チーム分け
「黒咲ー!勝てた!勝てたぞ〜!」
俺が凛ちゃんと並び、合宿施設の入口をくぐると、大声を上げながら一人の男が駆け寄ってきた。
篠部。
物凄く元気だ。
「ほう、勝てたのか。それは凄いな。相手はどんな奴だったんだ?」
玄関で靴を脱ぎつつ、俺が尋ねると、
「うーん。鎧兜をつけていて顔は見えなかったけど、だぶん小学生だと思う。身長このくらいしかなかったし」
篠部がそう言って自分の腰あたりに手をやる。
小学生と高校生が試合したのか。
それは中々、珍しいな。
……まぁ、本人が嬉しそうだからそこら辺のことを敢えては言わないが。
「そうか。兎にも角にも勝てて良かったな。おめでとう」
「おう、サンキュー」
篠部がドタバタと施設の奥に戻っていった。
なんだか忙しない奴だな……。
その後ろ姿を若干、呆れ顔で見送っていると、
「ふふ。泰斗さん、もうお友達が出来たんですね」
凛ちゃんが話しかけてくる。
「ああ、まぁな。個人練習コースは二人しかいなかったし、仲良くなるのも必然といった感じだ」
「へぇ。個人練習コースの方も面白そうですね」
俺と凛ちゃんは会話をしながら、施設内を進んで行くと、
「それでは泰斗さん。私はこっちなので。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
途中で分かれて、それぞれ別の部屋に向かった。当然のことだが、男女で寝る部屋は別なのだ。
ええっと、この部屋か……。
その部屋は畳敷きのただひたすらに広いだけの部屋だった。
横開きの扉を開けて中へ足を踏む入れると、たちまち喧騒に包まれる。
う、うるさい……。
部屋には既にかなりの人数の男共がおり、中学生と思われる何人かがはしゃいでいた。
あれだけきつい練習をした後だというのにみんな元気だなぁ。
布団が一定間隔で敷いてあり、好きなところで寝ていいようだ。
ここでいいか。
部屋の隅の空いている布団の上にゆっくりと腰を下ろす。
俺がそのまま、はしゃいでいる中学生達の様子をぼんやりと眺めていると、
「おい」
突然、隣の布団の上から声が掛けられた。
なんだ?
俺が声がした方向を振り返ると、そこには見慣れない眼鏡男子がいた。
細身の長身。真面目そうな顔に不機嫌さが漂っている。
怒っているのか?
俺が黙って様子を伺っていると、
「お前、個人練習コースを選んだ奴だろ?」
男が尋ねてくる。
「まぁ、そうだが……」
俺が答えると、
「わざわざこの合宿に参加して、何で合同練習コースを選ばないんだ?……やる気のない奴がいると迷惑なんだよ」
男が若干、怒気を含んだ声音で言ってきた。
……あっ、これ面倒くさい展開だ。
直ぐに悟る。
まあ、自分が真面目に取り組んでいるものに軽い気持ちで参加されたら、嫌な気分がするのも分からないでもない。
取り敢えず、ことを荒立てるのだけは嫌だし、ここは適当に言い訳して乗り切ろう。
そう思い、言い訳をしようとするのだが、
「実は俺は……」
「お前、どうせVRしかやってないんだろ?最近、そういう奴が増えて困るんだよ」
「いや、まぁ今はそうなんだが中学までは……」
「なんだ、やっぱりか。そんな気がしていたんだよ。見た目もいかにも貧弱そうだし、どうせ遊び感覚で参加したんだろ?」
「いや、遊び感覚というか……」
「まぁ、参加は自由だしこれ以上は言わないが、邪魔だけはするなよな。後、僕はもう寝るから煩くするな」
言うだけ言って布団を頭まで被る男。
……。
いや、言い訳ぐらいさせろよ!
