『徒歩』
この小説は上と下が明確に別れた存在の物語で、各章ごとに登場人物は異なります。ですが、共通する主人公は最初の二人です。それでは、どうぞ。
風が吹き抜ける草原を歩く一人の男がいた。男は一歩一歩大地を踏みしめながら歩き続けた。その途中、誰が作ったのかわからない椅子がポツリと一つ、置かれていた。男はその椅子に座る。肩から下げたバックから水筒を取り出し、水を一口飲む。水は歩いた体に染み渡り、疲れた体を癒やした。男は一息つくと空を眺める。そこには青い空が広がり、白い雲が点々と存在していた。
「空を飛びたいか?」
突如、どこからともなく声が聞こえてきた。男は周囲を見渡すが、何者の姿はなく、ただ草原を吹き抜ける風があるだけだった。
だが、先ほどとは違い、何者かの存在は感じ取れる。誰もいないのに、誰かがいる。それはこの場所を支配し、ゆっくりと自分の方に近づいてきている。男は何者かに備えて身構える。
「空を飛ぶのは良いものだ。全てのものを自分の支配下における・・・・・・支配者になれる」
「そうか」
男は近づいてくる何かの存在に身構えながら応える。そいつは男に姿を見せず、徐々に男に近づいていく。超然と、唯々あるがままに存在を刻み込むかのように。
「私が力を与えよう」
そいつは男に囁きかける。神の教示を授けるように、悪魔の囁きのように。そいつは男に話しかける。
「私がお前に空を飛ぶ力を与え、支配者にしてやろう」
そいつは知っている。どのような生命も身の丈を越える力を前に恐れながらも受け取るとこと。そんな力はいらないと戦々恐々しながら拒絶することを。力を前に生命はどうしようもなく、反応せずにはいられないことを。
だからこそ、この男はどうするのか楽しみだった。受け入れるのか、拒絶するのか、それとも私が知らない反応をしてくれるのか・・・・・・だからこそ、自分と男の力の差を見せつけた。生命の理解を超えた現象を見せつけ、この存在ならそんなことが可能なのだと思わせた。
「さぁ、力を受け取るがいい」
見せつけ、魅せつける。そして、見せて欲しい。お前はどんな反応をするのか。私に見せてくれ。
身構えていた男は言い放つ。
「いらん」
そう言うと警戒を解き、水筒の水を一杯飲み始める。
そいつは呆然とした。
男は“いらん”と、無関心に拒絶した。拒絶・・・・・・それ自体は珍しいことではない。この存在が生命の間で呼称され始めてから、それを拒絶されることは多々あるようになったからだ。だから別にどうでもいい。
だが、無関心だと? この男は私の力に関心を持たぬだと?
この場を支配し、姿を見せずとも存在を刻み込ませる力を。一つ頷けば広がる世界を屈服させうる力を。何よりも、出会うこと自体が奇跡とも言えるこの私の力を。
「・・・・・・空を飛べるぞ」
「地面を歩けるからいらん」
「山を容易く越えられるぞ」
「登山もまた一興」
「海も渡れるぞ」
「ならば泳ぐまで」
「生命を支配できるぞ!」
「面倒だ」
話は終わりだと男はバックを肩に担いで、草原を歩き出す。ゆっくりと一歩一歩踏みしめながら歩き出す。
そいつは男の背中を見る。先ほどまでこの場を支配していたはずなのに、男が動き出した途端に力が霧散した。あまりにもあっけなくあしらわれて、男にもはや見向きもされない。
何だ、これは。何が起こったのだ。
私はお前よりも上なのだ。全ての生命など私より遥かに劣るくせに、お前もその一つの生命なのに。
そいつは遠のく男に一瞬で近寄り、男を誘惑する。
「私はお前に一瞬で近づける」
「そうか」
「私は一振りで生命を灰燼に出来るぞ」
「それはすごいな」
「私は空の彼方を見ることが出来るのだ」
「それは見てみたいな」
「ならば私の力を受け取れ」
「だから、いらん」
男はそいつの話を、力を信じながらも、受け取ることは拒否した。男はそいつの存在を意識しながらも、歩くことを辞めなかった。そいつはますます困惑した。何故、私の力の程を知っていながらも無関心なのだ。私の力は絶対なのだ。
「・・・・・・お前に欲はないのか」
「あるぞ」
「ならば!」
「だが、お前の力を借りる必要はない」
男は鬱陶しいとばかりに拒否し、なおも歩き続ける。
「欲が小さいのか」
「別に」
「ならば大きいのか」
「さぁ」
「どっちなのだ!?」
「俺が分かれば、それでいい」
もういいだろうと男はそいつを置いていった。そいつは立ち尽くしたまま、そいつの背中を見据える。
こんな事は初めてだ。受け入れるのではなく、拒絶するのではなく、関心がない。そいつは男の背中を見て、そして近づく。
「どうしても私の力がいらないのか」
「あぁ、いらん」
「どうしても?」
「いらん」
「・・・・・・ならば、お前に纏まり着いてやる」
「はぁ?」
男は歩みを止めて、そいつの声がする方を向く。そいつは男がこちらを向いたことに内心してやったりと思いながらも尊大に話す。
「お前は私の力を望む日が必ずやってくる。その時が来るまで、貴様に纏まりついてやる」
「はぁ~・・・・・・好きにしろ」
男は呆れながらもそいつの話を受け入れ、また歩き始めた。そいつは今だに姿を見せず、だが、確かに男の近くに存在を示しながら男と共に歩み出した。
男はこれより旅に出て、そいつはその男の旅を見ていくことになる。そいつはいつも偉そうにしており、男にしきりに自分の力を求めさせた。それもそのはず、そいつはとても偉く、とても強く、どの生命よりも長生きで、星と共にあるもの。
そいつは精霊である。
これより二人は世界を歩きます。その中で起こる精霊と人とのお話。彼らはどのような旅路を刻むのか。
第1章『国興しの精霊』、次回をお楽しみに。