五つ星カード
長い寄り道をしたが五つ☆(いつつぼし)カードの話にもどる。
それは消費者連合会が企画した接客勤労者の技量向上を図ろうという消費者運動の一環である。優秀な接客態度に接した場合は、その場で五つ☆カードを進呈して顕彰するというのが運動の目玉なのだが、シズはそのプレゼンターだった。
連合会では企画を公表し厳しい資格を設けてプレゼンターを公募したのだが、売り子に「もの申したい」人がよほど世の中には多いらしく定員の百倍をこえる応募者が殺到した。そのことがメディアで大きく取り上げられたこともあって企画は全国民の大きな関心のもとにスタートした。
シズは、そんなにもの申したかった人ではなかったのだが、弁護士、判事、検察官になるからには詰まるところ「人間洞察」のプロでなければならない、というかねての自覚もあり学校の友人達と一緒に応募した。だが仲間内から唯一の合格人となった。
母親のヒロは、
(シズのようなタイプの客に女性店員は割とぞんざいなのよね。連合会はそのあたりを考慮したんじゃない?)
と、穿ったことをいったが案外そうかもしれないと空也も思った。
企画は当たり、発足して三ヶ月もたつと店舗側でもその価値を認め始め、社員の勤務査定の資料にするところが出てきた。それのみか消費者へのアピールにも逆利用し始めたのである。
〈弊社では、ひとりの販売員あたり平均二・六枚の五つ☆カードをいただいております〉
プレゼンターは合格者の中から連合会が秘密裏に任命するのだが、顔が知られると公平さを欠き客観性が失われる可能性があるとして、半年ごとに半数ずつメンバーを交代させるシステムとしている。シズの任期はあと三ヶ月だった。
「どうしてチャリンと置くのは駄目なんですか」
「お客様のお金を投げ捨てるという感じがいけない。これがひとつ。それから、相手の手に触るのがいやだからという感じにもとれるでしょう? おいおい、わたしの手にばい菌でも付いてるってのか、とね。これがふたつ」
「はい」
「それから、なんといっても弾んで掌から転げ落ちる恐れがある。少なくとも渡されたお客さんが気をつかってしまう。このみっつかな。わかる?」
「よくわからないところがあります」
「要はね。乱暴なのはいけない。かといって余りゆったりというのも買い物を急ぐ人にはいやね。ネギ一本にそんなに馬鹿丁寧にお辞儀してもらわなくってもいいよ、ってね」
ネギはまずかったかな・・・
シズはちらりとトオルをみたが心配した反応はなかった。あの時の記憶はリハビリですべて抹消されていると小野が言っていた。
「払ったお金の大きさでもちがうのですか」
「そうよ」
「シズ姉さん、あとで僕に、おつりの渡しをやってみてくれませんか」
「私? あまりうまくないからだめよ」
そろそろ切り上げよう。
「ほら、次ぎだわ。あら青葉城タクシーよ。よかったわね」
「どうしてですか」
「どうしても・・・トオルちゃん、叔母さんのうちの住所をいえるわよね」
「はい。いえます。あの」
「なあに」
「質問がうるさいですか」
「少しね」
ほんの少しといった方がよかったかな。あ、今のはテイクノートね。私の機嫌を忖度した・・・ん? ちがうのかな。でも。
シズは右手の指輪をぐっと押した。
この先混んでるそうだから、いっぺん国道に出ますから。
運転手がそういった。
「いえ、もう事故処理は終わってますから大丈夫です」
運転手は十歳ほどの子どもがそうハキといったので驚いたようである。え? というようにミラーに顔を出した。
新型のスマホでも見ているのかと思ったのだが、襟元の黄色いリボンをみてすぐに納得した。
「あ、ロボちゃんですか」
「はい」
トオルはこっくりと肯いた。
「へええ、全然わからなったなあ。たいてい歩き方とか話し方でわかるんですけどねえ。お宅のロボちゃんは、そのリボンをみなければ絶対にわかりませんね。そういわれるでしょう?」
「ええ」
シズが短く答えた。
運転手は客待ち列にいるときからシズを見ていた。長身でプロポーションがよく姿勢もいい。薄い亜麻色に染めたロングヘアもいい。服装の趣味もあく抜けがしている。
モデルかな? あ、あの人に似ている・・・女優でもない、歌手でもタレントでもない・・・誰だっけ・・・一緒にいる男の子と上から下までペアルックだが弟か親戚の子というところだろうか。
念力をこめていた甲斐があって自分の車に当たって気をよくしていた運転手は、話のきっかけができたことを喜んだ。また少し首をずらして女性客を覗いてみると、少年とペアの野球帽を被った顔は少し目がきついのが難だが、遠目に見たとおり色白の細面でなかなかに魅力的である。
「新型タイプってことですか」
「いいえ」
「へええ・・・ロボも人間みたいに出来不出来があるんだ。それじゃ、アレですか」
「運転手さん。次の四つ葉銀行の角を左折してください」
運転手はシズとの会話の腰を折られて面白くなかったが、すぐ気を取り直した。
「目もいいんだ。ボクちゃんみたいなのが助手だと助かるなあ」
「運転させればいいんですよ」
「あ、参ったな」
この美人、棘があるよ。所長がいってたな。今に法律が変わってロボにも運転許可を出すようになれば、おまえらはみんなクビだ、なんて。
「そういえば、うちの所長がいやなことをいってましたよ」
「想像がつくわ。でもあの法律はそう簡単にはでませんよ」
へ? 政治家みたいなことをいうよ。
「そうですか? そうだといいんですが。今日は東京からですか」
「大宮からです」
「大宮ですか。早いですよね。今は一時間ちょいでしょう?」
「運転手さん、次の次の四辻を右折です」
ロボがまた割り込んで言った。
「はいはい。ロボ君」
「菅原さん。僕はお客様です」
「え? はいはい。わかりました、お客様」
(シズ姉さん。カードは出しませんよね)
(もちろん、出さないわよ)
うしろの座席でふたりはそう囁き合った、というのであれば面白い。が、トオルはむろんそうはいわない。




