第九十四話 魔法的で無い精神支配
ここ数日王都の中が慌ただしい。
ひっきりなしに馬車が往来し、通行人の数も激増している。
そして何より、多くの衛兵たちによる厳戒態勢が引かれ出しているのだ。
それはともかく、わたしたちは今日も今日とて屋敷のソファーに寝転がっていた。
「いよいよだねー」
抱いているエシュリーの髪を、意味も無く指に巻き付けたりしてみる。
「そーだねー」
エシュリーは別にイヤじゃあ無いのか、わたしにされるがままだ。
「お二人とももっと緊張感を持って下さい!」
久々にリビングに現れた我らが秘書官キルシュが、眉間にしわを寄せて叫んでいるが、まあいつものことなので気にしない。
「ふぅ……お茶が美味しい」
両手で大事そうにカップを抱えているリンが、それを満たすお茶に舌鼓を打つ。
「リンも! この忙しいときになーにをのんびりと、くつろいでるか!」
「いやだってー、わたしは政治家でも何でもないし―」
「そーよねー」
リンの隣に座る彼女の師匠キャロルさんは、リンと同じようにお茶をすすっていた。
「百歩譲ってリンはそうかもしれないけど、キャロルさんは妖精国の大使の一人ではないですか!」
ひとしきり叫んで疲れたのか、キルシュが肩で息をしている。
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて」
わたしがお茶の入ったカップを差し出すと、何やら言いたそうにこちらを睨みつけた後、それを乱暴に受け取る。
何に気を取られたのか、熱いお茶なのに一気に喉に流し込んでしまう。
当然熱いわけで、キルシュは盛大にむせだす。
「ああもう、落ち着きなよー」
「お、落ち着いてられますか!」
背中をさすってやったのにまた怒鳴り出してしまう。
「ヒステリーは良くないぞ?」
エシュリーがあきれ顔でキルシュをたしなめる。
「ヒステリーにもなるわ! もうすぐ世界中から重鎮が集まってくるって言うんですから!」
そう、キルシュの言う通り。
四カ国を制覇した我らがエシュリーンとその元国家元首方々、それに妖精国の王がここファルプス・ゲイルに一堂に会し、連合議会が催されることになっているわけだ。
その日まであと十日を切っており、今の王都はおもちゃ箱をひっくり返したかのようなありさまとなっている。
「アリスさんは準備のために王城でがんばってらっしゃるというのに……」
キルシュは心底疲れたかのように顔を両手でおおう。
「そだっけ?」
「そです!」
キルシュが鋭い突っ込みを入れてきたその瞬間、突如頭の中に直接声が流れ込む。
ファルプス・ゲイルの超能力者たちが使う【念話】である。
「みんなー聞こえるー?」
流れ込んできた声色からアリスだと分かる。
見ると、リンやエシュリーにも声が聞こえているようで、意識を集中している感じだ。
「聞こえるよーアリス」
「今ちょうど元北の国の代表団がお城に来てるのよ! ニャンコも来てるわよ!」
ニャンコとはしばらく会って無かったな。懐かしい。
「おお、久しぶりだね!」
「そうなの! それでね、ちょっと――緊急の要件があるから、今すぐお城に来て!」
「緊急の要件?」
それで【念話】が切れてしまった。
何とも慌ただしいが、それだけ急ぎということだろう。
「おお、ニャンコおひさー!」
「お久しぶりですモナカさん、リンさん、エシュリーさん」
お城の玄関ホールで、アリスとニャンコが待ってくれていた。
久々に会ったニャンコは前に会ったときと変わらず、こちらに軽く会釈してくれる。
「変わりないようだね」
リンがニャンコに顔を近付け、じっくりと全身に視線を這わす。
なんかちとえっちい。
ニャンコはリンの視線攻撃には気にした様子もなく、笑顔を絶やさない。
「ええわたしは。けど、みなさんは凄いことがあったようですね。まさかひと月でエシュリーンの国土が倍になるとは思いもしませんでした」
「うむ、わたしの人徳のなせる業だな」
