第七十四話 湿原の国の王城
辺り一面ジャングルで、視界が全く通らない。
目に付く範囲には動物の姿は見えないな。
「前方に動物がいるみたい!」
レーダーに映ったのだろう。
リンが教えてくれる。
「ここから二百メートル先にいるね」
「轢かないように注意してね!」
スピーダーが減速していく。
「動きはゆっくりだね。スピーダーの前を横切っている」
周囲の木に邪魔されて、言われている動物の姿はまだ見えない。
「大きさはどんくらいなの?」
「えーと……えっ!? まじかー!」
「どうしたの?」
「全長百メートル見たい」
「なにその怪獣は!?」
「陸ガメだな」
エシュリーが知っているようだ。
「陸ガメって?」
「陸を歩いているカメのことだ。知らないのか?」
「違うわ! 大きさが異常でしょうに!」
「モナカ、あれじゃない?」
「あれ?」
アリスが上空を指さす。
木々の上に、少し見えている黒い影。
「あれ……山じゃあ無いのか……」
「陸ガメの甲羅だね」
スピーダーを停止させ、カメが横切るのを待つ。
スピーダーは浮いているので分からないが、地面に立っていたら、大きな振動を感じれそうだ。
「……すっごい生き物がいるんだね……」
アリスはその光景に目が釘付けになっていた。
「登ってみたくなるよね」
「リン、スピーダーで登ろうとしないでよ?」
「はーい」
登ろうとしたのか? 危ない危ない。
カメが通り過ぎてから、今度はゆっくり目にスピーダーを前進させる。
「この国って、あんな動物が他にもいるの?」
エシュリーに聞いてみる。
「結構戦闘力が高い動物がいるみたい。巨大ワニとか巨大ヘビとか」
「ヘビ!? いやだー、モナカ守ってー」
アリスが抱き付いてくる。
普通に怖がってるのか、抱き付きたかっただけなのか……
「わたしもヘビは怖いよ。大きさはどんくらい?」
「巨大ワニは十メートル、巨大ヘビは二十から三十メートルだ」
「巨大過ぎだ!」
ジャングルの中では野営は出来ないな。
「モナカなら、勝てるんじゃない?」
リンがそんな無謀なことを言ってくる。
「勝てる勝てないというか……近付きたくない」
「えーっ、一度は見てみたいじゃん。間近で」
「リンって、ときどき男らしいよねー」
アリスの言葉に、わたしも同意する。
「そういえばリン、今ってどこに向かっているの?」
「え? ただ真っすぐに南に向かってるだけだよ?」
「えーと……エシュリー、それでいいの?」
「出発前に行くことを知らせたから、迎えが来ると思うんだけど」
エシュリーが言った瞬間、前方のジャングルが広範囲にわたり、吹き飛んだ!
爆風にあおられて、スピーダーも激しく揺れる。
「わっ、ちょ!? なに!」
「きゃあーっ!」
「ああーっ、みんな掴まれー!」
みんなに注意を促す中、エシュリーだけは冷静そのものであった。
「おお、来たようだ」
前方に広大な広場が出現した。
そこに、上空からいくつも降り立ってくる。
「あ、有翼人だ」
「あっぶないわー。今の、直撃受けてたらヤバいじゃない」
前方のエネルギーフィールドを閉じて、リンがスピーダーを彼女たちの前まで移動させる。
有翼人は十名おり、一人が集団の前に立っていた。
「あ、ラグナさんだ」
わたしたちがスピーダーを降り立つと、全員深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、女神エシュリー。道中危険はございませんでしたか?」
「うむ、何も無かったぞ」
「あ、ジャングルを蒸発させながら来ちゃったけど……」
悪いと思って、そこだけは謝っておく。
「いえいえ、あの程度なら今日中に戻るでしょう」
「戻る?」
「他の国では違うようですが、この国の植物は再生能力があり、例えば、今作ったこの広場も朝には完全に、木々で覆われてしまうことでしょう」
「……生命力が高いというのか、とんでもないのね……」
「この程度の破壊は、よく起こることなので」
「はあ……」
住んでる人が異常なら、その土地も異常ということか……
わたしたちの常識が通じないみたいだし、この件はこれ以上突っ込まないでおこう。
「早速ですが、我らが王城へと案内致しましょう」
「お願いします」
アリスが返すと、呪文の詠唱を始めるラグナさん。
「【次元の扉】」
