第六十二話 神対船
イルミナルの周囲を、無数の光の文字が飛び回る。
各本船の砲撃を、天使を、戦闘機を、次々に文字へと変換していっているのだ。
万単位で吸収しているだろうが、まだまだイルミナルには空き容量が十分あるように見える。
天使さんこと有翼人たちの主力は叩いたし、次はバーゼル艦隊を叩く!
有翼人たちの神器である軍艦が、バーゼルのナノマシンに覆われているが、どうなっているのかサッパリ分からないので、とりあえずそっちは放置することにした。
「テルト、景気付けに一発やっちゃって!」
「オーケー! 【炎の嵐】!」
広く展開しているバーゼル艦隊を、巨大な炎の嵐が覆いつくす。
「【炎の嵐】!【炎の嵐】!【炎の嵐】!」
「あれ? テルトさん?」
「【炎の嵐】!」
まさかの五連続。
周囲に展開していた戦闘機が、ことごとく落下していく。
「なんか、わたしたちの獲物、ほとんど無くなっちゃったねぇ」
「えっへん!」
エシュリーみたいにふんぞり返るテルト。恐れ入りました。
しかし、あの連続放火を受けても、まるでダメージが見られないのが、例の宇宙戦艦だ。
テルトもそいつに気付いてか、頭をかいている。
「あの船、めちゃくちゃ硬いね。ほとんどノーダメージだよ」
「うあーめんどくさそー」
さて、どうするか? 梅雨払い終わったし……帰る?
「モナカ、攻撃来るよ!」
リンが言うのと同時、十数条のレーザー砲撃がこちらへ飛んで来た。
レーザー系を止める魔法は無い!
「うぁあ! 被弾した!」
「こっちもー」
自分と、ボロボロのリンに、【全回復】をかけて態勢を立て直す。
「テルトはノーダメージなんだ」
「今のわたしは、魂にダメージを与える攻撃以外、通じないから」
超卑怯である。
科学文明のバーゼルに対して無敵なのでは?
「あれ? あの船前進してない?」
テルトの言う通り、バーゼルの宇宙戦艦が前進を開始していた。
「近付いたら文字にされちゃうのに、何考えてるの?」
「有翼人たちの軍艦も、接近している」
本当だ。
完全にナノマシンに覆われた有翼人たちの軍艦と、バーゼルの宇宙戦艦が、砲撃を続けながら、イルミナルへと近付いて行っているのだ。
軍艦の方は、有翼人たちが、必死でナノマシンを剥がそうとしているが、まるで敵わないみたい。
バーゼルに完全に操られちゃってるよ。
「モナカ、聞こえる?」
突然脳にアリスの声が響いた。
【念話】か。
「聞こえるよー」
声に出して返答する。
「こっちに至急来て! ナンバー〇〇一さんが来てるの!」
うん? ナンバー〇〇一がアリスたちの所になんでいるんだ?
「わかった、リンとテルト連れて行くから」
「どしたの?」
【念話】の聞こえていないリンとテルトが、不思議そうにこちらを見ている。
変に思われたのかな?
