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いつか見たユメ  作者: 酸味の強い柑橘さまに乗せられた一同
4/5

数年後、君の結婚式

 大学を卒業してからは、仕事に追われる日々が続いた。慣れるまでは緊張と生活の変化についていけずくたくたになり、慣れれば仕事量と責任が増えた。


 大学にいる間、優人はそれなりに女性とも付き合った。しかし長続きはしなかった。理由はなんとなく分かっている。

 皆、優人の中へ、いもしない女の影を見ては離れていく。優人は否定もしなかったし、琴美との思い出を話すこともなかった。


 我ながら女々しいと思う。けれど、過ぎ去ってしまったあの頃の気持ちは、いつまでも疼きとなって心に居座り続けていた。


 社会人になってからは、女性と付き合うことさえ面倒になった。

 どうせ本気になれはしない。だったら最初から面倒は避けるべきだ。

 相手の女性のためにも。



 ある日の土曜日だった。休日だというのに出張を命じられ、優人は電車に揺られた。

 といってもこんなことは日常茶飯事、カレンダー上では土日は休日ではあるけれど、土曜日は半ば出勤日として認識されている。


 大手ではないが、それなりに大きな会社の営業とくれば、あちこちを飛び回ることになるものだ。

 今日の出張は出身地だった。久しぶりに立ち寄る懐かしの故郷ではあるが、あいにくと時間がない。今日中に取引先を二軒、はしごしなくてはならず、しかももう一軒は隣の県だ。


 電車から降りて改札口をくぐれば、何年振りかの街並みが広がっていた。

 実家へは盆と正月くらいは帰省している。しかし実家から二駅の距離にあるこの場所を訪れるのは、高校を卒業して以来、一度もなかった。


「変わったな」

 取引先へ向かいながら、優人はぽつりと漏らした。


 駅前にあった小さな商店は姿を消し、代わりにケーキ屋や雑貨屋が出来ていた。古びたタバコ屋もシャッターを閉め、新しい自販機のみが直立している。

 いかにも最近出来たという風体の綺麗な家もあれば、記憶よりも薄汚れてしまった家や店、色あせた看板もある。

 見覚えのあるもの、ないもの。

 それらを確認しながら、優人はバスへ乗り込んだ。


 取引先の会社は、バス停からほど近いビルの三階にあった。


「休日に呼びつけて悪かったね、佐々木さん」

「いえ、そういう栗田さんだって土曜も働いてるじゃないですか」

「ははは。お互い様だな」


 電話やメールのやり取りはしょっちゅう、こうして会うのも一度や二度ではない。

 事前に電話で確認していたのと資料をそろえていたことも手伝って、途中で冗談や世間話も挟みつつ、何事もなく打ち合わせは進んだ。


「それじゃ、この内容で見積もり出してメールさせてもらいますね」

「頼むよ、このご時世、うちもかつかつなんだから」

「またまた。ま、栗田さんの頼みですからね。出来る限り勉強させてもらいますよ」

「助かるよ」


 お決まりのセリフでなるべく安く見積もるようお願いされ、優人も決まり文句で努力すると返す。


 といっても利益はしっかりと確保する。そこは譲れないから値引きは微々たるものだ。

 向こうもそこは分かっているが、こういった小さな駆け引きでもやっているのとやっていないのとでは全く違う。ありていに言えば、やらなければ舐められるのだ。


 全てを鵜呑みにせず、信用せず。しかし信頼関係は築く。時に引いて、時に押し通す。このバランスが難しい。その分、やりがいもあった。


 無事に打ち合わせを終え、栗田に挨拶をして会社を出る。

 外へ出て、ほっと肩の荷をひとつ下ろすと、空腹に気が付いた。

 スマホを確認すれば、ちょうど昼時だ。次に乗る予定の電車までは残り四十分ほどの時間がある。店に入って昼食を済ます余裕はないが、次の電車が来るまでただ待つには長い。


 取引先を出た優人は辺りを見渡した。隣のビルの一階にコンビニがあるし、向かいには公園があった。

 今のうちに昼食を済ませてしまおうと、コンビニでおにぎりとペットボトルの緑茶を買い、公園へ向かった。ベンチに座り、懐かしさに目を細める。


 公園ではバラが見頃を迎えていた。赤や白、ピンクに黄色。色とりどりのバラがアーチを這わせてある。そのため、バラのトンネルが出来ていて、その下を老夫婦が歩いていた。


 ……あのクリスマスの夜は、バラではなく人工の灯りがトンネルを作っていた。


 優人の脳裏に、あの夜の光景がよみがえる。

 今、葉を茂らせている木々にはLEDライトが灯っていた。植えられた花々の代わりに作り物のライト。日差しの中でそびえるだけのピラミッドは光輝いていた。


 奇しくもここは高校三年生の冬、クリスマスのあの日。最後のWデートをしたあの公園だった。


 ベンチに腰掛け、おにぎりを腹へ押し込めながら、優人は見るともなしに園内を眺めた。


 公園の向こうにはチャペルも見える。あの時は暗くて見えなかったが、こんなにも近くにあったのか。


 優人は最後のおにぎりを口に放り込み、緑茶で流し込んだ。


 チャペルのドアが開き、招待客が出てきた。チャペルの入り口に彼らが並ぶ。

 それをぼんやりと見ていたら、チャペルの中から新郎新婦が現れた。

 グレーの燕尾服に身を包む新郎と、純白のウェディングドレスをまとった新婦。


 優人の、緑茶を持つ手が止まる。鼓動も止まった気がした。


 招待客たちが、手に持った花びらを新郎と新婦へと放った。白いチャペルをバックに、多彩な花びらが舞う。

 赤や白、ピンクに黄色。一斉に放たれた花びらが、新郎と新婦へ降りかかる。


 ひらひら、ひらひらと。


 花びらのシャワーを浴びる新婦が微笑んで、新郎と笑い合う。白いドレスに何枚かの花びらがくっついて、飾りになっていた。


 その、新婦の姿は。


 コンタクトにしたのか、涼やかな目に眼鏡はかけられていない。艶やかな黒髪は結い上げられて、ブーケと花で飾られていた。

 白い肌、ほっそりとした顎、ドレスから伸びるたおやかな手は変わらない。今、目の前で本当に咲いているバラよりも美しかった。


 あの頃よりも綺麗になった琴美が、そこにいた。


 優人は、でかいハンマーか何かで殴られたような気分だった。それほどの衝撃を受けた。

 暑いくらいの日差しの下だというのに、緑茶を持つ手が冷たくなる。


 心を落ち着けようと優人はまた一口、緑茶を口に含んだ。苦みと渋みがじんわりと口内に広がった。ゆっくりと飲み下せば、胃の腑が冷えて舌の上に苦みが残る。


 花嫁が後ろを向いてブーケトスをする。

 ブーケをキャッチしようと、待ち構えた女性たちが手を伸ばした。


 空高く上がるブーケ。

 追いかけて伸びる手。


 わあっと歓声が上がった。

 嬉しそうにブーケを手にする女性と、女性に優しく微笑みかける新婦。新婦の肩を抱き寄せる新郎。絵にかいたように幸せそうな光景だ。


 それを眺めたあと、優人はそっと立ち去った。

 胸にじくじくとした痛みを抱えながら。


 あの時、言うことが出来なかった。あの時、しっかり掴んでおけなかった。その結果を目の当たりにした。それだけのことじゃないか。


 想像以上にこじらせている自分に苦笑する。


 背後では、招待客の祝福の声と、鐘の音が鳴り響いていた。

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