一月十一日 (踏切の警報音)
メリー「裏切り者……?」
一月十一日、昼休み。昼ごはんを食べながら、僕は昨日までのことをメリーさんに説明した。
アーサー「履歴を消したのがあいつじゃないってことは、そういうことになるでしょ……?」
メリー「……理屈はわかったわよ。でも、何でそれを私に言うわけ?」
アーサー「ほんとは柏矢倉氏に相談したかったんだけど、休みなんだもん」
このタイミングで休むとは。彼も何か、ジューマやモードレッドについて独自に調べているのかもしれない。いや、調べるというよりも占うが正しいか。
アーサー「それに…………何か喋ってないと気不味くない? ほら、人は言うべきことがなくなると、決まって他人をけなすって言うし」
メリー「それ、ヴォルテール?」
アーサー「だったっけ……? 誰が言ったかまでは……」
誰の名言かまで知っているとは思わなかった。
メリー「……それで、怪しいのは?」
アーサー「んー……。ノアさんは何というか、暗躍できるタイプみたいだからな……」
元日のこともあるし、疑われても仕方ないよね!
メリー「まぁアーサーはいい方よ。私だったら、三人とも疑うもの」
アーサー「それって……全員が裏切り者ってこと……?」
メリー「可能性はあるでしょ?」
三人全員がモードレッドと繋がっている……? いやでも、あの時着信履歴のことを言い出したのは僕じゃない。わざわざ僕一人を混乱させるために話題に出したとは考えにくい気がするが……。
メリー「……あとは、第三者って可能性もあるんじゃない?」
アーサー「第三者……? あ、大学……!」
メリー「そうそう、あいつが言ってた」
モードレッドは、あのゾンビをジューマと名付けたのは大学だと言っていた。そもそもゾンビが出たと言うのに未だに騒ぎになってない以上、大きな組織とかが隠蔽に関与している可能性は高い。もしかしたらモードレッドには何か、強力な後ろ盾があるのかもしれない。
アーサー「まさか柏矢倉氏、学校を休んで謎の秘密結社の潜入調査を……?!」
メリー「私がやる気ないから、一人でカルタの練習してるんじゃない?」
アーサー「えぇ……」
そういえば一年生百人一首大会は、来週に迫っていた。
ノア「アーサー!」
アーサー「ノアさん……?」
放課直後、帰ろうとするとノアさんに呼び止められた。
アーサー「ど、どうしたの……」
まさか、さっきの裏切り者の話を聞かれていたのか……?
ノア「帰りながらでいいからさ、教えてほしいんだけど……」
ノアさんは慌てて靴を履くと、下駄箱の扉を閉めた。
ノア「あのさ……一昨日って、何かあった?」
アーサー「一昨日……?」
話しながら、いつもの線路脇の小道を通って家を目指す。今日はバイトのシフトは入っていない。ノアさんかマリアさんか、サナさんが当番なのだろう。いずれにしても、僕の家もアイス屋も方向は同じだが。
ノア「あの日の夕方、マリアが慌てて私のとこに来て、泣きながら抱きついてきて…………それで、無事で良かったって……」
一昨日……なるほど。
ノア「昨日だって、モードレッドのことがあったとはいえ様子が変だったし……聞いても、いつも通りだって言って教えてくれないんだ。……マリア、一昨日何か言ってなかったか?」
アーサー「…………」
(下校中の児童の楽しそうな声)
アーサー「……ノアさんってさ、柏矢倉氏の占い、信じる?」
不安を煽るだけだと、柏矢倉氏は言っていたけど……。
ノア「…………マリアのことを、知る手掛かりになるなら」
アーサー「あ、いや、できれば信じない方がいいんだけど、実は……」
(烏の群れの鳴き声)
僕は一昨日のことを、全てノアさんに説明した。
ノア「私が死ぬ……そっか」
