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星風のメロディ ~聖女の足跡~

作者: てんつゆ

 久しぶりの投稿なので気軽に読める短編です。

 昔のRPGの序章みたいな感じです。

 今日も朝の光を感じてベットの中で目を覚ます。

 陽気な日差しの中まだこの場所から出たくないと思っていると、どこからか風と共にフルートの音色がやってきた。

 温かい布団の中で心地よい音色を聴いているとふたたび睡魔が襲いかかって来た。

 これ以上このままでいたら寝てしまうと感じ布団から飛び起きて着替えを済ませてから一階へと階段を降りていく。

 どうやらフルートの音色は家の外から聞こえてきているようだ。

 扉を開けて外に出ると、広場の噴水の前で11歳くらいの小さな少女がフルートを奏でているのが見える。

 

「相変わらずいい曲だなセレナ」


 声に気付いた少女は演奏を止めてこちらへと振り向く。

 振り返る時に銀色の長髪がなびいて凄く幻想的な光景を醸し出していた。 


「クロノさんでしたか」

「聖女の足跡だったか? いつもその曲を吹いてるけどそんなにお気に入りなのか?」

「お気に入りと言うわけでは無いのですが気が付いたら自然とこの曲を吹いている感じですね」

「それを気に入ってるって言うんだよ」

「そう言うものなのでしょうか?」

「そう言うものなの」


 セレナは少し考える仕草をした後に、よくわからないという表情をする。


「まあ、いつか私もこの曲の元になった聖女様が訪れた場所へと旅をしてみたいとは思っていますが」

「それはもうちょっと大きくなってからだな。流石にまだ早いと思うぜ」


 そのままセレナの頭に手を乗せてポンポンと軽く撫でてみる。


「全く。クロノさんはいつも私を子供扱いしますね。それに、私の実力は知っているはずですが?」

「いくらお前が強くても11のガキを1人で旅なんてさせられるかっての? わかったならさっさと店の準備を始めるぞ」


 そう言って後ろを向いて自宅へと帰っていく。

 セレナも後ろをトコトコと小走りで付いてきているようだ。


 営業中の看板を出してから家の扉を開けてエプロンを付けて奥の工房へと入っていく。

 そして棚からバイオリンを取り出して、調律を始める。


 今の俺は楽器屋をして生計を立てている。この街では音楽に関わる人がそれなりにいる為かそこそこ繁盛していて、楽器の修理等の仕事も頼まれる事が多いので生活には困らない程度の収入はある。

 親父は少し前に山の向こうの村から依頼が来て出張に向かった為、今は俺とセレナの2人でこの店をやっているわけだ。

 ちなみにセレナは数年前に父親が連れてきて、突然今日からここで面倒を見ると言い出してこの家に住み着いた女の子だ。

 どうして連れてきたのか親父に聴いたがいつもはぐらかされるだけなので、諦めてセレナが自分の口から言うまで待つ事にした。


 いつもと同じ様に楽器の修理をしていると店の入口から誰かが入ってきたようで、カウンターで受付をしているセレナから声がかかる。


「クロノさん郵便の方がきました」


 修理を一時中断して工房から出ていくと見知った配達員が手紙の入ったカバンを持って立っていた。


「あれ? 今日は早いんですね」

「ああ、山の向こうから速達を頼まれたからね」


 俺はサインをして一通の封筒を受け取ると、配達員は確かにと確認して店から出ていった。


「先程、配達員さんが山の向こうからと言っていましたがもしかして?」

「ああ、どうやら親父からみたいだ」


 封筒を破って中身を取り出すと一枚の手紙が入っていた。


 ――ちょっと重要な仕事が入ったが、俺は仕事が忙しくてここを離れる事ができん。

 代わりに帝都まで行って仕事をしてきてくれ。

 多少時間がかかってもいいが出来れば年内で頼む。

 それから、紹介状を同封しておいたからそれを見せれば問題ないはずだ。 ――クロウ アスタール


 封筒を逆さまにすると、机の上に厚めの紙がコトンと落ちる。

 そして、横で一緒に手紙を見ていたセレナから声をかけられた。


「帝都に行くのですか?」

「ああ、どうやらそうなっちまったらしい。悪いがしばらくの間、店番を――」

「嫌です」


 淡々とした口調でセレナは続ける。


「私はクロウさんからクロノさんのお手伝いをするように頼まれています。クロノさん一人で行く事になったらお手伝いが出来なくなってしましまいます」

「店番もお手伝いだっての。今、頼まれてる修理だけ今日中にパパっと終わらせちまうから俺が居ない間は楽器の販売と練習だけしてればいいぞ」

「それでは私が――」


 俺はセレナの抗議を無視して工房へと入り楽器の修理を始める。


 ――日が落ちる少し前の夕方頃、頼まれていた修理はすべて終わり依頼人の元へと届けていった。

 そして、届け終わった時には日は完全に落ちて夜の村へと変わっていた。


「セレナ帰ったぞ」


 店の入口をくぐると、少し不貞腐れたセレナが待ち構えていた。


「やはり私も」

「だから駄目だって。普段はそんな事言わないのに何で今回は言う事を聞いてくれないんだ?」

「――それは」

「なっ。多分そんなに長くはならないと思うから少しだけ待っていてくれ」


 手を合わせて頼み込むと、セレナは少し考える素振りをした後にしぶしぶ了承してくれた。

 

「――わかりました」


 なんとかセレナを説得し終わってから旅の準備をして今日は少し早めに寝る事にする。

 今日は満天の星空で旅立ち前の夜としては最高だろう。


 ――翌朝。

 今日は鳥のさえずりで、少しだけ早めに起きる事が出来た。 

 セレナの方を見ると、まだ寝ているようなので起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出して店から出ていく。