「両国のトップを物理的にぶっ倒すのに人徳関係なかっただろうが」
ふんぞり返るエシュリーの頭を軽く小突く。
それを見ていたニャンコが口元を押さえて笑い出す。
「前言撤回です。みなさんも、なにもお変わりないようで」
「ニャンコ、あいさつも済んだし本題に入りましょう」
アリスが再開の場面を中断するよう、ニャンコにうながす。
焦っているような……なんか落ち着きが無いみたい。
「なにかあったの? アリス」
「それについては、わたしからお話ししますので――場所を移しましょう」
ニャンコがわたしたちの先頭を務めるように歩き出す。会ったばかりなのに慌ただしい。
案内されたのは、前にサロンに招かれた部屋だった。
あの時初めて会ったグレイスはあからさまにこちらを毛嫌いしてたけど、今では様付けで慕ってきてくれてるもんな―。人って変わるときには変わるもんだなー。
その部屋には先客が二人いた。
「これはこれは、モナカさんに女神エシュリー。お久しぶりです」
白いローブに身を包んだナンバー〇〇一が、大仰に会釈する。
彼も久しぶりな人物なのだが、わたしたちの視線はもう一人の方に釘付けになっていた。
「テルト!」
久々に見たテルトは実体化していた。
顔をうつむけて元気が無さそうであり、なんとその両手首に手錠がされている。
「幻魔も拘束可能な、妖精族が作り出した高レベルの魔道具です」
手錠に視線を向けていたことに気付いたのか、ナンバー〇〇一がそんなことを教えてくれる。
もちろんそんなことはどうでもよく、急いでテルトに近づきうつむいた顔を覗き込む。
リンも近付きその手を握りしめる。
「ねえ、テルト大丈夫!? 何があったの?」
そう問いただすも、テルトの視線はあさっての方を向いておりこちらに気付いていなさそうだ。
見た所外傷は無いから、乱暴なことはされてないようだけど……
「わたしも最初会ったとき驚いて、いろいろ声をかけたんだけど、ボーッとしたままなのよ」
アリスが辛そうに、小さく言葉を絞り出す。
「ふむ……支配をかけられているようだな」
エシュリーがぽつりとこぼす。
「支配って?」
「精神支配みたいなものだろうが……魔法でも、神による支配権でもないな」
「実は最近、巨人族の姿が消えてしまったのです」
唐突にナンバー〇〇一が語り出す。
「巨人の国に調査隊を何度か送りましたが、一人の巨人も発見できなかったのです」
「それがテルトと関係が?」
わたしの問いに、今度はニャンコが口を開く。
「モナカさん、わたしたちはファルプス・ゲイルに来るのに巨人の国を通ってきました。その途中でテルトと他数名の幻魔に襲われたんです」
「テルトに襲われたの!?」
さっきからまったく話の筋が通ってないというか、想像も出来ないことばかりだ。
「はい。その時のテルトはいつも通りの口調だったけど、こちらのことを覚えていないような感じで……なんの躊躇もなく襲ってきたのです」
「【平静】!【覚醒】!【治癒】!【解呪】!」
いろいろ治癒系魔法を試してみるも、テルトはうつむいたままで反応なし。
「わたしも様々な魔法を試しましたが効果は無く――魔法以外の方法ではと考えております」
ナンバー〇〇一がそんなことを伝えてくる。
「エシュリーならなんとかならない?」
アリスが期待のまなざしをエシュリーに向けている。
「そうだね、神様ならなんとかならない?」
「うーん……」
エシュリーが難しそうな顔をしてテルトの頭を掴み、あちこち見回す。
「わっかんない」
「エシュリーでもダメなのかー」
アリスが落胆して肩を落とす。
「これはわたしの専門外っぽいからなー」
「それなら、わたしらの専門家かな?」
「リンの?」
「そう。屋敷に帰って師匠に見てもらおうよ!」
ナンバー〇〇一はいろいろとやることがあるとかで、テルトとニャンコ、それにアリスも引き連れて一旦屋敷へと戻ることに。
はてさて、当代一の魔法技師は神様とは違った結果を出してくれるのか?