反応はひどく薄いものだった。まぁマリアさんがノアさんの無事を喜んでいた時点で、ある程度予想はできていたのかもしれないけど。
ノア「アーサーは............私が死んだ後も、ずっとマリアのそばで、笑顔でいられるか……?」
アーサー「えっ?」
聞き覚えのある言葉が、記憶とは異なる声で横から聞こえた。
ノア「……ここはもう、とっくにバグにまみれてる。私達と関わり続けるのは、お前のためにならない」
アーサー「……」
ノア「今ならまだ、みんなお前のことを諦められる」
アーサー「…………」
ノア「だから……」
アーサー「それがその……考え中なんだよね」
ノア「…………か、考え中?」
アーサー「マリアさんにも、柏矢倉氏にも似たようなこと言われてさ……」
今のノアさんの忠告は、マリアさんの告白と柏矢倉氏の警告を合わせたような感じだった。
ノア「……手遅れになるかもしれないぞ」
アーサー「手遅れって……」
ノア「だってもう、お前はモードレッドに襲われてる」
アーサー「そ、それが……?」
ノア「あいつの狙いは私。私と関わらなければ、あいつに襲われることは……」
確かに、彼の目的の一つはノアさんに自己犠牲を成功させること、ではある。
アーサー「いやでも……僕のドッペルゲンガーだよ? むしろ僕が巻き込んじゃったんじゃ……」
ノア「あいつがお前に化けてるだけかもしれないだろ?」
……そういう可能性もあるのか、考えつかなかった。映画みたいなゾンビがいるなら、映画みたいな変装名人もいる……? そんなことあるのか? ……やっぱり、何となくこの件に関しては僕のせいな気がする。僕が手を引くわけにはいかない。僕が全てを、終わらせなければ。
アーサー「とにかく、手遅れになったら決断できなかった僕の責任だ。だから大丈夫! ところでさ、ノアさんとマリアさんは......ゾンビは見てないんだよね?」
ノア「え、あぁ……丁度私もマリアも、教室にいなくて……」
アーサー「そっか……」
やはりゾンビを見たことがあるのは、まだ柏矢倉氏とメリーさんと、僕だけか。まぁ見れなくて正解だったと思う。単純にグロかったし。
(踏切の警報音)
それ以上は、ノアさんは何も言ってこなかった。気不味い沈黙の中歩を進める。踏切の前まで来て電車が来るのを待っていると、不意にノアさんが、電車が来る方を見たまま呟いた。
ノア「……そういえばさ」
(踏切の警報音)
ノア「ゾンビ……ジューマ、だっけ? あれって…………誰の死体なんだろうな」
アーサー「え?」
(踏切の警報音と電車の通過音)
ノア「いや……何となく気になっただけ」
アーサー「そ、そう……」
踏切を渡った先の十字路で、ノアさんと別れた。
柏矢倉氏が留守だったため、柏矢倉氏の家のポストに今日の学校での配布物などを入れてから帰宅。自宅に着いてから玄関のドアを閉めてすぐに、家の玄関のポストに一枚の紙切れが投函された。
アーサー「また、モードレッドか……?」
紙切れを拾い上げ、書かれていた文字を見て僕は絶句した。
アーサー「この字……!」
メリーさんとノアさんの言葉が思い出された。
「……あとは、第三者って可能性もあるんじゃない?」
「ゾンビ……ジューマ、だっけ? あれって…………誰の死体なんだろうな」
アーサー「フラン……!?」
その紙切れに並んだ文字は、忘れるはずもない死んだはずの妹、フランの筆跡に、酷似していた。
一応書いてあった文章を写しておく。
兄ちゃんへ。時間が無いから、これだけは。
兄ちゃんが見たゾンビは、生前最も妬んでいた人を襲うため、時空を越える力を持ってる。だから、ゾンビが狙ってる人が羨ましい状況になったとき、時空を越えて現れる。
お願い兄ちゃん、ノアさんを死なせないで。私は誰にも、死んでほしくない。ノアさんを守って、ゾンビから。