第八十話 恐怖の湿原
「はー疲れたー」
自室の簡易ベッドに倒れこむ。
ついさっき、有翼人たちの会議が終わったのだ。
「お疲れさまーモナカ」
わたしのベッドにアリスも倒れこんできた。
「お疲れー」
リンもわたしの横に来る。
これで二人に両サイドから挟まれた状態だ。
「ぐでー」
エシュリーがとどめとばかりに、わたしの上に覆いかぶさってきた。
「――って、えええいいいぃぃぃ! わたしを型にはめるつもりかー!?」
「うあー」
実にワザとらしい悲鳴を上げながら、三人がベッドから落ちていく。
「もー、モナカは恥ずかしがり屋さんなんだから」
アリスがそう言って、わたしのベッドのフチに腰を下ろす。
「いや恥ずかしいんじゃなく、このベッド、屋敷の奴より小さいんだから。さすがに狭いって」
「モナカ、エシュリー、交渉はどうするの?」
リンが訪ねてくる。
そうなのだ、先ほどの会議の中で頼まれてしまったのだ。
竜族と和平交渉し、鉱山資源を輸出して欲しいと頼んでくれと。
「蒸気機関の国に、交渉を手伝ってもらうとか……」
リンが言う通り、現在直接交流がある国は、蒸気機関の国だけなのだ。
「もしくは、蒸気機関の国から送ってもらうかなのかなー?」
自分で言ってみたけど、この案は難しそうかな?
同盟国家間では、流通がある。
この国も一応同盟に加盟してることになっているが、この前まで敵対関係だったのだ。
やっと、不戦協定めいたものが出来たばかりなのだ。すぐに流通経路が確立したりはしない。
「よし!」
「わっ!」
エシュリーが、わたしのベッドを盛大に叩く。
エシュリーの拳って、全力で叩けば、巨石も砕くパワーがあるのだ。
マットレスに穴が開いて無いだろうか?
「竜の国を制圧しよう! そうすれば、そこもわたしの国の領土になる!」
「いいね!」
「良くないわー!」
提案したエシュリーと同意するリンの頭を、まとめてはたく。
「いえ、いい案かもしれないわ」
「アリスまで……」
「あ、アリスは叩かないのか!? 差別だー!」
「うるさいわー!」
エシュリーをはたいて黙らせる。
「あううううっ……」
「可哀想に、よしよし」
ウソ泣きしているエシュリーを、ナゼかリンが慰める。
「えっと……なんで、いい案なの?」
「竜の国――ドラグナーは、蒸気機関の国と交易はしてるけど、うちの同盟に加盟してないの。竜たちが交渉とかに応じないのが原因なんだけど」
「竜どもは、人間や妖精など、下等生物としかみてないからな」
アリスの説明に、エシュリーが補足する。
「竜って、悪い生き物なの?」
わたしの質問に、アリスが首をひねった。
「うーん、悪いというよりは、気にもしてないって感じ」
「加盟しないのであれば、取り込んでしまえばいい」
「そう、それ」
エシュリーの言葉に、同意するアリス。
「また、相手の国の神器を破壊するの? 竜の国の神器ってどんなの?」
わたしの問いに、リンの表情が驚きを表す。
「モナカは知らないの? みんなの憧れだよ?」
「そーそー」
アリスもうなずく。
神様であるエシュリーも知ってるみたい。
ということは、わたしだけ知らないのか。
「この世のモノとは思えぬほど、美味しい食材を無限に生み出す、ダグダの魔窯だ!」
リン、説明してくれるのはうれしいけど、口元のヨダレは拭いて欲しい。
「その食材ってどんな効果があるの?」
「美味しくて栄養豊富」
「……それだけ?」
「それだけとはなんだ! 美味しくて栄養のある食事は、人類にとってかけがえの無いものだぞ!」
リンがいつになく熱く語ってくださる。
「今までのに比べて、戦闘力皆無なんだねー。よくそれで、他の国から侵攻されなかったね」
「竜が個体として強いから、神器が相手でも何とかなっちゃうのよ」
