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いつか見たユメ  作者: 酸味の強い柑橘さまに乗せられた一同
2/5

交際未満の交際

 日曜日、優人は待ち合わせの駅へ向かった。


 実を言えばあまり気は進まない。風太もいるWデートとはいえ、知らない女の子と一緒に行動するのだ。風太のためを思って引き受けたものの、はっきり言って緊張する。


「よお」

 駅よりも手前の道で風太が優人を待っていた。爽やかなピンクのオックスシャツにボーダーTシャツ、チノパンといういで立ちで、そわそわと落ち着かない様子で立っている。

 よお、と上げた片手がやたらと真っ直ぐ伸びていて、表情も硬い。


 優人自身は、あまり気合が入りすぎた格好もおかしいが、かといって気を抜きすぎた格好もどうかと思った。悩んだ挙句にTシャツに薄手のパーカー、ジーンズという無難な恰好である。


「今からガチガチになっててどうすんのさ。ほら、深呼吸」

 自分よりも緊張している人間がいると、落ち着かざるを得ない。仕方なく、優人は風太の世話を焼いた。突っ張っている背中を叩いてやる。


「そ、そうだよな」

 風太が大げさに肩を上下させて、すぅはぁと息を深く出入りさせた。

 風太の方がよほど場慣れしているだろうに。これはいよいよもって、風太らしくない。


 スマホを確認すると待ち合わせの時間の十分前。遅すぎず、早すぎずだ。

「よし、そろそろ行くよ」

「おう」

 優人の掛け声に、風太がぎくしゃくと足を動かした。なめらかじゃない、ロボットのような動きだ。


 やれやれ、これでは普段とあべこべだと、優人は内心で溜め息を吐く。優人こそ女の子としゃべったりするのは苦手というのに、こんなことで大丈夫なのだろうか。

 不安だらけのWデートは、まだこれからだった。


 角を一つ曲がると、駅の全容が見えてくる。当然、駅で待ち合わせている人物も見える。

 衣笠 友梨佳(きぬがさ ゆりか)とその友人の姿を認めた時、優人は心臓が止まるかというほどの衝撃を受けた。

 少しの間、本当に時が止まってしまった気がしたのだ。


 肩までの真っ直ぐな黒髪に白い相貌、黒縁の眼鏡の奥にある涼やかな瞳。菊池 琴美(きくち ことみ)がそこにいた。


 接点もなくなり、そのうち忘れて記憶の彼方へと消えゆくはずだった琴美。彼女が鮮やかに形を成して、そこにいる。紺のボーダーTシャツに黒のスカートのようになったパンツが、琴美を大人っぽく見せていて、優人はどきりとした。


 隣にいる小柄な女の子が友梨佳だろう。彼女はパッと見た感じ、小動物を思わせる女の子だった。

 パステルカラーの黄色いカーディガンとひざ丈の花柄ワンピース、ふわりとした髪と優しい顔立ちだ。

 友梨香は忙しなく膝の前で、もじもじと両手を擦り合わせていた。

 隣に立つ琴美が静かで動じていないだけに、友梨佳の落ち着かなさがちょこちょこと動く小動物を連想させるのかもしれない。


「ごめん、待ったかな」

「ううん、今来たところ」

 風太が少しぎこちなく微笑んで、友梨佳もはにかんだ笑みを返す。


 はたから見れば微笑ましくて初々しいカップルだが、普段の風太を知っている優人は「誰だお前」とツッコミを入れそうになった。


 ここで笑顔を向け、行こうかと声をかけて自然に手を繋ぐ。後は女の子の好みそうな話題で楽しませるのがコツだと、優人へレクチャーしていたくらいだというのに。

 風太は手を繋ぐどころか棒立ちだし、友梨佳は落ち着かない様子で足元を見つめている。


 ふと、琴美に目をやると風太を見る彼女の表情が険しい。眼鏡の奥の眼光も鋭くて、自分に向けられているわけでもないのに、思わず背筋が寒くなる。委員会で優人に見せたことのない琴美だった。


