第七十一話 蒸気機関の国からの招待
この国で女性同士の結婚が合法化された。
その日からアリスは、わたしたちの屋敷に居候し始めた。
いや、使用人等この屋敷の維持費は国持ちだから、居候と言えるのかな?
「モナカー、フィナンシェ焼いたよー」
「ありがとー」
フィナンシェを盛ったお皿が、わたしの前へ置かれる。
アリスはそのままわたしの横に座った。
エシュリーがフィナンシェを一つつまむ。
「うむ、生地はしっとりしてて、甘みが少し強く、とってもうまい」
「ありがとー! ささ、モナカとリンも食べて!」
「ありがと、もらうねー」
リンは素早く一個、口に運んだ。
「うん、いける」
「でしょー。料理作りは、この四人の中で一番かも!」
確かに、アリスの作るお菓子は美味しい。
ただ、しょっちゅう作るもんだから、わたしやエシュリーみたく人間やめてるならともかく、アリスとリンが太らないか心配しちゃう。
「わたしも、もらうね」
手を伸ばしたら、アリスが手を伸ばしてガードしてきた。
「どしたの?」
「えっとね……」
アリスがフィナンシェを一つ口にくわえ、こちらに向けてきた。
「はえ、はえへ」
食べて、と言ったらしい。
さすがに口移しは恥ずかしいんだけど……
じっとしてても、アリスが諦めそうにないので、向けられた端に口を付ける。そのとたん、アリスが食べ始めた!?
急いでかみ切る!
アリスが名残惜しそうな顔をしながら、残った部分を食べた。
「……残念」
「いや、これはさすがに恥ずかしいって」
エシュリーとリンは、この一連の流れに対し、まったくノーリアクションである。
慣れというものであろう。
「リンとか、まるでノーリアクションだねー」
「なになに? やきもち焼いて欲しかった?」
リンがニヤニヤ笑っている。
「いや、そーいう訳じゃあないけど……」
「リンよ、モナカは恥ずかしがって見てくれるのを、期待しているんだぞ」
「わたしは変態さんか!?」
そんな平穏な午後のひと時に、キルシュがお城から戻ってきた。
「おかえりーキルシュ。お城でのお仕事は終わったの?」
「終わったの? じゃあありません! ぜーんぶわたしに投げてきて。少しはリンも手伝いなさいよ」
「わたしは秘書じゃあないし」
リンがこちらに振り向いた。
とっさに視線を逸らす。
「モナカさんは秘書官でしたっけ?」
「エシュリーの秘書官は、いろいろと忙しいのです」
キルシュの追求から逃れたい!
「そーだよねー。キルシュ、モナカはわたしの作ったお菓子を食べたり、エシュリーとお昼寝したり、とっても忙しいのよ」
アリスの発言は、ボケなのか本気なのか、いまいちわからん。
エシュリーは、無言でうなずいている。一緒にお昼寝するのは大切なことだと、言いたいのだろうか?
