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再会

「お前は……黒咲!何でお前がここにいるんだ?」

「……いや、それはこっちの台詞だ」

翌日、俺が譚道場へ向かうと、予想だにしなかった人物と出会った。


「俺は夏休み明けに転校して来たんだ!」

目の前の男が、大声で叫ぶ。


「そうか。それなら俺は元々ここの生徒だ」

そう言った俺は、大きく肩を竦めた。


そう言えば、別のクラスにも転校生がいるって話だったなぁ。

まさか、この男だったとは……。


げんなりとした気分で目の前の男を眺める。


気難しい顔をした細身の眼鏡男。

そこにいたのは、夏休みの譚道合宿でやたらと俺に絡んで来た佐藤仁志だった。


なるほど。俺と立川以外のもう一人というのはこの佐藤のことか。


確かこいつは……中学時代の都大会覇者だった気がする。


「佐藤お前、何でこの学校に転校してきたんだ?親の都合か?」

俺が適当に尋ねると、


「譚道のためだよ。一ヶ月後に行われる新人戦の個人の部に出たいんだ」

佐藤が嫌そうな顔をした。


「新人戦?」

「ああ、1、2年のみが出られる大会だよ。団体と個人の二部があって、個人戦には1校から3人しか出られないんだ。部員が多いと枠が貰えないだろ?」

佐藤がそう言って大きく肩をすくめる。


「なるほど。確かにウチの高校なら枠の心配はないな」

俺がやれやれと首を振っていると、


「しかし、全く期待していなかったが、団体戦の方も結構面白くなりそうだな」

佐藤がニヤリと笑った。


「俺とお前、そして立川が居れば、かなり良いところまで狙える」

自信満々に言い放つ佐藤を横目に静かにため息をつく。


「いや、流石に3人じゃ無理だろう……というか、立川とはもう会ったのか?」

「ああ」

俺からの疑問に佐藤がこくりと頷いた。


「まさか、あの立川誠が同じ学校に転向してくるとは思わなかったよ」

含みのある言い方。


「何だ?立川のこと元から知ってたのか?」

俺が驚いて尋ねると、


「当たり前だろ。中学の時に全国二位だったやつだぞ?」

佐藤が呆れ顔で教えてくれた。


中学時に全国二位?あいつ、そんなに強かったのか……。

俺が思わず言葉を失っていると、


「何をそんなに驚いているんだ。お前は元世界一だろ?」

佐藤が当たり前のようにそう言った。


「なぜ、お前がそれを……?」

再び驚きで言葉を失う俺に、


「日本では珍しい灰色の革鎧に、海外選手を圧倒できる強さ。この二つの条件に当てはまる日本選手は一人しかいないからな。あの試合を見れば誰でも気づく」

佐藤が呆れたように両手を広げてみせた。


ふむ、確かに灰色の鎧は特徴的だ。

そして、俺は小学校から中学校まで同じ色を好んで使ってきた。


「なるほど、確かにそうかもな。これからは少し実力を抑えて戦う必要がありそうだ……」

「いや、鎧を買い換えろよ!」

俺の言葉に佐藤が全力でツッコんでくる。


さてはこいつ……意外とノリがいいな?

