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屍喰神楽 ~シニカミカグラ~  作者: 八刀皿 日音
一章 〈その日〉から
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8.生き神様


 ――雪のちらつく中、まるで人気の無い国道を、一人歩き続けるカイリ。

 標識を確認すれば、まだ十和田市内にいるのが分かる。いや、そうまでしなくても、きちんとした〈街〉のただ中にいることは、周囲の風景を見れば明らかだ。

 だが、やはりそこに、人の気配は感じられない。

 街を支配しているのは、しんしんと、雪の降る音が聞こえてきそうなほどの静寂だ。

 そして……それがどうしてなのか、カイリは理解していた。

「……ここも……『打ち棄てられた』のか」

 常人ではありえない超感覚が捉える、街の各所から感じる気配――それは、人の姿をした、人でないモノ――〈生屍(イカバネ)〉の気配ばかりだった。


 ――生屍の隔離のため、今も最前線で活動するカタスグループ。

 彼らも、自前の私設兵を増やすだけでなく、自衛隊や各国軍隊と協力して事にあたっているものの、当然、世界全域をフォローするには至らない。

 そのため、もとから人口が少なかったり、折悪く〈その日〉以降の死者が多く、被害が拡大し過ぎて住民の自衛力では抑え切れなくなった地区などは、カタスグループや国の組織が処理に駆けつけるより早く、ほとんどの住民が逃げ出してしまい、ゴーストタウン化することも少なくなかった。

 そして……幸いにしてというべきか、生屍はどうやら習性的に、獲物――そんな認識をしているのかどうかは当然定かでないが――を、自分から探して遠方に出向くような真似はしないらしく、人間の方から下手に近付きさえしなければ被害の拡大も防げることが分かってきていた。

 なので、こうした打ち棄てられた街は、そもそも誰も住んでいないのなら、これ以上生屍が発生することもないからと、処理が後回しにされていた。


 伏磐(ふせいわ)を出てから、幾つか同じような街を見てきたカイリは、今回も人の生活が消えた風景に、うら寂しい気持ちを覚えながら……しかし同時に、幸運だとも感じていた。

 外見上の変化はないので、他人が彼を一見しただけで、人でないバケモノだと分かるわけではなかったが、それでも、白子(アルビノ)としての外見は何かと目を引きやすいからだ。極力人との接触は避けたい彼にしてみれば、そもそも人気がないのが一番助かる。

 加えてもう一つ。

 飲食物の摂取はまったく必要なくとも、衣料品や、生活雑貨はある程度は必要で、時折補充しなければならなかったのだが、真っ当に買い求めるには手持ちが心許ないという、現実的な理由もあった――要は、火事場泥棒をするのに都合が良いのだ。

 ちょうど、山中を移動する際に傷ついていたズボンとワンショルダーバッグの替えが必要だと思っていたカイリは、罪悪感に小一時間は逡巡したものの……結局は意を決して、商店街の衣料品店で目的の物を手に入れていた。

 すでに同じような火事場泥棒が入った後らしく、店内が荒れ果てていたのは、罪悪感に言い訳する多少の助けにはなったが……あくまで多少で、しかも言い訳だ。

 ともかく謝意だけは誠実でなければと、立ち去り際、誰も居ない店内に大きく頭を下げる。

 ……その後、電気が途絶えていないことを確認したカイリは、近くに小さなインターネットカフェを見つけて、これまでもそうしてきたように、世界で起きていることを把握しようと、ニュースサイトなどを見て回った。

 相変わらず、生屍についての研究が進展した様子はなく、彼の、恐らくは同種――便宜的に〈屍喰(シニカミ)〉と呼ばれている存在――との遭遇、あるいは目撃の、信憑性の高そうな情報も見当たらなかった。

 しかし――。

 特に収穫はなかったと、ネットの閲覧を終えようとしていたカイリの目を、一つのニュースが引き留めた。

「! 伏磐市が……冥界指定」

 そのニュースによれば、数日前に、日本政府、自治体、カタスグループの合意により、伏磐市の一部地域が〈冥界〉として隔離されることが決定したという。

 そしてその一部地域とはまさに、伏磐神社を始めとする、彼のもともとの生活圏のことだった。

 生まれ故郷というわけではないし、実際にそこで過ごした時間は、人生の半分にも満たない。しかし、期間こそ短くとも、その時間が、何より大切なものだったことは疑いようのない事実なのだ。

