第八十六話 妖精の国のメイド
飛行船の旅で唯一の楽しみは食事である。
食堂自体は二か所あるがラウンジも利用される。
それでも船員全二百名分の席は無いため、二交代制になっていた。
船員の女性は半そでのセイラー服みたいなデザインのラフな服装をしているので、軍隊にありがちな息の詰まりそうな空気にはならない。
食事は金属製でヘコミのある給食用トレイで出てきた。
今日の晩ご飯は、丸くて固めのパンとそれに付けるバターとオレンジジャム、ジャガイモと濃い色の葉物野菜の炒め物、ハンバーグに生野菜サラダ、各種香草をとろみのあるソースで和えたもの、それにオニオンスープだ。
これぞという美味しいものは無かったが、十分食べられる味だった。
「飛行船での旅は如何ですか?」
「あ、ヘレナさん」
わたしたちの席にヘレナさんがトレイを持ってやってきた。
「すっごいヒマ~」
エシュリーがストレートな感想を吐く。
いつもながら、遠慮とか謙虚さというものが無い。
「軍艦ですから娯楽施設はありませんからね」
ヘレナさんは特に気分を害して無いようだ。
フォークでイモを刺して食べ始めている。
「わたしも自国の軍艦に乗せて頂いたことがありますが、似たような感じでしたね」
アリスが気遣うようにヘレナさんに話しかける。
「アリス姫、ありがとうございます」
「軍隊の乗り物って食べ物もみんなこんな感じなのかな? こう、どっかーんと巨大な肉の塊とか出たりしないかな?」
「リン様、申し訳ありませんが積載スペースの関係で、それほど多くの食材は持ち込めないのです」
「そっかー」
リンは今日のメニューがちょっと不服なのかな?
「それならリン。妖精国で改造するときにスピーダーの異次元収納も取り付ければいいんじゃない?」
「おお! それだ! モナカナイスアイデア!」
「モナカ様、異次元収納とはなんでしょうか?」
わたしに変わりリンがそれに答える。
「わたしのポーチも同じなんですが……」
言いながらポーチから次々に物を取り出していく。
いつぞや北の国でも持っていたパテのセットに、牛肉の缶詰。大きな瓶詰のココアパウダーや板チョコが十枚ほど、リンゴやオレンジなどの果実なんかも出てくる。
小さなポーチから次々に出てくる品物を前に、目を丸くするヘレナさん。
「このポーチの中が巨大な空間になっているんです。しかも入っている間は重さを感じません」
「……そ、それは……凄い……」
出てきたオレンジを手に取り、ヘレナさんはジッと見つめる。
「持った感じ、食品は常温で冷たくは無いですが、保存性能などもあるのですか?」
「ええ! 当初は保存機能が無かったんですが今は取り付けてあります。中から出さない限り腐りません!」
その機能は自慢だったのだろう。
ヘレナさんに気付いてもらえてリンはご満悦のようだ。
「素晴らしい! ぜひすべての艦艇に設置して頂きたい!」
「はい! もー考え付く限りの大改修をしちゃいましょう!」
ヘレナさんとリンさんが意気投合してしまった。
リンが全力を出すのか。飛行船の原形が残っていればいいけど……
妖精国に着くまでに国境線を二回通過した。
蒸気機関の国との間にエシュリーンの領海があるためだ。
妖精国の領海に入ると景色ががらりと変わり、海の色が淡いピンク色になり空には大きなオーロラが揺らめく。
まさにおとぎの国の世界だ。
そして飛行船団は五日目にして妖精国の本島に到着した。
妖精国には空港は存在しない。
飛行船は広い草原に着陸させる。
「やっと着いたー!」
表に出たエシュリーが大きく伸びをする。
涼しくてほのかに花の甘い香りが混じるそよ風が、わたしたちを包み込む。
「外の空気が美味しく感じるね」
「そーだねー、ずーっと閉じこもってたからねー」
わたしとアリスもエシュリーに習って、大きく伸びをして深呼吸した。
別に飛行船内で空気がこもってたわけでは無いが、外の空気の方が冷たいし花の匂いがするし、なにより風の流れを感じられて心地いい。
「わたしはこれからが本番だね」
リンはそう言って、飛行船団に集まってきている妖精の集団に向かっていく。
この国の魔法技師達だろう。
「行ってらっしゃーい」
リンを手を振って送り出す。
リンには申し訳ないが、ここは任せるしかない。
「さて、わたしたちはまたヒマになっちゃう――」
「女神エシュリーがこちらにいると聞いたのですが」
「うわっ!」
突然耳元で声をかけられたため、ちょっとビックリした。
「エシュリー知り合い?」
「知らん。初めて見た顔だ」
アリスとエシュリーの掛け合いを聞きながら後ろを振り向く。
そこにいたのはメイドだった。
キラキラと輝く鮮やかな青色の髪が肩に届く程度の長さにそろえられている。
乳白色の肌と鋭いまなざし。まるでエメラルドがはまっているんじゃないかと錯覚してしまうほどきれいな瞳のせいで、冷たく無機質な印象を受けてしまう。
「えっと……どちらさま?」
わたしの問いかけにそのメイドさんは軽く会釈した。
「申し遅れました。わたしは魔法技師キャロル様のメイドをしております、ユーカリアと申します」
魔法技師のキャロルさん?