 これはどう考えても二人を祝福していない。その気持ちもよく分かる。女の子をとっかえひっかえする風太はそれなりに有名だ。優人の胃がキリリと痛んだ。


「あ、あの。菊池さん、久しぶり」

 ひきつりそうになる顔に愛想笑いを浮かべ、優人は琴美に声をかけた。


「久しぶり、佐々木くん」

 優人を見ると、琴美の目つきが弛んだ。口元もほんの少しだが上がる。

 親愛というほどでもないが、それなりに気を許してくれている表情だ。委員会の時と同じでほっとする。


「びっくりしたわ。木村くんの友達があなただったなんて」

 聞き慣れた耳心地のいい琴美の声に敵意はない。少なくとも、優人へは。

「僕も驚いたよ。衣笠さんの友達が菊池さんとは思わなかった」

 今度は自然な笑みが出た。痛みが引いてきた胃を、服の上から撫で付ける。


 琴美とは、もうこうやって話すことなどないと思っていた。琴美に抱いていた淡い気持ちも、全てがあいまいになって、そのうち跡形もなくなるものだと諦めていたのに。

 久方ぶりに琴美と話せたことが嬉しかった。しかし今は琴美よりも風太だ。優人は浮き立つ気持ちを宥めつつ、風太と友梨佳の様子に目を戻した。


 二人は最初の会話を交わした後、言葉が続かないようで、なんとも言えない沈黙が落ちている。

 その内、風太の目がこちらへ助けを求めだした。友梨佳も同じく、琴美の方をチラチラと見ている。


 本当に誰だよお前、と優人は呆れた。

 思わず琴美と顔を見合わす。


「お互い、世話の焼ける友達を持ったみたいね」

 眼鏡の向こうの瞳を柔らかに和ませ、琴美が肩をすくめて見せた。

 少しつんとした印象の琴美がこういった仕草をすると、途端に可愛らしく思えて、優人はくすりと笑った。


「そうだね。仕方ないから助けてあげようか」

「そうね」

 琴美と二人、クスクスと笑い合って、互いの友人の側へ行く。


 こういうWデートなら、悪くないかもしれない。



 電車に乗って向かった先は動物園だった。

 流石に風太は手慣れていて、デートコースもお手の物ではあったのだが、なにせ友梨佳の趣味が分からなかった。


 普段の風太ならさっさと上手く会話を弾ませて、その子の趣味をなんとなく探り、好きそうな所へ連れていく。そうして雰囲気を作って上手くやるんだそうだ。

 何をやるのかは、まあ、散々と自慢されたのだが。


 しかしながら友梨佳に関しては、風太は全くの奥手になってしまうらしい。

 あれこれ話しかけても赤くなってうつむかれてしまい、そのうち風太にまで友梨佳の緊張が伝染してしまって、思うようにしゃべれなくなるんだそうだ。


 結局、映画は友梨佳の好きそうなものを聞き出してから、カラオケはもう少し親交を深めてからにしようということになった。

 ボウリングと動物園は迷ったが、最初は無難にということで動物園に決めた。


 どうやらそれは正解だったようだ。友梨佳は目を輝かせて、檻の前に設置された柵にかじりついた。

 風太がそんな友梨佳を見て、眩しそうに目を細めている。それはいいのだが、そのまま動こうとしない。


 いや、時々話しかけには行くのだ。けれど、風太が声をかけた途端、友梨佳は赤くなって黙ってしまう。そうすると風太はあたふたとしてしまって、互いにぎこちなく二言三言会話した後は、黙って友梨佳と檻の中をみつめる。

 またしばらくすると、友梨佳がうずうずとし始め、ペンギンが可愛いだの猿の赤ちゃんが可愛いだのと言い始める。


 結果、はしゃぐ友梨佳を風太が眺め、それを遠巻きに優人と琴美が無言で観察している図が出来上がった。


 これには優人も頭を抱えた。


 風太がWデートにした理由がよく分かった。この調子では二人きりでデートなんて全く会話が弾まない。

 なんとかしなければと思うのだが、優人も二人の仲を取り持つなんて器用なことは無理だ。

 せめて友梨佳の友人である琴美の協力でも得られればと思うけれど、琴美は二人から少し離れて腕組みをし、冷ややかな視線を注いでいる。優人はそんな琴美の側で、無駄にオロオロとするしかなかった。


 この調子のまま、一時間以上の時間が経過した。

 流石にこのままではいけないと、優人はおずおずと口を開いた。


「あ、あのさ、菊池さん」

 琴美が腕組みを解いた。

 目を閉じてふう、と息を吐き、また開く。


「私、友梨佳が木村くんに誘われたって聞いた時、反対したの。だって木村くん、彼女が頻繁に変わるって有名だったから」

 優人が風太の友人だから遠慮して、だろう。琴美が少し迷うように切り出した。


「そうだね。僕が菊地さんの立場ならそうする」

 もっともな内容に優人が苦笑して頷くと、琴美の目が驚いたように見開かれる。

 友人である優人が肯定したことが意外だったのだろう。優人は苦笑して続けた。


「風太みたいなやつと付き合っても遊ばれて終わりなんじゃないかって心配だよね。でもさ、今回、風太は真剣なんだ。僕もびっくりしているくらい」

 そう言って、優人は檻の前の二人を見やる。


 相変わらず会話のない二人だけれど、友梨佳は楽しそうで、そんな友梨佳を眺める風太も満足そうだった。


「あんな風太は初めてなんだ。ちゃんと衣笠さんを大事にするか僕も風太を見張ってるからさ、菊池さんももう少し見守ってあげてくれないかな」

 眼鏡のレンズ越しに、黒曜石の瞳がじっと優人の注がれる。なんだか試されているようで、優人はごくりと唾を飲み込んだ。


「……分かった。佐々木くんに免じて、二人を見守ってあげる」

 ふっと琴美の目が和んだ。いたずらっぽく人差し指を唇にあて、片目をつむる。

 今度は別の意味で琴美の視線にからめとられ、思わず優人は息を止めた。


 まただ、と優人は思う。

 一瞬、時が止まった。


 停滞は瞬きの間で、知らずに止めていた息を再開する。一気に脳へ酸素が行きわたり、耳がごうごうと鳴って心臓がバクバクと音を立てた。


「……ありがとう」

 まずい、赤くなってしまったかもしれないと思いながら、言葉を絞り出す。


「どういたしまして。ね、せっかくだから動物園を楽しも?」

 そんな優人を知ってか知らずか、琴美は無邪気な顔で誘った。ぐい、と袖を掴まれて、引っ張られる。

 委員会や学校では見ることの出来なかった琴美の一面に、優人の心が乱れた。


 優人の中で透明になりかけていた彼女は、今、鮮やかな姿を刻みこんだのだ。


 この日から、四人でちょくちょくWデートをすることになった。

 けれど、優人と琴美の関係に進展のないまま、日々は進んだ。

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