内心で少し佐藤の評価を改める。


「実はな、そこら辺はもう色々吹っ切れているんだ。今更、俺の旧姓が鮎川であることを隠すつもりはない」

俺が力強く言い切ると、


「ふん、正体を隠そうと思って隠せるような実力じゃねーだろ」

佐藤が不愉快そうに眉を潜めた。


そして、俺に向かって鋭く言い放つ。


「黒咲……今から俺と勝負しろ!」


◇◆◇◆


「あの……黒咲くん。頼まれてたポスターできたよ」


夏休み明け4日目の木曜日。

放課後のチャイムが鳴り響く中、前の席に座る女子が話しかけてきた。


身を乗り出すようにしてこちらに一枚のポスターを手渡してくる。


薄手のセーラー服を着たセミロングの少女。

クリッとしたまん丸の目がとても可愛いらしい。


彼女はクラスメイトの朝川ノゾミだ。

その抜群のプロポーションと控えめな性格で、男子たちから絶大な人気を得ている。


「朝川さんありがとう。本当に助かるよ」

礼を言いつつポスターを受け取った俺は、そのまま紙上に視線を落とした。


部員募集用のポスター。

美術部に描いてもらうのが学校の慣例となっており、朝川さんに頼んでおいた。


カラフルで人目を引きそうなデザインだ。

朝川さん絵上手いなぁ……。


俺がしみじみと眺めていると、


「ちょっと派手過ぎたかな?気になるところがあったら直すよ……?」

朝川さんが小声で尋ねてきた。

その上目遣いに一瞬ドキリとする。


これは……凄い破壊力だな。クラスの男子達が夢中になるのも分かる。


俺が朝川さんの言葉に答えようとするが、


「いや、問題ない。お前の絵は完璧だ」

それよりも先に別の男が口を開いた。

声の主は確認しなくても分かる。


相変わらずの偉そうな物言い。隣の席に座る立川だ。


「そ、そうかな?それで問題がないのなら私は部活に行くけど……」

「ああ、朝川さん。本当にありがとう」

俺が改めて礼を言うと、荷物をまとめた彼女がそそくさと教室を出て行った。

その後ろ姿を見送り、立川も席を立つ。


「それじゃあ俺も帰るぞ。ポスターは印刷して校内の目立つ所に貼っておいてくれ」

それだけ言い残し、立川が去って行く。


……いや、俺だけでやるのかよ!

やれやれと首を振った俺は、静かに呟いた。


「了解だよ、ボス」


◇◆◇◆


「え?……他の部活からの助っ人ですか?」

「はい、新人戦まで残り1ヶ月。練習試合などの日程を考慮すると、今回は他の部から人を借りた方がよいかと。勿論、部員募集はこれまで通り続けてもらいますが」


「分かりました。他の部員に伝えておきます」


翌日の放課後。

新垣先生に呼び出された俺は、軽く会釈をして職員室を後にした。


そのままの足で譚道場へと向かう。

しかし、

……佐藤は今日は休みか。


そこに男子の姿はなかった。

それどころか、女子の姿もない。


うーむ、これはどうしたものか……。

途方に暮れた俺が、譚道場の入口で立ち尽くしていると、


「あっ、黒咲くん。今日の練習は休みだよ」

突然、背後から女性の声が聞こえてきた。


誰だ?

