第九十三話 ある日のお料理対決
窓を閉めていても、太陽の照り付け方からなんとなく外の気温に察しが付く。
青々と茂る庭の木の葉に、まぶしすぎるくらいの光が反射しているのが見えた。
見ているだけでセミの声でも聞こえてきそう。
最近は、豪雪地帯とか火山地帯とか、いろんな場所に行っているせいで季節感がいまいちハッキリとしていなかったが、そういうのを見ていると夏だなーって思えてくる。
「平和だねー」
ソファーに寝転がり、置いてある焼き菓子を一つまみ。
程よい歯ごたえと香ばしい匂いに、舌に広がるアーモンドの味。
「モナカー、ポロポロと顔に落ちてくるからやめれー」
わたしに抱かれて同じソファーで寝転がっていたエシュリーが、抗議の声を上げて顔に降りかかっているお菓子のカスを払い落す。
蒸気機関の国からの旅行――というか結局戦争しに行っただけなんだけど――から帰ってきてから、北の国から帰って来た時と同じくまったりとした生活を満喫しているわけだ。
一仕事終えた後だし、何よりこーんな広いお屋敷があって家事とか雑用ぜーんぶ使用人に任せられるのなら、のんびりくつろがない方が悪い。
「なら、ポロポロしないお菓子を出してよ」
「うーん、食べて寝てばかりなのはどうかと思うぞ?」
そう言いながらも、エシュリーが広げた手の平の上にイチゴムースを生み出してくれた。
ダグダの魔窯の力を吸収したせいなのか、エシュリーは手の平から食べ物を出せるようになっていたのだ。
食材だけでなく、今出してくれたムースみたいな複雑な料理も生み出せたりする。
「はい、あーん」
「えー、わたしが食べさせるのー? はい、あーん……」
開いたわたしの口に、エシュリーがムースを突っ込んでくれる。
程よい酸味と甘み、それにイチゴ独特の風味が口いっぱいに広がりとても美味しい。
「いいなー、わたしにもちょうだい?」
向かいのソファーで読書をしていたアリスが、物欲しそうにこちらを見ている。
「ダメだよー。アリスは食べ過ぎちゃうと太っちゃうし」
「ケチー。いいなー、モナカもエシュリーもいくら食べても太らないんでしょう?」
わたしらの場合、種族的な特性なのでそれは仕方ない。
しかし、いくら食べても太らないって幸せ過ぎる。
「そいえばリンもあんだけ食べてるのに太らないよねー」
「そういう体質とは言ってたけど……今度秘訣を教えてもらおうかな?」
アリスが扉の方を向いてそうつぶやく。
リンは今このリビングにはいない。
ファルプス・ゲイルに戻ってきたら屋敷にはすでにリンの師匠――キャロルさんが来ていて、以降毎日二人でスピーダーの改良にいそしんでいるのだ。
「あやつも大概元気だよなー」
女神さまのくせに怠惰なエシュリーが、再度ムースを生み出して今度は自分で食べ始めた。
「動き回るのは確かに太らない秘訣にはなるよねー」
「そっかー。わたしも動き回らないとなー」
口ではそう言いながらも、アリスはソファーに寝転んでしまう。わたしと目線の位置がピッタリだ。
「お昼寝気持ちいいよねー」
「そーだよねー」
アリスは読書に飽きたのか、本を閉じてテーブルに置いてしまう。
「モナカはもー少し二の腕に肉を付けろ」
わたしの腕に頭を乗せているエシュリーが、わたしの顔をじっと見つめながら、唐突にわたしの腕の肉をつまんできた。
「何を言うかこの幼女」
失礼につまんでいる指を払う。
さっき二人でムースを直食いした手で掴まれたので、よだれが付きまくってしまった。
「幼女言うなし。肉がついてた方が枕にするとき気持ちがいいからな」
「あー、ぷよぷよのモナカ気持ちよさそう……」
「わたしは二人の枕じゃあないぞ?」
「モナカはわたしをクッション代わりにするじゃあないか。今だって」
「丁度いいサイズなんだもん。それとも、クッション代わりにされるのイヤ?」
「イヤという訳ではないが……」
こっちを向いていた顔を伏せながら、小さくつぶやく。
なんか可愛い。
「メイドさーん! おしぼり持ってきてー」
「はい、ただいまお持ち致します――」
