第一話:過ぎ去った残照
書いてたら驚異の7000字越えになった件について。説明と同時に本筋を進めるとこんな事になるとは・・・・・・。
二人の奇妙な旅路、その一部。どうぞ、ご覧ください。
それでは、どうぞ。
第一話:過ぎ去った残照
多くの木が連なり、葉が空を覆う。合間から漏れる光は眩しく、太陽が空にあることを教えてくれる。地面には木の根っこがはみ出し、一本一本の木の力強さを感じさせた。
男は今、森の中を歩いていた。草原を歩いた先に森が広がっており、彼は躊躇なく森の中に足を踏み入れた。吹き抜ける風のみがあった草原とは違い、木々が行く道を阻み、中には倒木が壁となって道なき道を塞いでいた。男はそのたびに立ち止まり、倒木を見つめていた。
「私の力なら、吹き飛ばせるぞ?」
壁となった倒木を見つめていると、どこからともなく声がした。その声の主が現れたのと同時に、これまで厳かであった森の空気が一変し、辺りに緊張感が立ちこめた。男はそんな様子を気にすることなく言い放つ。
「いらん」
途端、緊張は霧散し、目に見えないそれは姿を見せずに男の前に現れる。
「毎回毎回、何故貴様は私の力を受け取らんのだ?」
「必要ないからだ」
「そもそも、こんな森の中を苦労して歩く意味が分からん」
「俺がそうしたいからだ」
男は倒木を迂回して別の木の間を歩き出す。男に力を渡そうとした存在・・・・・・精霊は先を歩く男について行く。男は特に何も言わず、精霊も男を凝視し続ける。木々の間を抜け、倒木で道が塞がっていれば回り道。木の根っこに引っかかり転びそうになるも、木に手を掛けて踏み止まる。男は道なき道を注意しながら進み、精霊はそんな男を理解不能とばかりに凝視する。
「空を飛べば良いのに」
「俺には翼はない」
「木々を消してしまえば良い」
「風景が台無しになる」
「壁など破壊すれば良い」
「回り道も面白い」
「・・・・・・私の力なら」
「だから、いらん」
精霊には理解できない。男がこんな無駄なことに力を使う意味が分からない。この男は無駄なことが好きなのか。無駄なことこそがコイツを形作っているのか。精霊には分からなかった。
しばらくすると、木々に浸食された石畳の道が現れた。男は道にしゃがみ、その道を指でなぞる。石畳にしては所々に植物の感触があり、強い力で叩けば割れそうだ。恐らくとても古く、長い間整備されていない。木々に浸食されているから当然と言えば当然なのだが・・・・・・男は興味が湧き、石畳の道が続く道の先を目指して歩いて行く。精霊も男の後をついて行った。精霊は男の様子がいつもの様子と違うのに気づき、男に話しかける。
「何かあったのか」
「この道の先に興味が湧いた」
「私の力ならすぐに行けるぞ」
「自分の足で進みたい」
「早く歩けるぞ」
「俺にはこの速さでいい」
精霊の言葉を意に介さず、男はゆっくりと一歩一歩石畳の道を歩いて行く。精霊は自分よりも別のもに興味が湧いている男に対して、若干不機嫌になりながらも男について行った。しばらく歩くと、森の中のとても開けた場所に辿り着いた。
そこは森に囲まれた廃墟だった。建物は全て石造りで出来ており、多くの家が建ち並んでいた。奥には神殿らしき建物も有り、一つの営みがここにあったことを教えてくれる。もっとも、全ての建物は朽ちており、所々植物に浸食されている。特に神殿らしき建物は一番損壊が酷く、壁中穴だらけだった。
男はしばらく廃墟に圧倒されていたが、気を取り直して廃墟をゆっくりと進んでいく。精霊はそんな男の後に続いた。よく見ると、建物は全て何者かが破壊した跡が有り、中には焼き焦げた後が残っている石の壁があった。男はそんな建物の様子を見て、この廃墟は争いに敗れ、滅ぼされたのだと考えた。
「争いに敗れたのだな」
「敗れれば消える。当然だな」
男の言葉に精霊は当然のことだと言いながら、男の頭上を飛ぶ。男には精霊の存在が今だに視認できないが、何となく何をしているのかを察せるようになってきた。最初はたった一人の旅路だったが、奇妙な同行者が増えたものだと一息ついた。
少しすると、一番損壊が酷い神殿に辿り着いた。神殿は統治者の威光を示すためか、他の民家よりも一際大きく、威圧するかのような存在感があった。だが、ここも他の民家同様損壊しており、植物の浸食を受けていた。
「住んでいた者は、さぞや優秀な生命だったのだろうな」
「かもな」
「そんな者であっても、私の力には及ばないが、な」