「ごめんな。帰ってくる時にお土産買ってきてやるから、そいつで勘弁してくれ」


 天使のように可愛らしい寝息を立てているセレナにすまんと両手を合わせてから一階へと降りていく。


 旅の準備は夜の間にやっておいたので、リュックを背負って出かけるだけだ。


 リュックの中には帝都までの地図と路銀。そして、愛用のバイオリンと非常時の為の剣などを用意しておいた。


「それじゃあ、行くとするか」


 家を出て噴水の像を横目に村の入り口へと歩いていく。


「そういや、ここは聖女の故郷だったな」


 今からおよそ250年前に国を救ったと言われる聖女がこの村から帝都まで旅をしたらしい。

 聖女の元には行く先々で仲間が集まり、十二騎士団を率いて戦ったと伝えられている。

 そして、昔は聖女が旅をした道と同じ旅をする聖地巡礼の旅が流行っていて、この村にもそれ目当て訪れる旅人も多かったのだが、最近は魔獣が多くなり街道が少し危険になった為か、次第に巡礼の旅に出る人は減っていき今では聖女の出身地より音楽の村として有名になっている。


 それと、今回は巡礼の道では無く近道で帝都に向かう予定なのであまり関係は無いのだが、聖女が訪れた場所には言い伝えと共に聖女の像が建てられているらしい。


 とりあえず、村を出て道を辿って隣の村へと足を進める。

 一泊野宿をしてから明日の昼くらいに到着する予定だ。

 道を大幅にそれない限りこの辺りで魔獣に襲われる心配は少ないので、今の所は気楽に進む事が出来る。


 ――と思ったのだが、少し歩いた所で考えが甘かったと認識する出来事が起こってしまう。


「――何者かにつけられている?」


 街道の危険は何も魔獣だけでは無い。

 まれに盗賊の類も潜んでいる事があると聞いたことがあるのだが、まさかこんな通る人がほとんどいない様な道に現れるとは思わなかった。


 剣には多少自身はあったが、数で来られたら危ないかもしれない。

 注意深く後ろの足音を聞いてみると、相手は一人のようだ。

 一人なら何とかなるかもしれない。


 俺は立ち止まり腰の剣に手を当てて後ろを振り向く。

 少し後方の茂みからガサゴソという音が聞こえている。


「――あそこか」


 ゆっくりと音がする茂みへと近付いていく。

 魔獣か盗賊か、敵だったらこちらから先制攻撃を仕掛けるべきだ。

 どの道、草陰に隠れて後を付けてきている時点でまともな奴では無いだろう。

 

 ――茂みの全体が見える場所についたらピタリと足を止める。

 揺れている茂みからは銀色の髪の毛とスカートがはみ出ていた。


「おい、頭も尻も隠れてないぞ」


 それはまだ隠れているつもりなのかそこから動く気配は無い。

 

「やれやれ」


 俺はカバンに入っているコインを取り出して茂みに投げてみる。

 コインは茂みに当たる直前にスパッと何かに切られて真っ二つにされて地面に落ちた。


「セレナ。出てきていいぞ」

「――見つかってしまいました」


 茂みから小剣を持って旅装束に身を包んだ少女が姿を表した。


「どうして店にいない?」

「戸締まりはしてきたので問題ありません」

「そういう事じゃなくて、なんでここにいるんだ?」

「私も少し用があって帝都まで行くことにしました。こんな所でクロノさんと会うなんて奇遇ですね」

「つまりどうしても着いてくるのか?」

「私の目的地も帝都なのでもしかしたら一緒の道で行くかもしれませんね」

「帰るつもりはないんだな?」

「帰るも何も私はクロウさんからクロノさんのお手伝いを頼まれていますし。聖女様の巡礼の旅もしたいです」

「今、後半ホンネが出たよな?」

「いえ、後半の優先度はそこまで高くはありません」


 ――ここで下手に帰れと言っても離れて追ってくるだろう。

 先程コインを切った腕前から解る通り純粋な戦闘力ならその辺の奴よりはあるんだが、13歳の少女である事には代わりはない。

 しかし、下手に遠ざけるよりかは近くにいてくれる方が安心……か?


「仕方ない、俺から離れずについてこいよ」

「了解しました」


 セレナは表情を変えずに俺の隣に来て横を歩き出す。


「所でこれからどのルートで帝都に向かうのですか?」

「ああ、まずはこの先のイムイの村によってバルランド経由で向かう予定なんだが」

「――それだと道中が少し危険ではないですか? 山の集落ロックフィードを経由して海都アクアランド経由のルートを提案します」

「そのルートも考えたんだが少し時間がかかるんだよな」

「時間より安全の方が優先なのではないですか?」


 ――いつも感情をあまり出さないセレナがここまで積極的に言うのは何かおかしい。

 

「なあセレナ。どうしてもアクアランドに行きたいのか?」

「いえ、どうしてもと言う訳では無いのですが……その……」

「ちょっとそれを見せてみろ」

「――あっ」


 セレナの持っている地図を取り上げると、かわいい字で聖女様巡礼の旅と書かれたルートが地図に書き込まれていた。


「やっぱりか」


 セレナを見ると、何かを訴えたそうな表情で見つめて来る。 

 まあ比較的安全なルートには違いは無いし、遅くなると言っても誤差の範囲だろう。


「やっぱりアクアランド経由で行くか」

「そうですね。妥当な判断だと思います」


 セレナは冷静を装っているようだが、凄く嬉しいのだろうという事は伝わってくる。

 

「さて、ルートも決まったし急ぐとするか」

「レッツゴー」


 セレナのやる気があるのか無いのが解らないトーンの掛け声を聞いて道を進む。

 そこからは特に人にも魔獣にも会うことは無く日が沈む時間になった。


「今日はこの辺で休まないか?」

「そうですね。日が落ちてから進むのは危険ですので、私もこの辺で休むのがいいと判断します」


 セレナも了承してくれたので野営の準備を始める。


「俺はテントを作るから焚き火用の薪を頼めるか?」

「了解しました」


 俺はリュックから布を取り出して組み立てを始める。

 少し大きめのを持ってきたため4人くらいまでは入れるだろう。

 ちょうどテントが完成した辺りでセレナが薪を抱えて戻ってきた。


「クロノさん。集めて来ました」

「ああ、じゃあ火を付けておいてくれ」

「了解です」 

「ふう。なんとか日が暮れる前に完成したか」


 野営地が完成した後、簡単な食事を作り早めの就寝につく。

 何かあった時の為にセレナは入口から奥の方に寝かせる。

 

