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一月二日 ⊂('ω'⊂ )))Σ≡=━━コトヨロ━━━ッ!




いつから音がしていたのかはわからないが、気がついた時には気になっていた。


(何かが燃える音)


パチパチと、木が燃えている音が頭の中で木霊する。ガソリンの臭いもするが、暑くはない。僕は何となく気づいていた。多分これは、夢なのだろう。


(何かが何かを喰らう音)


(鏡が割れる音)


(何かの鳴く声)


(何かの泣く声)


今日は確か一月二日。ひどい初夢だ。


(風の音)


(何かの羽音)


(砂が零れ落ちる音)


さらに耳を済ますと、繰返し繰返し、鎖と鎖が当たる音が聞こえてきた。


(鎖と鎖が当たる音)


(何かの雄叫び)


水面に、赤い空と制服を着た自分の姿が映る。どこかの学校の屋外プールの前。そこに僕は、一人で立っていた。


(何かが凍る音)


(水滴が落ちる音)


(何かの遠吠え)


濁った波は、手招きするように打ち続けている。水面の僕が歪み、泣いてるように見えた。


フラン「兄ちゃん!」


(何かがフェンスに当たる音)


振り返ると、そこには妹がいた。


アーサー「フラン……」


やはりこれは夢だ。僕の妹、フランはとっくに死んでいる。高校の制服を着ているはずがない。


アーサー「……大きくなったな」


口が勝手に動いた。僕は、そんなことは思っていない。いや思ってはいるのだが、死んだはずの妹に会えたのだ。もっと他に言うべきことがあるだろう。夢だとわかっているにしても、僕には自分自身が少し冷静すぎる気がしていた。


アーサー「だが、なぜお前がここにいる」


また勝手に言葉が出てくる。でも、これは確かに僕が言いたかったことだ。とは言えこんなぶっきらぼうな言い方、僕はしないけど。


フラン「……嫌だ、から」


(何かのサイレンの音)


フラン「ひとりにしないで!」


(雷の音)


……フランも何を言っているんだ。ひとりになったのは僕だ。フランには、父さんも母さんもついてるはずだ。天国で、三人だけで幸せに暮らしているんだろう。


アーサー「贅沢を言うな」


僕はそう言っている。確かに僕の口から、僕の声で。


フラン「兄ちゃんっ!」


フェンスの向こうの運動場に、人の群れのようなものが見えた。


(アナログテレビの砂嵐の音)


(何かが果物を踏み潰す音)


(ブランコが揺れる音)



そして僕はフランを、プールの中へと突き落とした。



フラン「……」


その途端、プールを満たしていたガソリンは一気に燃え上がり、文字通り火の海と化した。何かが焼ける臭いが漂ってくる。


(ブランコが揺れる音)

(何かが果物を踏み潰す音)

アーサー「これは」


(アナログテレビの砂嵐の音)

(雷の音)

(何かのサイレンの音)

アーサー「運命だ」



僕の思考は停止していた。

(何かがフェンスに当たる音)

(何かの遠吠え)

(水滴が落ちる音)

(何かが凍る音)

フェンスが倒され、人の群れのようなものが押し寄せてくる。

(何かの雄叫び)

(鎖と鎖が当たる音)

(砂が零れ落ちる音)

(何かの羽音)

(風の音)

アーサー「……後は頼んだ」

(何かの泣く声)

(何かの鳴く声)

(鏡が割れる音)

(何かが何かを喰らう音)

(何かが燃える音)

(鐘の音)




アーサー「アーサー」




(鐘の音)





(鐘の音)





(鐘の音)










僕は僕と目が合って、目が覚めた。鐘の音は……いつのまにか聞こえなくなっていた。



アーサー「……」



一月二日、朝。いつもの寝室。ベッドの横に出しっぱなしの、扇風機とストーブと冷風機。ストーブはタイマーをセットしておいたため既に、動き出していた。








僕は着替えを終え、スマホを見ながら考えた。


昨日は色々あった。結局アイス屋からは改めて、合否の電話が来るらしい。それよりも昨日は色々あったせいで微妙な感じで終わってしまったが、僕は昨日から、言動だけでも憧れのあの人のようにすると決めたのだ。であれば、今日こそは何かあの人らしいことをしたい。ということで僕は、スマホで検索を始めた。


アーサー「…………あった」


ひとでなしスポット一覧。各地の人目につかない場所をまとめた、憧れのあの人が作ったウェブサイトだ。そして去年、清明院高校に通うため引っ越してきたここ夢見市には、ひとでなしスポットが多く存在していた。