「だろうな。お前は精霊らしいしな」
「そうだろう。なら・・・・・・」
「だが、俺には必要ない」
精霊の誘いを断り、男はそのまま神殿の中に入っていった。精霊はまたしても振られたと思い、不機嫌になりつつも男について行った。
神殿の中は荒れ果てており、壁は傷だらけだった。激しい戦闘があったのか、所々で白骨死体があり、それに剣や矢が突き刺さっている。それがここで激しい闘いがあったことを物語っている。
男は白骨死体や瓦礫を避けながら、神殿を進んでいく。精霊は周囲のことなどお構いなしに男の後をついて行く。もっとも、姿なき存在のため障害物などあっても意味がないのだが。しばらくすると、一際大きく、装飾が目立つ扉に辿り着く。
「・・・・・・この奥に何かを祭っていたんだな」
「だがボロボロだな、この扉」
精霊はボロボロになっている扉を見て、せせら笑う。その反応に男は珍しいなと思い、精霊に話しかける。
「いつもなら、そんな物に何の関心も持たないお前が・・・・・・」
「当然だ。見ろ、この扉の紋章」
精霊が話すのと同時に、急に扉が新品同然になった。男は急に起こった出来事に驚いて、その場で呆然としてしまう。精霊は男の様子を見て、得意げになりながら扉の紋章を話し始める。
「この太陽と地面が明確に分かれ、地面が太陽に平伏すように描かれている紋章は『国興しの精霊』、名は確か・・・・・・エラルド・ファブア」
「エラルド・ファブア・・・・・・精霊にも名前があるのか」
「私たちは己こそが一番だと思っているからな。総称されるのが我慢ならないのだ」
忌々しいことにな、と恨み半分に精霊は言う。精霊という呼び名はコイツらのような奴らを人間が総称した名称である。好き勝手にやらかし、人間側に幸運とその倍の不幸を呼ぶ存在があちこちに存在したため、時の大国の王が名前のないコイツらを自然と区別するために名付けたことが始まりで有り、それがどんどん人間達の間で広まったのだ。
「私たちは生まれた時から全ての生命の頂点にあるのだ。なのに、同じような奴らが二人、三人とどんどん増えていく」
「だから同族が嫌いなのか?」
「頂点はたった一つ。ならば奪い合うのが必然だろう。なのに、他の生命が我らのことを一括りにして、我ら以外の生命に広めおった。なので、便宜上名前が必要となったのだ」
精霊は心底嫌そうに吐き捨てる。姿は見えないが、恐らく嫌悪で顔が歪むほどの声色である。よっぽどこの精霊は腹を据えかねているようだ。
男は今までにない精霊の反応を珍しげに感じながら、扉を開けて先に進もうとする。
「えぇい、忌々しい! 考えてみれば、アイツの象徴たる紋章を何故私が直しているのだ!?」
精霊は癇癪混じりに叫び出すと同時に、新品同様だった扉が大きな轟音と共に奥の方に吹き飛ぶ。器用にも、扉に手を掛けようとした男に何の影響も出さずに。
男は突然のことに驚いて呆然とするが、すぐに気を取り直して奥の方に進んでいった。精霊もまた不機嫌になりながらも、男の後に着いていく。
扉があった場所の先には広く、荘厳な空間が広がっていた。どうゆうわけか、この空間だけは全く傷ついておらず、当時のままで時が止まったかのようだった。ただ、所々に違和感があり、その場所を見ると、そこには調度品が置けそうな空白があった。恐らく襲われた際に、ここにあった調度品が奪われたのだと男は考える。
外とは違い、まるで隔絶された空間。それがこの場所に想像を超えた何かが住んでいたことを物語っている。そして、その存在は男に纏わり付いている精霊と同じ存在なのだろう。
「あぁ、やはりここにエラルダがいたのだな。あの腰抜けめ」
「腰抜け・・・・・・・ね」
「そうだ。奴は腰抜けよ」
精霊はこの隔絶された空間であっても、何も揺らぎもせずに嘲笑する。コイツはどのような場所であっても、己が絶対なのだろう。ある意味、その唯我独尊は見上げたものだと男は思った。
「自分の作ったものが、自分の手から離れたと確信した途端、尻尾巻いて逃げ出すのだ。それを腰抜けと言わず、何と言う?」
「確かに。それは腰抜けだな」
「だろう? 自分に使いやすいままにすればいいものの、下手に集団を作らせるのが悪いのだ」
強者には集団などいらぬわ、と精霊はなおもここにいたであろう精霊を嘲笑する。男は精霊の言葉を半分聞き流しながら、野営の準備を始めた。
とりあえず、ここを拠点として日が完全に落ちきるまでに、神殿内の探索をしようと男は準備をしながら決める。思いの外、この場所は大きく、テントと焚き火を用意してもまだ広かった。精霊はその様子を珍しげに眺めるのであった。