 こうして、関係を絶って流浪の旅路に出たのが自らの意志だったとはいえ、そんなかけがえのない場所が、人の世界から実質的に『切り離される』という事実は、カイリにとって大きな衝撃だった。

「…………」

 重くなった気分を引きずって外に出る。

 そうして、改めてこれからの行き先を考えようと手近な案内板に歩み寄るものの、先に見たニュースの衝撃が尾を引いて、思考は上滑りするばかりだった。


 ――市内の案内板を見上げたまま、まとまらない思考を抱えてどれだけの時間が過ぎただろうか。

「! 今のは……」

 カイリを物思いの淵から引き上げたのは、人の悲鳴だった。

 それは、普通の人間のままだったなら、かろうじて聞き取れるかどうかといった程度にかすかなものだったが……あらゆる感覚が研ぎ澄まされている今のカイリなら、出所を探るのは造作も無かった。

 そして、その悲鳴の出所とほど近い場所に、生屍の気配も複数感じるところからして、自分と同じような火事場泥棒が、運悪く生屍に遭遇したのだろうとカイリは推測する。

(……どうする……?)

 ……これまでも一度、カイリはそうした場面に出くわしたことがあった。

 そのときは、取るものも取りあえず駆けつけ、生屍を文字通りに打ち砕いて助け出したのだが……襲われていた若い男女からお礼代わりに投げかけられたのは、「バケモノ」という罵声と、恐怖に凍る表情だった。

 夜遅い時間のことだったので、その男女にはっきりと顔を見られずに済んだのは幸運だったが……利き過ぎるほどに夜目が利くカイリは、同じように見えないというわけもなく、そのとき向けられた恐怖一色の感情は、今でも、苦い想いとともに思い出すことが出来る。

 その経験から、今回のことは、火事場泥棒なんてするからだ、自業自得だ、と割り切って見捨てようとするものの――背を向けて立ち去る踏ん切りが付かない。

 そうしていると……。


  『カイリ、キミってばそんな人間? 違うよね?』


 胸の奥で――七海(ななみ)に、そうハッパをかけられたような気がした。

(都合の良いことを……!)

 たとえ一瞬でも、七海を利用したかのような自分の感情に苛立ちを覚えながら――。

 しかし、そうして何か、切っ掛けとなるものに背を押されるのを待っていたのか。カイリは素早く走り出す。



 悲鳴の出所を追って彼が辿り着いたのは、街の中心から大きく離れた場所に建つ、郊外型のマーケットだった。

 その駐車場で十人を超える生屍に囲まれているのは、色々な物をとにかく詰め込んだらしい、大きな袋を抱えた、先に予想した通りの火事場泥棒だ。

 だがカイリの予想外だったのは、それが家族だということだった。

 両親に挟まれる形で震えているのは、ともに小学生ぐらいの、姉弟らしい少年と少女だったのだ。

 ……前回の若い男女のときと違って、今は昼間ということもあり、ヘタに目に付かないように注意する必要がある。だから、遠くから物を投げたりして、逃げるのを手助けすればそれで充分だろうと考えていたカイリだったが――その幼い姉弟を見た途端、そうした計算はどこかに置き忘れていた。

 むしろ両親以上に覚悟を感じる瞳で、弟を守ろうと、必死に抱きしめている姉――。

 その健気な少女の姿が、幼い頃から彰人(あきと)を、そしてカイリをも身を挺して守ってくれた、七海の思い出と重なったのだ。

 生屍は、普段は緩慢な動きだが、フィクションのゾンビなどと違い、いざ敵と認識した存在を前にすると、生きた人間を凌駕する身体能力のままに、肉食獣もかくやという、機敏な動作で襲いかかる。

 一旦そのスイッチが入れば、銃などで武装していればともかく、丸腰の、ましてや何の訓練も受けていない一般人では、逃げようとする間もなく殺されるだろう。

 そして今まさに、もとはサラリーマンだったらしい、スーツ姿の人間〈もどき〉が、歓喜とも悲哀とも取れる、甲高い叫びを上げて襲いかかろうとした。

「――っ!」

 しかし、コンクリート程度ならたやすく打ち砕くその腕が、家族の誰かを捉えることはなかった。

 数十メートルの距離を一瞬で詰め、間に割って入ったカイリが、凶器そのものの腕を逆に捕まえていたからだ。


 胸の奥で『喰らえ』と、あの衝動が鎌首をもたげるのを感じる。

 本能よりも早く強く、全身を支配し、突き動かそうとする。


 それを必死に抑え、自分が見境のない獣と化さないよう制御しながら――カイリは腕を掴んだ生屍の心臓を、空いた右手で紙でも引きちぎるかのように軽々と、正確に抉り取り、地面に打ち棄てた。

