第七十二話 おトイレ事情
ヘレナさんへ了解の旨を伝えるため、うちの執事を向かわせた。
キルシュは、旅行期間の予定調整のため、王城へ行ってもらっている。
キルシュはお仕事があるため、お留守番してもらう。仕事を全部押し付けたとも言うけど。
「モナカとの二回目の旅行だよねー」
アリスが嬉しそうに、姿見の前で着替えている。
持って行く服を見てもらいたいからと、わたしの部屋に大量に持ちこんできて、ファッションショーを始めているのだ。
「今回は気楽な旅になりそうだよねー」
「うむ、南の湿原はわたしの国エシュリーンだし、その南の蒸気機関の国は招待している当人だからな」
アリスがうちの部屋に来たのを知ったエシュリーが、わたしもと言って、部屋に入り込んで来ていたりする。
ただ、荷造りするわけでなく、わたしのベッドに寝転がって、わたしと一緒にアリスのファッションショーを見ているだけなんだけど。
なおリンは、スピーダーの改造をしたいと言って、ガレージに籠っている。
首都にいる他の魔法技師を何人か連れて来ていて、大改造するみたいだ。
「蒸気機関の国は想像付くけど――」
産業革命時のイギリスみたいな感じだろうと思う。
もしくは、シャーロックホームズとか八十日間世界一周とかの世界観だろう。
「湿原の国って、どんなところなの?」
「わたしも、有翼人がいるって以外は知らないなー。ねえ、女神様?」
アリスは下着姿のまま、こっちにやってきて、ベッドの端に上体を預けた。
「アリス、何でもいいから着ときなよー」
白地のストライプスカートと、紺のシャツを拾って渡す。
「ありがと」
「ふむ、行ってからの楽しみというのではダメか?」
エシュリーが意地悪な笑みを浮かべている。
言っちゃったらつまんないぞと言いたげだ。
「うーん、それなら聞かないでおこうかな」
「モナカがいいなら、いいわ」
素早く服を着たアリスが、ベッドに寝転んだ。
生地がいいから、シワにはなり難いだろうけど……
「ただ、先に言っておくべきは、有翼人は人間と違うからな」
北国で見た姿を思い出す。
「羽が生えていたよね」
「つまり彼女らは、地上を歩かない」
アリスが何やらハッとした表情を浮かべる。
「それって、道が無いってこと?」
「そうだ。さらに有翼人は毒や病気が効かないし、寿命も無いから医者もおらん。それに寝ないし食べないから、ホテルもレストランも無いというか、寝具とか食料とかいう概念が無い」
無い無いづくしだな。
スピーダーでの移動とか、大丈夫か?
「あ、モナカ、寝袋とか食料の持参も必要かもしれないけど、他に大変なことに気付いたんだけど……」
アリスが顔を赤くして、言い淀んだ。
んん?
「どんな?」
「おトイレ……」
「え……」
「確かに、やつらに生理現象は起こらないからな。街には無いだろう」
「ええーっ!?」
野外用のトイレはすでにあるけど……街中ではどうしよう……
あれを持って街中を練り歩きたくない。
「神様や超美少女は、おトイレ行くの?」
「……わたしは行く」
「神様はトイレに行かないのだ!」
エシュリーがドヤ顔で答える。
そういえば、エシュリーって口からは出したけど、トイレには行かないな。
なんと……
「エシュリー、幼女はおしっこ我慢とかしないと、萌えが足りないよ?」
「なんの話しをしているか!?」
「え!? モナカって、そういう趣味が……」
「ああっ! アリス、引かないでー!」
しかし、おトイレはどうしよう。
携帯トイレって、売ってるのかな? いや、売っててもそれは最終手段だよな?
「モナカ、リンに作ってもらいましょう」
「そだね、防音消臭効果付きで小さくなるのを」
「リンー、ちょっとお願いがあるんだけどー」
外のガレージに来てみた。
中から何人もの声が聞こえてくる。工事現場みたいな大音響も周囲に響く。
あのスピーダーの、どこをどう大改造する気なんだ?
