第七十三話 海だ! ジャングルだ!
スピーダーは南西へと突き進む。
外には視界の彼方まで、緑豊かで起伏の乏しい平野が広がっていた。
まさに大陸の風景って感じだ。
「モナカ、モナカ、海が見えて来たよ!」
アリスの声に、視線を右手に向けると、はるか遠くにさざ波のある青い色が、うっすらと見えていた。
「おおー、海だー。エシュリー、海だよー」
前の席に一人で座ってるエシュリーに伝える。
「うあ……どこー?」
声が眠ってる。
「目を覚ませー、右手側だよー」
「どれどれー?」
エシュリーが顔をみっちりと窓に張り付けた。
「遠くの方に、うっすらと見えてるじゃん」
「おおー、……って、まだちょっとしか見えないね」
ちょっとだけでは物足りなくて興味を無くしたのか、エシュリーはそのまま寝転んでしまった。
「リンー、次の街って港町だっけ?」
「そう、港町キュオリス。海産物が豊富に取れて有名だよー」
海産物!?
「お米の上に海産物を乗せる料理とかあるのかなー?」
「魚介と一緒に米を煮て、トマトを加えたのならあるよー」
「……パエリアか……まあ、いいか」
この国には醤油が無いのだから、海鮮丼はやっぱり無理か。
まあ、米が食えるだけ良しとしよう。
港町では、大いに海の幸を楽しんだ。
パエリアはもとより、巨大なエビを丸ごと焼いたのや、貝類の酒蒸しも食いまくった。
そして――
「海だー!」
近くの海水浴場に来た。
海で遊ぶとか何年ぶりだろう。
水着は近くのお店で調達してきた。
「おおおおおおおーっ!」
めっちゃハイテンションなエシュリーが海へ突撃していく。
エシュリーが着ているのはミント色の水着で、腰にパレオのように大き目のフリルが付いているのが可愛い。
「エシュリー、溺れないように注意しなよー!」
「大丈夫だー!」
そのまま頭から飛び込んでいった。
もの凄く心配だ。
「モナカ、リン、わたしたちも行きましょう!」
アリスも走って海へと向かう。
アリスは黒のビキニタイプだ。
黒色が肌の白さを際立たせていて、エロいもとい可愛い。
「うーん、海とか二年ぶりくらいかなー」
リンは何やらデカいイルカのフロートを持ってきていた。
やる気満々だな。
リンは、フリルが多くついている赤の水着を着ている。これもなかなかに可愛らしい。
ちなみにわたしは、白を基調とした青い花柄の水着である。
水着を買うときって、極端な差が無い分、微妙なカラーや柄の違いが気になって、めっちゃ迷うんだよな。
迷った挙句、最初は候補として挙げて無かった奴を買ってしまう。
そんで、他の子の水着見て、こっちの方が良かったなーと思ってしまったり。
「どしたの? わたしを見て」
「あ、いやいやいや、リンの水着似合ってるなーって」
「ありがと! モナカも可愛いよ」
「あ、ありがとう」
真正面からストレートに言われるのはちょっと恥ずかしいな。
けど、これでいいんだなって安心できる。リンに感謝だ。
海に入ると、何故か水の掛け合いとかしちゃう。ちょっと口に入って、しょっぱい思いまでするのがデフォだ。
サンオイルを塗って砂浜で日焼け――なんて高尚なことはしない。
リンのイルカに便乗して乗ったり、無駄に抱き付いたり、日が暮れるまで遊びまくった。
中継地点として寄った街だったけど、とっても面白かった!
翌朝、朝ごはんを済ませたら、早速スピーダーに乗り込んだ。
国境までは、あと二日ほどの距離があるけど、ここから南には軍事基地が一つあるだけで、街などは無い。
有翼人の襲撃を恐れて、人がいなくなったゴーストタウンが、転々とあるだけだ。
今回、軍事基地にもゴーストタウンにも寄る気はない。
当面は野宿だな。
テルトはいなくなっちゃったけど、今はわたしもエシュリーも魔法が使える。
石の簡易ゴーレムをかまど代わりにして、野外バーベキューや鍋料理などを作った。
鍋料理は、北の国でよく食べた、キノコとジャガイモのポタージュだ。
「ニャンコ、元気にやってるかなー」
シチューを飲んでてふと思う。
「大変そうだけど、ちゃんとご飯食べてるかな」
リンも同じくシチューを飲みながら、そうつぶやく。
「なんだ、お前たち忘れたのか?」
「うん? なんかあったっけ?」
エシュリーに質問を返す。
「キルシュが出発前に言っていたでは無いか。一月後に連合国会議が開かれると」
「そうだっけ?」
「あんまキルシュの話し聞いてないよねー」
リンと顔を見合わせてしまう。
「元北の国の代表で、ナンバー〇〇一やニャンコ、イルミナルとか来るわよ」
「おお、アリス詳しいね」
「えっへん! もっと褒めていいのよー」
「すぐに再開できるね」
「リン、それだけじゃあないわよ」
「他にも何かあるの?」
「あなたのお師匠様も、妖精国の代表の一人として来るみたいよ。名簿に名前があったわ」
「えええっ!? あの人来るの!?」
なんだろう、リンの微妙な表現は?