 腐り果てていたり、空っぽになっているわけではなく、構造上は、生きている人間とほとんど変わっていないと言われている生屍の身体――。

 その血液の巡りを凌駕するほどに、カイリの動きが速かったのだろう。

 心臓を抉られた胸の大穴が、抉られた心臓そのものが――。

 ようやく、気付いたように赤い血を吐き出したのは、カイリがさらに生屍を群れの方へと蹴り飛ばして、大きく距離を開けてからのことだった。

「!……あなたは……」

 そのときになって、ようやく家族も、自分たちを助けに割り込んできたカイリの存在に気が付く。

 しかしそこから彼らは、加勢することも、逃げ出すことも出来なかった。

 そもそも、常人が付いていける動きではないのだが……彼らはそんな物理的な問題に二の足を踏まされていたわけではない。


 見惚れていたのだ――彼らは。

 はっきりと目で追うことなど出来なくとも、文字通り、息をすることすら忘れて。

 生きる屍の群れを相手に、血煙を花嵐の如く巻き上げ――。

 雪化粧に、朱を幾重にも染め上げていく――。

 純白の覡男(みこ)の、荒ぶる鎮魂の舞いに。


 時間にすればほんの僅かの間。

 忘我の中にあった家族が、夢から醒めるように自分を取り戻したときには、すべてが終わっていた。

 彼らを取り囲んでいた十人以上の生屍は、残らず、心臓を抉られたり、首を落とされたり、頭を砕かれたりと、人間であれば疑いようもなく致命傷となるほどの肉体破壊を受けて、地面に転がっていた。

 無論、放っておけばいずれは再生するのだが、さすがにこれほどの損傷となると、すぐに元通りというわけにはいかないのだろう。今度こそ完全な死を迎えたかのように、生屍たちはその活動を止めていた。

「今のうちに逃げて。――早く」

 家族の視線が、改めて自分に集中していることを悟ったカイリは、肩越しに小さく振り返り、大きくはないが良く通る声で告げる。

 内なる〈衝動〉は、彼が今も握っている生屍の心臓を喰らうよう――自らの内に取り込むよう急かしていたが、自分を見ている家族を……特に幼い姉弟を、これ以上怖がらせるわけにはいかないと、カイリは意志を総動員して抑え込んでいた。

 ――この家族が、自分という人外の存在におののき、しかし命が助かったことに安堵し、そのまま逃げ出してくれるまでは……と。

 ところが――。

 姉弟の両親は、子供をその場に置き、あろうことかカイリの方へと近付いてきたのだ。


 しかも、彼らがその目に宿す光は……。

 人外の存在への恐怖に凍り付いているわけでも。

 また、助けられたことへの感謝に和らいでいるわけでもなかった。


「………!」

 その瞳の光は、自然に生じる輝きではなく、醜悪な模造品のぎらつきを思わせる、濁りと澱みを覆い隠すためのような――狂気めいた輝きだ。

 そして、カイリはその光に覚えがあった。

 ……幼少期の、思い出したくもない記憶の中に。


「ああ……やはり! やはりそうだ、生き神様……!」

 思わず立ちすくんだところ、投げかけられた言葉は、カイリをぞっとさせた――氷よりもなお冷たい亡者の手が、胸の中に忍び入り、心臓を鷲掴みにしたかのように。

 その足下にすがり、ひざまずいた二親は、不自然な輝きに曇った眼を真っ直ぐに向け、口々にカイリを〈生き神様〉と――彼が最も忌み嫌う名で呼び始めていた。

「まさ……か。あなたたちは――」

「ええ、ええ、そうです! 〈白鳥神党(しらとりしんとう)〉の者です!

 まさか、北海道を出て、このようなところで再びお目にかかり……そればかりか、早速ご加護を賜れるなんて!」

 カイリの心臓を掴んだ亡者の手は、その力をゆるめるどころか、さらにきつく締め上げにかかっているようだった。

 ……いや、心臓ばかりではない。

 目がくらみ、知らず後ずさろうとした足すら、逃がさないとばかりに捕まえられる。

「やはり、あなた様は真実、生き神様でした……!