 ――深夜。周辺が何かおかしいのに気が付いて目を覚ます。

 

「クロノさん。何者かに囲まれているようです」


 セレナも何かに気が付いて起き上がり、両手に短剣を構えて臨戦体制に移行している。

 俺も剣を手にとって入口の隙間から外を覗き見る。


「どうやら魔獣に囲まれたみてーだな」

「――どうしますか?」

「北側は俺が、反対は任せた」

「了解です」


 お互いに頷き合った後、テントから勢い良く飛び出す。

 その瞬間、夜の森から数匹の魔獣が襲い掛かってきた。

 魔獣の牙に噛みつかれる既の所で何とかかわしてすれ違いざまに斬りつける。


「こっちは4だ」

「こちらは6です」


 ――チッ、セレナの方が数が多かったか。

 こいつは早めに何とかして援護に回らねーとな。

 幸いにも街道の近くだからかあまり強い魔獣ではなかった為、被害は少なめで撃退出来そうだ。

 自分が担当の敵を何とか撃退した後、後ろを振り向くとセレナは2体の魔獣を相手に戦っていたので、すかさず援護に入る。


 魔獣と一対一の形にしてそれぞれ倒し終わったあとに向き合った。


「――何とかなりましたね」

「ふぅ、セレナがいてくれたお陰で助かったぜ」

「やはりクロノさんには私のお手伝いが必要の様ですね」

「ああ、本当は安全な村にいて欲しかったんだが、こういう場面で助かるのは認めないとな」

「それではお休みの続きをしましょうか?」

「そうだな」


 俺は剣をしまって二度寝をする為にテントへと歩いていく。

 

「クロノさん。後ろ!」

「なにっ?」


 全て倒したと思って完全に油断していた為、隠れていた最後の1体の存在に気がついた時にはソレは目の前まで迫って来ていた。


「しまっ――」

「それっ」


 暗闇の中、どこからともなく飛んできたムチで魔獣が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた魔獣にセレナが一気に間合いを詰めて、両手の短剣で斬りつけ魔獣は絶命した。


 ムチが放たれた方を見ると、女性がムチを構えてこちらを見ていた。


「ふぅ、助かったぜ。ありがとよ」

「まったく、油断し過ぎじゃないのかい?」


 女性はムチを腰にしまうとゆっくりとこっちに向かってくる。


「それよりどうして夜中に一人でこんな場所にいるのですか?」


 女性は質問をするセレナを見て少し驚いたようだ。


「おや、こんなかわいい娘と野宿してるなんて隅に置けないねぇ?」

「まあ、かわいいといっても妹みたいなもんだけどな」

「どちらかと言うとお目付け役ではないでしょうか?」

「――よく分からないけど知り合いなんだね? 私はローラ。この先のイルイの村で待ち合わせをしていてね。今は向かってる途中だったのさ」

「俺はクロノでこっちはセレナ。こっちもイルイに向かう途中なんだ」

「どうもです」

 

 セレナは軽くオジキをする。

 頭を下げた時に長い銀色の髪の毛がさらりと肩からこぼれ落ちた。

 

