尋ねる暇はなかった。おそらくこれから見回るのだろう。不気味な話を聞きすぎて今日はもう帰りたかったが、現場で写真だけでも撮らないことには報告として依頼人も納得するまい。近所のコンビニで三十分程時間を潰し、戻った頃にはすっかり薄暗くなっていた。念のため、門は開けたままにしておき、懐中電灯で照らして中へと進んだ。
廊下は埃っぽく、誰かが使った形跡は見られなかった。適当なところで撮影しつつ、ドアノブに触れてみるが鍵が掛かっていた。突き当たりにぶつかると階段があった。上りの方は防火扉が閉じており、押しても開く気配はなかった。下りを覗くと、明かりが全くない暗い穴底に見えた。そんな時に今日聞いた話の数々を思い出し、思わず身震いしたが、少し降りて撮影すれば今日は帰れるのだ。懐中電灯を握りしめて一歩踏み出した時、声が聞こえた。
「誰か、誰か!ここです。下にいます!」
驚きで懐中電灯を落としそうになった。若い男の子の声だ。もしかして、行方不明の誰かがいるのか?
「誰か来てますか?下に怪我人もいます!助けて下さい!」
間違いない、あの四人だ、少なくとも二人いて、一人は助けがいる。
「ここだ!下にいくぞ!どこにいる?声を出してくれ......」
できる限り駆け足で降りきり、一直線の廊下を進むしかしどこにも見当たらない。もう一度呼び掛けようとしたとき、ガツン!と頭に衝撃を感じ......ゆっくり視界が暗転した。