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一月十三日 ノアリスの方舟




(雑踏の雑音)


一月十三日、夕方。僕はみーたんさんとメリーさんと一緒に、他のみんなとの待ち合わせ場所へと向かっていた。今日はマリアさんの提案で、いわゆる職場の歓迎会。もちろんそれは仮の姿で、真の目的はノアさんを楽しませること、だった。


アーサー「しかしメリーさんも来るとは」


メリー「さ、誘ったのあんた達でしょ!」


みーたん「断られたらどうしようかと思ってた」


メリー「…………あんな話されたら、行くしかないじゃない」


一応みーたんさんとメリーさんにも、柏矢倉氏の占いのことなど全て説明はした。二人とも半信半疑ではあるが、ノアさんの気晴らしのための食事会をすることに関しては、賛同して参加してくれることになった。


メリー「それで、当のエセ占い師は?」


アーサー「あ、柏矢倉氏は来ないよ」


メリー「本当に来ないの?!」


アーサー「ノアさんのために、他のみんなも来るからって言ったんだけど……。否、ライトフレンドとは学校でのみ成り立つ最低限の友達関係であるメガネクイッ、って……」


とは言え彼のことだ、何か考えがあるに違いない。


メリー「あいつ眼鏡かけてたっけ?」


アーサー「かけてないけど」


メリー「よね」


ひとまず一昨日届いたあの紙切れのことは、柏矢倉氏には学校で相談するとしよう。


メリー「でも時空を越えるゾンビとか、チート過ぎよね……」


みーたん「ゾンビが嫉妬するっていうのも、不思議な気がする」


メリー「……それに、モードレッドが言ってた自己犠牲のことはどうなるのよ」


アーサー「……多分ノアさんが自己犠牲することで、ゾンビは嫉妬するんだと思う。自己犠牲ができる、ノアさんに」



メリー「…………」



みーたん「じゃあモードレッドは、ゾンビを呼び出そうとしてるってこと?」


ゾンビを、呼び出す……。でも確かに、そういうことになるよね。


メリー「あ、あれ、マリアじゃない?」


待ち合わせ場所かつ、本日の歓迎会場である焼肉屋の前にマリアさんが見えた。よく見ると、三人の男性に囲まれている。


みーたん「もしかして……」


アーサー「ナンパされてる……?」


何を喋ってるかはここまで聞こえてこないが、そんな感じがした。


メリー「あ、ノア……」


遠くから様子を伺っていると、僕達とは逆方向から来たノアさんが、マリアさんとナンパ男達の間に割って入った。


メリー「…………ほんと、よくやるわね」


するとみーたんさんとメリーさんが僕の方を見た。やはりこれは、僕が行かなければならない流れか。


みーたん「アーサー君……!」


アーサー「僕だよねー……」


メリー「他に誰がいるのよ……」


大丈夫。こういうときはまず、兄妹のふりをして話しかけて、それから親が向こうで待ってるってことにして、一緒にその場から離れるんだったよね。よ、よーし…………!




((鐘の音))




アーサー「っ!」


一歩踏み出そうとしたその時、頭の中に鐘の音が響いた。ということは、ゾンビ……!?


アーサー「……」


周囲を警戒する。もしかして、ノアさんがマリアさんのために行動したから……? やはりゾンビは、ノアさんが自己犠牲をすることで現れるというのか……!?


