第八十七話 神器シシュポス
リンの師匠であるところのキャロルさん宅へ向かうのに、浮遊車なる乗り物を使った。
そう、わたしたちの愛車のスピーダーの元ネタの乗り物である。
乗合馬車みたいな座席のたくさんある仕様なんだけど、シートベルト無しで爆走という似なくていい部分が元祖スピーダーとソックリだ。
「モ、モナカっ! し、しぬーっ!」
「わ、わたしもダメかもー」
「なんとかしろー!」
「あはははははっ!」
元祖スピーダーでもそうだったけど、阿鼻叫喚の中リンだけが実に楽しそうにしている。
なんで平気なのだろうか?
「浮遊車は我が国の名物で、緊急の要件のある方の最後の移動手段として親しまれております。通常は馬車などを用いますね」
ユーカリアさんが淡々と説明してくれる。
当然だけどゴーレムなのでみじんも怖がっていない。
「わ、わたし、馬車の方が良かったかな」
「えーアリス、馬車だと二日はかかるよ? これの方が早いってー」
馬車で二日かかる距離を二時間っていうのが異常なんだと思う。
リンが変わってるんじゃなく、魔法技師が変わり者じゃあなかろうか?
リンの師匠がいるという街はかなり広い。
三階以上の高層階の建物は無いが、レンガや粘土で作られたカラフルな家々が遥か彼方まで軒を連ねている。
ユーカリアに連れられて着いたのは、煙突屋根の二棟建ての家であった。
「わーっ、懐かしいな」
リンが感慨深げにその建物を見つめている。
「ここがリンが修行していたところ?」
「そう、キャロル師匠の自宅兼工房だよ。ここに戻るのは一年ぶりかな?」
たった一年かとも思ったけど、十五歳頃の一年って物凄い長さに感じたよなー確か。
自分の過去の記憶を引っ張ってきてみるとそう思う。
「ではみなさまこちらに」
ユーカリアさんが扉を開けて中に入って行く。
「キャロル様、今戻りました。リン様とそのご友人方をお連れしております」
玄関を入ってすぐ数段下り階段となっており部屋全体の床が下がった造りになっている。そのため外観に比べて天井が高く広く感じられた。
玄関からすぐの所にあるリビングは、メイドさんがいるせいか職人さんの家なのにキレイでオシャレな装飾に彩られている。
家の中の様子を見ていると、隣の建物――工房かな? ――へと続く扉が開く。
そこに立っていたのはキレイなお姉さんであった。
ユーカリアさんよりも濃い色の長い青髪を後ろでポニーテールにしている。瞳の色も髪と同じく真っ青だ。
作業着っぽいオレンジのズボンと皮のブーツに上着は白のTシャツと、ラフな格好をしている。
「おおおおっ!」
そのお姉さんが大声を上げながらこちらに走ってくる!?
勢いに気圧されてちょっと引いてしまう。
「リン! よく帰ってきたー!」
そのままリンへと抱きつく。
当のリンは心底嫌そうな表情であった。
「し、ししょー……ベタベタしすぎですよー」
リンは逃れようとするが、お姉さんが力いっぱい抱き付いているようで離れそうにない。
「いいじゃないかー、久々なんだもーん」
リンにほおづりしている姿に一瞬怯んでしまうが、このままでは話が進まない。
「あのー……キャロルさん……ですか?」
「うん? キミは誰だい?」
今まで気づかなかったのだろうか?
わたしに向けてキャロルさん? が不思議そうな顔を向けてくる。
「キャロル様、こちらはリン様のご友人のモナカ様とアリス姫、それと女神エシュリーです」
「初めましてキャロルさん! リンの友達やってますアリスでーす!」
「同じくエシュリーだ!」
「おお! これはこれは遠いところまでようこそ!」
リンをようやく離したキャロルさんは、今度はアリスの方に向かう。
そのキャロルさんの襟首をリンが掴む。
「おや? リン、やきもちでも焼いたか?」
「違います。アリスやモナカにまで手を出さないでください」
「これは手厳しいな」
「厳しくないです……まったく……まるで変わってないんですねー、師匠」
キャロルさんの襟首から手を離し、リンが嘆息する。
「なかなか変わったお師匠なんだね……」
「キャロル師匠は可愛い女の子が大好きなんだよ」
「うむ、美少女の肌に触れてないと死んでしまうのだ」
リンの説明に、キャロルさんが酷くまじめな顔で肯定する。
否定しないのか……
リビングの席に付き、ユーカリアさんの出してくれた紅茶を飲みながら歓談となった。
「真面目な話、リンの友達の三人の美少女の抱き心地を確認しておきたいのだが――」
「師匠! どこが真面目な話なんですか!?」
リンが師匠を叱りつける。
ホントに美少女に触れてないと死んでしまうのだろうか?