◇◆◇
日射しがなくなり、辺りを闇が包み込む中、焚き火がパチパチと音を鳴らしながら燃えている。男は焚き火の近くに腰掛けて、探索の最中に見つけた本を読んでいた。その本は特別な本というわけでもなく、単なる手記でここにいた誰かのものだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・おい」
「・・・・・・」
「おい、お前」
「・・・・・・なんだ」
男はため息を吐きながら、一旦手記を閉じる。声色からして、纏わり付いている精霊なのだと思いつつ、それは退屈そうな雰囲気を出しているからすぐには話が付かないだろうと思ったため、手記を閉じたのだ。案の定、精霊はとても退屈そうに男に話しかける。
「暇だ。何かしろ」
「嫌だ」
「しろ」
「嫌だ」
「しーろ!」
「い・や・だ」
「むー!」
頑なに断る男に精霊は腹を立てる。男としてもせっかくの読書を邪魔されたので、不機嫌である。こうなると双方譲らない。精霊はその場を支配し始める。
「貴様・・・・・・私がなんなのか、分かっているのか?」
「力を振るいたいのなら自由にしろ。だが、それで俺が言うこと聞くわけじゃないぞ」
「ぐぬぬ・・・・・・」
力を振りかざし、言うことを聞かせようとしたが、目論見が簡単に見透かされてしまい、精霊は支配を解く。男は落ち着いたかと思いつつ、読書を再開しようとする。
「・・・・・・国興しの精霊」
「うん?」
「その手記には、アイツについて書いているのだろう?」
「・・・・・・確かに」
精霊の言うとおり、手記には国興しの精霊に関わりだしてからのことが書いてある。その後もそれは手記の持ち主と共にあったようだ。
「そいつについて説明してやろう。どうだ?」
「それはありがたいが・・・・・・お前、其奴のことが嫌いなんじゃないのか?」
「暇つぶしの次いでだ。それを話したら寝る」
「・・・・・・精霊も寝るのか」
「寝るわ! というか、貴様が寝たら、私も寝ていたわ!」
姿が見えないのだから、分かるわけないだろうと思いつつも、これ以上機嫌を損ねるのも面倒なので、そのまま話を聞くことにした。精霊は気分を入れ替えて話し始める。
「国興しの精霊、エラルダ・ファブア。コイツは自身の力を高めるために多くの人間を利用した腰抜けだ」
「腰抜けは外れないのか」
「あんなの腰抜けで十分だ・・・・・・奴は人間を一人、見出して其奴に話しかける。『王になりたいか?』とな」
「一人って所はお前も一緒だな」
「理由はあるぞ? 精痕だ」
始めて聞く言葉に男は興味を持つ。精痕など聞いたことがない。精霊由来のものだから、どうせ碌でもないものだろうが・・・・・・。
「精痕は精霊が生命につける傷跡・・・・・・いわゆる『私の所有物』という目印だ」
「所有物なのかよ」
「他の精霊に取られないようにするためにだ・・・・・・これには精霊自体の力によって数と力が変わる。それに、精痕をつけた生命は他の精霊を殺すことが出来るようになるのだ」
「ほう・・・・・・つまり、お前は俺に他の精霊を殺させるために取引を?」
「その通り。貴様らにとっても、私たちは邪魔なのだろう?」
「いや、特には」
その言葉に精霊は呆気を取られる。精霊は他の生命にとって精霊は邪魔だということを知っている。だからこそ、力の取引をした時の反応を楽しんでいたのだが・・・・・・この男は最初と変わらず、精霊のことはあまり気にしていない。それが精霊にとって頂点であるというプライドを傷つけられ、しかも未知であったから、コイツに纏わり付いている。
「・・・・・・相変わらず失礼な奴だな」
「人類にとってとか、生命にとってとか、そんな大げさに話されてもなぁ・・・・・・俺は自分の旅路を邪魔されなければ、どうでもいい」
「ふん、本当に失礼な奴だ」
精霊は若干不機嫌になりつつも、話を戻す。
「精痕は取引だ。当然お前達生命にも利点がある」
「利点・・・・・・それは何だ?」
「何かしらの能力だ」
「能力?」
またも聞き慣れない言葉に男は戸惑う。能力とは一体どういうことか。
「その精霊によって能力が違っているが、要は人間には持ち得ない力を与えるということだ」
「・・・・・・歴史上、様々な人物が突如、才能に目覚めたかのように活躍するのは」
「大概は私たちが能力を与えているからだな。これが結構面白いぞ?」