次元の裂け目が出現する。
「さあ、こちらからどうぞ」
わたしたちはスピーダーに乗り込んで、そこを通過した。
出ると、目の前に巨大な城門が現れる。
「立派なお城ね」
「うむ、わたしの国の城にふさわしいな」
目の前にそびえるのは、巨大な白亜のお城であった。
白雪姫でも住んでいそうである。
「ねーねー! みんなお城の周り見て!」
リンが何やら興奮している。
「お城の周り? ――わっ!」
これはビックリ。
このお城、かなり高いところにあるようだ。
城の外周は、切り立った崖になっていた。
「結構高いんだね」
「違う違う! ここの土地、浮かんでいる!」
「……えっ? 浮島みたいな?」
「空に浮かんだ土地なんだ」
「ほええええ」
ホント、常識の通じない土地みたいだ。
城門をくぐると、お城までの道にズラリと有翼人が並んでいた。
「なんか、偉い人になった気分だね」
「なった気分ではない、偉いのだ!」
エシュリーが言うと、なんとも不思議な感じだ。
「せっかくだし、オープンカーモードに変えるね」
「変えられるんだ」
屋根が収納されていく。
とたんに周囲の声が聞こえてきた。
「エシュリー様ー!」
「こっち見てー!」
大歓声である。
ちょっと照れながらも、みんなに手を振りながら進んでいく。
紙吹雪とかあったら、完全にパレードだな。
車庫のようなものは無いみたいで、入り口近くのスペースに停めさせてもらう。
メイド服を着た人に案内され、王城の中へ。
「中は、普通のお城みたいね」
アリスが城の中を見回している。
「そうだね。階段もあるね」
全員魔法も使えるし翼もある種族なんで、へんてこな立体構造とか想像してたけど、案外と普通で助かった。
そのままメイドさんに、二階の大扉の前まで案内される。
「こちらが謁見の間となっております。みな様お待ちですので、どうぞ」
扉の左右に控えていた衛兵が、開けてくれる。
謁見の間はかなり広く、天井も三階層分くらいぶち抜いているようだった。
メイドさんを先頭に、床に敷かれたレッドカーペットの上を進んでいく。
左右には鎧を着た兵士たちがズラりと並ぶ。
進んだ先、この部屋の奥に玉座が二つ並んでいた。
最も豪華なイスには、フリューネクスが座っている。
もう一つに座っているのは、この国の女王いや元女王か、レッドクイーンが座っていた。
「お待ちしておりました、女神エシュリー、アリス姫、それと、モナカとリンよ」
レッドクイーンが頭を下げた。
ちょっと緊張しながら、アリスに小さな声で聞いてみる。
「これって、ひざまずくんだっけ?」
「それは相手に対して、こちらが低い身分の場合。エシュリーがいるこちらが上なんだから、気にしなくていいわよ」
気にしなくても言われても、謁見の間の作法とかサッパリなんで、緊張してしょうがない。
「わたしたちは旅行で来たんだ。ここまで格式張る必要は無いぞ?」
「そうですか、では、気軽に致しましょうか。みな、下がるがよい」
レッドクイーンの指示に従い、周囲の近衛たちが消えていなくなった。
一斉に【空間転移】されると、ちょっとビックリしてしまう。
「ふぅ、お久しぶりだね、レッドクイーンとフリューネクスちゃん」
リンがさっそく砕けた調子でしゃべり始めた。
「うん、おひさま……」
フリューネクスが玉座を降りてこちらに小走りで寄ってくる。
「モナカも、おひさまー」
「うん、お久だね」
そのまま抱き付いてくるフリューネクス。
再開したときも懐いてくれるかなと思ってたけど、杞憂だったみたい。
「お久しぶりねー」
アリスがフリューネクスの頭を撫でてきた。
「アリス、おひさまー」
おひさまがフリューネクスの中では流行りなのかな?
エシュリーが無言で、わたしの二の腕を掴んできた。
「どした? 抱いて欲しいの?」
「モナカが抱いて欲しいって!? なんて大胆な……」
「アリス、その振りはいいから……」
「いや……特に理由は無いが……」
エシュリーは目を逸らしながら言ってくるが、手は離さないままだ。
「モナカはいつも人気者だねー」
今度はリンがわたしの背中に抱き付いてきた。
「やめれー」
「わ、わたしも抱き付かねばならないのか?」
「レッドクイーンはいいから!」
この日から、湿原の国の本格的な観光が始まるのであった。