「はあ……」
権力に弱いキルシュさん。
アリスには反論できないようで、曖昧な返事しか返せていない。
「ああ、そうでした、今日はお客様をお連れしたんですわ」
「お客様?」
「誰なん?」
エシュリーがキルシュに問いかける。
「大陸最南端の国、蒸気機関の国の方ですわ。――どうぞ、入って来て下さい」
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、一人の女性だった。
わたしよりは年上、おそらくキルシュさんくらいの年代で十八歳前後だろう。
赤い色をしたおかっぱヘアで、瞳もキレイな赤い色。
スラリとした長身で、メリハリのある体型をしている。
白のワイシャツに、皮のコルセットとショートパンツ。そこから伸びるスラリとした長い足に、黒革のブーツを履いていた。
いわゆる、スチームパンクの衣装である。
「女神エシュリー、アリス王女、そしてモナカさんとリンさんでしたか――お初にお目にかかります、蒸気機関の国の外交官、ヘレナと申します。以降、お見知りおきを」
ヘレナさんは優雅に会釈した。高身長の美人さんがやると、とてもカッコイイな。
「はるばるよく来たな。いかにも、わたしが女神エシュリーだ。まあ、まずは座るがよい」
エシュリーは、ヘレンさんにわたしの対面のソファーを勧める。
座っていたリンが、慌てて、わたしのソファーに移動してきた。
こちらにはわたしと、アリス、リンが並んだ。
対面には、ヘレナとキルシュが座る。
エシュリーはお誕生日席というか、一人掛けのソファーをいつものように陣取っていた。
「初めましてヘレナさん。アリス・ファルプス・ゲイルです。父にはお会いになられましたか?」
「はい、こちらに来る前に王城に尋ねまして、いくつかの要件を済ませてきたもので」
キルシュは気を利かせ、近くのメイドに、お茶と茶菓子を出すよう指示していた。
うちのメイドなんだけど、わたしは全然使いこなせないんだよな。なんか恐縮しちゃって。
「リンです。ようこそファルプス・ゲイルへ! この国のステーキは最高ですよ!」
「そうなんですか、後日頂いてみますね」
気付いたが、ヘレナさんは、腰にホルスターと大き目の銃を携帯している。
そしてアクセサリーなのか左右に二本ずつ、金属の缶をぶら下げていた。
「リンさんは、妖精国で魔法技師の鍛錬を積まれていたとお聞きしましたが」
「おお! 詳しいんですね。そうです、向こうに行って勉強して来たんですよ」
リンは、ちょっと照れてるけど、嬉しそうだ。
妖精国って、可愛らしい印象があるから、一度行ってみたいんだよな。
「みなさんは、今や世界的にも有名人ですからね」
「そうなんですか? ――あ、栗入モナカといいます」
「存じ上げております。なんでも、超美少女であるとか……」
まじまじと顔を見られる。
美人さんにじっくり見られるのは、なんかプレッシャーを感じるな。髪とか、変だったりしないよな?
「たしかに、とっても可愛いらしいお顔ですね」
アリスが突然抱き付いてくる。
「確かにモナカは可愛いけど、あげませんよ」
「まあ、先約があったんですね。それは残念」
ヘレンさんはアリスの態度を、本気と受け取ったのか、冗談と受け取ったのか、微笑を浮かべて応対する。
「ああ、先ほどの質問の答えですが、あの悪名高い有翼人の国を制圧し、北国と共に治めてしまったということで、モナカさんたちは一躍、時の人となったんですよ」
「そうなんですか、実感わかないなー」
「それで、新興国家エシュリーンの建国に関わりました、英雄の方々とお近付きになりたく、我が国へご招待しようと、本日来た次第でございます」
「おお、国を挙げての招待なのか?」
「はい、女神エシュリー。神や姫君などの重鎮であるみなさま方にご満足いただけるよう、国として歓迎したい所存です」
「国を挙げて招待って、どうなるの?」
超VIP待遇ということか。めちゃくちゃ気になる。
このタイミングで、メイドたちがお茶を持ってきた。
ちょっと乾いてきた喉を潤すため、すぐに口を付ける。わたしは砂糖もミルクも入れない派なので、ストレートで問題無い。
他のみんなは砂糖を入れていた。エシュリーなんか、そこに大量のミルクを流し込んでいる。めっちゃ濃厚そうだ。
「失礼」
ヘレナさんは、紅茶を一口飲んでから、説明を始めた。
「国内では、わたしが専属のガイドとして付き添います。宿泊場所や、レストランはこちらで最高のモノをご用意させて頂きます。王城では、晩さん会を開き、国の重鎮たち一同で、みなさまをお迎えする予定でございます」
「観光って感じで行っちゃってもいいの?」
「はい! 我が国の素晴らしさを体験頂きたいので、ぜひ観光として訪れて頂きたい」
「どうする?」
「わたしも、行ったこと無いし、蒸気機関とか興味があるね」
リンは職人らしい意見だ。
「うむ、歓迎されるのはやぶさかではないぞ」
「そんなにすぐに結論出さなくてもいいんじゃない? ヘレナさん、何日ぐらいこの街に滞在していますか?」
「所要は済んでおりますので、みなさんのご返答を頂けるまでは、滞在する予定です」
ヘレナさんは、滞在先のホテルの場所を教えてくれた。
「では、決まりましたら、使いの者を寄越しますわ」
「はい、良いお返事をお待ちしております」
紅茶を飲み干し、ヘレナさんは帰られた。
「みんな、ヘレナさんが招待しに来た理由、分かる?」
アリスが聞いてきた?
