第七十七話 石飛竜と裸の女の子
わたしたちは今、有翼人が生まれたということで、その場所に急行している。
サラちゃんが全力で飛んでいるので、人力車が前から受ける風圧は、凄いものになっていた。
「サラちゃん! ちょっと速くない!?」
わたしにしがみついているアリスは、さっきから顔を上げていない。
「生まれたばかりだと、急がないと危ないので」
「うん? そばに両親とかいないの?」
この子たち、めちゃ戦闘力が高いので、二人くらいいれば巨人やドラゴンが来たって、撃退できると思うんだけど……
「両親?」
サラちゃんに、両親って単語が通じてない?
「え? 赤ちゃんって、二人の愛の結晶でしょ?」
「モナカ、えろーい」
リンがとんでもないことを言ってくる。
「エロくないわー!」
まったく、正しい性知識は大事だからね!
アリスは顔を赤くしてるし、エシュリーはニヤけた笑みを向けて来てるから、サラちゃん以外には通じてるな。
「わたしたちは、大地から生まれてきます」
サラちゃんが、有翼人の誕生について教えてくれるようだ。
「うーん? お花みたく、地面から生えてくるの?」
「いえいえ! ある日突然現れるんです。大地の魔力にはムラがあって、その濃いところに、わたしたちは発生するんです」
「……自然に湧くのか」
凄い種族である。
「うーん……それだと、生まれたばっかりの赤ちゃんが一人でいるってこと? それは確かに危ないね」
だが、わたしの呟きをサラちゃんは否定する。
「赤ちゃんではありません。わたしたちは成人状態で現れます。そして、それから歳は取りません」
「いいなーそれ、十五歳前後のキレイなまま、成長が止まってるってことでしょ?」
「モナカさんも同じようなものでしょう?」
サラちゃんにアッサリと返されてしまう。
うーん、そういえばわたしって、超美少女とか言うふざけた種族だったな。
「生まれたときから成人してるってことは、最初から強いの?」
リンが疑問を投げかける。
「はい。ただ、装備が無い状態ですし、戦闘訓練も受けてませんから、下級の兵隊よりは弱いです。なので、天敵に襲われたりもします」
「天敵?」
「石飛竜。魔力の宿った石の魔物です。それと、そいつに襲われて弱ったところを、周囲の動物たちがエサにしようと寄ってきます」
厳しい自然界の掟みたい。
「石飛竜って強いの?」
リンがちょっとやる気出してる。強い敵と、そんなに戦いたいのかな?
「武装した一般兵ならギリ倒せるかなー? くらいですかね」
「そーなんだー」
見る間にやる気を無くすリン。
思ったよりも弱くて、つまらないようだ。
「あ、そろそろ見えてきました」
サラちゃんが、現場と思しき場所へと降下していく。
今いるのは、ジャングルの上空だ。
そして、一部の木々が無くなって、地面が露出していた。
「なんか、木が無いところがあるね。そこにいるの?」
「生まれたばかりの頃は、混乱してて、周囲を壊しちゃうものなんですよ」
「……はあ」
サラちゃんは気軽に言ってるけど、半径二百メートルくらいの範囲が吹き飛んじゃってたりする。
まったく無邪気さの感じられない癇癪だ。
「おお、あれか」
エシュリーが指さす先、地面が露出している所の中心に、女の子がいた。
いたけど、あれは……
「は、はだか……」
それはそうか。
生まれたばかりでは、服は来てないよねぇ……
「モナカ! なに見とれてるの!?」
アリスがわたしの頭を両手で掴んできた。顔の向きを強制的に変えられてしまう。
アリスの顔をじっと見つめる体勢になった。
「いやー、有翼人って、顔だけじゃなく、体もキレイだなーって――」
「やっぱりモナカはエッチだー」
リンがまたも茶化してくる。
「エッチじゃないってー!」
「エッチでもドスケベでもいいですから、早く保護しに行きましょう!」
「サラちゃんまでー!?」
いやいや、このままコントを続けるわけにもいかないか。
人力車が裸の子の前に着陸した。
すぐに降りるわたしたち。
「保護しにきましたー!」
サラちゃんが笑顔で手を差し伸べてる。
裸の子は、サラちゃんの顔と、差し出された手の平を交互に見ながら、不安げな表情を浮かべていた。
やがて、不安な表情が恐怖の表情へと変わっていき、後ずさっていく。――あれ?
「……えっ、なに……ダレ、なの? ……わからない……いや、来ないで……ヤメテー!」
泣かれて逃げられてしまった。
裸で外に一人ぼっちな女の子に、泣きながら逃げられるのって、結構精神的にキツイな。傍から見たら完全に逮捕案件だ。
「……逃げられちゃいましたね?」
「逃げられてしまいました、じゃないわよー! どーなってるの!?」
「いやーわたしも、保護方法は話しを聞いたことがあるだけでして……実戦は、その……初めてで……」
「分からないなら、無理するなー!」
あああっ、どーするんだろ!?
「とにかく追おう!」
考えるよりまず行動だ! 裸の子が逃げた方向に走る。
「あ、ちょっと待って! モナカ!」
「エシュリーたちも、行くよー!」
「逃がすかー!」
「エシュリー様、相手は罪人では無いですよー」
みんなも付いてきてくれた。
相手は有翼人で、人間よりも足は速い。
しかーし! わたしとエシュリーは、もっと速いのだ!