 白鳥神党が解体の憂き目に遭った後、私どもの周囲の者たちも、盛んに、あなた様をニセモノだ、ペテンだと貶め、私たちは騙されていたのだと言い立てていましたが……そんな戯言に耳を貸したりせず、あなた様を信じ続けていて、本当に良かった……!」

「ま、待って、僕は、僕は……!」

 やめてくれ、と叫びたい。しかしそれすら叶わない。



 辺りを覆う雪の白さが――。

 あの頃自分がいた空間の、造られた『白さ』に重なる。


 見上げてくる輝き濁る眼が――。

 あの頃自分がいた空間を満たしていた数へ、増殖していく。


 母を騙る巫女が――。

 白鳥の神性を説き、顕現たる彼こそ生き神と、偽る声が聞こえる。


 父を偽る教祖が――。

 生き神の奇跡を謳い、演出された神通力を騙る声が聞こえる。



 北の地に住んでいたあの頃……。

 何も知らない子供だったのは確かだ。

 何の力も持たない弱者だったのも間違いない。

 だが――養い親が、自分たちの欲望のためだけに多くの人々を騙し、生活を壊す……その悪事の片棒を担いでいたのは、否定のしようもない事実なのだ。


 司法の手が入り、団体が解散になった際、カイリを引き取ってくれた老神主は、そんなカイリの罪悪感を安易に否定したりせず、それも改めて人として生きるために必要な、心の一部だと認めてくれた。

 そうして、カイリがそれを受け止めた上で、真っ当な人間へ成長していけるように、ゆっくりと見守ってくれた。

 加えて、彰人が――そして、七海がいた。

 白子であることを理由にいじめられるたび、自分の中でぶり返す罪悪感に、罰だと責められるのを、彼らの存在が救ってくれた。

 だから、彼は真人間になれた。

 罪悪感は消えることはなく、些細なきっかけで古傷のように痛もうとも、それを受け止め、抑え込んで、胸を張ることが出来た。


 そう――半年前までは。自身が、こうして人でなくなるまでは。


 こうなったからと言って、自分はやはり生き神だったと、のたまうつもりなどない。

 当然、だからあの頃、養い親がしていたことも詐欺などではなかったと、擁護するつもりもない。

 だが、自身がすでに人ではないこと……それは事実なのだ。

 否定したくても、しかしどうあっても否定しきれない事実――。

 それを、決して消えない傷痕ごと抉られる責め苦に、カイリの心は今にも千々に引き裂かれそうだった。

「僕は……!」

 その苦痛の元になっているものを目の前から消し去ろうと、足下にひざまずく二親を、今にも、その人外の膂力の秘められた腕で薙ぎ払いかけていたカイリ。

 しかし、わずかに上げた視線の向こう――。

 寄り添い合う幼い姉弟の姿に、かろうじて我を取り戻す。

 ……あの子供たちが、すでに親の影響を受け、彼を生き神と見る、歪んだ教えに傾倒しているのか、それともまだなのかは分からない。

 だが、今この瞬間はまともに見えるその無垢な瞳が、両親と同じ、あの濁った輝きを宿すのが怖かった。

 いや……のみならず、もしも今、とっさに踏み止まれずに両親を殺してしまっていたなら、それどころでは済まなかっただろう。

 そのとき、彼ら姉弟が向けてくるのは、間違いなく、憎悪を含んだ恐怖だ。


 ――あのとき、七海を喰らう彼に、彰人が向けたものと同じ……。


 不幸中の幸いと言うべきか、少なくともその最悪の事態は何とか避けられた。子供たちから親を奪うこともなく、自らの心の平衡もかろうじて守られた。

 だが、今この瞬間からは、子供たちの移ろう感情が、瞳にどんな色を映し出すかは分からない。

 少なくともカイリにとって好ましいものであるはずはなく、狂気か、恐怖か……そのどちらかに限られるとしか思えなかった。

 そして、そのどちらも、彼は見たくはなかった。

 まして、かたや一度は七海を重ねて見た少女だ――そんな昏い感情を顕すところなど、とてもではないが見られない。耐えられない。

「――あっ! い、生き神様……!」

 だから、彼に出来るのは、ただ逃げることだけだった。

 すべてを振り切り、決して振り向かずに走り去ることだけだった――いつかのように。





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