助っ人
「大鷹高校!?︎ 都大会で常にベスト4入りしている強豪校じゃないか!」
譚道場の玄関口で佐藤が驚いたような声を上げる。
ほう、結構強いところなのか。
よくウチと練習試合の予定を組んでくれたな……。
佐藤と会話を交わしつつ、場内へ足を踏み入れると、
「おっ、黒咲!やっと来たか!」
一人の小太りの男が駆け寄って来た。
坊主頭に愛嬌のあるニキビ面。
あっ、こいつは……高村。
彼はクラスメイトの高村耕太だ。
クラスのムードメーカー的な存在で、見た目に反して足が速いのは知っている。
「もしかして剣道部の助っ人って高村なのか?」
「おうよ!実は中学まで譚道部だったんだ。腕には結構自信があるんだぜ」
そう言って高村が腕まくりをしてみせた。
へぇ、高村って譚道経験者だったのか。
初めて知る事実に目を丸くする。
同じクラスメイトだが、俺と高村は殆ど話したことがない。
……なんだか不思議な気分だな。普段関わりのないクラスメイトとこんな形で接することになるとは。
俺がしみじみとした気分で何度も頷いていると、
「あのぉ……一応、僕もいるんですけど」
高村の背後からヒョコリと小柄な少年が現れた。
小学生と見間違える程の童顔に、頭の上で揺れるアホ毛。
とても同い年には見えない。
「剣道部の水戸開成です!初心者だから色々教えて下さい!」
そう言って勢い良く頭を下げてくる。
「ああ、よろしく」
俺が水戸の挨拶に応じていると、
「なあ、黒咲。早速、俺の腕を見てくれよ」
高村がニヤつきながら近づいて来た。
どうやら腕に自信があるというのは本当らしい。
……もしかして、高村って結構強いのか?
その自信満々の表情を見て、期待に胸を膨らませた俺と佐藤。
しかし、その期待は五分足らずで消し飛んだ。
「とりゃー!」
数分後、革鎧を身につけた高村が俺に向かって小剣を振り下ろしてくる。
それを小楯で受け止めて跳ね返すと、
「あれぇぇぇぇ」
その場でバランスを崩した高村が、素っ頓狂な声を上げて地面に尻餅をついた。
その様子を見て言葉を失う。
なんだ?高村のやつ……全ての動きがスローモーションみたいだ。それに、体幹が弱すぎる。
「お、おかしいな。中学の時はもっと素早く動けたはずなんだが」
納得いかない表情で立ち上がる高村。
それに合わせて出っ張った腹がポヨンと揺れた。
「……高村。もしかしてお前、高校生になってから太ったか?」
「あ、ああ。ちょっとだけな……」
俺の質問に高村が恥ずかしそうに頭を掻く。
「ちょっとって……2キロくらい?」
「いいや、20キロくらい」
なるほど、20キロね……ん?
高村の言葉に一瞬、思考が停止した。
それからハッと我に帰る。
いや、20キロはちょっとじゃないだろ!
高村の動きが鈍い原因は間違いなく太り過ぎだ。
ふくよかなその肩に両手を置いて呟く。
「とりあえず……ダイエットしようか」
◇◆◇◆
ポツリポツリと降り出した雨。
譚道場の隅から男子達の練習風景を眺める。
「水戸はもう少し腰を落とした方がいいぞ!高村は肩に力を入れすぎだ!」
素振りを繰り返す高村と水戸に、佐藤がキリキリと指示を出していた。
一週間はあっという間に過ぎ去り、気づけば週末の金曜日だ。
明日はいよいよ大鷹高校との練習試合。
「これは流石に厳しいなぁ……」
ここ一週間、高村と水戸は佐藤にみっちり指導されていた。
そのお陰か、水戸は初心者とは思えない程の成長を見せ、高村には体のキレが戻ってきている。
しかし、まだまだ強豪校と戦うには力不足だろう。
……二人の成長速度にも驚いたが、一番驚いたのは佐藤の指導熱心さだよなぁ。まさか、あいつが他人のことであそこまで一生懸命になれる性格だとは。
俺が壁際に座り込み、スポーツドリンクを飲んでいると、
「あっ、黒咲君。もうジョギング終わったんですね」
水戸がこちらに近づいてきた。
壁際に置かれた水筒を手に取り、水分補給をする。
「ああ、今さっき終えたところだよ。水戸も休憩か?」
「はい!5分だけですが」
俺の質問に水戸が笑顔で答えた。
……水戸はいつも上機嫌だよなぁ。そんなに譚道の練習が楽しいのか?
「水戸は譚道部の助っ人に立候補したって高村から聞いたけど、なんか理由でもあったのか?」
俺が興味半分で尋ねてみると、
「ふふ。実は僕、レン・ドーゲンの大ファンなんですよ」
水戸が嬉しそうに言った。
レン・ドーゲンは三年前から譚道界の頂点に君臨する無敗のチャンプだ。
とにかく自分語りが好きで、試合後の勝利インタビューで武勇伝を延々と垂れ流す癖がある。
若くてビッグマウスのため、世間では嫌われ者だ。
「へぇ、水戸がドーゲン好きとは意外だな。まあ、俺も嫌いじゃないが」
「本当ですか!?︎ 彼の最大の魅力はやっぱりあの攻撃的なポエムですよね!その一言一言に痺れます!」
そう言った水戸がキメ顔で言い放つ。
「俺には悪魔が憑いている!もし俺に勝ちたいと望むのならば人間をやめてみせろ!……かっこよくないですか?」
その言葉にゆっくりと首を傾げた。
いや、それはダサいだろ……。
◇◆◇◆
「立川誠……誰だそいつ?」
譚道用の短剣を振り回していた田中博武は、後輩の言葉に動きを止めた。
「いや。だから、明日試合する真中高校のエースっすよ!中学時代に全国2位だったやつっす!」
後輩の牧田が捲し立てるように言う。
「中学時代に全国2位?……その程度の相手でイチイチ騒ぐなよ」
イラついたように呟いた田中。
しかし、続く牧田の言葉でカッと目を見開いた。
「でも、あの新道善から唯一1本取ってる男っすよ?新道自身もライバルと認めているとか……」
新道善。
百年に一人の逸材と呼ばれる神童で、昨年の全日本譚道選手権を僅か15歳で制覇している。
プロすら敵わないその実力は高校生の枠には収まらない。
(あの新道がライバルと認めた男だと……?)
ゴクリと唾を飲み込んだ田中はゆっくりと獰猛な笑みを浮かべた。
彼は昨年の全国高校生大会・個人の部で新道善に破れている。
あの試合で思い出されるのは圧倒的な実力差の前に惨めに頭を垂れた自分の姿だけだ。
「立川誠か……。新道を倒す前の良いウォーミングアップになりそうだな」