第八十三話 古竜との戦い
招待されてやってきた蒸気機関の国。
そこで待っていたのは、その国の王と古竜であった。
古竜はモナカたちの国へ宣戦布告を言い渡す。
紫の長い髪を独立した生き物のように揺らめかせ、竜のエニアスがこちらに視線を向けてくる。
表情は変わらないけど、爬虫類めいた輝く瞳に魔力でもあるかのような圧力を感じてしまう。
「エニアス殿、突然なにをおっしゃるのですかな?」
アルハト王がエニアスに問いかける。
焦るその表情から、王にとっても先程のエニアスの宣戦布告は意外だったようだ。
「女神エシュリーの民である有翼人に国土を何度も荒らされておってな。同胞にかなりの被害が出ているのだ。貴国もそうであろう?」
「ああ……有翼人ですか……確かに……」
アルハト王がアッサリと同意しちゃったし。
「ねねエシュリー。こっちの旗色悪そうだよ?」
「ぐぬぬ……」
わたしが耳打ちすると、エシュリーがぐうの音も出ないというように、口元を引きつらせる。
「おい! エニアスとか言ったな! そもそも貴様らがケチでミスリルをくれないからだろう! ちょっとくらいくれたっていいじゃあないか!」
エシュリーがエニアスを指さし怒鳴りつける。
言ってることはお子様っぽいけど。
「ケチとはなんだ! 自国のモノをどう扱おうが我らの勝手ではないか!」
エニアスがエシュリーに食って掛かりそうな雰囲気だったので慌てて間に入る。
「ちょ、ちょっと待って。ここは二人とも冷静にね」
「そうですよエニアス殿。ここで暴れられてしまうと、我々としても大変困りますので」
アルハト王もわたしに加勢してくれる。
「アルハト王、貴公はどちらの味方なのだね? 我が国からの鉱山資源の供給が必要では無いのかね?」
「そ……それは……」
アルハト王がエニアスの脅迫めいた物言いに怖気づく。
ガンバレ王様!
「こ、鉱山資源の取引は、我が国の商人と貴国の一部の竜たちとが行っている個々人での交流。国として扱っている事業ではない!」
「そのような詭弁で我が国を愚弄するのであれば、帰国へも宣戦布告せねばなるまいな」
アルハト王はエニアスを睨みつけるが、何も言えないみたい。
交易の利益は欲しいだろうし、エシュリーとの関係を強くして連合内での発言力も欲しいしで、板挟み状態になってしまっているようだ。
「アルハト王、差し出がましいかもしれませんが、脅迫ばかり吐く輩など国賓とは言えないかと」
アリスはエニアスの態度が気に入らないのか、あまり見たことのないような目を細めた怖い顔で睨みつけていた。
「小娘が。我ら竜族に盾突く気か?」
エニアスは段々と口が悪くなってくるな。
見た目はミステリアスなイケメンなのに。
「他国の王族を小娘呼ばわりとは無礼な。いいでしょう、我が国も竜ぞ――」
流石にヤバそうなので、慌ててアリスの口を塞ぐ。
「アリスそれ以上はダメだって。ああエニアスさん、何度も何度もすみませんねー」
笑って誤魔化してみたけど、エニアスは表情が変わらないので何考えてるのか良く分からん。
「さっきから貴様はなんなのだ?」
あ、わたしの方に話しが来ちゃった。
「えっとー……いえいえ、わたしはどこにでもいる超美少女でして……」
「こやつは我が一番の信者だ」
わたしが話しをはぐらかそうとしてるのに、エシュリーが混ぜっ返す。
余計なことを。
「ほう、貴様もこの女神の民なのか」
「ええ……まあ、そーですねー……あ、けどあれですよ? わたしは、鉱山襲撃してませんし」
「うむ、まだやってないな」
「そうか……ならば襲われる前にこの場で始末すべきかな?」
ああ、エシュリーの余計な一言でわたしまでターゲットに!?