出遅れているとはいえ、すぐに追いつけるはず!
「エシュリー! 二人で左右から挟み撃ちよ!」
「オーケー!」
相手は悪人ではないとはいえ、このままでは話しが進まない。
一旦捕まえてから、事情を話そう。
……泣きながら逃げる裸の女の子を、大勢で追いかけてるのは、ホント絵面的にアウトだなー。
まあいい、もう少しで追い付ける!
そう思った瞬間、大地が揺れた。
「地震!?」
震度六以上かな? 大地が歪んでいるのが、足で感じられる。
「わわわわっ! モナカ落ち着け! まずは身に着けている貴金属を外すんだ!」
「エシュリーこそ落ち着け! それは雷の対策だ!」
そんな返しをした瞬間、わたしたちと、裸の子の間の大地が吹き飛ぶ!
「うわわわわっ!?」
エシュリーが悲鳴を上げる。
巻き上げられた大量の土砂で、視界が一瞬さえぎられてしまう。
土砂に紛れて、何か出てくるのが感じられた。
大地から長い長い巨大なものが、天空へと延びていく。
そいつから、石と石をこすり合わせた様な、不快な響きというか鳴き声というか。辺りにそれが轟く。
「エシュリー様! モナカさん! 大丈夫ですか!?」
「サラちゃん、あれなに!?」
エシュリーは砂が口に入ったか、吐き出している。
アリスは剣を抜き、上空をにらみつけていた。
「あれが、石飛竜です!」
空中には、巨大な翼を羽ばたかせ、不快な響きを吐き出し続ける、石の蛇が飛んでいた。
全長は、この前会った陸ガメと同じくらいだろうか?
翼があるとはいえ石の塊だ。どういう原理で浮いているのか、わたしたちの頭上をゆったりと回っていた。
「デカっ!」
サラちゃんは天敵とか言ってたけど、これ、天災クラスの化け物では無いのか?
「体が鉱石のように硬くて、魔法も効き難いですから、注意してください!」
サラちゃんが槍を召喚して出していた。
鎧は着て無いけど、有翼人には魔法の防御壁があるから問題無いだろう。
「メイガス! ヘブンゲート開放!」
リンの体がピンクのリボンに包まれ、フリフリドレスの魔法少女へと変わった。
裸の女の子はというと、状況の変化が激し過ぎたためか、その場で呆然と立ち尽くしている。
「リン! 変身してもらったばっかりで悪いけど、あの子に服を着させてあげて! 空のデカいのはこっちで何とかするから」
「えー、お着換え担当かー」
「それでも、駄々っ子の有翼人が相手なんだから、骨が折れると思うわよ?」
「うーん、わかった。アリス、手伝って」
「うん。モナカ、こっちは任されたよ! そっちもがんばってね!」
「行ってきまーす!」
リンたちに手を振り、石飛竜へと狙いを定める。
すると、視界に小さな影が映った。
「いっちばーん!」
エシュリーが拳に巨大な魔力の塊をまとわせ、石飛竜の胴を殴りつける!
風穴が開くが、悲鳴も、身じろぎもしない。効いてるのかな?
「なら、わたしが二番手で! 【魔力球】!」
サラちゃんの放った青黒い魔力球が、石飛竜の胴にヒビを生じさせる。
エシュリーの攻撃より、ダメージが少なそうだ。
「石飛竜は生命力も高いんで、倒すのに時間かかるんですよね」
「そうなの? なら全力でいくか」
わたしが呪文を唱えてると、石飛竜がこちらへゆっくりと降りてきた。
「気を付けて下さい!」
サラちゃんの警告を聞きながら、大きく後ろへ飛ぶ。
石飛竜の動きは遅いため、直撃は簡単にかわせたが、地面を伝う振動と、体が吹き飛ぶような爆風が襲ってくる。
「【魔力球】!」
わたしの放った魔力弾が、サラちゃんの作ったひび割れ部分に直撃する。
ヒビが進行し、胴が真っ二つに折れた!
落ちてきた下半身部分が、巨大な地響きと共に、大地に粉塵をまき散らす。
辺り中が砂っぽくなったので、口と目を覆う。
「【水膜】」
エシュリーの声が小さく聞こえた。
大量の水が上から落ちてきた。
「うぁっ!」
頭からつま先まで、びしょ濡れである。
「エシュリー、何してるのー?」
「これで、砂っぽかったのがなくなっただろ?」
周囲を見ると、雨の後のように水浸しになってる。
そして、エシュリーの言う通り、砂っぽくなくなった。
「うーん、まあいいのか。エシュリーありがと」
「どういたしまして。そして、そこの怪物にとどめを刺してやろう」
エシュリーが石飛竜の残り半分に手の平を向けた。
「【極大爆破】!」
効果範囲を絞った最強破壊魔法が、石の怪物の残骸を、粉々に砕き消滅させていく。
後に残ったのは、巨大なクレーターのみ。
「終わったー」
「見たかー! わたしの力をー」
エシュリーが誇らしげに腕を振り上げていた。
それをサラちゃん一人だけの拍手が、寂しくも称えていたのであった。




