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屍喰神楽 ~シニカミカグラ~  作者: 八刀皿 日音
一章 〈その日〉から
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11.〈同じ〉二人


(……やっぱりだ、間違いない。この人は……)

 燃えるような夕陽の中、境内を横切って近付いてくる大きな人影を、カイリは黙って見守っていた。

 白い肌と、短く整えられた金髪、青い瞳――品の良いスーツを少し着崩したその男性は、いかにも日本人が想像する欧米人らしい特徴を備えていた。

「やあ、こんにちは。……てっきり、誰もいないものと思っていたんだが」

 彫りの深い、力強さと聡明さを兼ね備えた、映画俳優のような端正な顔を柔和に崩して……男はカイリに笑いかける。

「え……っと……」

 どう反応したら良いのかと、戸惑いに硬くなってしまうカイリ。

 男はしかし、それを気にする風もなく――カイリの手の汚れと、その背後、榊の根元の土の盛り上がりに気付くと、いかにも大人らしい、落ち着いた調子で改めて尋ねた。

「そこに、誰か大切な人が?」

「あ………。僕が、誰よりも好きで……。そして、僕を好きでいてくれた人――です」

「……そうか」

 うつむき加減に答えたカイリの肩を言葉少なに優しく叩くと、男は、七海(ななみ)の仮初めの墓標の前に腰を落とし、神妙な顔で、しばらく手を合わせ続けた。

「――花の一輪もあれば良かったのだろうが」

 やがて立ち上がった男が発した言葉に、カイリはゆっくりと首を振る。

「いえ……あの、ありがとうございます。………ところで」

 そこで一度言葉を切って、カイリは男を見上げた。


「あなたは……僕と〈同じ〉……ですね?」


「遠目には、もしや、というぐらいでしかなかったが。疑いようもなさそうだ」

 何が、と問う必要すらなく――男は静かに頷いた。


「……初めてです、〈同じ〉人に会ったのは。

 まさか、身体の変化だけじゃなくて、意思の疎通までこんな風に出来るようになっているなんて」

「それについては、〈同じ〉かどうかは関係ないようだよ。私は日本に来るまで、様々な国の人に会ったが、意思の疎通にはまったく問題なかったからね」

 そう話す男の言葉は、英語だ。そして、カイリが使っているのは当然日本語。

 男の語学力については知る由もないが、少なくともカイリは、スムーズに会話が出来るほど英語は堪能ではない。

 にもかかわらず、カイリには男の言わんとしていることが、普段通り日本語で会話しているのと同じように理解することが出来た――違う言語だと理解しながら、しかしその言葉に乗せられた想いを、そのまま読み取っているかのように。

 そしてそれは、男の言を信じるならば、ただ受け取るだけでなく、伝えることも出来る、双方向に作用する能力らしい。

「……遅くなったが、私の名はトルヴァルト・ボルクマン。友人からは〈巨人(ヨトゥン)〉と呼ばれている。

 見た目通りで分かりやすいだろう? 君もそう呼び捨てにしてくれて構わない」

 そうなごやかに差し出された男の大きな手を、カイリはしばしきょとんと見つめた後、慌てて、上着の裾で土を払い落とした自分の両手で握った。

「よ、よろしくお願いします、え……っと、ヨトゥン。

 僕はカイリ。時平(ときひら)カイリ……です」

「ああ、よろしく、カイリ。君のように理性的な……そう、〈同族〉に会えたことを、素直に嬉しく思うよ」

 カイリの手を握り返し、ヨトゥンは微笑む。

「僕以外の〈同じ〉人にも、会ったことがあるんですか?」

「いいや。……だが、日本への船旅の途中、立ち寄ったインドの港で噂を聞いたよ。

 何人もの罪の無い人を殺して死刑になった殺人鬼が、生き返って姿を消した……そんな話を」

「……殺人鬼」

 よりもよってそんな人種だなんて、とカイリは眉をひそめる。

 ヨトゥンが、自分のような子供まで、理性的、と言いたくなる気持ちも分かる気がした。

「もっとも……人殺し、という意味でも〈同じ〉かも知れないが。

 生屍(イカバネ)も、今のところ体組成については、生きている人間との間に違いが見つからないでいると聞くからね……一度死を経て、生き返った()()の彼ら生屍も、まだ『人間』なのだと見るなら――それを殺し、喰らう我らは、場合によっては殺人者より人道に悖る存在かも知れないな」

