第六十三話 巨大な幼女神さま
全高三百メートルのイルミナル。
全身が淡い輝きに包まれている。
その光から延びる雷によって、無数の光文字の破片が、空中につなぎ留められていた。
それを迎え撃つのは、残った天使たちを引き連れた黄金の軍艦と、バーゼルの宇宙戦艦。
両艦は、イルミナルを前後から挟み込むように、待機している。
「さて……」
上空の様子を見ていたエシュリーが口を開く。
「ちょっと距離を空けておこう。ここは近過ぎる」
「そーだねー、巻き込まれたら大変だ」
特にアリスやニャンコはたまらないだろう。
「【次元の扉】」
テルトの開けてくれた次元の裂け目から、みんなで街の外れまで退避する。
高い建物が無いので、離れていても三者の様子が良く見える。
「始まった!」
興奮している様子のリン。
優しさなのか、それとも一緒になって興奮してもらいたいためか、フレイアさんを抱き上げている。
フレイアさんは何も言わないけど、案外この二人、仲いいのかな?
今までと変わらず、一斉砲撃を仕掛ける二つの船。
イルミナルは、文字盤を素早く動かし、それらをすべて防ぎきる。
イルミナルが黄金の軍艦に向け、手をかざすと、船が魔力の輝きに包まれた。たぶん魔法攻撃だろう。
バーゼルの宇宙戦艦がインパルス砲を放つ。
文字盤を吹き飛ばし、イルミナルに直撃。その巨体がわずかに揺れた。
その気を逃すまいと、黄金の軍艦からも砲撃。イルミナルは全部は防ぎれなかったか、攻撃を受けている。
「エシュリー、あれって、どっちが勝つのかな?」
「神器と神の一騎打ちなら、神の方が上だ。だが、バーゼルの宇宙戦艦が神器並みの能力だからな。二対一では神の方が旗色が悪いだろう」
見ていると、バーゼルの宇宙戦艦が巨大な火柱に包まれていた。
イルミナルの魔法攻撃、激しいな。地上まで炎に包まれていたから、あの辺の建物は大変なことになってるだろう。
「ねえ、エシュリーがとどめを刺すって、どうやるの?」
テルトが聞いてきた。
「うーん、エシュリーが殴っても、どーにもならないよねー」
「なにおう! ゴッドパーンチ!」
エシュリーの拳を、手の平で受けてみる。
ぺちょんって、小さな音が鳴った。
「猫さんのパンチ力よりは上かな?」
「あう」
これじゃあ瀕死の神様相手にしたって、倒せないだろう。
「武器持たせたら?」
「そっか、リンの言う通りだね。はい、これ持って」
エシュリーにわたしの剣を渡す。
渡した瞬間、剣先が地面に当たった。
エシュリーは必死な形相だけど、持ち上がってない……
「お、重い……」
「非力か!?」
うーん、どうしようか……
「エシュリー、これ持ってみて」
アリスが差し出したのは、アリスの愛剣のサーベルである。
「わたしの剣と大きさそんなに変わらないし、ダメじゃない?」
「そーでもないのよ、これが」
エシュリーが恐る恐る剣を受け取る。
すると、刀身が縮んだ。
「このサーベルは、持ち主の筋力に合わせて、刀身の長さを変えてくれるの」
「おお! アリスの剣にそんな能力が!」
誰でも使える万能武器か。便利だね。
「それって、特別な剣なの?」
リンが興味深げに聞く。
「うん、うちの国の宝剣なのだ」
それ、旅に持ち出してきて良かったのかな?
まあ、良かったんだろうけど……
「うむ、これなら振るえるぞ」
片手で剣を掲げるエシュリーが、誇らしげである。
剣は、サーベルからショートソードに変わっちゃったけどね。
「まあ、ナイフにならなくて良かった良かった」
「文句があるなら聞こうじゃあないか」
「言っていいの?」
「ごめんなさい」
分かればよろしい。
「なんか、ヤバそうなの出たよ」
テルトが言ってきたので漫才をやめる。
戦場を見ると、バーゼルの宇宙戦艦が、変形し始めていた。
「ロボットにでもなるのかな?」
「なにそれ?」
「えーと、よくある展開?」
ロマン的な何かというか……
だが、宇宙戦艦が変形した姿は、期待した通りの巨大ロボットではなく、巨大な砲座だった。
「あれは、わたしを討ったインパルス砲そっくりだな」
エシュリーが驚く。
「あれ、神様ヤバいかな?」
「なんとか耐えられると思うが――」
巨大インパルス砲から、巨大な熱線が噴き出した!