サナ「なんだい、これから合コンなのかい?」


アーサー「…………あっ」


結局ノアさんとマリアさんを助けたのは、なんとサナさんだった。


サナ「これでちょうど三対三じゃないか。さ、まずはどこで……」


突然の保護者の出現に、ナンパ男達はしらけて去っていった。


ノア「ばあちゃん……?!」


サナ「二人とも、大丈夫だったかい?」


ノア「え?」


サナ「見た目だけで声をかけてくる男にろくなやつはいないよ。それにしてもノアちゃん、どうしたんだいそんなにおめかしして」


ノア「これはさっきマリアが、選んでくれたんだ……」


マリア「サナさんも似合ってると思うでしょ?」


どうやらノアさんとマリアさんは、待ち合わせの時間まで近くの店でショッピングを楽しんでいたようだ。


アーサー「似合ってるよ! 着て正解だよ!」


マリア「アーサー君……にメリーにみーたん! これで全員揃ったわ!」


メリー「でも焼肉屋行くのに白のワンピースって……はねても知らないわよ?」


するとマリアさんが、バッグから見覚えのある上着を取り出した。


マリア「それなら問題無いわ!」


アーサー「あ、例の部活ジャージ上着」


みーたん「例の……?」


ノア「実はこの間、アーサーがな……」




いつの間にか、鐘の音は聞こえなくなっていた。そして僕は、聞こえなくなるだけではいけないことを、忘れていた。








アーサー「……はっ!」


僕はカラオケボックスで目を覚ました。


みーたん「あ、起きた」


アーサー「寝ちゃってたのか……」


まさかの二次会、まさかのカラオケ、まさかのサナさんがマイクを離さないという異常事態の末、僕はいつのまにか眠ってしまっていたようだ。


メリー「サナさんが遅い曲ばっか歌うから……」


みーたん「私は好きだけど……」


横を見ると、マリアさんも気持ち良さそうに寝息をたてていた。


アーサー「あれ、ノアさんは……?」


メリー「焼肉屋に忘れ物したとかで取りに行ったわよ」


アーサー「そうか……」


久しぶりの焼肉は非常においしかった。やっぱり焼肉はタン塩と豚トロだよね。


アーサー「ちょっと飲み物取ってくる……」


ドリンクバーのあるところへ向かおうと部屋を出た、その時だった。




((鐘の音))




アーサー「…………しまった!」


僕は店を飛び出した。なぜ考えつかなかった。僕はまだ、二回目の鐘の音を聞いていなかったのに。



((鐘の音))



鐘の音が鳴る。この鐘の音は、ゾンビが現れる時に聞こえる。つまり僕が今日、店の前で聞いた鐘の音がそれに当たるはず。それは仕方ない。……しかし、それだけではいけなかった。


((鐘の音))


鐘の音が響く。……そう、この鐘の音はゾンビが消える時にも聞こえていた。モードレッドがゾンビが帰ったと発言した時も、教室の窓の外のゾンビが歪んで消えた時も、鐘の音は確かに聞こえていた。つまり僕が本当に安心していいのは、あのゾンビが消える時の鐘の音、二回目の鐘の音を聞いてからのはずだった。ゾンビは一回目の鐘の音を聞いた時から今さっきまでノアさんのことを陰でずっと……見ていた。

((鐘の音))

鐘の音が鳴り響く。確かモードレッドが言っていた。本来なら人目につかないところで襲うはずだって。今の今まで、ノアさんが一人になるのを待っていたのだとしたら。



今、襲い終えたのだとしたら。





アーサー「ノアさん!」



月明かりに照らされた裏通りで、傷だらけのノアさんが倒れていた。


アーサー「そんな……ノアさん、しっかり!」



慌てて抱き起こすが、周りにはもう血溜りができかかっていた。




ノア「アーサー……」


アーサー「ノアさん、今救急車を……」




ノア「逃げろ……」



アーサー「え……?」





ノア「噛まれた…………」




垂れ下がっていた左手を裏返す。その手首には、赤い歯形があった。



アーサー「……」




ノア「逃げろ……私も、ゾンビに……」





僕を押し飛ばそうとしているのか、ノアさんの右手が僕の肩に触れている。ただ全く力は、入っていなかった。



ノア「アーサー……!」


アーサー「…………」



ノア「今のマリアに必要なのは、お前なんだ……」




アーサー「ノアさん……」





ノア「お前が……生きてくれ」




僕を見上げるその目は、赤く腫れていた。震える笑顔から生気が、消えていく。



ノア「だから……」


その時柏矢倉氏の言葉が、脳裏を過った。





「その結末を見届ける覚悟、汝には有るか?」





アーサー「……わかった」



ノア「…………」



アーサー「でも、ノアさんを看取ってからね」



ノア「え……?」



アーサー「……独りで死ぬなんて淋しいよ。一緒にいさせて」



ノア「…………」



アーサー「それにダッシュで逃げれば、なんとか助かるでしょ!」



ノアさんが、右手で赤い歯形を隠した。



ノア「……お前なら、あのマリアを受け入れられるかもな」



アーサー「……」



ノア「あーあ…………せっかくマリアが選んでくれたのに、ボロボロになっちゃった」



アーサー「……ダメージジーンズとかあるし、ダメージワンピース、とかもいいんじゃない?」



ノア「…………ほんと、ありがとな。……マリアを頼む」



アーサー「…………」



ノア「でもちゃんと、逃げて? ……私は……誰にも……」



月が陰っていく。





ノア「死んで……ほしくない……から…………」








眠るように、静かに目を瞑った。木枯しが吹き、僕はその場に、ノアさんを寝かせた。

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