「――っ。それは……」

 唇を噛んでうつむくカイリ。

 ――彼が実際に喰らったのは、七海ただ一人だ。

 だが、これは数の問題などではない。

 ゼロでないのなら――まして、その唯一の相手が、自分にとって最も大切な存在ともなれば――カイリに、ヨトゥンの言葉に反論する余地などあるはずもない。

 カイリの表情、そして視線の動きから、その心中を察したのだろう。ヨトゥンは「すまない」と目を伏せた。

「――不用意な発言だったな。私たち自身を貶めたり、ましてや君を責めるつもりなどなかったのだが。

 ……しかし、そうか……君は望まず大事な人を。――だが逆に言えば、だからこそ、こうして弔うことも出来る……か」

「! じゃあ……やっぱり、僕らがその、『喰らった』人は……もう、蘇生したりすることはないんですか?」

「確認したことがないのか?」

「その……怖くなって、逃げ出してしまって……ナナ姉が――僕が喰らってしまった人がどうなったのか、はっきりとは見ていないんです。だから……」

 苦々しげに絞り出されたカイリの言葉に、ヨトゥンは明確な驚きを見せる。

「待ってくれ。そんな風に尋ねると言うことは……つまり君は、初めて喰らったのが大事な人で――それ以来、一度もあの〈衝動〉に屈していないということか?」

「あ……はい。今のところは、何とか……」

 ヨトゥンは、大きく息を吐いた。

「何とかなるものでもないと思うのだがな……あれは。

 いや、疑っているわけではない、それが事実なのは『分かる』。だからこそ、驚かずにはいられなくてね。

 だが……そうか。そういうことならば、確かに知らないだろうな。

 ……いいかな? 心臓を喰らった生屍は、二度と再生することはない。そのまま土に還る。だから、君は随分と気に病んでいるようだが……カイリ、君は大事な人を喰らうことで、むしろ『救った』と見ることも出来る――生屍としてさまよい続ける運命から」

 ヨトゥンの励ましにも、カイリは堅い表情のまま小さく首を横に振った。

「彼女が事実、生屍になっていたのなら……そうかも知れません。

 でも、僕は――抑えきれない〈衝動〉に駆られた、あの時の自分の感覚が信じられないんです。

 もしかしたら、あのときナナ姉にはまだ息があったのかも知れない。

 それとも、生屍ではなく、僕と同じ存在になろうとしていたのかも知れない。

 なのに僕は――そうした可能性を〈衝動〉にとって都合の良い感覚で、塗りつぶしてしまったんじゃないかって。

 ただ、〈喰らう〉という欲求を満たすためだけに――。

 僕は、一番大切な人をこの手にかけたんじゃないか、って……」

 そこまで言ってから、カイリは真摯な表情で自分を見つめているヨトゥンの姿に気付くと、慌ててもう一度、今度は大きく首を横に振った。

「す、すいません、気を遣ってもらっておいて……こんなこと、あなたに言っても仕方がないのに……」

「いや、構わないよ。

 私もまた、自分のことを完全に理解出来ているわけではないのだ。だから、君がそうした懸念を抱くのも無理からぬことだろう。

 ただ……これまでの経験からして、〈衝動〉に心臓を『喰らおう』と突き動かされる対象となるのは、生屍だけだと私は思う。

 少なくとも、これまで生きている人間を相手にそうした〈衝動〉を感じたことはないし……それはカイリ、君という同族に対しても同様なのだから」

「……ありがとうございます」

 ――ヨトゥンの言葉が、カイリの心を締め付ける罪悪感という鎖を、快刀のごとく断ち切ってくれたわけではない。そもそもその縛めは、解かれるようなものではないと――解かれてはならないと、カイリは思っている。