「リン様が出ていかれてからは、キャロル様は毎日わたしに抱き付かれておりました」
ユーカリアさんが淡々(たんたん)ととんでもない痴態をさらけ出す。
「そーそー。けど、自作のゴーレムに抱き付いても空し過ぎてしょうがないのだ」
薄々感じていたけども、キャロルさんは変態さんだったのか。自分で作った人形に抱き付くとか寂しすぎるだろうに……
「リンがキャロルさんの所に修行に来た切っ掛けって何なの?」
アリスがリンとキャロルさんの双方に問いかけた。
「……初めて会ったときは……そう、師匠はサングラスにマスクで顔を隠してて、突然追い掛け回されて捕まってロープで縛られたんだ」
それって犯罪……
「リンを一目見たときに超可愛かったんで思わず触りたくなったのよ!」
それって犯罪……
「……よ……よく、そんな人の所に師事出来たわね……」
アリスがどうコメントしていいか分からなかったのか、引きつった笑顔を浮かべながらの返答をする。
「わたしも今思うと凄い決断をしたものだと思ってるよ。けど、性格はおかしいけど妖精国ナンバーワンの魔法技師だからね」
「ほぇー、キャロルさんって凄いんだ」
「それ程でもありますよ」
キャロルさんは鼻息荒くドヤ顔を浮かべる。
「リンよ、お前も相当な腕があるだろう? すでにトップクラスの実力ではないか?」
エシュリーて確か、相手の能力が分かる目を持ってたんだっけ?
そのエシュリーが言うんだから確かなんだろう。
「そうなのか? 後でどれだけ力が付いたか見てやろう」
「ええ! 是非とも!」
リンとしても実感があるのだろう。
自惚れるでも無くかといって過剰に謙遜もしない。実にカッコイイ振る舞いだ。
「それで、今回お前を呼んだのは久しぶりに顔を見たかったというのもあるが、国王陛下がお会いしたいと言ってきているんだ」
「国王陛下が?」
「そう。リンの活躍はこの国にも聞き及んでいる。女神エシュリーや友人の活躍もあるだろうが、それでも十分な功績だ?」
エシュリーンていうふざけた名前の国を作ったし、厄介者の有翼人も静めたしね。
「なんやかやもあって、リンに神器シシュポスの欠片を贈りたいと言われている」
「えええっ!? 国外の人間のわたしがもらえるんですか!?」
リンが勢いよく立ち上がり、キャロルさんに詰め寄る。
「ねえエシュリー、神器の欠片もらえるって凄いことなの?」
「魔法技師への最高の賞だ。世界中の魔法技師達はそれを目標に技を磨いているが、実際に貰えるのなんて十人にも満たないだろう」
「わたしとこの街にいるクリム、それと王宮勤めの魔法技師ダードリ。リンが四人目ね」
「おおおおっ! おめでとーリン!」
「おめでとー!」
「ありがとう! モナカ! アリス!」
リンは興奮しているのか、体が震えている。
「や、やっと……わたし自身の神器魔道具が作れる……」
神器シシュポスへは選ばれた魔法技師と一部の関係者以外は近付けないということで授与式にわたしたちは出れず、キャロルさんの家でお留守番となった。
二日後に戻ってきたリンは、それはそれは幸せそうな笑顔を浮かべていた。
例の異次元ポーチにシシュポスの欠片を入れているんで実際の量はお目にかかれていないが、相当剥ぎ取ってきたらしい。
さっそくそれを使った装備を作ってみたいと言い、さらに二日ほど工房に籠ってしまう。
キャロルさんもわたしたちの装備を作ってくれるとか言って、一緒に籠ってしまった。
さて、どんなものが出来てくるのだろうか?




