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一月十五日 いじめられっ子を独りにしない




夢を見た。


(ノイズ)


柏矢倉氏、メリーさん、そして僕が昼ごはんを食べているのを、窓の外から見ている。ただし映像は白黒で、涙ぐんでいる時のようにぼやけて見える。冷蔵庫の中とかドライアイスのような、冷たい無機質な匂いがずっとする。そして三人とも、とても楽しそうだった。




いいな……。


(ノイズ)









(玄関の呼び鈴の音)



一月十五日、朝。ソファで横になって目を瞑っていると、玄関の呼び鈴の音が聞こえた。僕は出かける直前まで寝ていたい派なので、いつも出かける一時間くらい前に起きて食事と着替えを済ましたら、出かける直前までソファで横になるのだ。


アーサー「まさか……」


玄関の扉を開けると、制服姿のマリアさんが立っていた。


マリア「…………来ちゃった、の」


アーサー「来ちゃったの?」


緊張しているというか、血の気が引いているというか。なんだか具合が悪そうに見えるのだが……。


マリア「……さ、行きましょう?」








アーサー「まだ誰も来てないと思ったけど……」


朝早いし、連休明けだし。さすがに登校している生徒も少ないと思ったのだが、朝練している部活の生徒達が、既に運動場や体育館を占領するほど登校していた。


アーサー「みんなまじめなんだな……」


帰宅部の僕にとっては、雲の上の存在である。


マリア「……」


マリアさんの足取りは相変わらず重い。


アーサー「えっと……教室で、するんだよね?」


今日僕達は、今週末に行われる一年生百人一首大会の練習のため、いつもより早く登校したのだ。


マリア「……」


アーサー「マリアさん……?」


マリア「うん……」


アーサー「マリアさん、ほんとに大丈夫? 具合悪いんじゃ……」


マリア「ダメ。……今日、やらないと!」


校門を少し通り過ぎたところで、マリアさんはそう言うと走り出した。


アーサー「マリアさん?!」


慌てて追いかける。するとマリアさんは昇降口の所で立ち止まり、じっとしていた。下駄箱の扉に手をかけたまま、うつむいて、震えている。



アーサー「…………」



マリア「……」



アーサー「マリアさん……」



マリア「っ…………」




…………無理だ。




アーサー「あっ! ごめんマリアさん、僕が持ってくることになってた練習用のカルタ、忘れちゃったみたい! 悪いんだけど、家まで取りに帰ってもらえたり、できないかな?!」



