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いつか見たユメ  作者: 酸味の強い柑橘さまに乗せられた一同
3/5

その別れは胸を甘く疼せる

 高校三年になった。結局、琴美とは三年間同じクラスになることはなかった。受験のため、次第にWデートの回数も減っていった。


 薄暗くなりつつある、日曜日の公園。カップルたちが園内を程よくにぎわせている。

 クリスマスイブの今日。最後のWデートということで、優人たちは公園のイルミネーションを見にきていた。


 電車で二駅、そこから専用バスも出ているから高校生でも簡単に行くことが出来る。

 夜間の外出になるため、友梨佳の家の許可を取るのが大変だった。しかし琴美と二人がかりで説得したらしい。

 普段から友梨佳の両親の信頼が厚い琴美である。九時までには戻ることを条件になんとか納得してくれたそうだ。


 黄昏の空はだいだい色から紫へ、紫から紺色へと変化していく。まだ明るいうちから点灯していたイルミネーションが、暗くなるごとに存在を主張していった。


 葉を落とした木々を彩る青白いLEDライト。公園の遊歩道は夏場ならバラのアーチが見事なのだが、今は光のトンネルだった。花壇には花の形を模したライトが、本物のかわりに咲いている。

 幻想的な人工の灯りの間をゆっくりと歩いた。なるべく時間がかかるように、踏みしめるように、惜しむように歩いては、足を止めてイルミネーションに魅入る。


 一番の見どころは公園の中央にあるピラミッド型のイルミネーションで、今の季節はクリスマスツリーをイメージしてある。緑のLEDライトと、金と銀のモールのように斜めに走るLEDライト、てっぺんに星もつけられていている。

 時間をかけて中央までやってきた四人は、そのクリスマスツリーの前でそれぞれに声を上げた。


「すごーい。綺麗だね、風太くん」

「そうだな」

 うっとりと見上げる友梨佳を、イルミネーションそっちのけで風太が眺めている。体の横にある風太の手が、何度も握ったり閉じたりしていた。

 しばらく開け閉めを繰り返していた拳が、ぐっと握られる。


「でも、友梨佳ちゃんの方が綺麗だよ」

「えっ」

 風太に真顔で言われて、友梨佳が固まった。青白い光の照り返しの中でも分かるくらいに赤くなる。


 今の二人は流石に会話を交わすようになった。それでも以前女の子たちに言っていた歯の浮くようなセリフを、風太は友梨佳に言ったことがない。少なくとも、Wデートの最中にはなかった。優人と琴美が知る限り、二人はWデート以外で会うことはなく、ラインでのやり取りくらいだ。


 真っ赤になった友梨佳が、それでも視線を逸らさずに風太を見上げた。風太はぎゅっと唇を引き結び、友梨佳を見下ろしている。


 クリスマスツリーの前では、沢山の人々が思い思いにツリーを見上げ、会話を楽しんだり静かに魅入ったりしていた。

 光の渦と、人のざわめきの中、きっと風太と友梨佳は二人だけの世界にいる。


 優人は隣の琴美へ視線を移した。琴美も優人へ顔を向けていた。

 顔を見合わせた二人はくすりと笑い合うと、一緒に後ろへ下がった。見つめ合う風太と友梨佳から少しずつ距離をとっていく。


 他のカップルや子連れの家族の隙間に、そろそろと顔を近づける二人の姿があった。唇と唇が刹那だけ触れ合って、ぱっと離れる。

 風太と友梨佳は互いにバタバタと手足を動かし、なにかしゃべっていたが、そのうちに手を繋いでクリスマスツリーを見上げた。


「あの二人って、ずっとあの調子だったわね」

 しみじみと琴美がつぶやいた。

「うん。そうだね」

 優人も同じように感慨深く頷いた。


 付き合い始めて二年近いというのに、風太と友梨佳は驚いたことに、清い関係どころか未だにキスもしていなかった。

 先程のキスが二人のファーストキス。優人と琴美はWデートを通して、二人をずっと眺めてきた。


 最初の頃こそ警戒して風太を見ていた琴美も、今となっては二人を応援している。


 仲良く寄り添う二人と、二人の前で輝くイルミネーション。

 その後ろで、優人はそっと手を伸ばした。

「イルミネーション、綺麗ね」

「うん」

 伸ばした先には、やはりこちらに伸びてきた琴美の手があって。

 互いの手の存在を確かめるように、ひっそりと握り合った。


 近くにはチャペルもあって、この公園で式を上げるカップルも多いという。


 優人と琴美は、ずっと風太と友梨佳のWデートに付き合ってきただけの関係だ。

 だけど優人は琴美のことが好きだ。

 琴美の気持ちは分からないけれど、好意のようなものは感じていた。今だって嫌がらずに手を繋いでいてくれる。脈はあるんじゃないかと思っている。


 もしも今、琴美に好きだと告げたなら。彼女は受け入れてくれるのだろうか。頬を染めて、恥ずかしそうに頷いてくれるのだろうか。


 優人の目はツリーを通り越して、空へと向けられた。イルミネーションにお株を奪われ、ぼんやりと光っている星々をみつめる。


 暗くなりきれない夜空に、さっき脳裏に焼き付いた、風太と友梨佳のキスが浮かぶ。夜空に映された友梨佳の顔がいつしか琴美に、風太の顔が自分になって、しかも琴美は花嫁姿だった。


