第九十六話 戦の準備
テルトを救出から数日後に連合国の議会が開かれ、バーゼルの対処について話し合われた。
幻魔や星界人を支配しており、ナノテクノロジーもあることから、いつどこから攻撃されるのか分からない現状である。
「やられる前にやってしまうのだー!」
盟主国の主神であるエシュリーがそう宣言したことにより、一気に戦争ムードが高まり、結果、連合国軍による総攻撃が決まったのであった。
リンがガレージにみんなを呼び集めたのは、そんな会議の終わった翌日の午後。
テルトはわたしたちの仲間とはいえ幻魔であるため、今はお城に軟禁状態。ニャンコがそのそばについていてくれている。
キャロルさんは妖精国の人たちに呼び出されていない。
なので残ったメンバーで集まった次第だ。
「さてさて、みなさんお集まりいただきありがとうございます」
ガレージ前に集まったわたしたちに、リンが深々とお辞儀する。
ガレージの扉は閉じたまま。
何をするのかは聞かされていないが、わたしも含めみんな、スピーダーの改造をリンやキャロルさんがせっせとやっていたのを知っているので、そのお披露目だろうと推測している。
「もうすぐ大戦争が始まるが、そこに乗っていける代物なのか?」
「エシュリー気が早いよー。これから勿体付けて説明しようとしてるのに」
少し残念そうにしながらも、リンがガレージの開閉スイッチを押す。
ガレージの大扉がゆっくりと上がっていく。
「さてさて、師匠と一緒に改造した成果を、お見せいたしましょう」
リンが姿を現すスピーダーに向かって手を広げる。
「おおっ……えええええー」
ちょっと変な声が出てしまった。
周りを見るとアリスもキルシュも凄いというよりも「なんだこれ?」という意味での驚きが顔に現れていた。
見上げるほどに巨大なその機体は――
「これぞ、新生スピーダー飛行形態!」
「おお! カッコイイ!」
エシュリーだけは気に入ったようで、一人で拍手しだす。
「カッコいいのか!?」
「カッコよく無いのか!?」
突っ込みを入れたわたしが、逆に突っ込まれてしまった。
「ええっ……あーまあ、カッコいいか悪いかでいえば……カッコいいのかな?」
「そうでしょ! そうでしょ!」
気を良くしたのか、リンが満面の笑みを浮かべる。
「あー……」
何といえばいいのか……
現れたのは、もはや車としての原形が無かった。
流線型のフォルムに巨大な翼に後部に巨大なツインエンジン。どっからどうみても飛行機である。
「原型留めないくらい形が変わってるのは置いておいて、なんでめっちゃデカくなってるの?」
前はちょっと大きめの車ってくらいだったのに、今目の前にあるのは小さめの旅客機くらいの大きさなのだ。
「いやー、いろんな装備詰め込んだらこうなっちゃった」
リンから、にこやかな笑みで軽く返されてしまう。
「これ、空を飛ぶの?」
アリスが自称スピーダーに恐る恐る触れながら、そんな疑問をこぼす。
確かこの国には飛行機が無いんだっけ? それならこんな金属の塊が空を飛ぶという発想は浮かばないだろう。
「よくぞ聞いてくれました! これは神器シシュポスを動力源に使ってて、機体が浮き上がる魔法を発動させるようになってるの。後ろの二本の円筒型は前方へと押し出す原動力になってて、速度は最大でスピーダーの四倍にもなるんだ!」
「よっ!?」
あまりの驚きに、アリスが口元を手で覆う。
「ちょっ! 元の速度だってかなり危なっかしい速度だったじゃない! 大丈夫なの!?」
「大丈夫! 自動回避システムは健在だし!」
自動回避システムとは、目の前に障害物が現れたらスピーダーが飛び上がって避けるというもの。
四倍の速度でそれやられて、平気なのだろうか?
「えっと……ぶつかる前に、乗ってる人は平気かなーって……」
アリスが恐る恐るといった感じでリンに問いかける。
「そこも問題無いよ。内部に圧力がかからないように反対の力場が発生するようなしくみになってるから」
「そ、そうなの……」
アリスは納得したというより、諦めに近い感じでリンの説明を飲み込んだようだ。
「前方のこの巨大な突起は、バーゼルのインパルス砲台に似ているな」
エシュリーがスピーダーの前方についてるものに注目している。
「近いね! シシュポスのエネルギーを圧縮して放つ魔力砲台なんだ」
「おおっ! とうとう戦えるようになったのか!」
遥か頭上にある砲台に触ろうとしてるのか、ただ単に踊っているだけか、エシュリーがぴょんぴょん飛び回る。
「他にも高速で飛んで行く誘導弾なんかも付けてるし、バーゼルの空中戦艦くらいあっさり打ち負かしちゃうよ」
「うむ、実に頼もしいな」
エシュリーが腕を組み、深くうなずく。
うーん、エシュリーは今までの説明の意味分かってるのかな?
「スピード的に、他の部隊全部おいて単独で敵陣に突っ込んじゃいそうね……」
「もう、わたしたちだけでやっつけちゃおう!」
「そうだー!」
「おまえら落ち着けー!」
理解した上で、二人ともイケイケモードだったのか……
楽観的なのか戦闘狂なのか、ともかく二人を黙らす。
「モナカは心配性なのだ。神であるわたしやおまえも乗っているんだから、なんとかなるだろうに」
「そーなのか?」
「そーそー、今回はわたしもがんばるわよ」
アリスが不敵な笑みを浮かべて近付いてくる。
「さすがに今回はアリスが付いてくるのは危険なんじゃあ……」
何せ敵は、複数の神器を打ち破り神とだって戦っちゃう連中だ。生身の人間には危険すぎるだろう。
「この前の竜族戦みたく危険じゃないかって思ってるでしょ?」
「……ええっ……まあ、そーですが……」
「だーいじょうぶ! 今回の戦いでは、神器リーシェインの所有者としてわたしが選ばれたんだから!」
「あの剣をアリスが使うのか。重くない?」
前に一度だけ、わたしもその神剣を使わせてもらった時があった。
わたしやリンが束になってかかっても勝てなかった魔王を、あっさりと打ち破ってしまう超強力な剣である。
ただ、両手剣で結構な重さがあった。
「そこはね、これがあるから」
アリスが手袋をはめた手を、わたしとリンにかざす。
「そっか、それで筋力が増強されたから持てるんだ」
リンが納得したようにうなずく。
この前キャロルさんからもらった、筋力増強の手袋である。それのおかげで持てるようになったって訳か。
ちなみに、わたしとアリスは先日、鎧ももらっている。
今まで着ていたミスリルチェインも十分に強力だけども、オリハルコン性でシシュポスを埋め込んだ超強力な代物である。
「うむ、これでわたしたちの準備は完ぺきなわけだな」
「そうね、あとは決戦の日を待つばかり」
エシュリーの声に、わたしはそう返した。
それから一週間後、わたしたちはスピーダーに乗り込み屋敷を後にした。
目指すは遥か東。
わたしが初めて転生した場所である元アース国領土。