「目的地が同じなんだし、良かったらこのテントで休憩して明日一緒に向かわないか?」

「いいのかい? 予定ではもう着いてるはずだったんだけど、思ったより遠くてどうしようかって思ってた所だったんだ」

「ああ、助けてくれたお礼だ。セレナ、寝るからテントに入ってくれるか?」

「はい、それではローラさん先に入ってください」


 セレナはテントの入り口を広げてローラを中に招き入れようとする。


「おいおい、俺はセレナに先に入ってくれって言ったんだぜ? ローラの安全を考えると真ん中にいた方がいいんじゃねーのか?」


 セレナは俺に近付いてジーと見つめてきた。

 その瞳は、まるですべてを見透かしているように見える。


「――クロノさんからヨコシマな感情が感じられます。魔獣に襲われるより危険だと判断したので私が間に入るのが適切かと」

「チッ、いつの間にそんなにカンが良くなったんだ」

「いつも一緒にいるのでクロノさんの考えている事くらい解ります」

「ええと、取り敢えず私は奥で寝ればいいのかい?」

「はい。クロノさんの魔の手からは私が守ります」

「だから、何もしねぇっての」


 ローラは俺達のやり取りに若干引きながらテントに入っていった。


「それでは次は私が」

「まったく。この配置だと俺がお前に手を出すかもしれないぜ?」

「私はクロノさんを信じてますから。――それではクロノさんおやすみなさい」


 セレナも続いてテントに入り込む。


「――まったく、本当に見透かされてんな」 


 俺はヤレヤレと頭を軽く掻きながらテントに続く。

 セレナはもう寝てしまっているようだ。


「幸せそうな寝顔しやがって」


 俺はセレナのほっぺたを軽くつんつんと突いた後、眠りについた。


 ――翌日。テントの入り口から差し込む日差しで、目が覚める。

 横のセレナはまだ眠っているようだ。


「結局あんたらの関係ってどうなんだい?」


 セレナの寝顔を見ていると、不意に奥から声がかけられる。

 どうやらローラもすでに起きていたらしい。


「お前が思ってるような関係じゃ無いぞ」

「ふ〜ん?」


 なにやら勘違いをしているローラを無視して外に出る。


「おーい、セレナ起きろ」

「ふぇ? クロノさん? ここは?」

「寝ぼけてんなっての。俺は水を汲んでくるからテントの片付けを頼む」

「――――了解でしゅ」


 目をつむりながら敬礼の様なポーズを取るセレナを確認してから小川へ水を汲みに行く。

 軽く顔を洗ってからバケツに水を入れて野営地へと帰る。


 帰り道の途中で野営地の方からフルートの心地よい音が聞こえてきた。

 フルートの音に導かれるように、俺はそこへと歩いて行く。


「結構早く終わったんだな?」

「ローラさんに手伝って貰いましたから。おかげで日課のフルートの練習が出来て良かったです」

「さっきまで聞かせてもらってたけど、なかなかの腕じゃないか」

「いえ、まだまだです」


 セレナはフルートをカバンにしまってバケツの水で顔を洗い、ローラもそれに続く。


「じゃあ朝食を作ったらすぐに向かうか」

「では、今日は私の当番なので今から作りますね」


 セレナはカバンから料理本を取り出して調理を始める。


「へぇ、あの娘。料理も出来るんだ?」

「――まあレシピ本があればな」


 ――数分後、セレナの料理が完成する。


「完成しました」

「なかなか美味しそうじゃないか」

「ちょっとこれを見てみ」


 俺はレシピ本を開いてそこに載っている料理の完成した絵をローラに見せる。


「へえ〜本に載ってるのとほとんど同じ感じで作れるなんて凄いじゃないか」

「よく見てみろ。ほとんどじゃなくて全く同じなんだ」

「えっ?」


 ローラは本と料理を交互に見て驚きの声をあげる。


「これはどうなってるんだい?」

「こいつはレシピがあればどんな料理でも全く同じに作れてな」


 セレナはこちらを向いて不思議そうに顔を傾ける。


「レシピ通りに作って何か問題でも?」

「たまには多少アレンジを入れた料理を作ってみろっての。だいたい材料がひとつ無いだけで何も作れなくなるじゃねーか」

「――マニュアルと違った事をするのは、どうなるのか予想が出来ないので苦手です」

「――なかなか凄い特技を持っているんだね」

「味の方も問題ありませんのでどうぞ」

「問題無さ過ぎて、いつも全く同じ味だけどな」


 食事を終えた俺達は、すぐにイルイの村へと出発する。

 その後は特にトラブルも無く昼になる頃には村の姿が見えてきた。


「やっとついたな。ローラはこれから誰かに会うんだっけ?」

「そうだね。まあそんなに大きな村でもないし、すぐに会う事になるかもしれないけど」

「その時はよろしくお願いします」


 村の入り口についた所でローラと別れて俺とセレナは村の中を歩いていた。

 

「クロノさん。これからどうしますか?」

「まずは宿を探さないとな。さすがに2日連続で野営も辛いだろ?」

「別に私はどちらでもいいのですけど――」

「女の子なんだし無理すんなっての」


 俺はセレナの頭をわしゃわしゃと撫でて宿を探す。


「……また私を子供扱いして」

「おっ、あそこにあるな」


 俺は少しふくれるセレナを見ながら宿屋を指差す。

 少しボロいがまあ他に見当たらないしここでいいだろう。

 もしかしたらローラも同じ場所に泊まって、また会えるかもしれない。


「いらっしゃい」


 宿屋に入ると、宿屋の親父らしき人物が俺たちを出迎える。


「二人部屋を頼む。食事は夜と朝で」

「へい。でしたら100ゴールドです」


 少し高いがまあこんなもんだろう。

 カバンから金貨袋を取り出して支払いを済ませて、部屋へと向かう。

 扉を開けると少し狭い部屋に小さい机と布団が2つ置かれていた。


「まあこんなもんか。セレナ、楽器の準備をしてくれ」

「構いませんが、どうするのですか?」

「音楽家が村でする事と言えば一つしかないだろ?」

 

 ――宿屋に荷物を置いて、俺はバイオリンをセレナはフルートを手にして宿屋から出て人の多そうな場所を探していた。


「さて、どこにするか」

「クロノさん。あそこに聖女様の像があるのであそこにしませんか?」

「そうだな。よし、あそこにするか」


 俺は聖女の像の前に立ってお金を入れる用の帽子を置いてから、道行く人に聞こえるように声を上げる。


「さあさ、今からアスタール一座の愉快な演奏が始まるぜ。お時間のある方はどうぞご笑覧あれ。――いくぜ、セレナ」 

「了解です」

 

 俺達は聖女の像の前で演奏を始めた。

 ある程度の持ち合わせはあるのだが、路銀は多いに越した事はない。

 俺がバイオリンを持ってきたのは音楽で路銀を稼いで旅の資金にするためだ。

 

 ――数分後。


「……おかしい。こんなはずじゃ無かったんだが」

「――クロノさんは楽器の修理は得意でも演奏は微妙ですからね」


 足を止めてくれた人はいたが、コインを入れてくれる人はほとんどいなかった。


「おやおや、しけてるねぇ」

「なにおぅ?」


 声がした方を見ると、そこには見知った顔があった。


「ローラじゃねえか。ん? そっちのデカイのは誰だ?」


 ローラの後ろには大きめのリュックを背負った、いかつい男が立っている。


「ああ、私がこの村で待ち合わせをしてた相手さ。それよりなんだい? 演奏してるのに、お客がほとんどいないじゃないか」

「うるせぇやい。冷やかしなら帰れ帰れ」


 俺は手を振って帰るようにジェスチャーすると、ローラはやれやれと言った顔をして後ろの男に指示を出した。


「ガストン。準備をお願い」

「……ウス」


 ガストンと呼ばれた男は背中のリュックから大太鼓を取り出して俺達の横に置いた、そしてローラもカバンからクラリネットを取り出して隣に移動してきた。


「おまえさん楽器の演奏が出来たのか」

「まあね。曲は定番の中心で行くけど何か演奏したい曲はあるかい?」

「それでは聖女の足跡をお願いします」

「あんたが朝に演奏してた奴だね。――それじゃあ始めるよ。ガストンもいいね?」

「……ウス」


 演奏が始まった瞬間、体中に衝撃が走った。

 コイツ等かなり上手い。

 俺は演奏についていくのが精一杯だったが、ふと周りを見るとかなり人が集まってきているのが見えた。


 ――数分後、演奏を終えて燃え尽きた俺にローラが声をかけてきた。


「なかなか頑張ったじゃないか」 

「ぜぇぜぇ。お前等何もんだ?」

「ただの旅芸人さ。これから演奏で金を取りたいならもっと練習するんだね」


 ローラはコインが沢山入れられた帽子から半分取り出して残りをこちらに渡してきた。


「ほとんどそっちの演奏でもらったような感じだけどいいのか?」

「四人で演奏したんだ。半分はそっちの物だよ」

「ならありがたく貰っておく」


 俺は帽子の中のコインを袋に流し込んで楽器をしまった。

 金貨袋はかなりずっしりとした重さになって今後の旅行がだいぶ楽になりそうだ。


「そういや、この村にも聖女の像があったって事は聖女はここを訪れたのか?」


 セレナに気になった事を聞いてみると少しだけ嬉しそうに答えてくれた。


「はい。昔、この土地は枯れていてほとんど人は住んでいなかったのですが、聖女様がここを訪れた時に1本の木を植えてくださったおかげで今ではこんなに緑あふれる土地になったと言われています。ちなみに、あそこにある森のどこかで木を植えたみたいです」


