第五十九話 災厄の日
流氷の流れ着く湾から戻ってからは、わたしたちは首都でダラダラと過ごしていた。
外は寒いので基本はホテルの自室に籠り、たまに食事や街の散策に出かけるのみ。
「うーん、うがー」
「うぎゃー」
エシュリーを抱いたままベッドの上をