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いつか見たユメ  作者: 酸味の強い柑橘さまに乗せられた一同
1/5

出会い【挿絵あり】

この小説は、


原案 なななん

プロット構成 山之上舞花

執筆 遥彼方

イラスト 檸檬 絵郎


となっております。

僕らはいつ惹かれて、

いつ 離れていったのだろう。


あの別れよりも辛い事があるなんて、

あの時の僕には、

知るよしもなかった。


挿絵(By みてみん)


****


「佐々木くん」

 鈴を転がすような声の主に呼び止められて、佐々木 優人(ささき ゆうと)はほうきを持つ手を止めた。


「そっちは終わった?」

 声の主は菊池 琴美(きくち ことみ)だ。


 白い肌、ほっそりとした顎、たおやかな手が優人と同じようにほうきを握っている。眼鏡の奥の涼やかな瞳が、こちらへ向けられていた。


「もう少し。すぐに終わるよ」

 短く答えてから、優人はほうきを動かす手を速めた。ささっと最後の一段から埃とゴミを落とす。

 階段を上ってきた琴美が踊場へとちりとりを置いた。そのちりとりへ、落とした埃とゴミを掃いて入れる。

 大きなゴミが落ちていないか、二人でざっと確認して掃除を終えた。


 優人と琴美は同じ美化委員だ。普段は当番制で階段の掃除をしている。月一回ほどはトイレ掃除もある。

  優人と菊地琴美は同じクラスでもなければ、同じ中学校の出身でもない。よって、二人の接点は委員会活動のみだ。

 当番になった時のみ、必要最小限の会話を交わすだけの関係。

 天気がどうとかの世間話くらいは時折する。その程度だ。


 静かで口数の少ない琴美と、やはり積極的に話すタイプではない優人。委員会の当番が同じになったとはいえ、高校の委員会で初めて顔を合わせただけである二人の距離は遠い。


 しかし優人はそれを心地いいと思っていた。


 大した会話もなく進める当番は、最初こそ気まずかったが、慣れてしまえば無理にしゃべらなくてもいい。媚を売らなくてもいい。この距離感こそが楽だった。


 ただ。


 ふとした時、白く細い腕に自分との違いを感じる。

 一緒に掃除道具を仕舞う時、近づいた彼女から香る匂いに心臓が跳ねる。

 スカートの裾から覗く足が眩しく、自分に話しかける声をもっと聞いていたくなる時がある。

 眼鏡を透過してじっと向けられる視線に、勘違いしそうになる。


 思春期の男というのは、我ながらどうしようもない生き物だと心の中で苦く笑う。


「佐々木くん」

「えっ?」

 今も掃除道具をロッカーへ仕舞おうとしている琴美の、艶やかな黒髪の隙間から覗くうなじに目を奪われていた優人は、慌てて聞き返した。


「どうしたの? ぼうっとして」

 訝しげに細められた目が、やっぱり綺麗だと思った。

 琴美の目は二重で、眼鏡越しでは分かりにくいのだが、よく見るとぱっちりとしている。

 瞳は黒曜石のように濡れて光っていて、つい吸い込まれそうになってしまう。

 

「ううん、なんでもない」

 そんな思いを振り払うように、優人は慌てて首を振った。

「そう?」

 小さく首を傾げてから、琴美がロッカーへと体の向きを戻す。


 その何気ない仕草に可愛らしさを感じるのは、優人が女の子に免疫がないせいだろうか。


 掃除道具を無機質で若干くたびれたロッカーへ仕舞うと、琴美が振り向いた。黒髪がさらりと揺れて、眼鏡の下から透明な視線が優人へ注がれる。


 琴美は目が悪いせいか、やたらとこちらの目をじっと覗き込んでくる。これも勘違いの元なのだと優人は思っている。

 きっと他の男子にも同じ調子に違いない。違いないのだが、異性に見つめられて会話すると、嫌でも意識してしまう。


「それじゃ」

「それじゃ」

 当番の仕事が終われば素っ気ない別れの言葉。それで締めくくられる。

 互いに背を向けて自分のクラスへと足を運んで終わりだった。


 琴美との委員会活動は万事がこの調子だった。

 縮まない距離に弾まない会話。

 小さなことに優人だけが、こっそりと振り回されている。


 きっと琴美は優人のことなど何とも思っていない。


 そうして一年が過ぎた。



 二年になりクラス替えがあったけれど、琴美とはやはり同じクラスにはならなかった。委員会も別々で、会うことさえなくなった。

 縮まらなかった距離が、見えなくなるほどに開いてしまえば、優人の中で彼女の存在はどんどん薄くなっていく。

 薄く、薄く、透明になって、そのうち消えてしまうのだろう。


 そんな折だ。友人の木村 風太(きむら ふうた)にWデートしてくれるよう、頼まれたのは。


「なっ、優人。一生のお願い! 日曜日、付き合ってくれ」

 合わせた両手をかかげ、机にこすりつけそうな勢いで頭を下げる風太に優人は渋い顔をした。


「Wデートって、ええー、嫌だよ。なんで僕が」

 机に肘をついたまま、風太の方を見ないで答える。

 面倒ごとに巻き込まれるはごめんだと、思い切り態度と表情で表した。


「そこをなんとか! 友梨香ちゃんの家、すっげー厳しくてさ。普通にデートなんて出来ないんだよ」

 友梨佳ちゃんというのは、衣笠 友梨佳(きぬがさ ゆりか)のことだ。


「だからって何で僕が」

「だから頼むって! 男の俺と遊びに行くなんて出来ないからさ、友梨佳ちゃんの友達の子と一緒に出掛けることにしてるんだ」

 頬杖をついて明後日の方向へ目をやっていた優人は、ちらりと横目で風太を流し見る。風太はまだ頭を下げ続けていた。


「正直に言ったら? そんなの理由にならないだろ。衣笠さんが親に女友達と遊びに行くって言って家を出ればすむ話なんだからさ」

 溜め息と共に言葉を吐きだし、友人の本音を促す。


 本当に家が男女関係に厳しいとしても、上手く隠してしまえばいい。まさか娘が遊びに出るたびに親がついてくるわけでもないだろう。

 適当な理由をつけて家を出てから、デートなりなんなりすればいいのだ。それをわざわざ優人を巻き込もうとするなんて、他に何かあるに違いない。


「う……」

 低くうめいた風太が、言葉を詰まらせる。合わせた両手を上にあげたまま、頭を下げていたが、ついに力を抜いてべしゃりと机に突っ伏した。


「友梨佳ちゃん相手だと緊張して、俺、駄目なんだよ。二人きりなんて何しゃべっていいいか分かんなくって」

 つぶれたカエルのように机にへばりついた風太が、情けない声を出す。


「風太が? 随分とらしくないね」

 意外に思い、優人は頬杖をやめてまじまじと友人を見つめた。


 そこそこイケメンで明るく人懐っこい風太は、誰とでもすぐに仲良くなるタイプだ。それこそ、自分から話しかけるのが苦手な優人でもすぐ友達になれたほど。

 そのコミュニケーション能力は女の子相手にも遺憾なく発揮され、女友達も多い。


 簡単に言えば風太はモテる。しかもチャラい。


 気が多くて、女の子をとっかえひっかえしている。すぐ好きになって付き合い、別れる理由がまた、浮気なのだから優人としては呆れていた。

 友人としては風太はいい奴なのだが、同じ男としてはどうかと思う。もし優人が女の子なら、付き合いたくない。


「今まで付き合ってきた子と全然違うんだよ。大人しくて、真面目で、あんま遊んでないっていうかさぁ」

 それもまた驚きだった。今まで風太が付き合ってきた女の子は、どちらかというと派手めな子が多かったのだ。


「なんでそんな子と付き合うことになったの」

 純粋に疑問をぶつけると、机に顔をひっつけたままの風太が小さくぼそりと言う。


「……胸」

「は?」

 聞き違いかと思い、優人は風太に耳を寄せた。


「おっぱいがデカかった」

 だがしかし、風太が述べた理由のろくでもなさに、なんとも言えない脱力感を覚える。


「……風太、お前ね」

 聞くんじゃなかったと寄せていた体を離し、優人は風太に軽蔑の目を向けた。

 その理由は分からないでもない。分からないでもないけれど。


「真面目な子を相手に、その理由で付き合うのはやめろよ」

 胸のデカさに惹かれてしまう気持ちが分かってしまうだけに、釘を刺しておいた。

 今までの風太の元彼女たちだって、それだけで付き合うのはどうかと思うが、真面目な子なら尚更だ。ましてや、家が交際に厳しいのだから余計にだ。


「確かに! きっかけはそれだったんだ。……でもさ」

 優人の忠告に、がばっと伏せていた顔を上げ、勢いよく始まった風太の語尾がだんだんと小さくなる。


「友梨佳ちゃん、胸だけじゃなくて、顔だって可愛いし。背だって小さくて守ってやりたくなるし、いい匂いするし、こう、男に慣れてない感じとか、真面目なとこが今までの女の子にはなくってさぁ」

 いつもは快活な風太の顔が、みるみる気弱なものになっていく。

 しおしおと、また頬が机に逆戻りした。


「もっと知りたい、話したいって思うのに、出来なくて。俺、どうしていいか分からなくなっちまって。こんな気持ち、初めてなんだよ」

 優人こそ、こんな風太を見るのは初めてだった。


「本気、なんだ?」

 優人の問いに、風太の頭が小さく縦に動く。


「だから頼む! この通りだ!」

 パン! と音を立ててまた風太の両手が合わさった。


「はあ、分かったよ」

 ここまで言われては仕方がない。優人は首を縦に振った。

「っ! サンキュー! 優人」

 ここでやっと風太の顔が本当に上がった。


 風太の顔には満面の笑みと、頬にくっきりと机の型がついている。それも外見を気にする風太らしくない。それほど余裕がないのだろう。


 引っ込み思案な優人は、なんだかんだでこの友人の明るさに救われている。本気の頼みなら聞いてやりたかった。

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