慌てて声がした方を見ると、そこには防具袋を背負った一人の女子生徒がいた。


キリッとした目元に、きつく結ばれた口元。長い茶髪を後ろで一つに束ねている。


彼女は譚道部主将の樋口真理だ。

しっかり者で部員達からの信頼が厚い。


「樋口先輩、お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様……もしかして、黒咲くんこれから暇?」

樋口先輩が首を傾げなら尋ねてくる。


「はい。暇ですよ」

俺が頷くと、


「そう。それなら一緒に獅子高校の公開練習を見に行かない?」

樋口先輩がパッと顔を輝かせた。


「獅子高校?」

「ええ、春夏の都大会を五連覇している名門よ。大きな大会の前には必ず雑誌記者などに向けて公開練習を行うの」


雑誌記者向けの公開練習?……プロみたいだな。


「良いですよ。行きましょう」

「本当に?ありがとう!実は他校の見学に一人で行くの心細かったのよね」

そう言った樋口先輩が小走りで横を駆け抜けて行く。


「この防具袋、置いてくるから少し待っててね」


◆◇◆◇


「でけぇ……」

5メートルを越える巨大な正門の向こうに、白塗りの校舎が悠然と佇んでいた。


「獅子校は私立だからね。色々と設備が立派なの」

手前の花壇に咲き乱れる花々の様子を眺めながら、樋口先輩が教えてくれる。


門をくぐり、しばらく歩いて行くと、平屋建ての巨大な建物が二つ立ち並んでいるのが見えた。

その周囲に様々な制服を着た生徒達が集っている。


……これが獅子校の譚道場かぁ。どうやら俺達意外にも色んな学校の生徒が見学に来ているみたいだな。


「あっちが女子の道場でこっちが男子の道場みたいね」

樋口先輩が顎に右手を当てながら呟いた。


「ここらで辺で二手に分かれようか?私は女子の方を見てくるから、黒咲くんは男子の方を見てきて」

それだけ言い残し、そそくさと去って行ってしまう。


ええ……俺一人で見に行くのか。何だか気後れするなぁ。


ため息を吐きつつ、入口に向かった。

靴を脱ぎ、そのまま場内へと足を踏み入れる。


天井の高い畳敷きの広間を200人を超える生徒や記者が行き来していた。


それでも尚、閑散として見える場内の広さに唖然とする。


……流石に部員の数も多いなぁ。


畳上で小剣を振り回す獅子校の生徒達。

全員がしっかりと鎧を着込み、試合形式の練習を行なっていた。


その様子を雑誌記者や他校の生徒達が熱心に観察している。


入口の隅に位置取った俺も、試合を静かに眺めた。


凄いな、これが名門のレベルというやつか……みんな上手すぎだろ。


一人一人の技術の高さに圧倒され、息を飲む。

特に広間の両端で試合を行なっている四人の強さは別格だ。


左端の二人はかなり体格差があり、背の高い方が力任せに叩きつける小剣を背の低い方が只管に受け流すような図式になっている。

それ対して右端の試合は互いに攻防を繰り返す目まぐるしい展開で、両者の技術の高さが伺えた。


広間内の殆どの人々がこの二試合に目を奪われている。


新人戦でこんな奴らと試合する可能性があるのか……きつっ。


俺がぼうっと試合の様子を目で追っていると、


『獅子校生徒に連絡します。これより受け答えの時間となります。早急に練習を切り上げて下さい』

譚道場全体にアナウンスの声が響いた。


それと同時に試合を行なっていた生徒達が一斉に動きを止める。

どうやらここからは雑誌の記者達が獅子校の生徒達に質問を行う時間らしい。


テレビカメラも回っており、その注目は当然の如く両端の四選手に集まった。


まず最初に左端の2選手が兜を脱ぐ。

すると、その下から鮮やかな金髪と赤髪が現れた。

背の高い方が金髪、背の低い方が赤髪で、どちらも口元に攻撃的な笑みを浮かべている。


二人共ヨーロッパからの留学生か?やけに良い動きをするわけだ。


俺が感心していると、右端の二人が一斉に兜を脱いだ。

その瞬間、場内が騒めく。


俺から奥に見える方は、黒髪の爽やかなイケメンだった。

見るからに日本人で、ザ・好青年といった感じの印象を受ける。


……実に女性受けが良さそうだ。


それに対して手前の選手は全くの正反対だった。

場内が騒めいた理由、そもそも二人は性別から違う。もう一人の選手は女性だったのだ。


雪のように白い肌に艶のある黒髪。

周囲が凍りつく程の美貌が兜の下から現れた。

そのまま、人々を射殺すかのような鋭い眼光で場内を睥睨する。


その視線が一瞬、俺の元で止まった。

見知ったその顔に、慌てて顔を伏せる。


「げっ、小鳥遊瑞葉……こいつも獅子校だったのか」

若干のデジャブを感じながら、口の中で小さく呟いた。


彼女とは夏の合宿以来の再会だ。


どうやら、また男子に混ざって練習していたみたいだな……。


譚道女子日本最強と謳われる彼女の注目度は他の生徒とは段違いなのだろう。

あっという間に記者達に囲まれ、質問責めに合っていた。


もう少し愛想よくできないものかねぇ。

終始不機嫌そうな彼女の様子を静かに眺めていると、


「何だ?もう公開練習は終わったのか?」

突然、広間の入口から一人の男が入ってきた。


黒髪に青いメッシュを入れたチャラついた雰囲気の男。

学ランを着崩し、両耳にピアスをはめている。


その装いとは裏腹に顔や体格はゴツく、お世辞にも似合っているとは言えない。


「チッ。せっかく獅子校の下手くそどもを冷やかしに来たのに、これじゃあ無駄足じゃねーか」

顔を歪めながら小さく呟き、そのまま広間の中央へ歩いて行く。


すると、人々の注目が一気に彼の元に集まった。


「こいつは……田中博武!」

広間内が響めく。


いや、誰だよ……。

俺がその後ろ姿をジト目で眺めていると、


「彼は大鷹高校2年の田中博武。去年の夏の都大会、個人の部で優勝した実力者よ」

いつの間にか真横にいた小鳥遊瑞葉が丁寧に説明してくれた。

既に記者達からは解放されたらしく、ひどく疲れた顔をしている。


「よぉ、小鳥遊。久しぶりだな」

俺が笑顔且つフレンドリーに挨拶してみると、


「鮎川……あんた、相変わらずの間抜け面ね」

予想外の辛辣な言葉が返って来た。

そのまま、全身をジロリと眺めてくる。


……お前も相変わらずの目つきの悪さだぞ。

そう思ったが、敢えて口にはしない。


「それで?何でここにいるの?」

「ん?……ああ、それはもちろん新人戦に向けての偵察の為さ」

俺がそう言いつつ指でカメラの形を作ってみせると、


「へぇ。あんた本当に譚道部に入ったんだ……」

小鳥遊瑞葉が心底驚いたという表情を浮かべた。


おいおい、そんなに驚くか?