 セレナが指を指した方を見ると、かなり大きな森が広がっていた。

 だた聖女が関わっているにしては少し不気味な感じもするが。


「けど、こんな噂もあるよ」


 突然ローラが話に割って入ってくる。


「人が消える森」

「なんだそれ?」

「あそこの森にいつしか住み着いた悪い妖精がこの辺の村の子供を拐うって噂さ」

「そうなのかセレナ?」

 

 俺はセレナに話を振ると、セレナは少し困りながら答えた。


「確かにそのような話もあるようですがあくまで噂です。だいたい聖女様の作った森にそんな悪い妖精が住み着くわけありません」

「まあ俺達には関係無いだろうし今日はもう休みもうぜ」


 セレナも大好きな聖女さんの森が悪いように言われるのはあまり気分のいい事じゃないだろうし、あの森も何だか嫌な予感がする。

 ――ここの村はさっさと出発した方がいいかもな。


「ローラ。お前達もあそこの宿か?」

「ああ、そうだよ。行くよガストン」

「……ウス」

「セレナも行くぞ」

「……はい」


 そのまま俺達は宿屋へと向かい少し早めの夕食を取った。


「クロノさん。ちょっとお風呂に行ってきます」

「ならついでに俺も行くとするかね。しばらく入れないかもしれないから今のうちに堪能しとけよ」

「はい。ゆっくり入ってきます。露天風呂もあるようなのでちょっとだけ楽しみです」


 セレナは入浴の準備を終えて一足先に浴場へと向かっていった。


「さて、俺も行くとするかね」


 俺達が泊まっている二階から階段を降りて一階の廊下を進むと一番奥に風呂場の入口であるのれんが見えてきた。


「さてと、それじゃあ女湯に――」


 のれんの手前でピタッと足が止まる。

 

「……何で俺はこっちに入ろうとしたんだ。流石にこっちに入ったら洒落になんねーぞ」


 俺は無理やり女湯に入れようとする謎の力に抗いながら男湯へと入っていく。

 浴槽は5人くらいが入れるくらいの大きさで、ローラと一緒に居たガストンと呼ばれていた男が先に入っていた。


「よう。さっきはお疲れさん」

「……ウス」

「そういやセレナが露天風呂があるとか言ってたな。――先にそっちに入るとするか」


 風呂場の入口とちょうど反対側に外の露天風呂へと続く扉があり、そこを抜けると頭上に満天の星空が輝いていた。


「ほ~。さびれた宿にしちゃあ、なかなかいい感じじゃねーか」


 湯の中に足を入れて奥へと進むと湯気の向こうに人影があり、どうやら先客がいるようだ。


「おう、邪魔するぜ」

「――クロノさんでしたか。お先に入らせていただいてます」

「なんだセレナだったのか」


 見知った顔に安心して肩まで湯につかる。

 温泉の湯が体の芯まで染み込んできて、旅の疲れが無くなっていくのが実感できる様な心地よい湯加減だ。


「……ってちょっと待て。何でお前がここにいるんだ」

 

 俺はおもむろに立ち上がってセレナに指をさして少し後ずさった。


「何でと言われましても、お風呂に入る前に露天風呂にも入ると言ったはずですが?」

「いや、ここ男湯だろ?」

「クロノさんが何を言っているのか解りかねますが、私はあそこから入ってきました」

 