「女神である、わたしに会いたいわけだな」
「うーん、それもあるだろうけど……」
「よく分かんないなー」
なんだろう?
「コネ作りじゃない?」
「リン、正解!」
「リンも、ちょっとは頭を使うようになったのね」
「キルシュ、前からわたしは頭使ってるよ」
「……そういうことに、しておくわ」
キルシュさんが、こめかみに指を当てている。
いろいろと思うところがあるのだろう。
「モナカ、エシュリー、わたしたちは、エシュリーンという大国を作っちゃったわけよ」
「うむ、最高の国だな」
最高も何も、出来たばっかで、今は混乱期であるが。
「そこがファルプス・ゲイルと同盟を結んでいるわけ」
確か、ファルプス・ゲイルがこの世界で最大の面積を誇る国だったかな?
「ファルプス・ゲイルは、他の国とも同盟を結んでいるの。西の妖精国と元湿原の国を挟んで最南端にある蒸気機関の国よ」
アリスが、そこまでの話しを理解したか確認するように、わたしたち一人一人に視線を向けていく。
「ファルプス・ゲイルはわたしたちの国、エシュリーンは同盟最大国でエシュリーの国、妖精国はわたしは直接交流無いけど、リンが修行していた国で知人もいる。つまり、蒸気機関の国は、わたしたちと交流の無い唯一の国なのよ」
「最大国家のエシュリーンの主神と接点が無い唯一の国というのは、今後の交渉で不利な立場に立たされるでしょうね」
キルシュが説明を補足する。
「早い話、わたしたちと仲良しになりたいのね?」
「モナカ正解! ご褒美にキスしちゃう!」
口にされるかと思って身構えたら、ほっぺたにされた。ちょっと拍子抜けだ。
「なあに? お口にして欲しかったの?」
「いやいやいや、大丈夫だから!?」
アリスが笑っている。からかわれたのだろう。
うーん、わたしって手玉に取られやすいな。
「えっと、アリス姫って、いつもあのような感じですの?」
「いつもあのような感じだよ」
キルシュとリンが何やら話しているが、リン、変な印象をキルシュに与えて無いか?
「アリス、蒸気機関の国と仲良くするのって、まずいのかな?」
リンがアリスに質問を投げかける。
「うーん、ファルプス・ゲイルとしては、親睦深められない方が、有利なんだけど、公正さで言えば仲良くなった方がいいかもね」
「もう、難しいこと考えないで、遊びに行っちゃえばいいじゃん」
「うむ、わたしの偉大さを知らしめるのにもいい機会だ」
「うーん……」
アリスがちょっと悩んでいるよう。
「そうね、楽しむために行っちゃいましょうか!」
とりあえず楽しもうという結論になったようだ。
「ここからスピーダーで蒸気機関の国に行く場合、湿原の国を通るよね」
リンが何か思い立ったようだ。
「元湿原の国だけどね」
「うむ、今はエシュリーンだ。大事な名前だぞ」
「うん、そこ。どうせなら、そこも見てみない? 有翼人の生活とか、見たこと無くて興味あるし」
「湿原の国かー。フリューネクス、元気かな?」
北の国で会った幼女を思い出す。
可愛かったな、また会いたい。
「モナカ、浮気しちゃあダメだからね!」
「いやいや、さすがにあんな小さい子を、恋人にとか考えないから」
「そう? モナカって、小さい子好きじゃない。エシュリーとか」
「モナカ、そうなのか!? いい恋人になれるように、わたしガンバる」
「がんばるな!」




