第七十五話 ハナミツ酒
初日の夜は、お城で歓迎会を開いてくれた。
大広間には少し高さのあるテーブルがセッティングされていたが、イスは無い。いわゆる立食パーティー風なのだろう。
「きれいな子がいっぱいいるね」
大広間には、羽の生えた美少女がたくさん集まっていた。みな鎧姿ではなく、ゆったりとしたローブ風の衣装に身を包んでいる。
元がきれいなので、それだけで十分絵になる。
「ほんとに、美少女だらけだ」
「もう、モナカったら。そういうときは、キミの方がキレイだよって言わないと」
アリスがすねた声でわたしの腕を軽くつねる。
「……キミの方がキレイだねー」
「合格!」
アリスが満面の笑みを返してくれた。これで良かったのだろうか?
ちなみに、わたしたち四人は、あまり派手じゃない落ち着いたフォームのドレスを着ている。
「周りが美少女だらけだと、わたしたち、浮いたりしないかなー?」
リンがあんまり優雅とは言えない足取りでこちらへと来る。
「いやリンもめっちゃ可愛いし」
「ちょっとモナカ! なんでリンには自然に可愛いって言葉が出てくるの!?」
あ、ちょっとアリスさんがご立腹になられたようだ。
「ええとーっ……ほら! アリスから見ても、リンって美少女でしょ?」
「ええまあ……すっごく可愛い」
「あはははっ、二人ともありがとう。二人も、とーってもキレイだよ」
「ちょっ!」
「わっ!」
リンに腰を持たれて、抱き寄せられてしまった。
「うーん、リンには敵わないかもー」
「うん、三人とも可愛いってことで!」
「うおぃ! わたしを忘れて無いか!?」
美少女三人組の前に立っておられるのは、この国の女神さまだ。
「いやいや、エシュリーも可愛いから」
「うむ、分かればよろしい」
「そういえば、料理は無いね」
リンの言葉に、周囲のテーブルを見渡すが、ビンに入った飲み物だけしか見当たらない。
「飲み物だけ?」
「えー、お腹空いちゃうよー」
「この飲み物はなんだろうね?」
アリスがビンを一つ手に取っている。
わたしも見てみるが、ラベルも何もない。謎の液体である。
「それは、はなみつ酒です」
「うわぅ!?」
背後から突然声を掛けられ、思わずビンを落としそうになった。
「おお、来たか」
「はい、エシュリー様」
エシュリーにかしずくラグナさん。
それとその横にフリューネクスもいる。ピンクのフリフリドレスを着ていて、めっちゃめちゃ可愛い。
「フリューネクス、めっちゃ可愛いね! こっちおいで!」
小走りで寄ってきて、抱き付いてくるフリューネクス。
頭を撫でてやる。
滑らかで、きめ細やかな髪の感触を手のひらに感じ、とても心地よい。
「はなみつ酒って、はちみつのお酒みたいなもの?」
アリスがラグナに持っているビンを見せている。
「森に咲くメリルカプスという、青く輝く花があります。その花を集めて蜜を抽出し、発酵させたものです。ちなみに、ハチは蜜を吸いませんので、ハチミツというものはございません」
「ミツバチいないんだ」
確か花の蜜は、ハチミツよりもサラサラしていて甘みも少ないはず。
ハチミツが無いなんてかわいそうだ。
「他の国では分かりませんが、この国のハチは小型動物を捕食しますね」
「えぐいわ」
想像して気持ち悪くなる。聞くんじゃなかった。
「ふむ、ちょっと気になるな」
「飲んでみますか?」
ラグナが近くのビンを取り、グラスに注いだ。
それをエシュリーが受け取る。
「ありがとー」
ちょっと口を付けてみて、味が良かったのか、そのまま一気に飲み干してしまう。
「ちょっとエシュリー、大丈夫?」
「めっちゃ飲みやすい!」
「悪酔いしないでよ?」
神様だから酔わないのかもしれないけど。
「どれ……」
リンも手近のはなみつ酒に手を付けだした。
「おおっ! サッパリとした感じでほのかに甘い。すっごい飲みやすいね」
「そうなの? わたしも飲んでみようっと」
アリスまで飲みだす。
二人は普通の人間だけど、酔ったりしないかな? 心配になる。
「みなさんには食事も必要だと思い、食べ物も用意させております――あ、丁度持ってきたようですね」
会場奥に、巨大コンロが設置されている。
今持ってきたものだろう、金属の杭が突き刺された動物が、そこにセットされていた。
ちょっと見たこと無い動物だな……
「あれは何?」
「イノシシを狩ってきました」
「あれがイノシシ……牛よりデカいし、ゾウみたいな牙も生えてるけど……」
「ええ、イノシシです」
「……」
あの怪獣を食わされるのか……
「おおおおっ! 肉だー!」
リンが怪獣イノシシを見て喜んでいる。
抵抗が無いんだな。――それとも酔いが回ってるのか?