部屋の奥に控えていたメイドさんが取りに行く。
おしぼりという概念が元々この国に無かったので、教え込むのに少し苦労したんだわ。
持ってきてもらった、十分に水気を切った暖かいおしぼりで自分とエシュリーの手についたよだれを拭く。
「そういえばエシュリーは今どれくらい料理憶えたの?」
アリスがふと思い出したかのように聞いてくる。
「お菓子はアイスやプリンなんかを覚えてきたな」
「今のイチゴムースは三日かかったよね」
「……ううっ、……あの三日間は辛かったわ~」
「仕方ないよ。エシュリーが作れない料理は生み出せないから、たくさん覚えてもらわないと」
そう、ダグダの魔窯の能力の欠点は、エシュリーが作れない料理が出ないということ。なんでも、出来るまでのプロセスを想像しないと出てこないみたいで。
「イチゴムースはあんなにして覚える必要あったのかなぁ?」
「だってー、美味しいじゃない」
「モナカを喜ばせるためにがんばるのか、わたし」
自分を納得させるためか、難しい顔になるエシュリー。
「そうだ! 今ヒマだし何か新しい料理を特訓しようか?」
あまり眠気が無かったのだろうか。
アリスが勢いよく起き上がり、そんな提案をしてくる。
「新しい料理かー……エシュリー、なんか食べたいものある?」
「――ふっ、全知全能の神である我は、本来は何かを覚えるという工程が不要なのだがな――」
「何言ってるの。帰って来たばっかの時はレタスのサラダしか作れなかったじゃない」
「失礼な! ニンジンと玉ねぎも入れてたぞ!」
「いばるな!」
という訳で、何十品目かのエシュリー料理特訓開始である。
舞台は屋敷のキッチンだ!
「……で、なんでグレイスがここにいるの?」
アリスの幼馴染みの貴族のお嬢様グレイスが、なぜかここにいたりする。
呼んでないんだけどな……
「ずーっとモナカ様もアリス様も留守で、ずーっと会えなくて凄く寂しかったんですよ! たまには一緒に遊んでくれないと!」
そういえばグレイスとは一か月以上会ってなかったかも。
「ごめんねー、最近忙しかったから」
アリスがグレイスの頭を優しくなでる。
それだけでも十分嬉しいのか、グレイスの顔に暖かな笑みが浮かぶ。
「ふむ、普通に料理してもつまらんな。丁度いい。グレイス、わたしと料理対決をしてみないか?」
「えっ!? ちょっ――」
「望むところよ!」
アリスが何やら止めそうになったのをグレイスの大声がさえぎる。
ちょっと気になりアリスに耳打ちする。
「グレイスって料理下手なの?」
「下手じゃあないけど変わったものが好きなの」
それは下手と紙一重なんじゃあ無いのか?
「よし! 勝負するなら勝ったときの賞品が必要だな。勝ったやつは好きな相手とキスできるとしよう!」
「おお!」
「エシュリー! わたしも参加するー」
「ちょっ!?」
アリスまで参戦しだして――いろいろ貞操的な危機感があり、わたしも参戦することとした。
「お題はチーズを使った料理! はじめーっ!」
アリスの号令でゲームが始まった。
「わはははははっ! 愚か者どもめ! ダグダの力発動だー!」
いきなりエシュリーがチート技を使い出す。
テーブルの上にグラタンやチーズケーキにチーズキッシュなどなどたくさん生み出しまくる。
「料理してないからエシュリー反則負けね」
「にゅああああああっ!?」
よし! 一人脱落。
見るとアリスはベイクドチーズケーキ、グレイスはティラミスみたいなお菓子を作っている様子。
ちなみにわたしは、タルト生地があればすぐできちゃうタルト・フロマージュだ。
ゼラチンを使って生クリームとクリームチーズを混ぜたものを冷やし固めるのみ。レアチーズケーキみたいな感じかな? ――感じというかまんまか。
「えーと、材料は混ぜ終わったしあとはタルト生地を……生地どこだ?」
確か買い置きがいくつかあったはずだけど……
「モナカ、もしかしてこれ探してるの?」
アリスが指し示したのは、アリスとグレイスが土台に使っているタルト生地――って……
「材料使われた―!?」
わたしリタイヤか!?
