彼岸
おい!急げ!このままだと列車行っちまうぞ!
男の子が言う。
わかって…るって!
僕は息を切らせながらもなんとか答える。
ここは北海道の中心部にある札幌駅。
僕は中学からの友達と南口側の外を走って札幌駅に向かっている。
あと3分で列車は発車してしまう。
なんとかギリギリ間に合うか?
とにかく走らなくては、置いていかれる!
僕は走る。
よし!駅に入った!
しかし札幌駅は広い。中に入ってもプラットホームまではまだ距離がある。
おーい!早くー!
友達はもう改札口付近まで行っている。
待って!
ラストスパートだ
僕は走り改札を抜けプラットホームまでの階段を急いで、且つ足を踏み外さないように下を向きながら登る。
登る。
登る。
登る?
幾ら何でも登りすぎじゃないか?
こんなに長い階段なんて札幌駅にはないぞ?
僕は確認のため初めて上を向く。
…え?
目の前には、まだしばらく続く階段とその向こうに光が見える。
どこだ、ここ?
僕は怖くなり引き返そうと後ろを向く。
…無い。何にも
そこには自分が今まで登ってきた階段が、改札口までの道すらも。
戻れなくなってる。これじゃあ上に進むしか…。
僕はしばらく迷った末、やはり進むしか道はないと考え、階段を登り始めた。
もはや発車直前の列車のことなど忘れて。
登る。
登る。
ついに光が目の前に現れ、僕はそれをくぐる。
何か。聞こえる。
ザザーン。ザザーン。
波の音?
僕は歩く、音のする方に向かって。
徐々に視界がはっきりしてくる。
ここは、一体…。
そこには、夜の海辺が広がっていた。
歩いているのは砂浜。目の前には水平線まで広がる海。空には少しの雲と満月が。満月の光だけで十分周りが見えるほどで、全体的に濃い青色のフィルターを通しているような色合いだ。
なんで札幌駅に海辺が?しかも夜?さっきまで太陽が出てたのに。
わけがわからない。
それでもなんとか現状を変えるために、砂浜を歩いて行くと、南国の高級ホテルの専用ビーチでよく見る、落ち着いた色のパラソルと木組みの机と椅子が見えてきた。
誰がこんなものをここに置いたんだろう。
全く意味がわからないが、とりあえず椅子に座って現状を確認してみることにした。
札幌駅の階段を登っていると、登ってきた階段が消え、長く伸びる登り階段が続き、そこを登りきったら夜の海辺に出た。
こんなところか。
うん。夢かな?これはきっと。それならそのうち友達が起こしてくれるよね。
でもこれが本当に現実なら?もう元の場所に戻れなくなったら?
考えても結局自分だけでは正解にはたどり着けないだろうな。
そう結論付けた時、向こうから人影が見えてきた。
人だ!あの人に聞いてみよう!
おーい!
僕は立ち上がり声を出す。
人影はまっすぐこっちへ向かってくる。
どんどん人影は大きくなり、やがて顔がはっきり見えてくる。
…え?
それはさっきまで一緒に走っていた友達だった。
よう。
友達は言う。
よう。じゃないよ!ここは一体どこなんだ?どうやったら帰れるんだ?そもそもなんで僕はここにきたんだ?
色々な疑問をありったけぶつけたが、友達は焦りもせず、1つ1つ答えてくれた。
ここは彼岸みたいなもんだ。
もうお前は帰れない。
お前は階段から落ちたんだよ。
え、え、。
彼岸。帰れない?階段から落ちた?
つまり、つまり死ぬってことか?
声が震えてくる。
ああ。
お前は死ぬ。これは変わることのない決定事項だ。
この景色はな、死ぬ前に本人が1番見たいもの、夢見たことを見せてあげようっていう神様の優しさなんだよ。
友達は淡々と答える。
じゃあ…なんで、お前はここにいるんだよ。
声を振り絞る。
俺か?俺はただの入れ物だよ。最後にお前が見たのが俺だったから、この体を媒介にして、説明に来たってだけのことだ。特に意味はない。
もう、声が出ない、力も入らない。
僕はがっくりと腰を下ろし、なんとか椅子に座る。
最後の説明だ。もう満足、もういいよって思ったら目を閉じな。
そしたら全部が終わる。全部が。
彼岸だからな、時間なんて概念は存在しないから、目一杯その瞳にこの景色を焼き付けとくんだな。
それじゃあ。
友達は別れの挨拶をすると来た方向に帰っていった。
僕は返事もできずに座っていた。
死ぬのか。僕は。こんなにあっけなく。
友達が言ったことは現実味まるでないのに、説得力はあるように感じた。
つまりは受け入れなければいけないということ。死を。自らの死を。
どれくらい座っていただろうか。30秒?それとも一日?
僕は立ち上がり、景色を見ることにした。
これが僕が1番見たかった景色。
夜の海辺にパラソルと机と椅子。
落ち着いた景色。落ち着いた世界。
あぁそうか。
僕はこの世界を望んでいたのか。
何にも縛られることない、時間にも、自分にも、他人にも、そんな世界を。
ザザーン。ザザーン。
僕は目を閉じた。
一読していただきありがとうございました。