渦中の目覚め
頭のなかで高い唸り声が響く気がして、ゆっくりと目を開いた。曇りガラスを通すような視界のなかで、二つの人影がうごめいているのがぼんやりと見える。体が重く、身動きがとれないが、次第に耳のなかで唸り声がまとまり、はっきりと人の声となった。
「ハレン!どうなっている。森の番人たちからはなんの報告もなかったか!?」
「何もなかった......本当だ!彼らも気づかなかったに違いない。残った部下たちと共に砦へ退こう」
「このまま奴らを逃がすのか?敵の姿だけでも捕らえるべきだ」
「落ち着け。今の我々ではそれも無理だ。一度戻って......待て、捕虜が目を覚ましたぞ」
バチンと音が鳴り、一気に視界が定まった次の瞬間目の前に女の顔が飛び込んできた。ジンジンと顔が痛むのはどうやらこの女に頬を張られたかららしい。
「おい、答えろ異人!これはお前が仕組んだのか?」
意味不明な質問をされた瞬間、一息に我が戻った。
周囲を見るとここは森の中らしい。それも深い位置らしく、舗装された歩道もない。今転がっているのもごつごつした根の這う地面の上だった。
何でこんなところにいるんだ?ここはどこだ?こいつらは一体誰で、何の話をしているんだ?一気に思考があふれ、パニックを起こしかけてうまく言葉を出せずにいると再び女の手が上がった。
「何か喋れ!このイカンタジョスが!」
その手が振り下ろされようとした時、ハレンと呼ばれた男が横から止めた。
「よせ、メリドラ。今は一刻も早くここを離れるんだ。尋問は後ですればいい。次に襲われたら全滅だぞ!」
メリドラというらしい女がしぶしぶ引き下がるとようやく相手を伺う余裕ができた。まず驚いたのは、流暢な日本語を話すのに関わらずおよそ日本人ではないことだ。男はバックに撫でた金髪とほど良い筋肉質の長身、女の方は真紅の髪だった。二人共肌は白く、西洋人だろう。だがそれより驚愕したのがその装いだ。一言でいうなら中世から飛び出した騎士。胴と手足を覆う鈍色の甲冑、それぞれ長さ1メートルはある剣を差している。異様な姿に思わず魅入っていると、また周囲が騒がしくなり、数人の男たちが木々の間から飛び出した。全員同じ緑のローブに身を包み、当たり前のように剣を持っている。
「残ったのは我々七名だけです。他は死にました」
片手に革袋を下げた髭面の男が進み出て報告した。
「敵の手がかりは少しでもあるか?」
メリドラが問うと髭の男は首を横にふり、袋の中から何かを放った。それを見た瞬間、頭の血が一気に引く思いがした。
「オークです。ハイドキン様。なぜここに奴等がいるのかわかりません。これからどうしますか?カートライド様」
血まみれの首だった。一瞬人かと思ったが明らかに人のものではない牙が顎から上につき出しており、肌はどす黒い血でも隠しきれぬ緑だった。
「さあ、ここでできることはもうない。」
ハレンが宣言した。
「全員、退却。フォレストガードへ戻り、ディープウッド城へ報告する。捕虜を連れていけ!」
事情を理解する余裕も、口を挟む余地もなかった。