第七十九話 プレゼント
「ここがいいでしょう!」
サラちゃんが空中に静止する。
ジャングルのど真ん中の上空で、周囲には山も浮島も無い。
「工事って、どうするの?」
「ふふふふっ、こうするんです! みなさーん! ここに島を作りましょう!」
一緒に付いてきた十人の有翼人が、一斉に呪文詠唱を始めた。
「【爆流】!」
大地が吹き上がり、舞い散る土石で視界が煙る。
周囲が砂っぽくなったので、思わず口鼻を手で覆う。
「【収束】」
次なる呪文で、周囲の土煙が晴れ渡っていく。
それらが中空の一点に収束し、巨大な土石ダンゴになっていった。
「これを繰り返して、土砂をまとめた後、整形して、空中浮遊の魔法を永続させる魔石を打ち込み、完成です」
サラちゃんの説明の最中に、またも爆発音がこだまし、土砂が舞い上がる。
「めちゃくちゃ豪快だねぇ。近くで見てると、ちょっと煙たいけど」
「おやこれは失礼」
サラちゃんが呪文を唱える。
「【風障壁】」
目には見えないけど、土煙が見えない壁に阻まれて、わたしたちの方に来なくなった。
「ありがと。煙たくなくなったよ」
「いえいえー。あ、それよりも出てきたようですね」
サラちゃんの視線が、眼下のジャングルの方へ向く。
「出てきた?」
サラちゃんの見ている方に視線を合わせると、なんか、たくさん来てる!?
「なんか来てる!?」
アリスが驚く。
「エイかな?」
リンが言う通り、海にいるエイに似た生き物だ。
それがたくさん、こっちに向かって飛んできている。
「マンタールですね。森に棲んでいるエイです。森を潰したんで怒ってるんですよ」
「のんきだねぇ……」
「それほど危険な動物では無いので」
「そなの?」
「はいー。尻尾のトゲが鉄のように硬くて、毒があるくらいです」
それは危険生物とは言わないのか?
「モナカ、やっちゃうか?」
「ああ、リンさん、大丈夫ですよー。わたしらで対処しちゃいますので! みんなー、マンタールが出たからやっちゃってー」
「はーい!」
元気な可愛らしい声と共に、十人の有翼人がマンタールへと向かって行った。
眼下で激しい爆音が鳴り響く。
……今日は、工事を見に来たのか? 狩猟を見に来たのか?
無事魔物の撃退も終わり、工事は順調に進んでいく。
そして今、目の前には全長三百メートルほどの浮島が出来上がっていた。
「さあ、それでは仕上げです! 【具象化】!」
どこからともなく現れた、壁が、扉が、窓が、次々に生まれ組み上がっていく。
そして最後に屋根が取り付けられた。
「完成です!」
「おお!」
エシュリーが感嘆の声を上げる。
それはそれは立派なお屋敷だった。
大きさは、ファルプス・ゲイルにある自宅に近いかな。
「誰が住むお屋敷なの?」
アリスがサラちゃんへ問いかける。
「よくぞお聞き下さいました!」
サラちゃんが指をはじくと、有翼人の女の子たちがわたしたちを取り囲むように並ぶ。
「な、なに?」
リンが狼狽している。
「これぞ!」
「みなさんへの!」
「プレゼントです!」
周りの有翼人が大合唱だ。
「おお、これはわたしの屋敷なのか!」
「わたしの、じゃなくて、わたしたちの、でしょう?」
エシュリーの言葉を訂正しておく。
「はい! レッドレイディ様から、みなさんのためにお屋敷を用意するように言われたのです!」
「うむ、僥倖であるぞ」
「わたしたちの家って、これで三つ目になるのかな? 確か、北国にも作ってもらってたよね?」
リンの問いかけに、うなずく。
「そうそう、三つも家があるって凄いよねー。お金持ちみたい」
「モナカもお金持ちでしょ?」
「そだね」
アリスに言われて思い出す。
個人資産が金貨二十万枚を超えているのだ。
屋敷を作ってもらったとはいえ、今はお客様の身である。
わたしたちは、そのままお城へと戻った。
だが、城に着くと、前庭の様子がいつもと違うことに気付く。
「なんかあったの?」
エシュリーが人力車から降り、周囲の様子を見てつぶやく。
庭一面に、負傷した有翼人の兵士たちが倒れていた。
みな傷だらけで血もにじみ出ている。
鎧は、どういうやられ方をしたのか、一部が溶けていた。ミスリル銀で作られた強固なものだというのに。
城から出てきた人たちかな? 普段着姿の有翼人が、順番に傷の手当てを行っていた。
こんな状態でも、誰一人うめき声一つ上げないのは、頑丈な種族だからだろうか?