 だが、理を以て縛めから解放しようとしてくれたヨトゥンの心遣いは、純粋にありがたいものだった。鎖そのものは残ろうとも、わずかなりと心を楽にしてくれたその事実に、礼の言葉は自然と口を突いて出た。

 そうしてから、先のヨトゥンの発言に気にかかる箇所があったカイリは、話を変えようという意志も含めて、改めてそのことを尋ねる。

「そうだ、あなたが今言ったことですけど……〈衝動〉が喰らおうとするのは、心臓、なんですか?」

「ああ、そうだ。幾度か喰らううちに気付いたことだが、生屍の心臓、それを喰らいさえすれば、〈衝動〉は収まる。

 もっとも……証拠があるわけでもなく、あくまで、私の経験則による持論でしかないが」

「いえ、何て言うか、その……参考になります、とても。

 それであの、良ければ、もっと色々なことを教えてもらえませんか?

 ――知りたいんです、僕は。自分に何が起こったのか、世界に何が起きているのか」

 七海の墓を守り、思い出の中で生き続ける――。

 先に一度夢想したその道が、魅力的なのは事実だ。

 だが、それではいけないと――現実を見据え、罪悪感も悲しみも受け止めて前を向かなければいけないと、自らを叱咤する意志もまた、事実としてカイリの中にはあった。


  『ほら、かおをあげなさいっ!』


 幼い頃の七海の言葉が、またふっと脳裏を過ぎる。

 そう――七海はきっと許さないだろう、過去にしがみついて、逃げ続ける生き方など。

 そんなものは、『生きている』とは言わないと。

 ……だから――。

 カイリは真っ直ぐな意志を込めて、ヨトゥンを見上げた。

 ヨトゥンもそれに応えるように、「私もだ」と大きく頷く。

「私も、君と同様、自分に――そして世界に起きたことを知りたいと思っている。

 改めて、互いに知り得たことを話し合い、検証してみるとしようか。

 ――私も、カイリ、君の話にはとても興味があるからな」



 ……実際に話し合いを始めてみると、その状況はほとんど、ヨトゥンという教師が、生徒のカイリに授業を行っているような具合だった。

 しかし、それも当然のことと言える。

 もともと年齢による人生経験の差もある上に、医師としての知識を活かして、自らの身体を使った様々な実験・検証を行うなど、まさにヨトゥンだから出来たことで、一高校生に過ぎないカイリには、到底不可能な話だからだ。