 花嫁のベールを払い、二人の顔が近づいて誓いのキスを交わす。

 聞こえないはずの鐘の音がした。


 目の乾きに耐え切れず瞬きをすれば、全てが消え失せて現実に戻る。


 戻ってきた人のざわめき、イルミネーションの明るさ、夜空にまたたく儚い光を放つ星々。

 手のひらに伝わる、琴美の小さくて柔らかい、ひんやりとした手。力をこめてしまえば折れてしまいそうで、怖くて優人はしっかりと握れずにいた。


 幻のようだった、起きたままのユメ。

 なんて素敵なユメだろうか。


 空から隣の琴美へ視線を戻す。琴美は少し目を細めて、風太と友梨佳を見ていた。


 今ここで琴美に言えば、ユメがいつか現実になるかもしれない。

 優人の心臓が早鐘を打った。


「あのさ……」

 眼鏡の向こうにある琴美の瞳が優人を見上げる。それは少し潤んでいて、期待しているように思えた。微かに開いた唇が、もの言いたげに誘っている。


 言え、言ってしまえ。今言わなければいつ言うんだと、優人は自分を叱咤する。


「菊池さん、僕……」

「あっ、いたいた!」

 その時、少し鼻にかかったような声が、二人の間に割って入った。


 優人の手からするりと手が引き抜かれる。引き留めようと力をこめる暇もない。優人は空になった手のひらを虚しく握りしめた。


「急にいなくなっちゃうから、焦っちゃった」

 ふわふわとした髪を揺らして、友梨佳がこちらへやってきた。


「ごめん、ごめん。お邪魔だったと思って。ね? 佐々木くん」

 ぱたぱたと駆け寄ってくる友梨佳に、琴美が肩をすくめた。それから優人に同意を求めてくる。


「あ、うん。そうそう。二人がいい雰囲気だったからさ」

 琴美の言葉に優人は相槌を打った。

 高鳴っていた鼓動も、琴美の態度も元に戻る。冷えていた琴美の手は、優人の手のひらに体温さえ残してくれない。


「いい雰囲気だなんて。やだっ、二人とも」

 ぼんっ、と音がしそうなほどに赤くなった友梨佳が、後ろから合流した風太を見上げる。


「サンキューな、二人とも」

 そんな友梨佳を優しく見てから、風太が優人と琴美に礼を言った。


 最後のWデートは終わり、四人は家路につく。


 バスの中でも、電車の中でも、風太と友梨佳の手はしっかりと繋がれていた。

 優人の手は空っぽだった。掴み損ねた琴美の手は、空虚だけを残した。

 それが悲しかった。



 Wデートという接点がなくなり、琴美との距離がまた開く。

 クラスも違うため、廊下などですれ違っても挨拶をする程度でしかなかった。


 琴美の進学先が気になるけど、聞けない日々が続く。

 そうして迎えた、卒業式当日だった。


「私と風太くんは地元に残るけど、琴美は出て行っちゃうんだね」

「うん」

「京都の大学だって? いいなあ。連絡するからさ、ずっと友達だよ」


 式の後、琴美と友梨佳の会話を耳に入ってきた。

 優人が進む大学は東京。琴美は京都の大学。お互いに西と東の大学に分かれたことを、今になって知った。


 教師、クラスメート、友人、部活仲間など、皆それぞれ別れの挨拶を交わす。優人もそこここで別れを惜しみ、やがて琴美と向き合った。


「佐々木くん」

「菊池さん……」

 優人は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。言ってどうなるというのだろう。


 優人が琴美を好きなように、琴美も優人のことを憎からず思ってくれているのではないか。なんて、思っているのは優人の都合のいい幻想かもしれない。

 琴美に断られてしまったら。勘違いだと笑われてしまったら。きっともう、全てが壊れてしまう。


 もし頷いてくれたとしても、別々の大学。東と西。距離は……遠い。


「僕は東京の大学なんだ」

 優人の口から滑り出たのは、素っ気ない事実のみだった。


「……そう」

 眼鏡の奥で、琴美の瞳が揺れた。何かの光が浮かんで、消える。


「だったら、これでお別れね」

「うん……そうだね」

 優人は笑った。


「菊池さん、元気で」

「佐々木くんも、元気で」

 琴美も笑顔だった。涼やかで、透明な瞳が弧を描く。


 琴美とはこうして別れた。


 ユメは消える。

 美しく、儚く、鮮烈な、あの日のユメは。


 優人の胸に言えなかった言葉と、疼きを残して、消えた。

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