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第七十六話 魔境ともいえる国

「ううーっ、頭痛いよー」


 リンがゾンビのようによたよたと歩いている。


「ぐるぐるしてるー」


 アリスは謎のダンスを踊っていた。

 二人とも完全な二日酔いのようだ。


「ふははははっ、ダラしがないではないか、二人とも!」


 全力で二人をあおるエシュリー。

 エシュリーはただの食い過ぎなので、一晩で完全復活したようだ。


「うぎゃー、声をもっと小さくしてー」


「きついー」


 エシュリーの大音量に襲われて、二人ともその場でのたうち回る。


「エシュリー、もっと静かにしてあげなさい」


「はーい」


 素直に黙ってくれた。いい子である。

 ともあれ、リンとアリスを、このままにしておくのはマズかろう。


「【治癒キュマ】」


 病気治癒の魔法だ。

 かざした手の平から流れ出た白色の煙が、二人の口や耳、鼻から入り込んでいく。

 のたうち回っていたのが、ピタリと止まった。


「治った!」


「ありがと、モナカ」


「どういたしまして」




 朝ごはんにも昨晩のお肉を出されたが、さすがに連続では食べれないので辞退する。

 わたしたちは、自前のパンやフルーツで朝食を済ませることにした。

 フリューネクスはお肉を嬉しそうに食べていたんだけど、なんとなくかわいそうに思えたので、フルーツを差し出す。

 わたしがあげたためか、抵抗無く食べてくれる。無邪気で可愛い。


「帰るまでに、有翼人ルーファレティウスにいろいろと料理を教えておかないとね」


「そうね」


 わたしのつぶやきにアリスもうなずく。

 このままでは、フリューネクスが可愛そうであるから。




「おっはよーございます、みなさん! これからみなさんの観光案内を致します、サラと申します! お見知りおきを!」


 玄関ホールでわたしたちを待っていたのは、陽気な有翼人ルーファレティウスだった。

 レッドクイーンが国内の案内に人を付けてくれると言ってくれたのだが、この子がそうなのか。

 幾何学模様の描かれた、紫のスーツにフレアスカートを履いている。髪は金のストレートロングで、前髪は髪留めで右にまとめてあった。


「おはよー、サラちゃん。わたしはモナカだよ」


「はい! 存じております! モナカ様にアリス様にリン様、ついでにエシュリー様!」


「ついでとはなんだ! ついでとは! わたしはこの国の主神だぞ!」


「あああっ! エシュリー様! ごめんなさいごめんなさいぶたないでー」


 エシュリーにシバかれているサラちゃんを見て思った。

 大丈夫だろうか、この人……




「さて、行きますよ!」


 持ち手を握るサラちゃんが、元気な声で言ってくる。


「えーと……サラちゃん、これ大丈夫なの?」


 わたしたちは、座席が前後に分かれている六人乗りの人力車に乗せられている。

 白色で金縁の飾りがされている、豪華な馬車のような造りだ。

 地上を走るスピーダーでは、この国を巡るのに不便だからと乗り物を用意してもらったのである。


「平気ですって! 【減量レデュースウェイト】の呪文が掛かってますから、わたし一人でも軽々運べます!」


 ……万が一落ちたとしても、みんな空飛べるし、なんとかなるか?


「うーん……まあ、改めて、お願いね」


「しゅっぱーつ!」


 サラちゃんがスタートダッシュをきめて、猛スピードで崖へと全力疾走だ!


「うわわわっ! もーちょいゆっくりいけない!?」


 エシュリーの叫び声が届かなかったか、そのままの勢いで空へと飛び立っってしまう。


「さー、このまま行きますよー!」


 どういう原理か、台車部分は平衡へいこうを保ったまま浮いている。

 揺れは無く、なんというか、遊園地の乗り物に乗っている気分だ。


「モナカ、ちょっと怖い……」


 アリスがわたしに抱き付いてくる。

 ここの座席部分、左右に扉が無く開きっぱなしなのだ。

 落ちそうですっごい不安になっちゃう。


「めっちゃ風が気持ちいいねー!」


 前の席にいるリンは、さすがはスピーダーの設計者というか、この状況を楽しんでいる。

 リンの隣のエシュリーは、手すりをしっかり持って動いていない。怖がってるのかもしれん。


「それでは! 左に旋回しまーす!」


 台車が大きく斜めに傾く。

 丁度座席の左側が地面の方を向く感じだ。


「ちょっ!」


 さすがに手すりにしがみつく。


「きゃあああああっ」


 アリスはわたしにしがみついてるから、わたしが二人分がんばってしがみつかないと!


「わおっ! 地面が見えてるよー!」


 リンは地面が見えてるのが面白いのか、笑っている。


「エシュリーは大丈夫?」


「だ……だいじょ、ぶだぁぁぁー」


 大丈夫なのかな?