 セレナが指をさした方向を見ると俺が入ってきたのとは違う出入り口がある。


「……つまり露天風呂は混浴っだったって事か?」

「――どうやらそのようですね」

「フム、それにしても――」


 色々と平だな。

 タオルで隠す必要が本当にあるのだろうかと思えるくらい何もない。


「――えいっ」

「わぷっ」


 突然、顔にお湯をかけられてそのまま湯の中に倒れ込んでしまった。


「ゴホゴホ、いきなり何をするんだ」

「クロノさんが失礼な事を考えていたのでお仕置きです」

「あのなぁ、俺はただお前の成長の確認をだな」

「どこの成長を確認していたのですか?」

「ぐっ、それはだな――」

「不埒なクロノさんにはもう一度お仕置きです」


 セレナは再びお湯をかけてきたが、今度はすっとかわしてみせる。


「ふっ。同じ手に何回もやられてたまるかっての」

「――むぅ」


 セレナは少し不満そうで何度もお湯をかけて来るが俺は全てかわす。


「そういや、混浴って事はもしかしてローラも入ってるのか?」

「それは――」

「なんだい騒がしいねぇ」


 俺とセレナが戯れていると、タオルで体を隠したローラが女湯から露天風呂へと入ってきた。

 タオル越しでも凄くスタイルがいいのが伺える。


「ヒュー、なかなかのもんじゃねーか」

「まったく、こっちはゆっくり風呂に浸かりたいっていうのに」

「露天風呂に美女ってのはなかなか絵になってると思うぜ?」

「そんなこと言ってそっちはいいのかい?」

「ん?」

「えいっ」


 再びセレナのお湯攻撃が顔に直撃してしまう。


「くっ、おいセレナ不意打ちは卑怯だぞ」

「デレデレしてるクロノさんが悪いです」

「デレデレってなぁ。温泉に美女って最高の組み合わせの絶景がそこにあったら誰しも見たくなるってもんだろうが。出来るもんなら登ってみたいもんだぜ」

「――――でしたら、今から裸であそこの山に登りに行きますか?」


 セレナはどこからともなく取り出した短剣を構えてこちらを向いた。

 セレナからは何か強い殺気を――いや嫉妬のようなものを感じる。


「ちょっ待てセレナ。大丈夫だお前も後数年したらきっと立派になるはずだ」

「つまり今の私は魅力が無いと、そういう事ですか?」

「あー、いやそういう意味じゃなくてだな。だいたいこんな場所で暴れるのも無粋だろ?」

「…………そうですね。ローラさんも居ますしクロノさんも反省してるようですのでこの場は収めましょう」


 セレナは短剣をしまって、ふぅ助かったと安心していると何か白いものがこちらに流れてくる。


「――なんだこれ?」

「あっ、クロノさんそれは」


 白い物はどうやらタオルのようだ。

 嫌な予感もするが好奇心が勝ってタオルが流れてきた方を見ると、体に何もつけていないセレナが立っていた。

 ……どうやら短剣をしまった時にタオルが取れてしまったらしい。


「まてセレナこれは不可抗力だろう」

「う〜っ」


 駄目だ、セレナはあまりの恥ずかしさからかこちらの声が聞こえていないみたいだ。


「最初に入ってるの見たときは何ともなかったじゃないか」

「タオルがあるのと無いのとでは違います」

「あ〜っ」


 ――数分後、部屋に戻った俺とセレナの間には微妙な空気が流れていた。

 どうしたもとかと機会を伺っていると、セレナから声をかけられる。


「――その。さっきは私の不注意でしたのに――――ごめんなさい」

「あー。俺も別に気にしてないからもういいぜ。それにセレナの成長も見れたしな」

「――むぅ」


 セレナは恥ずかしそうに枕に顔を埋める。


「とりあえずもう寝ようぜ」

「――そうですね。おやすみなさいクロノさん」


 セレナがおやすみなさいを言った時、軽く微笑んでいた気がした。


 ――次の日。

 ちゃんとした場所で寝る事が出来たたおかげか今回はぐっすりと眠る事ができたようで、朝から体の調子が凄くいい。


「――けど、何か物足りないな」


 横の布団を見たらどうやらセレナはいないようだ。


「フルートの練習にでも行ったのか?」


 ――少し前、クロノより少しだけ早起きしたセレナはフルートの練習をしに昨日演奏をした聖女像の前に来ていた。

 まだ人通りの少ない広場で、カバンからフルートを取り出してお気に入りの曲の演奏を始める。


「お嬢ちゃんなかなか上手いねえ」


 道行く人から突然声をかけられる。

 先程到着した旅人だろうか。

 私は軽く会釈をして演奏を続ける。

 他の曲はともかくこの曲の演奏だけは誰にも負けない自身があった。


 ――演奏に一区切りついて休憩をしていると、誰かに呼ばれた気がする。


「誰ですか? クロノさん?」


 周りを見るがクロノさんは見当たらない。ローラさんやガストンさんでも無いようだ。

 けれど、声のした方向が昨日と違う景色になっていた。


「――森が輝いている?」


 森が淡い光に包まれている。その幻想的な風景に私は聖獣や妖精でも現れるのではないだろうかと感じた。


「――――聖女様が呼んでいるのでしょうか」


 私は無意識に森へと足を進めていた。

 誰かに呼ばれたような気もしたが今は森で読んでいる誰かに会いに行かなくてはと言った使命に付き動かされて、他の事を考えることが出来ない。


 ――気が付いた時には、私は森の中にいた。

 前を向いても後ろを向いても木しか見えない。

 足跡を辿って数歩戻ってみるが途中で消えていた。


「……完全に迷ってしまいました」


 腰に手を当てたら何か硬いものが手が当たった。

 出かける前に短剣を2本腰に付けてきたのを思い出す。 


「一応、武器があってよかったです」


 と言っても、この森は何か様子がおかしいので、何者かに襲われた時にこの短剣が役に立つのかも解らないけど。

 私は大切なフルートをカバンにしまって短剣に手を置きながら道を進む。


 相変わらず森の木からは不思議な光が出ていて、おとぎの国に迷い込んでしまったみたいだ。

 

「早く戻らないとクロノさんに心配をかけてしまいますね」


 森で迷子になったと知れたらまた子供扱いされるんだろうけど、今回ばかりは仕方がありません。

 出口がどこかは解らないけど、ずっとその場に留まるより動けるうちに進んだほうがいいと判断してひたすら前に進む。

 もしかしたらそんなに広い森では無いのかもしれないし、クロノさんが起きる前に戻る事も可能かもしれません。


 ――――しばらく、歩いたけど永遠と同じ景色が続いている。

 もしかしたら、同じ場所をずっとグルグルと回っているだけなのかもしれない。


「……どうしましょう」 


 弱気になって足を止めた瞬間、後ろから何かが突撃してくるのを感じた。

 

「――えっ?」


 私は直撃するすんでの所で、なんとかそれをかわす。

 それは緑色に輝いていて、空中で一旦停止した後に方向を変えて再び私に向かってきた。

 私は腰の短剣を抜いて両手で構える。

 

 突撃してくる物の攻撃を左の短剣でいなしてスキが出来た瞬間右の短剣で斬りつける。

 ――手応えはあった。 

 緑色の光はフラフラと空中を漂った後に消滅した。


「何とかなりましたか」


 倒すことは出来たけど剣が効かなかったどうしようと少し気が気じゃなかった。

 けれど、これなら何とか自分の身くらいは守ることが出来そうです。


 ――それからしばらくは襲ってくる敵を倒しながら森を進んでいく。

 何とか撃退は出来ているけど、体力がそろそろ限界にきているのがわかる。

 

「早くなんとかしないと危険ですね――あっ」


 ――ドタンと顔面から地面に突撃してしまった。


 どうやら足がもつれて転んでしまったようです。

 すぐに起き上がろうと手に力を込めたけどうまく立ち上がる事が出来ない。


「…………クロノさん」 


 これからどうすればと不安に思っていると、また私を呼ぶ声が聞こえる気がする。


「こんな森の中で一体誰が――――えっ?」


 いつの間にか私の前に巨大な大樹が立っていた。

 

