一月八日 ゾンビのでないノバ of the end
一月八日、放課後。新春の風に揺れてカタカタと鳴る絵馬の音を聞きながら、考えた。
(絵馬の鳴る音)
昨日見たのは、ほんとにゾンビだったのだろうか。いや、柏矢倉氏の占いは必ず当たる。それにもう一人の僕も、ゾンビという何かについて知っているようだった。やはりあれが……。しかし僕の知っているゾンビとは、明らかに違っていた。
(絵馬の鳴る音)
まず僕の知るゾンビは、突然現れたり消えたりしない。あのゾンビは、学校の四階の窓の外にいつの間にか現れ、一瞬で消えた。まるで瞬間移動でもしたかのように。瞬間移動できるゾンビとか、普通に考えて反則だろう。
(絵馬の鳴る音)
そしてもう一つ。ゾンビを目撃してから一日は経つが、未だに感染爆発、パンデミックが起きていない。普通は学校の窓の外に現れた時点で、学校の外はゾンビだらけになっているはずだ。しかしあれ以来、ゾンビには一度も遭遇していないどころか、町もいつも通り、平常運転である。もしあれを見ていたのが僕一人なら、夢か幻覚と思い込んでしまっていただろう。
みーたん「メリーのお祓い、終わりました」
本殿とは別の小さい休憩所みたいな建物から、巫女服姿のみーたんさんと白装束姿のメリーさんが出てきた。
みーたん「私では力不足だったかもしれないけど、やり方と道具は合ってるから」
メリー「……うん」
みーたん「あ、でも道具を勝手に持ち出したことは内緒」
メリー「……うん」
ゾンビを見たということで、メリーさんはみーたんさんにお祓いをしてもらうことになった。ゾンビを見たからと言ってお祓いをしてもらう必要があるのか、ゾンビにお祓いが効くのか、僕にはちょっとよくわからないが。
みーたん「アーサー君も、このことは秘密ね」
アーサー「ラジャー( ̄▽ ̄)ゞ」
メリー「アーサー、あんたほんとにお祓いしてもらわなくていいの……?」
ゾンビの話なんか鵜呑みにするほどバカじゃなくってよ、オーッホッホッホッホとか言ってた昨日の威勢はどこへやら、メリーさんはすっかり怯えてしまっていた。
アーサー「いや、効果があるとは思えないんだけど……」
メリー「みーたん! こんなこと言ってるけど……」
みーたん「ごめん、私も正直どうかなって……」
まさかの異議なし。
メリー「そんな、や、やっぱり私、一番最初に食べられちゃうの……?」
アーサー「メリーさんって、こんなキャラだったのか……。まぁでも、メリーさんはこの件から手を引いた方がいいんじゃないかな。遅かれ早かれ、そういう危険性はある気がするし」
ゾンビに食われなくともこの件に関わるとするならば、いずれはもう一人の僕、モードレッドとも関わることになる。あいつは女子でも容赦なく蹴り飛ばす。命の危険が無いとは、言い切れない。
メリー「……みーたんは、どうするの?」
みーたん「…………私は、深入りするつもり」
メリー「……なんで? …………もしかして、世のため、人のためってやつ?」
言い方に少しトゲが出てきたような……。メリーさんの雰囲気が、第一印象に戻ってきた気がする。やっと少しは落ち着いてきたのだろう。
みーたん「まだ私が、ゾンビを見てないっていうのもあるかもしれないけど」
一方のみーたんさんは、出会ってから何一つ変わらない、掴みどころもない、でもどこかやるせない感じのまま、メリーさんに語りかけた。
みーたん「おもしろそうだから、かな」
メリー「え……?」
みーたん「こんな体験、普通できないと思うから」
僕は一理ある気がした。こんなサバイバル、普通体験できないし。すると完全に元に戻ったメリーさんが、ため息をついた。
メリー「……はぁ。あんた、すました顔してジェットコースターとか好き?」
みーたん「そう……かも」
……僕は嫌いだけどね、ジェットコースター。あ、聞いてないって?
アーサー「それで、メリーさんはどうする?」
メリー「わ、私は……」
モードレッド「逃げられると思っているのか」
いつの間にかもう一人の僕が、夕日に照らされた鳥居の下に立っていた。
アーサー「お前……!」
咄嗟にみーたんさんが僕の後ろに隠れた。そうは言っても一度蹴り飛ばされてる訳だし、怖いものは怖いようだ。…………いや、なるほどこれは、みーたんさんも僕に気があるということか。なるほど、そういうことか!
モードレッド「……メリーサ、お前は既にジューマに目をつけられている」
メリー「ジューマ……?」
モードレッド「お前が見たゾンビの、大学の正式な呼び方だ」
アーサー「だ、大学……?!」
モードレッド「……気にするな、こっちの世界の話だ」
今のところ、もう一人の僕が僕達の方へ近づいてくる様子はない。今日のところは、二人の前での暴力沙汰は避けたいところなのだが。
アーサー「それで、ゾンビに目をつけられているって……」
モードレッド「そのままの意味だ」
アーサー「そのまま……?」
モードレッド「メリーサ、なるべくお前は、自己犠牲はするな」
メリー「えっ」
モードレッドはそう告げると去っていった。
メリー「なんなのよ、あいつ。逃げられないって言ったり自己犠牲はすんなって言ったり……」
アーサー「…………」
この一件、また新たなキーワードが見えてきた。一つ目はジューマ。あのゾンビのことをジューマと呼称する、大学が存在しているようだ。そして二つ目は、以前モードレッドがノアさんにも言っていた、自己犠牲。
ノアさんには、自己犠牲を成功させろと言った。メリーさんには、自己犠牲をするなと言った。これらが意味するものとは、一体……。