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転校生

「はっ。やっ。とっ」


合宿翌日。

俺はマンションの駐車場で素振りを繰り返していた。

頭の中に仮想の敵をイメージして動き回る。


3試合分ほど動いた所で譚道用の小剣を取り落とした。

太腿が痙攣し、足が前に出なくなる。


……やはり連戦は無理か。


額の汗を拭い、自室へと引き上げる。


昨日の合宿練習で気づいたが、ここ三年のVRを使った修練で俺が身に付けた動きには弱点があった。


VRでは確かに現実と全く同じ感覚、実力で試合ができる。

しかし、それは1試合のみに限った場合だけだ。


VRは1試合ごとに疲労や怪我がリセットされてしまう。

故に今まで自らの弱点に気づかなかった。


体に掛かる負荷が尋常じゃない。

連続で試合をこなすと筋肉が固まって殆ど動けなくなる。


これは厳しいなぁ。

今更、元の型には戻せんぞ。


食卓のある部屋。

冷蔵庫に貼り付けられたカレンダーを眺める。


夏休みは残り一週間。


頑張って体鍛えるしかないかぁ。


一つ決意を固めた俺は、汗を流すためにシャワールームへと向かった。


◇◆◇◆


「突然だが、このクラスに転校生が入ることになった!」


夏休み明けの学校初日。

眼鏡を掛けた爽やかな新任教師、

担任の内海先生が元気な声で言った。


……転校生?


九月の強い陽光が差し込む窓辺の席。

机の上に突っ伏していた俺はゆっくりと顔を上げた。


「立川君、入って来なさい」

先生の言葉と共に教室の前の扉が開く。


クラス中の注目が集まる中、一人の男が室内に入って来た。


身長は170半ば程。

清潔感のある短い髪に鋭い目をしており、酷く整った顔立ちからは若干の冷たさを感じる。


「立川誠です。宜しく」

低いがよく通る声。


その一言にクラスの女子達が黄色い悲鳴を上げた。


これは……イケメン効果というやつか?

たった一言でこれとは凄いな。


微かな驚きを覚えると共に、急速に薄れゆく興味。


どうせ顔面偏差値が高いなら、美少女が良かったなぁ。


再び机に突っ伏す。

そのまま眠りに落ちようとする俺の耳に内海先生の声が聞こえてきた。


「立川の席はそうだなぁ……黒咲の隣にしよう。そこだけ空席だしな」


「はい」

続いて立川の声。


足音が近づいて来る。

俺が顔を上げると、丁度、立川が隣の席に着く所だった。


一瞬目が合うが、互いに何も言わずに逸らす。


「立川、分からないことがあったら黒咲に訊けよ」

「はい」


「黒咲も宜しくな」

「はい」

二人して素っ気ない返事をする。


「それじゃあ、ホームルームを始める。まずは夏休みの宿題についてだが……」

先生が転校生の話題を打ち切り、別の話題について話し出した。


抑揚のついた声で紡がれる言葉が酷く眠気を誘う。


……駄目だ。眠すぎる。


静かに瞼を閉じた俺は、一切の抵抗なく、机の上に崩れ落ちた。


◇◆◇◆


「現在、我が譚道部には男子部員が一人もいないのですよ」

「……はぁ」


放課後に職員室を訪れた俺は初老の女性と話をしていた。

譚道部、顧問の新垣美穂先生。


「部員が増えるのは大歓迎ですが、団体戦には出られませんよ?」

「……はぁ」


「後、私は基本的に女子の練習を見ているので、男子を指導することはできません」

「女子の練習に加わるわけには……」


「駄目です!」

「……ですよねぇ」


俺は頭を抱えた。


「部に所属すれば、真中高校譚道部としての個人戦への出場は認めます。どうしますか?」

「……所属します」


一瞬の逡巡の後、俺は頷いた。


「そうですか。それではこの紙に必要事項を記入して持ってきてください」


新垣先生が手渡してきたのは入部届けの用紙。

それを受け取り、職員室から退室する。


うーむ。まさか、男子が一人もいないとは思わなかった。

できれば団体戦も出たかったんだけどなぁ。


手元の用紙を見つめる。


既に夏休み明け。

今から人を集めるのは厳しそうだ。


個人戦で頑張しかないよなぁ。


細い廊下を抜けた俺は、静かに帰路に着いた。


◇◆◇◆


「え?泰斗、譚道部に入るの?」


夕食の席。

食卓を挟んで向かい合った姉が驚いたような声を上げた。


「まぁ、そのつもりだ。……その為には保護者のサインが必要なんだ。姉貴、書いてくれよ」

姉に入部届の用紙を差し出す。


「ふーん。……譚道なんてやって、また試合を避けられたりしない?」

用紙を受け取りつつ、尋ねてくる姉。


「さて、どうかな?そればかりはやってみないと分からん」

手元の料理を箸でつつきながら、適当に答える。


今日の夕食は煮魚。

甘辛く味付けされたブリだ。


「そう。まぁ、あんたがやりたいなら私は止めないけど」

姉が名前を記入し、用紙を返してくる。


「サンキュー。ご馳走様」

夕食を平らげた俺は、礼を言いつつ立ち上がった。


……腹ごなしに一戦するか。


そう思い、自室に向かう俺の背を姉の声が追ってくる。


「あんた、夏休み明けにテストがあるって言ってたでしょ?しっかり勉強しときさいよ!」


◇◆◇◆


「そこまで!後ろの席の人は答案用紙を集めて前まで持ってくるように」

テスト終了を告げる先生の声が教室中に響いた。


「うわー、全然分からなかった〜」

「もう駄目だ……」

「思ったよりも簡単だったな」


クラスメイト達がガヤガヤと騒ぎ始める。


……何だ?もう終わったのか?