「さっきまでは無かったはずなのにどうして――」


 不安に思いながらも私は地面をはいながら大樹に近付いて行く。

 何とか木の真下へと辿り着くと、とても暖かいものに包まれてる気分になった。


「この木はいったい?」


 私が大樹の下で休んでいると、遠くから何か大きなモノが凄いスピードで迫って来ているのが見えた。


「あれは――――魔獣?」


 もう動く事が出来ない私は巨大な魔獣が迫って来ているのを見ている事しか出来なかった。


 ――――セレナの帰りが遅いクロノは村の中を走って探していた。


「――ハァハァ。つったく、アイツいったい何処まで練習しに行ったんだ」


 どうせ聖女像の所だろうと思ってたが、そこにいなかったとなるとこの村でセレナの行きそうな場所はいったい何処なんだ。

 しばらくいろいろな場所を走り回っていると、ローラとガストンを見つけたので声をかける。


「なあ、セレナを見なかったか?」

「そういや朝に村の外に歩いて行くのを見かけたけど何かあったのかい?」

「ああ、俺が起きた時には何処かに出掛けててまだ戻ってこないんだ」

「そういや、朝に声を掛けた時には心ここにあらずって雰囲気で私が話し掛けてもよく聞こえてなかった感じだったよ」

「どっちの方に行ったんだ?」

「あの方向だと――――森の方向だね」

「サンキュー、手間取らせたな」

「――ちょっと待ちな」

 

 俺は森へと走り出したが、ローラが後から声をかけてきたので足を止める。


「どうした? まだ何かあるのか?」

「何か嫌な予感がしてね。あんた1人だと心配だし私達もついて行ってあげるよ」

「すまんな、この借りは後で利子をつけて返す」

「行くよガストン」

「……ウス」


 ――俺達三人は武器を手にとって森へと足を踏み入れた。  


「ん? なんか森の様子が変じゃねーか?」

「これは――精霊の力を感じるね」

「なんだそれ?」

「旅をしてるとたまにあるんだよ。悪い精霊が現れるときにこんな現象が起きるんだ」

「もしかして、昨日言ってた人が消えるって奴と関係あるのか? セレナは大丈夫なのか?」

「落ち着きなクロノ。私もこの森に入るのは今回が初めてでここの精霊の事については解らないんだ」

「――――すまん。ちょっと冷静じゃなかったみたいだ」

「とりあえず進むよ」

「そうだな。お前さんも頼むぜ」

「……ウス」


 ――森を進むと、緑色の光のようなものが飛び出してきた。


「何だあれ?」

「気をつけな、来るよ」

「なんだって――って。ぐわっ」


 緑色の光は凄いスピードでこっちに向かってきた。


「武器は効くからなんとかしな」

「ちっ、わかったよ」


 俺は剣を手にしてそれを斬りつける。

 光はしばらくして消滅した。


「結局あれは何だったんだ?」

「ここのヌシの手下だね。基本的にはヌシを倒せば収まるんだけど、それまではどんどん来るから注意しな」 

「どんどんって――そういう事かよ」


 周りを見ると、俺達は無数の光に囲まれていた。


「雑魚に構ってないで先に進むよ」


 ローラはムチを手に突撃して道を切り開きガストンも続いて徹甲で敵を蹴散らしていく。


「おい、ちょっと待てって」


 俺も送れないように必死で後ろを走ってついて行った。


「お前さん、かなりやるみたいだけど何かやってるのか?」

「まあ、こういう事に少し慣れてるってだけさ」

「ふぅん? それで、今は何処に向かって走ってるんだ?」

「さあ? 雑魚といちいち戦うのが面倒だからとりあえず走って逃げているだけさ」

「って、無計画かよ」

「まあ、走ってればそのうち見つかるでしょ」

「そんな簡単に見つかるわけ――――ん? ちょっと待て」

「えっ?」


 俺達はその場に足を止める。

 どうやら雑魚敵は撒いたようで周りに敵の気配は無かった。


「どうかしたのかい?」

「ちょっと、静かにしてくれ」


 静かな森の中から何かが聴こえてくるような気がする。


「なあ、かすかに音が聞こえてこないか?」

「音? そういえば何か聴こえてくるような――」

「こっちだ。ついてきてくれ」

「あっ、ちょっとまちなよ。――ええい、行くよガストン」

「……ウス」


 毎日聞いてるから間違えるはずがない。これはセレナのフルートの音だ。

 走っていると、どんどん音楽がはっきりと聴こえてくるようになる。


「セレナぁああああ」

「――――クロノさん?」


 森の奥の開けた場所についた俺達の前には巨大な大樹とその下にたたずむセレナ。

 ――そして、セレナを睨みつけるように巨大な魔獣が身構えていた。


「セレナ。大丈夫だったか?」

「はい。なぜだかこの大樹の近くにいると襲われないようです。――まるで、この樹が護ってくれているような」

「襲われないつっても、あのデカブツをなんとかしない限りそこから出れそうにないだろ」


 俺達が魔獣に武器を向けると、魔獣もセレナからこちらに体を向けて睨みつけてきた。


 直後、魔獣は咆哮を上げてこちらへと向かってくる。


「くるぞッ」


 魔獣は突進の勢いを乗せて右足を振り下ろしてきた。

 俺はそれを剣で受け止めてその瞬間にローラとガストンが魔獣に攻撃を与える。

 魔獣が少し後ずさったスキに俺も斬撃をくらわした。


「多少は効いたかね」

「油断するんじゃないよ」

「へっ、三人もいれば行けんだろ」

「――クロノさん。後ろです」

「なにっ? ――――ぐはっ」

 

 前の敵に気を取られていたせいか、後ろからの攻撃に気が付かなかった。

 森に入っ時に襲われた緑色に光る精霊の攻撃が俺の背中に深々と刺さっている。


「ちいっ」


 俺はそいつを無理やり引き剥がして、剣で斬り裂いた。

 傷は致命傷ではないようだが、早めに何とかしないと危険だろう。

 