俺は内心で激しく突っ込んだ。
◇◆◇◆
翌日の早朝。
寝床を抜け出し、スポーツウェアを着込んだ俺は、昨日も走った海辺のランニングコースをゆっくりと走っていた。
海辺の風は相も変わらず強く、少し気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
朝のランニングは俺にとっての毎日の日課。
例え合宿中でも簡単には止められない。
俺が30分ほど軽く走り、合宿施設の前まで戻ってくると、
「はっ。たっ。やぁ!」
譚道用の小剣を使い、素振りをする人影があった。
施設の駐車場を広く使い、ひたすらに剣を振り続けている。
時刻はまだ早朝の5時。
朝から大分張り切ってるな。
どれだけやる気あるんだよ……。
俺が歩を進め、人影に近づいていくと、
お?あれは……小鳥遊瑞葉だ。
人影の正体に気づく。
細身の体全体のバネを使い、踊る様にして剣を降り回している。
剣を一線する度に風が唸り、一振り一振りにかなりの威力があることが分かる。
ほう。昨日見た動きとはまるで違うな。
初めて見る型だ。こんな剣の使い方をする奴もいるのか……。
その動きに感嘆しつつ近くの木陰に座る。様子を眺めること20分程。
「あんた、いつまでそこにいるつもり?人に見られていると気が散るのだけれど。何か用?」
小鳥遊瑞葉がズンズンと俺の元に近寄って来た。
おーっと、マズイ。ついつい見入ってしまった。
若干、慌てる。
「いやぁ。お前の型、本当に変わってるな。綺麗な型だから思わず見惚れてしまったよ」
頭をかきつつ、俺が弁明を垂れると、
「そ、そう?他人のを真似てるだけなのだけど、そう言われると悪い気はしないわね」
小鳥遊瑞葉が満更でもなさそうな表情をした。
お?これは煽てれば木にも昇るタイプか?
このまま型について話してれば何とかなりそうだな。
一瞬で見極める。
「ほう。他人の型を真似てるのか。昨日の試合の時にその型を使っていなかったのは何でだ?」
「え?……ああ、この型はまだ試合で使えるほど体に馴染んでないのよ。使用難易度が尋常じゃないの。というか、昨日の試合見てたのね……」
小鳥遊瑞葉が少し驚いたように言う。
「ああ。個人練習コースのメニューが早く終わったから、様子を見に行ってたんだよ。そういえばお前、昨日の練習時に男子に混ざって試合してたよな?何でだ?」
疑問に思っていたことを尋ねると、
「それは勿論、女子じゃあ私の練習相手が務まらないからよ。実力に差がありすぎるの……私が強すぎて。それなら、男子とやるしかないでしょう?」
さも当然だというように言ってのける小鳥遊瑞葉。
……うわ。こいつ、かなりの自信家だよ。私が強すぎてなんて、思っていてもなかなか言えないぞ。
俺が押し黙っていると、それをどう捉えたのか、
「なに?もしかして、私の実力を疑ってるの?」
小鳥遊瑞葉がグイッと一歩詰め寄ってくる。
おい、顔が怖いぞ。……元々だが。
というか、昨日俺が試合見た時、お前負けてたんだけど……。
さらに押し黙る俺。
「ふん。まぁ、お遊びで譚道を嗜んでいる程度のあんたには分からなくも仕方はないわね」
小鳥遊瑞葉は一つ鼻を鳴らすと、
「合同練習コースは朝早いから、私はもう行くわ。あんたも今日は試合があるんだから、遅れないようにしなさいよね」
背を向けて施設の方へ去っていった。
何というか、性格どぎついな。
ふっと湧き上がる欠伸を噛み殺す。
今日は俺にとって、現実での久々の試合。
気合い入れて頑張るかぁ。
朝の自主練を終えた俺は、小鳥遊瑞葉の後を追い、施設へと戻っていった。
◇◆◇◆