「アリスー、エシュリー、肉だよー」
「ホントだー、大きいねー」
「食いでがありそうだな」
みんなの反応を見てると、わたしの方が感覚おかしいのかなと、思えてしまう。
特に開始の合図も無く、ゆったりと宴が始まっていた。
会場に集まった人たちは、ハナミツ酒を飲みながら、談笑し、思い思いに楽しんでいる。
何人かは、焼き上がった怪獣イノシシを珍しそうに見つめてた。
「どうぞ、焼き上がりましたよ」
「あ、どうもー」
メイドさんたちが持ってきた皿を受け取る。
「いただきまーす」
リンがさっそくかぶり付いた。
食器類が無いから、ワイルドに素手で手づかみだ。
「どう?」
「……塩気が無い。肉の味」
「……うーん、確かに、香辛料が何も使われてないからね」
アリスもひと口食べて、微妙な表情でそれを皿に戻してた。
「モナカ、ちょっとこのお皿持ってて」
「え? うん」
「【召喚】」
リンの手の中に、細かい葉の欠片などが詰まった小ビンが現れた。
「なにそれ?」
「レッドペッパーや塩コショウにセージや乾燥ガーリックにバジルなんかを混ぜ込んだ、特製ミックススパイスだよ」
リンはそれを肉に振りかけ、再度かぶりつく。
「うん、臭みも消えてこれなら美味しい!」
「ビンがベタベタになってるけど」
肉を直接つかんだ手で持つから、当然そうなるんだけど。
「気にしない気にしない」
「ワールドだねー」
「モナカのにもかけてあげるよ」
振りかけてもらったが、リンのとわたしのと、お皿を持ってて両手が使えない。
「エシュリー、これ持ってー」
「おおう!?」
エシュリーにリンのお皿を渡して、空いた手で肉を掴む。
うーん、コレ、大丈夫だよねー? リンもアリスも食べたし……
イノシシだし、豚と同じだと思うことにしよう。
意を決して、肉にかぶり付く。
「うん、これいける」
ちょっと固めの豚肉って感じだ。
香辛料を多めに振ってもらったためか、臭みとかはあんまり感じられない。
「でしょー」
リンはわたしの反応に気を良くしたか、アリスやエシュリーの肉にも振りかけ始めた。
「手を拭く布巾が欲しいよね。手を洗う水と布巾を用意してくれないかしら?」
「承知しました」
アリスに言われ、一人のメイドさんが【空間転移】を使って消えた。
使用人も高レベルって凄いなー。
「それ美味しいの?」
フリューネクスが聞いてくる。
「フリューネクスはごはん食べないの?」
無言でうなずかれた。
わたしのお肉を差し出してみる。
「食べる?」
またも無言でうなずき、肉にかぶり付いてきた。
ペットにエサをあげるような気分になる。実に微笑ましい。
フリューネクスは無言で口の中を動かしている。
「美味しい?」
「……うーん、美味しい……かも……」
気に入ってもらえたようだ。
「それではフリューネクス様。今後は、お食事をご用意しましょうか?」
「……お願い」
「エシュリー、神様って食べなくてもいいの?」
「わたしは腹が減るし、うまいものを食べたいから、食いたいな。ただ、無くても死にはしない」
「そなんだ、エシュリーはご飯抜いても大丈夫か」
「うおぃ!? だから、ご飯食べたいと――」
「はいはい、大丈夫だよ。わたしと一緒にいる間は、たくさん食べさせるから」
「うむ、食べさせてくれ」
お肉は次々と持って来られたが、さすがに全長二メートルの動物の肉は食べきれない。
一度肉を素手で触っちゃうと、一度洗ってからまた手を汚すことになるのを嫌っちゃって、永遠と食べる方に専念しちゃったのもまずかった。
食べ過ぎちゃったと言うか、わたしもみんなも、胃もたれ気味な感じだ。
「モナカー、部屋まで連れてってー」
アリスが珍しく、顔を真っ赤にしてわたしにもたれかかってきた。
「わたしもー」
リンもわたしの腕にしがみつく。
二人とも、はなみつ酒で酔ってしまったようだ。
「はなみつ酒って、アルコール度数高いの?」
「はて? アルコールとは何ですか?」
ラグナさん、というか有翼人はアルコールを知らないようだ。
周りを見ても、リンとアリス以外に酔っている人はいない。
「気持ち悪いー」
なんか前にもあった様な気がするけど、エシュリーが背後から抱っこしてもらおうと、しがみついてきた。
「そんなに一度に運べないわー!」
「こちらでお連れします」
ラグナさんの合図で、周囲にメイドさんたちが現れ、わたしも一緒に【空間転移】で飛ばされた。
転移された部屋は、かなり広く豪華なものであった。ただ、思った通り、ベッドは無かった。
【空間転移】での移動は楽だけど、ここは城のどのあたりだ? 方向感覚がおかしくなりそう。
わたし以外に、まともに起きれる人がいないので、持ってきた簡易ベッドを準備して、早々に寝ることにした。