アーサー「ここから一番近いのは……夢見湖十字架地蔵か」


財布とスマホをポケットに入れてから、家の鍵をかけた。まずは、あの人が訪れたとされる場所を巡ってみるとしよう。何かが変わるかもしれない。



せっかくなので、夢見湖十字架地蔵についてあの人が書いた記事をコピぺしておく。





十字架地蔵とは、その背中に十字架が刻まれた、隠れキリシタンがその存在を隠すために考え出したものである。であるのだが、隠す気の感じられない五メートル近い十字架地蔵が、夢見湖のほとりには有る。実は湖の方を向いて座っているため、岸から背中の十字架が丸見えなのだ。であるからしてこの地蔵は、背中の十字架を隠すため、当時は湖を背にして座っていたと言われている。キリスト教徒が訪れたその時だけ、なんと自分から立ち上がり、背中の十字架が岸から見えるように向きを替えて座り直していたというのだ。キリスト教徒がその場から去った後、十字架地蔵はまた湖を背にして座り直す。その様子が当時、幾度となく目撃されていたそうだ。そして現在、十字架を隠す必要がなくなった十字架地蔵は立ち上がって向きを変えることもなくなり、穏やかな日々を過ごしている。大戦後対岸に建てられた、キリスト教の教会堂を見守りながら。








(下駄の音)


マリア「えっ……」


ノア「げっ……」


一月二日、昼前。僕は夢見湖へ向かう途中、町外れの武家屋敷前で晴れ着姿の二人と鉢合わせた。塀の向こうからは、実に正月っぽい和楽器の演奏が聞こえてくる。門のところには門松も出ていた。


アーサー「あ、どうも……」


マリア「あら? 昨日と雰囲気が違う……」


しまった、いつもの癖で……。


ノア「そうか? ていうか私は、今みたいなネクラで陰キャなイメージだったけど」


あっそう。


アーサー「と見せかけてアケオメ━━━━=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ!」


ノア「⊂('ω'⊂ )))Σ≡=━━コトヨロ━━━ッ! ってしまった、いつものノリで……」


マリア「そうそう。アーサー君、昨日会ったときはそんな感じだったわ!」


うんうん、今のはあの人っぽい言動になってた気がする。いい感じだ。



ノア「……それでお前、十字架地蔵のとこに行くのか?」


アーサー「えっ?」


ノア「いや、この道の先は十字架地蔵くらいしかないし」


見渡してみると確かに一本道で、右は白い武家屋敷の塀、左は茶色い田んぼが広がっていた。しかしそこで鉢合わせたということは、二人も夢見湖十字架地蔵へ行ってきたということになる。一体何をしていたんだろうか。



マリア「十字架地蔵に行くのね? だったら私もついテイクワ!(★‿★)」




僕は瞬時に目を逸らした。いや、身体が勝手に、二人の表情を見ないようにしたというのが正しいのかもしれない。まるでそれが、見てはいけないものでもあるかのように。まるでそれを見ることを、身体が拒むかのように。


(風の音)




ノア「あぁ、私モイクゼ(★‿★)」


そして二人は不自然なくらい自然に、同伴しようとしてきた。



アーサー「いや、僕は……」


(風の音)

ノア「じゃア、シヌナヨ(★‿★)」




(風の音)


和楽器の演奏が停止した。風も止んだ。



マリア「…………」

ノア「…………」


どうしよう。どうするか。



アーサー「……」


…………こんなとき、憧れのあの人なら。




アーサー「…………と、見せかけて、アケオメ━━━━=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ!」


ノア「⊂('ω'⊂ )))Σ≡=━━コトヨロ━━━ッ! ……はっ! ってまたかよ?!」


アーサー「そういえば! ノアさんとマリアさんがつけてる髪飾り、どっちもヒガンバナなんだね!」


ひとまず話題を変える。


ノア「……こ、これは、マリアに似合うと思って選んだのに、マリアがお揃いが良いって……」


マリア「だって、ノアも似合ってるでしょ?」


アーサー「そ、そうだよ! つけて正解だよ!」



うまく話を逸らせたようだ。良かった。しかし、このまま十字架地蔵へ行くのはまずい気がする。よくわからないが、ひとまず彼女達の前で十字架地蔵、いや、ひとでなしスポットの話をすべきではないのかもしれない。結局僕は、今日のところは適当な理由をつけて引き返すことにした。

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