「今日のドイツ留学生との試合は団体戦だ。各自、昼のうちにチーム分け表を確認しておくように。チーム内の試合順はそれぞれに任せる」
そう言って鈴木修が畳敷きの練習場を出て行く。
2日目の練習は午前中のみ。
俺と篠部は軽いランニングなど、個人練習コースのメニューを既に済ませて、道場の合同練習コース組と合流していた。
うわっ、団体戦かよ。怠いな……。
思わず、眉間に皺を寄せる。
「黒咲、露骨に嫌そうな顔するなよなー。まぁ、俺も同じ気持ちだが……」
隣の篠部が深くため息を吐いた。
道場の壁に張り出されたチーム分け表。
……相変わらず手書きの画用紙か。まぁ、あのおっさんはパソコンとか使えそうにないからな。
画用紙に群がる人々。
少なくなるタイミングを見計らってチーム分け表を覗き込む。
五人チームが10組。
俺はチーム10か。
一番下の欄に自分の名前を見つける。
メンバーは、
佐藤仁志
杉内翔
山田雷太
そして、新海健。
全国大会常連の男。千葉組とも合同なのか。
練習場内を見回す。
ええっと。試合順を決めなければいけないのだが……おっ、いたいた。
隅に集まっている男達を見つけてそちらへ足を運んだ。
「何だ、お前も一緒のチームかよ……。足を引っ張るなよ!」
指をさしながら言ってくるのは、昨晩隣の布団で寝た眼鏡男。
くっ、面倒臭いやつと同じチームになってしまった……。
思わず頭を抱える。
「全員集まったか?それじゃあ、試合順を決めるぞ」
壁に背を預けた男の掛け声で話し合いが始まった。
「俺は新海健だ。希望するのは先鋒」
端正な顔立ちに細く引き締まった肉体。壁に背を預けたまま、新海が言う。
「僕は杉内翔といいます。中堅を希望します」
続いて小柄な男。
「山田雷太。次鋒希望ね」
太った男。
「僕は佐藤仁志。普段も副将だし、今日も副将がいいかな」
そして、眼鏡男。
お?ちょうど、俺が一番好きなのが余ったな。
ニヤリと笑う。
「俺は黒咲泰斗。それじゃあ……残りの大将をいただこうかな?」
言うと同時に、一瞬、場の空気が固まった。
「な、お前。大将ってのはそんな簡単に……」
眼鏡男が何か言いかけるが、
「はは。良いねぇ、その図々しさ。皆の希望に被りも無いみたいだし、これで決まりかな?」
新海が笑って遮る。
「異議なしです」
「俺もー」
小男と太男が口々に言った。
「ふん。まぁ、あくまで練習試合だしな……」
眼鏡男も渋々といった感じで頷く。
「そうか。それじゃあ、決まりだな。一先ず解散。各自で試合に備えよう」
新海の掛け声で、その場はお開きとなった。
◇◆◇◆
「おい、アレックス」
「……なんだよ」
道場の更衣室。
アレックス・ベレは同じドイツからの留学生、バルドに呼ばれて背後を振り返った。
「今日の試合、お前が大将でいいだろう?」
「ああ」
気のない返事を返す。
今日の午後からは日本の学生達との練習試合。
「誰か強そうな奴はいるのか?」
期待せずに訊いてみた。
「ん?いや、別に……」
「そうか」
「一応、シンカイとか言うやつがいるが、日本の全国大会で二回戦止まり」
「ふーん。興味ないな」
譚道用の革鎧を装着しながら答える。
日本の譚道界のレベルは著しく低い。
地区大会優勝選手と言ってもたかが知れている。
同じ地区大会優勝でも、ドイツで成し遂げた俺とは大違いだ……。
アレックスはゆっくりと瞼を閉じた。
シンカイか。
強い奴は必ず大将戦に出てくる。
一方的に叩きのめしてやれは、暇潰しくらいにはなるかな?
ふぅと長く息を吐き出したアレックス。
静かに目を開いた彼の口元には猟奇的な笑みが貼り付いていた。
「井の中の蛙。島国の坊ちゃんに灸を据えてやるぜ」