机の上に突っ伏していた俺は、ゆっくりと顔を上げた。


今日は一日中テストだった。

今終わったのが、最後のテスト。


やっと放課後か……。長かったな。

テストの出来も悪くなかったし、さっさと入部届けを出してこよう。


欠伸を噛み殺し、席を立つ俺に、


「黒咲。一つ頼み事があるんだが」

担任の内海先生が声をかけてきた。


「何ですか?」

先生の方を振り返る。


「転校してきたばかりの立川の部活選びに付き合ってやって欲しいんだ。簡単に説明とかしてくれると助かる」

先生の言葉。


うーむ、部活選びか。

本当は早く入部届けを提出しに行きたいところだが……断るのも気が引ける。


「分かりました。任せて下さい」

俺は渋々と承諾した。


「そうか。それじゃあ、後は宜しくな」

そう言って先生が去っていく。


宜しくか……。


隣の席の立川の方を見ると、既に帰り支度を完了していた。


「ええっと、立川君?俺の名前は黒咲泰斗だ。今から部活を案内し……」

「結構だ」


こちらを向いた立川が俺の言葉を遮った。


……え?


「いや、そうは言っても……」

「結構だ。部活はもう決めてある」


こちらに背を向け、教室を出て行く立川。


「ちょっ、待て」

俺は慌ててその後を追った。


足早に歩く立川がやって来たのは校舎裏にある建物の前。


年季の入った平屋建て。


「これは……譚道場?」

小さく呟く俺を無視して立川が歩みを進める。


二人して道場の入口をくぐると、中から大きな掛け声と畳を踏み鳴らす音が聞こえてきた。


うわっ、練習やってるよ。

しかも、かなり厳しそうだ……。


玄関口で靴を脱ぐ立川。

それに倣って俺も靴を脱いでいると、


「おい……黒咲?お前、何処までついてくるつもりだ?」

こちらを振り返り、立川が尋ねてくる。

若干、イラついたような口振り。


「……ん?ああ、俺も譚道場に用があるんだよ。ほらっ」

懐から取り出した入部届けを立川の方に突き出す。


「入部届け?……お前も譚道部に入部するのか?こんな時期に?」

用紙の内容に目を走らせ、立川が眉をひそめた。


「まぁ、そういう事だ。男子は人数少ないし、仲良くやろうぜ」

俺が手を差し出しながら言うと、


「俺は他人と馴れ合うつもりはない。お遊び譚道なら一人でやってろ」

辛辣な言葉を残して立川が道場の奥へと消えていく。


……お遊び譚道か。

最近の俺、似たような台詞言われすぎじゃない?


口から漏れる溜息。

やれやれと首を振った俺は立川の後を追い、静かに歩みを進めた。


◇◆◇◆


「いやぁ。まさか、この時期に男子が三人も入部するとは思いませんでした」

譚道部顧問の新垣先生が驚いたような声を上げる。


畳敷きの広間。

女子の譚道部員が練習する横で、俺と立川は入部届けを提出していた。


「三人?俺と立川以外にも、もう一人入部希望者がいるってことですか?」

「ええ、そうですよ。」

俺の言葉に先生が頷く。


「よかったですねぇ。三人いれば団体戦にも出場できますよ?」

嬉し気に笑う先生。


……いやいや。

団体戦って基本五人参加で先に3勝した方が勝ちなんだぞ?

もし三人で大会に出場したら、一人負けた時点で終わりじゃないか。


思わず頭を抱える。


「そうですか」

先生の言葉に頷いた立川がこちらを振り向き、口を開いた。


「おい、黒咲。後二人、男子部員を集めてこい。初心者でも構わん」


……は?


「団体戦に出るつもりなのか?さっきは馴れ合うつもりはないって……」

「それとこれとは別だ。無駄に仲間意識を共有するつもりはないが、団体戦には出場する。今週中にあと二人、任せたぞ」


「……お、おう」


ペラペラと話す立川。

その勢いに乗せられ、ついつい頷いてしまう。


……しまった。今週中にとか無理だ。


「男子は入口付近の四隅を使って下さい。私は女子の練習を見ているので用があれば遠慮なく声を掛けて下さいね」

「あっ、はい」


俺が返事をすると、新垣先生が背を向けて去っていった。


……女子は12人か。思ったよりも少ないな。


道場内に視線を走らせる。

そんな俺を尻目に立川が道場の入口に向かって歩き出した。


「練習していかないのか?」

その後ろ姿に声を掛けると、


「俺は基本的に校外で練習するからここには来ない。試合などには参加するから、予定が決まった時は声を掛けてくれ」

背を向けたままそれだけ言って去っていく。


……何というか、王様みたいな奴だな。

一挙手一投足がやたらと偉そうだ。


再び道場内に視線を巡らせる。

他の男子の姿は一人も見当たらない。


いつの間にか俺の元に多くの視線が寄せられていた。

譚道部の女子達が物珍しそうにこちらを見ている。


「ほら、練習に集中しなさい!」

新垣先生が女子達に注意する声が聞こえてきた。


「「「はい!」」」

女子達が力強く返事をし、きびきびと動き出す。


……なんか居心地悪いな。俺も帰ろう。


その場で踵を返した俺は譚道場を後にし、帰路についた。

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