いや待てまだ手はあるはず。
考えてる間に、アリスは出来上がったホールを石窯へ投入する。グレイスは冷蔵庫に入れて冷やし固め始めた。
負け確定したエシュリーは出した料理を片っ端からやけ食いしているが、まあそれはいい。
「あっ!」
そのエシュリーの食べかすの付いた顔を見てピンときた!
ダッシュでキッチンを抜け出す!
「モナカ様! どうされたので!?」
グレイスに返事を返している暇はない。
急いでリビングへと走っていき、テーブルに置いてある焼き菓子を発見! 皿ごと持ってキッチンへとUターンだ!
「これだー!」
「おお!」
アリスは気付いてくれたか感嘆の声を上げてくれた。
そう、別にタルト生地でなくても土台になればいいのだ。
麺棒で細かく砕き溶かしバターとよく混ぜ型に敷き詰める。
「アリス、ちょっと横置かせてもらうね」
「どーぞどーぞ!」
石窯で軽く焼いて土台が完成した。
エシュリーはチーズのかけらをモリモリ食べながら、こちらの作業を興味深そうに見ているが、まあそれはいい。
生クリームとクリームチーズに、酸味として柑橘類のしぼり汁、最後にゼラチンを混ぜたものを流し込む。
「今度はグレイスの横借りるねー」
「ええもう、いくらでも使ってください!」
一緒に冷やして固めて完成だ!
「カンパーイ!」
四人でぶどうジュースを注いだグラスを重ね合わせる。
グレイスの提案で、チーズケーキに合うのはベリー系ですねということで、ちょっと酸味が強めのジュースをチョイスしたのだ。
「うみゅ、うまひ」
語尾が変になりながらもエシュリーが満足そうに、わたしのタルト・フロマージュを口に運んでいく。
そうそう頑張った分だけ褒めて欲しい。
「アリスのも焼き立てで香ばしくていいね」
「でしょー!」
このタイプのチーズケーキは久々かも。
食べるほどにベイクドチーズケーキへの飢えが加速していく感じがして、いくらでもいけてしまう。
「わ、わたしのも如何でしょうか!?」
グレイスが皿に盛ったティラミスタルトもどきをこちらへと差し出す。
上に木いちごがちょこんと乗った可愛らしいそれを受け取り、ひと口食べてみる。
わたしのもアリスのもチーズの風味が強く感じられるけど、こちらはコーヒーの苦みがきいており口直しになってとてもいい。
「苦みのあるチーズクリームがいいよね。上に乗っているベリーの酸味で口もスッキリして食べやすいわ」
「褒めて頂きありがとうございますー!」
グレイスがわたしに抱き付いてきた。
よほど嬉しかったのだろう。
「ちょっとグレイス、どさくさに紛れて抱き付かないの」
アリスに首根っこを掴まれ、グレイスはあっさりと元の席へと戻っていく。
「それにグレイスもモナカもわたしに感謝してよ? グレイスったら最初は木いちごじゃなく赤梅を乗せようとしてて、慌てて止めたんだから」
「赤梅?」
聞いたこと無いな。
「この地方の特産で、熟すと真っ赤になるんだ」
アリスの代わりにエシュリーが解説してくれた。
「ほえー、なんか食べてみたいな」
「ジャムとかソースとか火を通して使うものなのだが、そのまま食べると……」
「食べると?」
「死ぬほど酸っぱい」
「ほへ……」
「甘いケーキには酸味があったほうがいいかなーって」
グレイスは悪びれも無くにこやかに答える。
「だからって生の赤梅は無いでしょう? ちょっとかじっただけで悶絶するくらいなのに」
「そんなものが入る予定だったのか……」
グレイス恐ろしい子……
「うーん……どれも美味しいよね。誰が優勝かな?」
「そうだよねー。もーみーんな優勝ってことでいいんじゃないかな?」
「えっ!? わたしも優勝なのですか! やった!キスだ!」
グレイスが感極まったようで、その場で飛び跳ねまくる。
「イヤちょっと待って! 勝ち負け無しってことだから!」
「モナカ、往生際が悪いぞ」
「こらエシュリー! 他人事だと思って! って、グレイス何準備万端って顔してっるの! 目をつぶっててもやってあげないわよ!」
迫るグレイスと、一緒になって迫ってくるアリスを両手で押さえていると、冗談なのか本気なのかエシュリーが背中に抱き付いてきてキスしようとしてきやがった。
ああ、今日も一日平和である。