「あーもー、ウダウダ言わずにやるなら相手になるよ?」
リンがおもむろにステッキを取り出し魔法少女に変身してしまう。
「ほう、話しの早い奴もおるようだな?」
エニアスがわたしたちの方へ一歩踏み出す。
それに反応したアルハト王の護衛たちが、エニアスに銃を向けて左右から挟み込む。
「ここでの暴力は容認できませぬぞ!」
アルハト王がエニアスに怒鳴りつける。
「よかろう。この場にいる者の国全てに宣戦布告しようぞ!」
言い放ったエニアスが人と思えないほど大きく口を開く。
瞬間、巨大な咆哮が部屋全体を激しく揺らす。
窓が割れ、スタンドライトが吹き飛ぶ。
アルハト王と護衛たち、それとアリスがその場に倒れ込んでしまう。
「アリス!」
慌てて抱き上げる。
胸に手を当て口元に耳を向けると、心音も呼吸も問題無いことが分かった。
どうやら気を失っているだけみたい。
「【魔法球】!」
エシュリーが放った魔力弾が、エニアスを壁ごと吹き飛ばす。
リンがその後を追い、壁の穴から外へと飛び出していく。
「モナカ! 竜の咆哮は精神に影響を与える。抵抗力の無いものは気絶してしまったのだろう」
そう言い残し、エシュリーもリンの後を追う。
「えーと、気を失ってるのか……」
「モナカ様、気絶を治す術は使えますでしょうか?」
ヘレナさんに言われて気付き、全員に【平静】の術をかけてやった。
咆哮の魔力は打ち消したけど、みんな寝たままだ。すぐには起きないかな?
「ふう……」
あの竜がどんだけ強いか知らないけど、リンとエシュリーには敵わないだろう。
そう急いで出る必要も無いかな。
と、ヘレナさんが穴の方に向かっていく。
砲撃戦をしているのか、外から爆発音が聞こえたり床が振動していたりする。
「ヘレナさん、危ないですよー。出てった連中の流れ弾当たったら死んじゃいますよー」
わたしの忠告に、何故かヘレナさんは笑顔を浮かべる。
なんだろう、なんか怖い笑みだ。
「流れ弾くらいでは、わたしはどうこうならんよ」
そう言ったヘレナさんの姿が変化する。
着ていたスーツは純白のローブになり、赤く燃えるような色の髪は、長い金髪に。
背中から天使の羽を生やしたその人物は……
「え? え? ラグナ? なんでここにいるの?」
有翼人の副官、ラグナだった。
「お前たちの乗り物に魔法の印を付けててな。それを辿って【空間転移】して来たのだ」
「方法もそうだけど、いる理由はなんで?」
「女神エシュリーは元々竜の国に戦いを挑むつもりだったのだよ。その際に我らも参戦しようと潜り込んだのだ。よもや、向こうから来るとは思わなかったけど」
「そーなんだ……。あ、本物のヘレナさんは?」
「入れ替わったのはこの要塞に入ってからだ。空き部屋で寝てもらっている」
「そっかー」
いろいろと問題ありまくりだし疑問も山盛りだけど、まあ済んだことだし今はいいか。
「ここでおしゃべりしていてもしょうがない。【次元の扉】」
ラグナが床に生み出した方陣から、有翼人の兵士が次々と出てくる。
「この部屋の外に古竜がいる。女神エシュリーが交戦中だ援護しろ」
「分かりましたー!」
出てきた有翼人たちはみな、壁の穴から外へと飛び出していく。
「あ、見てる場合じゃないな」
わたしも一緒になって外へと飛び出す。
「げっ! なにあれ!?」
何もというかそのままなんだけど、外には一匹の竜がいた。
トカゲのような体に巨大な翼の、よく知っている竜のシルエットそのままだ。
大きさは三十メートルくらいか。
飛び回るリンやエシュリーを捉えようと、巨大な炎をまき散らしていた。
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