今まで見てきた神器って、持ち主を神にする剣に、何でも封じる塔、無数の光の砲撃を繰り出す空飛ぶ黄金船。
それに勝てる竜って――
「そんな強いのに、勝てるの? わたしたちだけで?」
「わたしも、竜とは戦ったこと無いな。手応えありそう!」
リンがめっちゃ楽しそうである。
会議前もそうだったけど、強敵と戦いたいぞーって、そんなタイプなのか。
「流石にリンやモナカでもキツイでしょ? だって、竜って数百万体もいるんだから」
「す、数百万、かー」
フレイアたちが二千の兵隊を連れて、百数十体の竜に負けたんだよな。
単純計算で、その一万倍の戦闘力が必要というわけだ。
「うむ、それには少々考えがある」
エシュリーがそんなことを言い放つ。
絶対、問題があるだろうな、その考え……
翌朝、竜の国の件もあるため、早々に蒸気機関の国に向かうこととなった。
出立時には、お城の前に総出で並ばれてしまった。
「来るときもそうだったけど、これはやっぱりこそばゆいね」
「モナカ、照れていないでシャキッとせんかー」
「エシュリーは、もうちょっと謙虚さを学ぶべきだよ」
わたしとエシュリーは、両手を掴み合い、そのまま取っ組み合いとなる。
「ほら、暴れないの」
アリスにたしなめられてしまった。
「スピーダーも、久々だよね」
スピーダーの運転席に乗るリンが、しみじみとこぼした。
この国では、毎度、サラちゃんが操る人力車に乗ってたからね。
「よし、出発だー」
わたしが声を上げるも、スピーダーは動かない。
「モナカ……」
「どしたの?」
「……降ろして」
一瞬何かと思ったが、思い出した。
スピーダーは車で空は飛べない。そしてここは浮島だ。
「あははははっ、人力車での移動ばっかりだったんで、飛べないの忘れてたわ」
慌てて、【次元の扉】を作り上げる。
「さて、今度こそ。出発ー!」
スピーダーはゲートをくぐり抜け、大地へと降り立った。
「……ううっ、まだ乾いた陸地に着かないのかなー?」
エシュリーがグズりだした。
頭に残っている水草が気になるのか、たまに首を振っているその仕草は、イヤイヤをする小さい女の子みたいだ。
「エシュリーガンバって! エシュリーが諦めちゃったら、わたしたち、ここでおしまいよ!」
アリスがエシュリーの横に並んで、強く励ます。
「が、がんばるー……」
エシュリーがまたやる気を出してくれたようだ。
スピーダーを背中に担いだまま、力強く空を飛んでいる。
「いやー、まさか、こんなことになるとはねー」
リンが引きつり笑顔を浮かべる。
「そーよねー。ここが湿原の国って言われているのを、すっかり忘れてたわ」
スピーダーは車である。少し浮いてるけど。
水たまりとか、浅瀬ならいいみたいなんだけど、そこの深い水域では浮き切れずに沈んでしまうようなのだ。
で、ジャングルを抜けて湿原地帯に入ったスピーダーは、深みにはまって、沈んでしまった。
スピーダーを引き上げようとしたら、今度は、音を聞きつけた巨大ヘビが群れで集まってきてしまったのだ。
ずぶ濡れのまま、その気色の悪い群れと戦った。
その後、魔法で乾かしたわたしたちは、今はそれぞれの力で空を飛びながら移動しているわけだ。
スピーダーは、一番力の強いエシュリーが担ぎ上げている。
「パッと見で、どこが陸地でどこが水たまりか分からないから、うかつに降りられないし、お昼ご飯、食べれないよねー」
「そだよねー。もう、このまま強行突破で行っちゃいましょう」
「おーい、リンー」
エシュリーが情けない声を上げてきた。
「スピーダーって、空飛べるように出来ないかなー?」
「今は無理だねー。帰ったら空が飛べるように改良するよ。ついでに、戦闘能力も付けないとね」
スピーダーの更なる進化が約束された瞬間だった。
投稿まで時間がかかり過ぎて申し訳ない。