「アリスから念話が届いたの。ナンバー〇〇一が来てるから、戻ってきてッて」
「ナンバー〇〇一が? なんだろう?」
「すぐ戻るんだよね。【次元の扉】」
テルトの開けてくれた裂けめに入り、アリスの元へと到着。
「来たよー」
「いきなり現れたからビックリしたわ」
ビックリさせたか。
「お久しぶりです、モナカさん、リンさん、テルトさん」
そこには言われた通り、ナンバー〇〇一がいた。
普通にいるので、なんとなく違和感がある。
街中で見ると、なんというか、神聖さをまったく感じない。
「おひさー。なんでここにいるの? イルミナルの周りにいる信者たちに、加勢に行かないの?」
「正直、神器や無機物の兵器には無力なんですよ。神聖魔法が通じないので」
「そなんだ」
「ナンバー〇〇一がおっしゃられるには、今、大詰めを迎えようとしている、ということです」
「大詰め?」
ニャンコの言葉の意味が良く分からなかった。
今日は、驚くことや分からないことが、とても多い日である。
「わたしからご説明しましょう」
「よろしく」
「イルミナルを何とかする方法は二つ。一つは周囲から信者を完全排除すること。これは、近くにいる信者はイルミナルの力が使えるため、神器を使っても難しいです」
「ふむふむ」
「もう一つは、完全に文字を埋め尽くすこと」
「大詰めってことは、もうすぐ埋まるってこと?」
「そういうことです、モナカさん」
「あれを吸収させて、埋めるってことか?」
エシュリーがバーゼルと有翼人の船を交互に指さした。
「そういうことです」
見ている間に、有翼人の軍艦がまず文字へと変わった。それも数十万数百万という膨大な量である。
それを吸収したイルミナルの表面が、一気に埋まっていく。
「さて、最後です。イルミナルの一番上の文字、最初の文字を埋めるのは、ナンバー〇〇一と呼ばれた、わたしこそ適任と思いませんか?」
ナンバー〇〇一がニコリと微笑み、前へと歩き出した。
「え?」
今日は本当に、訳の分からない日だ。
ナンバー〇〇一が大きく天を仰ぐように腕を広げる。
その体が光の文字となり、イルミナルに吸収されていった。
「ナンバー〇〇一!」
ニャンコが驚きの声を上げた。
バーゼルの宇宙戦艦も、すでに文字として吸収されている。
ついに、イルミナルの表面の文字が埋まったのだ。
ニャンコがその場に泣いてくずおれている。
わたしも、自身の神聖魔法の力が無くなっているのが、実感できた。
「これで、終わりなのかな?」
リンが、不安そうにわたしたちに投げかけた。
「わたしにはサッパリだよ」
「いや、これからが本番だ」
エシュリーがイルミナルをじっと見つめていた。
「イルミナルのエネルギー充填率が百%となった。来るぞ」
エシュリーが静かに吠えた瞬間、イルミナルの外壁が吹き飛んだ。
欠片はこちらに飛んではこない。
中央の光に支えられるように、宙に浮いている。
「何が起きるの?」
「イルミナルの復活だ」
突然、周囲が明るく照らされた。真っ白で何も見えない。
音無く起きたその現象は、すぐに収束する。
「あ、あれが……イルミナル……」
ニャンコが掠れるような声を上げ、祈りを捧げている。
「神様って大きいんだね」
「ああ、あの塔と同じくらいの大きさだからな」
イルミナル周辺の神官たちも驚きの声を上げ、口々にイルミナルを称えていた。
その声を聞いてか、イルミナルが大地の神官たちに笑みをもらす。
簡単に言えば、エシュリーに似た服をまとう、巨大な女性であった。
その顔は、人とは違う美しさがある。ああ、そうそう、仏像のような顔というのかな?
「みんな! またナノマシンが集まっている!」
リンの指さす先、中空に浮かぶ塔の破片から、ナノマシンが抜け出ていき、再度宇宙戦艦を形成していった。
「神と戦う気なの?」
「わたしもバーゼルに討たれた。やつらはいつだって本気だろう」
その様子を見ていると、今度は別の破片から、黄金色の輝きが抜け出ていき、有翼人の軍艦が復活していった。
「神対軍艦&宇宙戦艦ってところかしら?」
「神、または軍艦を倒した国が、その保有国を支配できるのだ」
「そなの?」
「ああ」
「うーん、つまり、エシュリーがアレ全部倒したら、全部エシュリーのモノなの?」
アリスがなんか、凄いことを言い出した。
「う、うむ……」
エシュリー、めっちゃ弱気だ。
「やっちゃえエシュリー!」
「え? え? あの、わたしの国が、エシュリーさんのものに、なるのですか?」
ニャンコ、ちょっと困惑気味だ。
いや気持ちは分かるけど。
「アリス、さすがにあの戦闘に入り込んで全部倒すのは、無理じゃない?」
「いやいやテルト、最初から参加しないで、お互い潰し合って弱ってきたところを、いっちゃうんです!」
「えとー、アリス? 何をいきなりそんなトンデモ発想を……」
「ナンバー〇〇一が言ってたじゃない! モナカとエシュリーに全部ぶっ壊せって」
確かに言われたな。
全部ってあれのことか。あれ、全部壊せるかな?
わたしはエシュリーと顔を見合わせ、笑うしかなかった。