 ただ、だからといってヨトゥンがカイリの話に耳を傾けなかったわけではない。

 先に宣言した通り、彼は熱心に、カイリの体験や考えに耳を傾けていた。

 その様子が、まるで病院で問診をしているようだとカイリがたとえると……それもそうだとヨトゥンは笑った。

「ふむ……気付けば、すっかり夜になってしまったな。

 昼日中とはまた違う静けさが、より強く神域らしさを感じさせて、実に趣深い」

 話が一区切りしたところで、ヨトゥンは言葉通り何とも興味深げに、大きくゆっくりと境内を見渡していた。

「すいません、結局、長々と立ち話させてしまって」

 この神社が自分の家であることは話したものの、少なくともここ数ヶ月は放置されていた手前、人を招けるような状態ではないと、客の案内を遠慮していたカイリ。

 しかし今は、こうまで話し込むぐらいなら、やっぱり簡単にでも掃除して家に入ってもらうべきだったと後悔しきりだった。

 だがヨトゥンは、気にするなとばかりに小さく手を振る。

「君も理解している通り、私たちの身体は疲労とは無縁だ。

 こう言っては何だが、先天性色素欠乏症の君ですらそうなのだから、頑丈さばかりが取り柄の私などは推して知るべしというものだよ。心遣いだけで充分だ」

「……加えて、僕たちの身体はもう老いることもない――でしたよね」

 先にヨトゥンから聞いた話を思い出し、カイリは静かに呟く。


 ……白子(アルビノ)であるのは生まれついてずっとだったし、珍しくはあっても起こりうることだと認知されている状態だ。

 しかし、『老いない』というのは、明らかに生物の常識の範疇を大きく逸脱した異常だ。加えて、恐らくだが、死ぬこともないのだ。

 薄々そうではないかと感じていたが、改めて他人から証拠をもって突きつけられたその事実は、少なからずカイリにとってショックだった。

 太古の昔から、多くの人間が渇望してきた不老不死という至宝……それが、こんなに残酷で無慈悲なものだとは思わなかった。


 ――僕はただ、僕を認め、受け入れてくれた大切な人たちと、穏やかに生きていたかっただけなのに……。

 知らず、カイリは拳を握り締める。


 これが、かつて神を騙ったことへの罰なのか。

 これほどに、苛烈な罰を負うほどの罪なのか――。


「……ちなみにだ、カイリ。君は、私たち……一般的には、〈屍喰(シニカミ)〉と名付けられている私たちという存在について、どう捉えている?」

「僕……ですか? 僕は……」

 唐突に向けられた質問に、意識を引き戻されたカイリは眉根を寄せて考え込む。

 そうしていると、答えが出るまでしばらくかかると踏んだのだろう、ヨトゥンは先に自らの考えを語り始めた。

「私は、一種の進化のようなものではないかと捉えている。人が、その上の別の存在になるため、文字通り一度死に、そして生まれ変わったのだと。

 そもそも人間は、今の状態に進化するまでにも、何らかの突然変異がなければ説明がつかないと言われるほどに、劇的な変化を経てきているのだから。

 ……もちろん、これはあくまで私自身の推測だ。この先、世界の誰かが突き止める真実は、この推測とはまるで違うかも知れないが……ね」

「僕は――」

 一度言葉を切り、そうして改めて意を決したように、カイリはヨトゥンを見上げた。

「僕は正直まだ、ヨトゥン、あなたのようにきちんと事実を受け止め、整理することが出来ていません。自分がもう人間でないことを理解しているくせに、でも納得出来ていない、そんな弱虫です。

 けれど、僕は……だからこそ、なのか……人間としての心までは失いたくありません。もうとっくにそんなものは無いのかも知れないけど……でも、自分が人としてと信じる、その心に沿った生き方をしたい――それを探したい。そう、思うんです」

「ふむ……なるほど」

 否とも応ともせず、ヨトゥンはただ自然に、落ち着いてカイリの言葉を受け取った。

「では、これから君はどうする?」

「……ヨトゥン、あなたに会えて分かったことも多いですし、色々と考えることも出来ました。だから取り敢えずはこのまま、同じ屍喰となってしまった人を探していこうと思います。