会ってみたいような、会わない方がいいような……
しかし、ニャンコに会えるのはいいけど、会議かー出なきゃいけないかな? 秘書官だもんなー。
首都を出て三日目、ついに国境線に差し掛かった。
「何度見ても圧巻だよねー」
目の前に広がる赤紫に輝く巨大な壁に圧倒される。
「いよいよ湿原の国よね」
「元湿原の国だぞ。今はエシュリーンだ」
エシュリーが、アリスの言葉を細かく訂正してくる。
「なんか、ドキドキしてくるね」
リンが、今まで国境線を越える時に行ったことのないことを言ってくる。
「そうなの? 今までも何度も国境線を越えてるでしょ?」
「いや、この先に有翼人の国があると思うと、ちょっと緊張しちゃう」
そーいうもんなのかな?
「リン、国境線前で止まってくれ」
「どしたのエシュリー。おトイレ?」
「違うわ! 女神さまはおトイレには行かない」
前にも言ってたな、ちょっと残念である。
エシュリーの指示通り、赤紫に輝く壁の前で停止する。
「この先は、事前に確認しないといけないからな」
「確認?」
エシュリーがスピーダーから降りるので、それに付いて行く。
「地面を見ると分かるが、道が無いだろう?」
足元を見ると、いつの間にか街道が無くなっていることに気付いた。
「出発前に行ったが、向こうの国に街道が無い。つまり整備されていないのだ」
エシュリーは、そのまま国境線を抜けようとして――そこで何かにぶち当たっていた。
「丁度ここにあったみたいだ」
「何が?」
わたしも国境線に手を入れてみる。
そのまま抵抗も無く入れてしまった。
「あれ? 普通に抜けれ――うわっ!」
出た先は、鬱蒼と木が生い茂る、森……というかジャングルだった。
足元にも草が茂っており、巨大なシダ系の植物も生えている。
地面は少しぬかるんでいた。
国境線と隣接している木もあって、どうやらエシュリーはそれに当たっていたようだ。
「すっごい場所ね……」
後から入ってきたアリスが、茫然となって周囲を見ていた。
「うーん、普通にスピーダーで侵入していたら、木に激突してたね」
リンもわたしの横にやってくる。
「スピーダーだと、これ以上は進めないのかな?」
リンにそう問いかけた瞬間、後ろから大きな裂ける音が聞こえた。
振り返ると、根本が裂けた木が、上空を飛んでいった。
「ふー、なんとか国境線を抜けられた」
「ちょっと左右にズレればいいのに、木を引き裂いてきたの?」
「うむ!」
まったく、神の力の無駄遣いである。
「こっち側の状況は分かったし――みんな、スピーダーに乗って!」
リンがそう促した。
「これ、無理でしょ?」
両腕を開いて、周囲のジャングルを見る。
「今回付けた新装備で行けるよ!」
リンはとっとと国境線を抜けて戻ってしまう。
「新装備って……なに?」
「いや、わたしも分かんない」
リンと一緒に首を傾げた。
「行っくよー!」
スピーダーが再び始動。
そのまま前方に――結構なスピードで発進した。
「これ!? ぶつからない!?」
「大丈夫! エネルギーフィールド展開!」
リンが何かのボタンを押す。
するとスピーダーの前方に、薄く赤い膜が発生した。
そのまま国境線を通過。
衝撃は無かった。
前方の膜に触れた木々が次々に蒸発して消えていくのだ。
残った煙をかき分けて、そのままどんどん突き進んでいく。
「なにそれ!?」
「エネルギーフィールド――超高温で前方の障害物を溶かす装置だよ」
「溶かすっていうか……蒸発してる、よね……」
次々に蒸発させて進んでいく様子を見て、これ、いいのかなと、ちょっと不安になってしまう。
「前方を覆うエネルギーのカサの内部温度は、二千度を軽く越えてるからね」
「あぶなっ!?」
「これで、どんな地形でもスイスイ行けるよー!」
リンがすっごく楽しそうで何より……
「環境破壊は程々にねー!」