リンが顔を出してこない。大音響で聞こえていないのだろう。
「リン? 聞こえてる?」
ガレージの中を覗いてみる。
「何してるん!?」
「おや、モナカいらっしゃい」
リンがやっと気付いてくれて、こちらへと来る。
いつもながら、魔法少女姿に厚手の工作用エプロンとゴーグルというファッションの違和感がハンパない。
なお、他に五人の女性魔法技師が作業しているけど、そちらは普通の作業着である。念のため補足。
「ああ、リン、えっと……これは何してるの?」
改めて、視界に入るそれの説明を促す。
「えっと、スピーダー?」
「そう、それ――どっかに戦争仕掛けに行くの?」
わたしの目に映ってるスピーダーは――武装していた。
屋根に巨大なブラスターが一門。
両側側面後方に、多連装ロケット砲。
フロントの下にも、横一列に並ぶ赤い輝きが見えるが、それは何なのか分からない。
「大丈夫、今は全部出てるけど、武装は収納できるから通常時は普通の乗り物に見えるから」
リンはとても楽しそうだ。笑顔が輝いている。
「いや、見た目の心配じゃなくて、なんで武装追加してるのかなと」
「リンさーん、前方のバルカン砲の開放収納試験しますねー」
作業しているお姉さんから、確認の声が飛んで来た。
「おねがーい」
フロントの一部が開いて、バルカン砲が左右に各一門ずつ出てきた。
「まだ見えていない武装があったのか……」
「そーそー。ミサイルだけじゃあ火力不足だから」
何を基準に不足なんだろう……
「それで? なんで武装しているの?」
さっきの質問を再び投げかけてみる。
「前回の旅行で学んだんだ」
「うん?」
「本格的な戦闘時、スピーダーが戦力にならないって」
「はあ……」
わたしはこれでも一般人のつもりである。
傭兵じゃあないんだから、乗り物に戦闘能力を求めていない。
「まあ、気休めなんだけどね」
「気休めなのか? 下手な戦車より強そうだけど……」
「今度、妖精国から神器のかけらを貰えることになったんだ」
「神器のかけら?」
「これ」
リンが指さしたのは、ロッドの先端に輝く宝石。
「神器なんだ、それ」
「そう。超高出力の魔力石なんだよ。これを動力にした光学兵器を乗せたいんだよねー」
「そーなんだー」
この乗り物、もとは遊覧用のトラックなんだけどなー。
いつの間にか変形戦闘車両になっちゃって……
「そーだ! リン、話しがあったのよ!」
「なあに?」
「トイレについてなんだけど」
「えっ! 行きたいの?」
リンがわたしの手を引っ張って行こうとするから、振りほどく。
「違うわー! 作って欲しいの」
「どうしたの? 野外用のトイレもお風呂も作ってあるじゃない」
「湿原の国の街には、食べるところも無ければ、ベッドも、トイレも、無いんだって」
「ええーっ!? それは街中まで持って行けるモノを作らないといけないね……」
集まっている人たちにも事情を話し、トイレと、携帯ベッドとお風呂まで作ってもらうことになった。
男性がいなくて良かった。いたら恥ずかしくてお願いなんてできなかったよ。
「さあ、行くわよ!」
アリスの号令に、リンがスピーダーのエンジンを始動させる。
車体が浮かび上がるのが感じられた。
なお、武装はしまってある。
今日は快晴、旅行日和だ。
今回は四人での旅行になる。
ヘレナさんは、船で先に国へ戻ると言っていた。
向こうでまた再開するだろう。
「いっくよー」
スピーダーが発進する。
街中ではゆっくりと、城門を出てから段々と加速していく。
順調に行けば、三日後に国境線に差し掛かるだろう。
事前情報だと、湿原の国は、不自由だとしか分かっていない。
けど、エシュリーの口ぶりから、今まで行った国とはまったく違うようだ。
どんな国なんだろう? 今から楽しみだ。