ここに来ている一団の中にいる人だろうか?
「ああ、これは丁寧にどうも。わたしはモナカっていいます。あなたが探している女神エシュリーは……パッと見女神に見えないだろうけど、この幼女がそうよ」
「誰がパッと見そう見えないだ!」
「これはこれは女神エシュリー。お初にお目にかかります、ユーカリアと申します」
エシュリーに対しまたもお辞儀をするユーカリアさん。礼儀正しいというか固い感じの人である。
「紹介はさっき聞いたが、どのような用件だ?」
「はい、魔法技師リン様を探しておりまして、女神エシュリーのそばにいるとお聞きしたものですから」
「ああ、タイミング悪い。さっき向こうに――」
わたしが指さす方から誰かが全力で走ってくるのが見えた。
あ、リンだ。
速くないかな? 確か速度が数倍に上がるクツを履いてるんだっけ? そのまま減速せずに真っすぐこちらに――
「って!? リン! ストーップ! ぶつかるー!」
慌ててアリスを抱きかかえ横に避ける。
リンはわたしたちの横をかすめていき、そのままユーカリアさんに激突してしまう。
「……だ、大丈夫?」
恐る恐る見てみるとユーカリアさんはなんとあの突撃で微動だにせず、リンを抱きかかえていた。
「ユーカリアお久しぶり! かなりパワーが上がったね!」
「リン様も相変わらずお元気なようで」
二人はにこやかにあいさつを交わしている。
「リン、その子知り合いなの?」
「あ、モナカ。紹介するね!」
ユーカリアさんがリンを地面に降ろす。
リンは改めてユーカリアさんに手の平をかざす。
「メイドゴーレムのユーカリアさん。わたしが魔法技師の勉強をするためにお世話になったキャロル師匠の最高傑作だよ」
「ゴーレム!?」
わたしとアリスの声がハモった。
二人でユーカリアさんの近くまで行ってじっくり見てしまう。
うーん、見た目じゃあ分からない。確かに瞳はキレイすぎるかなーとは思うけど。
「ねね、服の中見てもいい?」
スカートのすそを持って、ユーカリアさんに聞いてみる。
「モナカ、お外で何始める気?」
リンにジト目で見られてしまう。
「だって……」
「ねー」
アリスと向き合って同じ興味があることを確認し合ってしまう。
「ふむ……かなり強力な構造だな」
エシュリーはまじまじと見ただけでなんか分かった様だ。
「はい、内部動力に神器シシュポスの欠片を使用しておりまして、外装のミスリルに強力な魔法防御をかけております。またシシュポスのエネルギーを撃ち出すなど様々な武装も内蔵されております」
「やはり神器内臓か」
「おお! シシュポス内蔵されたんだ!」
エシュリーとリンは何やら納得したようだ。
「シシュポスって?」
「ああ、えっと……これのこと」
リンがポーチから例の魔法少女ステッキを取り出して先端に付いている宝石を指さす。
「この国の神器はシシュポスっていう巨大な魔力石で、それを削ったものを取り付けると超高出力の魔道具になるんだよ」
「ほえー」
リンのステッキの威力は知っている。
そのレベルの能力が目の前のユーカリアさんにあるという訳だ。
「凄いよねー。けど、まず知りたいのは――」
「うん、服の中がどうなってるかだよね」
またもアリスとうなずき合う。よく気が合うものだ。
「二人とも……服の中見るの大好きだねー」
またもリンにあきれられてしまった。