 恐怖感はあれだけど、見える光景は圧巻である。

 眼下にはジャングルが広がっており、そこをうように巨大な川が何本も蛇行している。

 その川の向かう先を目で追うと、背の低い草が生い茂り、無数の水たまりが見える、いわゆる湿原地帯となっていた。


「あ、湿原の方に何かいる!」


 リンが指さす方、遠いので良く分からないけど、確かに何かが動いているのが見えた。


「あー、いますねー。見に行きましょうか?」


「お願――っうわ!」


「にゃああああっ!」


 急に向きを変えるもんだから、今度は右側が地面を向くように大きく傾いた。

 危うく放り出されそうになる。


「これ……乗り物として問題があるのでは!?」




 眼下がジャングルから湿原へと変わっていく。

 段々と湿原にいるものが見えてくる。


「なんか、大きい動物が、争ってるみたいだね」


「うーん……【透視ファビジョン】……あっ! 水牛が食われているんだ!」


「そうなの? 怖いけどわたしも……【透視ファビジョン】……きゃあああっ!」


「どうしたのアリス!?」


 悲鳴を上げたアリスは、わたしの胸に顔をうずめて、顔を青ざめていた。


「……ヘビ」


「ヘビ?」


「おお、本当だ! ヘビだ」


 エシュリーにも見えた様だ。


「あれはティルボアですね。あれはまだ小さい方ですが」


 サラちゃんの口調から、特に驚いていないというのが分かる。

 かなり近付いてきたので、その姿がわたしにもハッキリと見えた。

 水牛も全長が三メートルを超えていそうで、十分デカいのだけど、それをティルボアが水の中に引きずり込もうとしているのだ。


「あれで小さいの?」


 ティルボアと呼ばれた大蛇は、胴回りが人間よりもデカい。全長も――何十メートルだ?


「大きいのになると、あの倍近くになりますよ」


「エシュリーが言ってたやつじゃない? 巨大ヘビ」


 リンの言葉で思い出す。

 確かに、この国へ来たときにエシュリーが言ってたね。


「う、うむ、あれだな。直接見ると……確かに大きいな」


 エシュリーは口調はしっかりしていたが、リンにしっかり抱き付いていたりする。

 怖いのかな?


「モナカー、もう十分見たから、次行こうー」


 アリスは目を閉じて見ようとしていない。ヘビ系は苦手な様だ。いや、苦手も何も、あの大きさは普通にダメか。

 まあ、この乱暴な乗り物では、いつ落ちるか不安だしね。万が一、あそこに落とされたら嫌過ぎる。


「サラちゃーん、そろそろ次行こうかー」


「はいな! それでは、この国最大の大木をお見せしましょう!」


「うわわわっ! だから急加速するなー!」


 またも振り回され、全力で手すりをつかむことになる。

 サラちゃんには、安全運転を教えるべきだな。




 湿原から方向転換。

 ジャングルの奥へと向かって行く。


「あっちこっちに、島が浮かんでいるね」


 リンたちが、周囲の景色に合わせ、あっちこっちに視線を向けていた。

 わたしも、そこかしこに浮かんでいる島に、視線を奪われる。

 その上に建物があったり、大きいのだと、街が丸ごとあったりするのだ。


「この国では浮島に建物を建てるのが、流行ってるの?」


 サラちゃんに聞いてみる。


「流行ってると言いますか、地上に街を作ると、一夜で潰されてしまいますからね」


「潰される? 何に?」


「森とか動物にです。森とか、どんなにふっ飛ばしても、どわーって押し寄せて埋めてくるんですよ。それ以外に、アクーラバが通ったり――」


「アクーラバ?」


 わたしの問いに、サラちゃんでなくエシュリーが答える。


「ほら、来るときに見た巨大カメだ。皮膚も甲羅こうらも鉄より硬いし生命力も高い。パワーも凄いから邪魔でしょうがないのだろう」


「そーですそーです! さっすがはエシュリー様!」


「ふふふふっ、もっと褒めても良いのだぞ」


 突っ込むのも面倒なので、二人はそのままにしておく。


「あ、モナカ! 見えてきたよ! あれ、すっごーい!」


「え? おおっ! あれかー!」


 アリスと一緒に、それを見る。

 ジャングルから突き出した一本の巨木――木というかもう山みたいな感じだ。

 幹が大都市を飲み込めるくらいに広がっている。根元は一キロメートル四方に広がってるのでは?

 その広大な幹は、下の大部分が緑に覆われていた。

 そして、その高さ。

 雲がかかっている。何百メートルなのだろう? 一キロメートルあるかもしれない。


「……すっごいね……あれ、何かの神様とか?」


 リンも大興奮で、エシュリーと一緒に身を乗り出して見ていた。


「ユーグラッドと言われている、この国で一番大きい木です。神様とかでは無いですね。ただ、対魔法性能と再生能力の高さから、わたしたちでも完全に破壊しきるのは困難ですけど」


「なんでもかんでも化け物だね、この国は……」


「あ、王城から【念話テレパシー】が入りました」


 サラちゃんが何やら応対している。


「みなさん、タイミングがいいですね!」


 サラちゃんが笑顔を向けてくれるが、その表情が激しく信用できない。この国の常識が、わたしたちとかけ離れているというのが、十分に分かってきたから。


「仲間が一人生まれたようですので、保護作業の見学をしましょう」


「生まれる? そういえば、あなたたちはどうやって生まれるの? だって、女性だけでしょ?」


「モナカ! 女性同士での生命の誕生について、この国でレクチャーを受けるべきだわ!」


「いやいや、アリス。目が本気過ぎるって!」


 何故かわたしがアリスに詰め寄られた状態で、人力車は現場へと急行するのだった。

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