己の力と錯覚し、溺れていく様はなと精霊は話す。その時の様子を思い出したのか、精霊は可笑しそうにせせら笑う。
「フフッ・・・・・・また脱線したな。それで・・・・・・確か・・・・・・」
「国興しの精霊、エラルダ・ファブアの話だ」
「そうそう、あの腰抜けだったな。アイツがもたらす能力は『カリスマ』だ」
「カリスマ?」
「そうだ」
カリスマというのは、人々を強く魅了する何かを言葉にしたもの。それは与えることが出来るものなのか。男は明確なものでないために、疑問に思ってしまう。
「腰抜けは一つの集団から一人を選抜し、そいつに精痕を宿らせる。そして、そいつがいずれ国を興し、その頂点に上がるまで其奴の預言者のごとく振る舞うのだ」
「預言者って・・・・・・それじゃあカリスマを持った人間なんていらないじゃないか」
「いわゆる代弁者だ。身元不明者など一人か二人ぐらいにしか信用されないのだからな」
「代弁者ということは・・・・・・」
「そうだ。腰抜けは集団のリーダーを裏で操るものとして、自らの欲を満たすのだ」
「なるほど」
国興しの精霊は裏でリーダーを操る黒幕で、国を建国し、他の精霊を殺そうと考えたのかと男は考える。規模は大きいが敵を攻める矛として、自身を守る盾として申し分ない。
「だが、先ほども言ったとおり、腰抜けは自分が不利になり逆転が不可能と悟ると、とっとと逃げ出すのだ」
「だから何度も腰抜けと」
「その通り。大方、この国もその一つだろう」
哀れだなとこの土地を嘲笑する。その様子を見て精霊にとって、人間の国がどうなろうとどうでも良いことなのだろう。男はやはり感覚が違うなと思いながら、手記のほうに視線を戻す。
「つまり、エラルダは失敗しては逃げて、失敗しては逃げてを繰り返す腰抜けと言うことだ・・・・・・おい、何故その本を読んでいる」
「話は終わりだろう? だから読んでいる」
「最後まで聞け!?」
「あー、すまん。こっちの方が気になってな」
「お、おのれ・・・・・・」
あくまでも手記の方を優先する男に、精霊は本に負けたかような感じがして悔しがる。だが、すぐに何かを閃き、気分を入れ替える。
「おい、お前」
「・・・・・・」
「その本の内容を体験できると言ったら、どうする?」
「なに?」
思わぬ精霊の提案に男は顔を上げる。精霊は男がこちらに気を向けたことに少しの優越感に浸りつつも話し始める。
「その本には強い情念のようなものが詰まっている。私ならそれに干渉して、お前をその本の世界に送ることが出来るぞ?」
「するとどうなる?」
「その本の内容を追体験できるのだ。どうだ、すごいだろう?」
「あぁ、すごいな」
男の素直な褒め言葉に精霊は何とも言えない良い気分になる。始めて男を手玉に取っているかのようで嬉しいのだ。
「なら、頼めるか?」
「断る」
「なっ・・・・・・何故だ?」
困惑する男を見て、精霊はこれを機に己が貴様より格上であることを思い知らせようと考えた。思えば、コイツは全ての生命の頂点である私に対して無礼がすぎる。だから、ここで自身が何者であるかを刻み込もうと考えた。精霊はあくまで自分が格上であるかのように佇む。
「何故私がお前のためにそんな事をしなければならないのだ?」
「いや、あのタイミング言ったってことは・・・・・・」
「口を慎め。思えばお前は会った時から・・・・・・」
「・・・・・・あぁ、何だ、見栄っ張りか」
「何だと!?」
男の一言で精霊が先程まで考えていた事が吹き飛ぶ。そんなことなど知らずに、男は落胆気味に手記に目を落とす。
「全く・・・・・・期待させやがって・・・・・・」
「本当だぞ!? その本を追体験出来るのだぞ!?」
「いいよ、別に。出来ないんだろう?」
「ぐぬぬ・・・・・・」
男は興味を失い、手記を読み始める。精霊は完全に侮られたことに腹を立てる。こんなはずじゃなかったのに、こっちが手玉に取っていたはずなのに・・・・・・。
「えぇい! ならば見せてやる! 私の力の一端を!」
「いや、だから、無理しなくても」
「くらえぇ!」
急に空間に力が満ち始め、そして弾ける。急な展開に男もついて行けず、そのまま精霊の力を受けて、意識を失い、倒れる。同時に手記が地面に落ち、最初のページを開く。そのページには、このように書かれていた。
『俺は王になる。そして、この退屈な日々からおさらばだ』
か、書ききったよ。本当に。
次回は国興しの精霊と手記の持ち主の出会いです。
次回をお楽しみに。