マリア「……アーサー君」



マリアさんは嘘だと気づいていたようだった。最初は気の抜けた顔で僕の言葉に食いついたが、僕の真意を見抜いたのか、どこか悔しそうに唇を噛み締めた。



アーサー「……お願い!」



マリア「……うん。わかったわ!」



マリアさんは作り笑顔のまま、昇降口の外へ走っていった。マリアさんの下駄箱の扉が、結局開けられることはなかった。


アーサー「……はぁ」


するとマリアさんと入れ替りで、ノアさんがものすごい勢いで駆け込んできた。


ノア「アーサー!」


アーサー「ノアさん! どうしたの?!」


ノアさんはそのまま、鞄を放り投げてマリアさんの下駄箱を開けた。


ノア「良かった……」


マリアさんのシューズに……画鋲は入っていなかった。


ノア「アーサーが……?」


アーサー「……今日は、入ってなかったみたいだね」


ノア「マリアは下駄箱の中を見たのか」


アーサー「いや……。ほんとは自分の力で見てほしかったけど……、僕が見てられなかった」

ノア「お前そのために、私が掃除する前にマリアを!」


ノアさんが僕の胸倉を掴んだ。掃除……ノアさんは、そう表現するのか……。


アーサー「……呼び出したのはマリアさんだよ。僕の力を借りて向き合おうとしたのか、僕にノアさんがやっていることをうまいこと押し付けようとしたのかはわからないけど」


ノア「……そんなのどっちだっていい。マリアは向き合う必要なんかない。もし向き合ったりしたら、マリアは……」


アーサー「……」


歌麿「だがそのしわ寄せを受けるのはノアリス・ワンダーマン、汝のはずだ」


アーサー「か、柏矢倉氏……!」


階段を降りてきたのは、柏矢倉氏だった。柏矢倉氏が現れて我に返ったノアさんが、慌てて僕から手を離した。


ノア「ご、ごめん……」


歌麿「しかしこれでマテリア・グレイルには頼れなくなった。我々三人で分担するしかない」


ノア「え……」


歌麿「汝に自殺されては困る」


ノア「私はそんなこと……」


アーサー「……ノアさん、柏矢倉氏はこうなると聞かないんだ」


それに、柏矢倉氏が三日三晩ならぬ四日四晩、占いに占い考えに考えた結果のはずだ。これが僕達にできる、唯一の正解なのだろう。


アーサー「また今度、他にも掃除していることとかあったら教えて……」




マリア「ごめんなさい!」




振り返ると、マリアさんがいた。


アーサー「マリアさん?! 家に取りに帰ったんじゃ……」


マリア「途中でノアとすれ違ったから、気になって……」


マリアさんは彼女自身にしがみついたまま、弱々しい笑みを浮かべた。


マリア「みんな私のせいで、笑顔じゃなくなるのね……」


ノア「そ、そんなことない!」


マリア「私はまた、変われなかった。強くなれなかった……」


ノア「マリア……!」




マリア「こんな弱虫な私なんか独りでもいい。だから……みんなが笑顔でいてくれないなら、私となんか、かかわらないで!」






アーサー「…………」


マリア「あっ、違う、違うの! 待って……独りは、嫌……」


我に返ったマリアさんが青ざめる。


アーサー「僕も、独りは嫌だよ……」


歌麿「……」


アーサー「それに、僕も強くなれてない。敵に、正面から立ち向かうことができてない。強くなれないのは、僕もマリアさんと同じ」


…………いや、マリアさん以下なんだろう。


ノア「…………」


アーサー「でも弱いもの同士、一緒にいさせてほしい」


マリア「……」


アーサー「ダメ、かな?」


ホッとしたような、少し疲れたようなマリアさんの瞳は、どこか懐かしそうにも見えた。


マリア「……ふふっ。あなたも、ノアと同じことを言うのね?」


アーサー「……お、同じこと?」


すると柏矢倉氏がカードを切って一枚引いて、一人で納得した。


歌麿「なるほど」


アーサー「いや今のでわかったの?! もうそれ占いとかじゃなくて、予知とか読心術……」


マリア「私は、ノアが平気なら良いの」


途端にノアさんが、マリアさんを思い切り抱き締めた。


ノア「平気に決まってんだろ? これからはアーサー達も手伝ってくれるし。だからマリアは、向き合う必要なんてないから」


マリア「……ありがと。でもずっと、私のそばで笑顔でいてくれる?」


ノア「当たり前だろ!」






ノアさんが放り投げていた鞄の砂を払いながら、肩にかけた。


ノア「よし、このままみんなでカルタの練習でもするか!」


歌麿「……カルタを取りに帰らねばならぬのではないか?」


アーサー「そ、それがさっき見つけたんだよねー! 鞄の奥に入ってたよ、さ、ノアさんとマリアさんは先行って、準備してきて」


柏矢倉氏わかってて言ってるな。意地の悪い。すると二人が教室に向かうのを見届けてから、柏矢倉氏がため息をついた。




歌麿「……見届ける覚悟、できたようだな」


アーサー「いや……。見捨てる覚悟が、まだできなかった……」


歌麿「……そうか」


アーサー「うん……」


多分憧れのあの人なら、もっといい結末を導けるのだろう。所詮僕は、憧れのあの人ではないのだ。


歌麿「……木曜日。二千十九年一月十七日。第一関門は明後日だ」


アーサー「第一、関門……?」


歌麿「健闘を祈る」






本日発生したことで、特筆すべきことはこのくらいである。明後日……、何が起きるのかはわからないが、健闘を祈るとか言ってる時点でまたも、柏矢倉氏の協力は仰げそうにない。とは言え彼のことだ、水面下で動いてくれてるのかもしれないし、それを期待しよう。それにこれで、ノアさんの負担も少しは減るはずだ。ノアさんが自己犠牲をすることが少なくなれば、ゾンビが現れることも少なくなるはず。……全ては、解決に向かっているはずだ。

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