イルミナルを完全に飲み込めるほどの大きさである。
文字盤で防げる面積ではない。
イルミナルと、その後方にいた黄金の戦艦をまとめて焼き払う。
「倒れた!?」
イルミナルの巨体が、大地へ沈んでいく。
最後のあがきとでも言うように、イルミナルが放った魔力球は、黄金の軍船と宇宙戦艦を直撃。
黄金の船は、あちこちから火を噴きながら、イルミナルの元へと落下していく。
バーゼルの宇宙戦艦は、火を噴いてはいるが、まだ墜落していない。
「エシュリー! モナカ! 今よ!」
アリスの叫びに応え、エシュリーを抱え上げる。
「行くね!」
「がんばってー!」
みんなの声援を受け、【空間転移】でイルミナルの元へ。
まだ健在のバーゼルの宇宙戦艦から無数のレーザー砲が放たれてくるが、エシュリーでガード!
「おい!」
エシュリーの抗議は無視!
「いっくわよー!」
エシュリーを抱えたまま、【飛翔】で飛び込む!
狙うはイルミナルの心臓!
バーゼルのインパルス砲が再度攻撃準備に入った。
「イルミナルの力、貴様らにはわたさーん!」
エシュリーの叫び声と共に、ショートソードの剣先がイルミナルへとめり込む!
「うぬ、まだ浅いか!?」
身長三百メートルの巨人に、ショートソードじゃダメか。
モタモタしてると、インパルス砲の第二撃が来ちゃう!
「モナカ!」
エシュリーが目で合図してきた。
「いいの?」
「やれ!」
エシュリーは覚悟出来ているようだ。
ならば!
「【魔法球】!」
エシュリーの背中に着弾! ちょっとめり込んだ!
エシュリーごと、イルミナルに押し込む!
「【魔法球】!【魔法球】!【魔法球】!……」
ありったけの魔力をぶち込んでやる!
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ……」
イルミナルから、高音域の悲鳴が響き渡った。
周囲が真っ白な光に包まれる。
インパルス砲の直撃受けちゃったかな? 一瞬、そう思ってしまったほどの光量だ。
光が収まった。
大地――いや、乗っていたイルミナルの体が震える。
「うわわぁぁっ!」
落ちそうになったので飛んで脱出。
エシュリーの感触が見当たらなかったので、後で探さないと。
すぐそばで大爆発が起こった。
「なに!?」
爆炎で周囲が覆われたため、状況把握が出来ない。
恐らく、大口径インパルス砲の砲撃と、何かが衝突したための爆発だろう。
「よくやったぞモナカ! 大成功だ!」
エシュリーの声が、大音響で響いた。
「エシュリー? どこ!?」
周りにエシュリーの姿は見えない。
「ここだ!」
突然、イルミナルに掴まれた。
「うわぁ!」
そのままイルミナルの顔の高さまで持ち上げられる。
「じゃーん!」
そこには、でっかいエシュリーの顔が――
「なに、それ?」
見た瞬間、緊張感が完全に霧散してしまった。
イルミナルと思っていたのは、巨大エシュリーだったのである。
「黄金の軍艦を吸収したイルミナルを、わたしが吸収したおかげで、神の体に戻れたのだー!」
「うあー、ありがたみ無いわー」
エシュリーをただデカくしただけの姿だ。
正直、ギャグにしか思えない。
「あっと、さっきの、エシュリーがインパルス砲を防いでくれたの?」
「いいや、アレが弾いたんだろう」
「アレ?」
周囲の光景をよく見てみると、いろいろと大変なことになっていた。
街中が被弾してて破壊されている。
今まで人影なんて殆どなかった街の中に、大勢の人影、それに巨人とかいろんな怪物とか……あ、天使やバーゼルの戦闘機までいる!
「イルミナルが消えた瞬間、今まで吸収していたもの全部が、弾け出たんだろう。その衝撃がインパルス砲を弾き返したんだと思う」
「そっかー」
地上の後始末、めっちゃくちゃ大変そうだ……
「さて、モナカ。あとは、アレだ」
「あー、あれかー」
まだまだ健在のバーゼルの宇宙戦艦。
もうそろそろ退場してもらいたい。
エシュリーが手をかざした。
「【極大爆破】!」
宇宙戦艦が、魔力の奔流に飲み込まれる。
船体が折れ曲がり、火を噴いて落下していった。
「おお! エシュリー、魔法が使えるようになったの!?」
「神様だからな!」
思いっきり偉そうにふんぞり返っている。
この性格、神様の力が無くなったせいかと思ってたけど、元からなんだ。
アホかとも思うが、安心もする。
何も変わってないんだなって。
「エシュリー復活おめでとー!」
「うむ! もっと褒めるがよい!」
「調子に乗るなー!」
軽くほっぺを叩いてやる。
大きさが違い過ぎて、突っ込みがまるで効いてない風なのがくやしい。
「では戻るか」
エシュリーが見る見る小さくなっていく。
それを追って、わたしも地上へと降りていく。
降りたときには、目の前にいつもの大きさのエシュリーがいた。
「やっぱ、エシュリーはこうでないと」
「どういうことだ?」
「小さく無いと、可愛く無いでしょ?」
「そ、そうか……」
神様になっても、照れちゃうのか。
まあ、これがいいんだけどね。