『そろそろ戻って来なさいよ』

1ヶ月前にそう言ったのは自分だろ。


やれやれと首を振った俺が顔を上げると、いつの間にか広間の中心で二人の男子が睨み合っていた。


青メッシュのゴツい男と、獅子校の爽やかイケメン。

険悪なムードで一触即発といった感じだ。


それを取り囲むようにして雑誌記者達がカメラを構えている。


「あいつら、仲悪いのか?」

「ええ、それはもう」

俺の言葉に小鳥遊瑞葉が大きく頷いた。


「うちの主将の榊原さんは田中博武との試合をずっと避けていてね。それを田中がよく思ってないのよ」

「……へぇ」


「田中が都大会の個人の部を制覇した時も出場してなかったから、実質都内一は榊原さんって言われてるしね」


ほう、せっかく優勝したのに他のやつの方が強いと言われてるのか。

それはいい気はしないだろうな……。


その後も無言で睨み合う二人。

いつまで続くんだこれ?


俺が欠伸まじりに周囲を見渡すと、多くの生徒達と目があった。


何だ?めちゃくちゃ見られてるんだが……。


中央の二人程とはいかないが、それなりの数の視線がこちらに集まっている。

原因は間違いなく隣にいる小鳥遊瑞葉だろう。


まあ、こいつ有名人だからな。

それにこの場で唯一の女子。男子達が熱い視線を注ぐのも無理はないか。


そう思いつつ、改めて小鳥遊瑞葉を眺めてみる。


彼女は目つきが悪いことを差し引いても、周りが気後れするほどの美人だ。

それに先程は遠目からで気づかなかったが、革鎧の上からでも女性らしい体の凹凸がはっきりと分かる。


なるほど。これは男子達の視線を釘付けにする訳だ……。

俺が全身をじろじろ眺めていると、


「鮎川あんた……最後に言い残すことはある?」

突然、正面から冷ややかな言葉が投げ掛けられた。

視線を上げると、眉を吊り上げた小鳥遊瑞葉と目が合う。


「一応言っておくと、今の俺は鮎川じゃなくて黒咲だぞ?」

「……あっそ」


短い言葉と共に高く振り上げられた鎧兜。そのまま、容赦なく頭上から振り下ろされた。

眼前で眩い火花が弾ける。


いや、本当に殺す気か⁉︎


◇◆◇◆


「黒咲さん、その傷はどうしたんですか?」

「ちょっと、電柱にぶつかってしまって……あはは」

額の青痣を押さえながら静かに笑う。


くそぉ、小鳥遊のやつ容赦なく殴りやがって。


土日を跨いだ月曜日。

新垣先生に呼び出された俺は、昼休みの職員室を訪れていた。


「そうですか。大会が近いのですから怪我には気をつけて下さいね」

「はい」

新垣先生の言葉に素直に頷く。


「それで……話は変わるのですが、実は今日から新人戦に向けての助っ人が2人来てくれます」


おお、助っ人。どんな人か楽しみだなぁ。できれば、絡みやすい人がいいんだけど。


「二人とも剣道部の一年生で、一人は経験者、もう一人は初心者だそうです。大会までしっかり指導してあげて下さいね」

「はい、分かりました」

新垣先生に一礼して職員室の出口へ向かう。


しかし、

「あっ、黒咲さん。一つ言い忘れていたことがありました」

扉に手を掛けたところで新垣先生に呼び止められた。


「急ですが、来週の土曜日に大鷹高校との練習試合を組みました。女子と合同ですので、よろしくお願いします」


……大鷹高校。

んー、どっかで聞いた名前だな。


しばらく考えてハッとする。


『彼は大鷹高校2年の田中博武。去年の夏の都大会、個人の部で優勝した実力者よ』

数日前に聞いた小鳥遊瑞葉の言葉が頭の中で反芻された。


ああ、あの青メッシュの男がいるところね……怠っ。

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