「少しヤベーかもな……」

「クロノさん。私に任せてください」


 セレナはフルートの演奏を始めた。

 すると、心地よい音色が俺を包み込み痛みが和らいでいく。


「助かったぜセレナ」


 痛みが引いた今しかないと、俺は魔獣に突撃する。


「援護するよ」


 ローラが演奏を始めると、魔獣の周りを炎が包み込んだ。

 そして、俺は魔獣に剣で斬りつける。


「うらあああああああ。双破斬」


 俺は下から剣を切り上げながら飛び上がり、直後剣を下に振り下ろす二段切りを魔獣にくらわした。

 魔獣は咆哮をあげたあとその場に崩れ落ちた。


「やったか」

「――どうやら対象は沈黙したようですね」


 俺は周りの安全を確認してセレナへと走り寄って抱きしめた。


「まったく、心配かけやがって」

「――クロノさん。痛いです」

「そういや大丈夫だったのか?」

「はい。私ももう駄目だと思ったのですが、なぜだか魔獣はこの樹には近付いてこれないみたいでした」

「――いったいこの樹は何なんだ?」

「わかりませんが、ここにいると何か暖かいものに包まれている気持ちになれます。――まるで、聖女様のような」

「まあ、とりあえずここから出るとしようぜ」

「そうですね」

「――それにしても」

 

 温泉で見たときは特に何とも思わなかったが、こうして抱きしめてみると意外とあるな。

 膨らみかけなのが逆にいいっつーか。

 凄く柔らかいし、このまましばらく――。


「いでで――って、いきなり何するんだ」

「クロノさんが不埒な事を考えていたのでお仕置きです。けど、今はもう少しだけこのままで――――」

「……あー、ちょっといいかい?」

「えっ?」


 ふと後ろを向くと、ローラ達がこちらを生暖かい目でこちらを見ていた。


「嬉しいのはわかるけど、そろそろ帰らないかい?」

「そっ、そうだな」

「――そうですね、帰投しましょう」


 俺とセレナはその場から離れて歩き出す。


「けれど大丈夫なのですか? 私が来たときはいくら走っても出れませんでしたが」

「ああ、ヌシを倒したからもう大丈夫なはずさ」

「まあ、ローラはこういう事に詳しいみたいだし問題無いんだろうな。――じゃあ行こうぜ」


 俺達は出口に向かって歩き出す。

 ふと後ろを向いたらセレナが大樹の下で立ちすくんでいた。


「ん? どうかしたのかセレナ?」


 ――――私はクロノさん達と帰ろうとした時、ここに来る時に呼ばれた声に引き止められた気がして立ち止まった。


「――誰ですか?」

「……像を……調べ……」


 なんだろう凄く優しい声なのに凄く悲しそうな感じがする。

 像? この辺りの像ってもしかして――。


「おーい。行くぜセレナ」

 

 クロノさんの声でハッと我に帰る。

 これ以上心配をかける訳にはいきません。

 私は小走りでクロノさん達と合流して村へと帰っていく。


 村に戻った私は、森で聞いた声が気になって村を出発する少し前に聖女様の像の前に来ていた。


「――調べると言ってもいったい何処を?」


 偶然か必然か、今この像の周りには私しかいなかった。

 とりあえず像の周りを一周回ってみる。


「特に変わったような場所は無いようですが……」


 ――解らない。

 早くしないと出発の時間になってしまう。

 こんな時は焦ってはいけない。

 そうだ、私の大好きな曲を演奏してひとまず落ち着こう。


 私はカバンからフルートを取り出して演奏を始める。

 曲はもちろん聖女の足跡だ。

 静かな村に私のフルートの音が響き渡る。


 ――ゴトン。


「今、何か音が?」


 ――なんだろう。

 聞き慣れない音が気になった私は演奏を中断して、像と向き合った。

 すると、聖女様の下の台座が少しだけ開いているような気がする。


「――これはいったい?」


 台座は少し錆びていたようで、半開きで止まっていた。

 私は少しだけ力を入れて無理やり台座をこじ開ける。

 ……壊れてしまわないか少しだけ心配でしたけど。

 台座の中には古びた紙が一枚だけ入っていた。

 私は手を伸ばして、その紙を取り出して広げた。

 ずっとここに置いてあったからなのか、紙にはホコリが沢山付いていていたので軽く払ってみる。


「ケホッ、ケホッ」


 ホコリを手で払うと何かがかいてあった。


「――これは――楽譜?」


 見たことが無い譜面だ。

 どんな曲なんだろう。


 ――試しにフルートで演奏してみたが一瞬で曲が終わってしまった。


「……短い曲? ……それとも複数ある楽譜の一部なのでしょうか?」


 ……解らない。

 森で話しかけてきた声の主は像を調べろと言っていたけど、私にこれを見つけさせて何かしたかったのだろうか?


「セレナ〜。そろそろ出発するぞ〜」


 村の出口からクロノさんの声が聞こえてきた。

 隣にはローラさんたちがいる。

 もしかして、次の目的地も同じなのでしょうか?

 私は楽譜をカバンにしまうとクロノさん達のいる場所へと走っていく。


「お待たせしました」

「ったく、コソコソと何してたんだ?」

「秘密です」


 あまり心配をかけたくないので楽譜の事はまだクロノさんには秘密にしておこう。

 

「所でローラさん達も一緒なのですか?」

「ああ、私達も帝都に行くんだ」

「帝都!? もしかしてローラさん達は――」

「あーセレナ。ローラ達も帝都に行くには行くんだが俺達とは道が違うぞ」

「……えっ?」

「私とガストンはバルランド経由で帝都に行くんだ。アクアランド経由のあんた達とは途中までは一緒に行けるよ」

「――そうですか」

「ん? そんなガッカリそうな顔してどうかしたのか?」

「――いえ。聖女様は帝都までの道のりで12の騎士達と出会って王国を救ったと言われてまして」

「ははん? もしかしてお前、ローラ達がおとぎ話に出てくる騎士だと思ったのか?」

「――いえそういう訳では」


 少しだけ思いましたけど。


「まあ、あまり立ち話をして出発が遅れるとまた野宿になるしさっさと出発しようぜ」

「――そうですね」 


 ローラさん達と途中で別れてしまうのは寂しいけど、もしかしたら帝都でまた会えるかもしれない。

 今はこのまま道を進もう。

 次の目的地は山の集落ロックフィードだ。



 ――――私達の旅はこれからです。



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