ただ、荒い息がそこかしこから聞こえてくるため、それだけでも陰鬱な気分にさせられる。
「ここが襲われたの?」
「城に傷跡が無いですから、遠征から帰ってきた兵士たちでしょう」
サラちゃんはこの惨状に対し、特にショックを受けていないようで、あっけらかんとしていた。
「遠征って、どこの国へ?」
アリスの声が少しこわばっている。
つい最近まで、遠征先に自国も含まれていたためだろう。
「そこまでは、わたしもサッパリです」
「竜の国だ」
わたしたちに声を掛けてきた人は、周囲の人たちと同じく傷だらけであるが、まったく辛さを感じさせない、真っすぐな目をしている。
「フレイア!?」
リンが身構える。
確か、リンのライバルとかだったかな?
ラグナの上司というか、この国の将軍さんだ。
フレイアはリンの姿を見止めると、口元に微かに笑みを浮かべた。
「リン、身構えなくてもいい。もう敵でも何でもないのだから」
「ううん、そうなのか」
リンは微妙な表情を浮かべて、言葉を濁すばかりだ。
「フレイア、どうしたのだ? 何があったんだ?」
この国の主神エシュリーがフレイアに問いただす。
「はっ! エシュリー様に、ご報告致します」
リンとの微妙な位置関係とは違い、エシュリーには真っすぐ起立して受け答えるフレイア。
それを見ているリンの表情が、ちょっと歪んでいる。
「彼女を盗られた感じ?」
そっと耳打ちしてやる。
「かっ!? いやいやいやいや、違うし!」
リンの顔が見る見る赤くなる。
これは面白い。
「ほらほら、モナカ、リンで遊ばないの」
アリスに怒られてしまった。
まあ、今はフレイアの話しを聞くときだろう。
「ご存知の通り、我々の武具はミスリル銀で作られております。しかし、ミスリル銀は竜の国の領土である、南の島でしか産出されません」
フレイアの話しは前にも聞いたな。
蒸気機関の国とは国交は無いけど交易はしてて、その国と交易のある国だけに、わずかな量が流通してるとか。
「我が軍は、先の大戦で多くの武具を消耗したため、ミスリル銀の大量入手が必要となっておりました。今回は、そのため遠征です。しかし返り討ちに合ってしまい、このような醜態を晒すこととなってしまいました」
「返り討ち? 竜って、やっぱり強いの?」
思わず聞き返してしまった。
わたしやリンも、フレイアやラグナに苦戦していたのだ、それよりも強いだなんて。
「竜の炎は魔法で防げないのだ。なので同数では負ける。例えば、寿命が千年を超える個体を倒すには、一般兵なら二十人は必要だろう」
「すっごい強いんだね」
「個体としての強さなら、全種族中最強とも言われているから」
アリスが、フレイアの解説に補足してくれる。
「いやいや、アリス違うぞ。最強はわたしたち神様だ」
エシュリーがドヤ顔で訂正してきた。
そうなんだけど、そうなんだろうかと思ってしまう……
フレイアがさらに話しを進める。
「こちらは二千名で向かいました。ミスリル鉱山には通常、百体ほどの成竜と、それを取りまとめる一体の老竜がいるだけですから。本来ならそれで勝てたはずです」
フレイアが言葉を切る。
自分の失態と思う為か、言葉に出すのが辛いようだ。
「しかし、今日はどういった理由か分かりませんが、竜王が数十の老竜を引き連れて来ていたのです」
「竜王?」
「向こうの国の王様ですね。一般兵なら千人いたってかすり傷も付けられないですよ。」
サラちゃんが教えてくれる。
「ふむ、理由は分かった。まずは傷を癒すのだ。詳しい話し合いは、後日としよう」
「ありがとうございます」
フレイアさんはわたしたちに背を向けて、ゆっくりとした足取りで去っていった。
「元気になるといいよね、フレイアさん」
「な、なんでわたしに聞く!?」
リンの耳元で囁いたら、面白いように狼狽した。
「どーしたのー? モナカは、フレイアさんの心配をしているだけじゃないー」
アリスまで悪乗りしてくる。さっきは遊んじゃダメとか言ってたのに。
「よし、モナカ。明日はみんなで作戦会議だな」
「えっ!? わたし、その会議に出るの!?」
「無論だ」
「竜って怖くない?」
アリスの言葉に心の中で同意する。
「ワクワクするよね?」
リンの言葉に心の中で否定する。リン、何を目指すつもりなんだ……