 そうする中で、この異変の真実や、僕自身の答えも見つかるかも知れませんから」

「そうか。……よし」

 一つ頷いたヨトゥンは、自分の肩掛け鞄を探り、取り出したメモ帳に何かを走り書きすると、そのページを破り取って、革製の財布とともにカイリに差し出した。

「………これは?」

「そのメモした住所に、私が日本へ渡る際に頼った運び屋がいる。話は通しておくから、会ってみるといい。

 今の君では、パスポートを取ることも、使うことも難しいだろう? だがその運び屋に任せれば、その辺りもうまくやってくれるよ。

 ……ああ、大丈夫、確かに相手は裏世界の住人だが、死にかけていたところを救ってやった恩があるから、私の紹介だと言えば悪いようにはしないはずだ。

 もっとも……何かを企んだところで、ただの人間が君に何を出来るでもないだろうが」

「い、いえ、そうじゃなくて、その……」

 ヨトゥンの意図を汲みきれず、差し出されたものを受け取りはしたものの、戸惑うしかないカイリ。

 その肩を、大きな手で優しく叩き、ヨトゥンはきっぱりと言った。

「世界を見てくるといい、カイリ。その眼で」

「……ヨトゥン。で、でも……!」

「――それがきっと、君が探す答えへと繋がっているはずだ」

 ヨトゥンは、穏やかながら有無を言わさぬ口調で続ける。

「もちろん、それだけじゃない。君の身の安全を私なりに考えて、という理由もある」

「僕の、身の安全……ですか」

「ああ。君も思い至っていることだろうが、人間というものが、我ら屍喰に対して全面的に寛容になるとは考えにくいからだよ。

 今のところはまだ、不確実なウワサ程度で済んでいるから実害も少ないが……存在がはっきりと認識されれば、我らが忌避の対象となるのは間違いないだろう。

 そうなると、実験動物扱いすらされかねない。……それも、生屍についても何も理解出来ずにいる今の人類では、何ら得る物はないだろう、無為極まりない実験の、だ。

 つまり――少なくとも今しばらくの間、我々は姿を隠していた方がいいということになる。

 恐らくその気になれば、我々は、軍隊を相手にしたところで、百や二百――いや、きっともっと大勢の人間だろうと、造作なく殺すことも出来るはずだが……そんな真似は望まないだろう? 無論、私もだ。

 だがカイリ、あいにく君はその特徴的な外見のせいで、どうしても人目に付きやすい。世を捨てて隠棲するわけでもなく、その上、日本という小さな島国に居続けるとなればなおさらだ」

「だから……僕が、先に言ったように行動するつもりなら、日本を出るのが一番だと……そういうことですか」

 ヨトゥンは大きく頷く。

 だがそれでもやはり、渡された財布を、カイリは中途半端な位置から動かせずにいた。

「で、でも、だからって……」

「運び屋への渡りはささやかな手助け、そしてその財布は餞別だよ。いくら我らが飲まず食わずで平気だと言っても、路銀があるに越したことはないからな」

「そ、そんな……」

 会ったばかりの人にそんなにしてもらうわけにはいかないと、なおも断ろうとするカイリだったが、ヨトゥンは笑顔でそれを撥ね付けた。

「あいにく、私は独り身でね。君が思っている以上に貯えはあるんだよ。

 それに、私には医術という、いざとなれば稼げる技術があるが、学生の身だった君にはそういったものもないだろう? ここは素直に大人の厚意に甘えておくといい。

 第一、君は会ったばかりの人に、と言うが――私たちは数少ない〈同族〉なんだ。手助けをするぐらい、当然だとは思わないか?」

 ――こういうとき、友人や養い親からは、線の細い見た目に反して案外頑固だ、と言われてきていたカイリだったが……ここまで理路整然と、しかも同族という言葉まで出されて説き伏せられては、断ることも出来なかった。

 改めての感謝の言葉とともに、大きく頭を下げる。

「それで、ヨトゥン……あなたの方はこれからどうするんですか?」

「何も無ければ、君と行動するのも良かったのだが……私には私で、少々やるべきことがあってね。

 有り体に言って友人を探しているのだが、その手掛かりがこの伏磐(ふせいわ)にあるかも知れないんだ。それを探さなければならない」

 ヨトゥンの視線に、これまでにない厳しさが宿る。

 多くを聞かなくとも、彼にとってとても大事なことなのだと、カイリにも察せられた。

「そうですか……。その、友達に無事に出会えるよう、祈っています」

「ありがとう。君も、君自身納得のいく答えが見つかればいいな。

 果たして、それがどういったものなのか――聞けるときを楽しみにしているよ」

 ヨトゥンは、改めて大きな手を差し出す。

 カイリは今度は戸惑いも躊躇いもせず、それをしっかりと握った。

「……はい。あなたから受けた恩は忘れません、ヨトゥン。いずれきっと、お返ししますから」

「そうか。では、そちらも楽しみにしていようかな」

 これも屍喰の性質なのだろう――。

 握り合うお互いの手に、温度としてのぬくもりは感じられなかった。だが……。

 そこにあるのは、決して、冷たさではなかった。





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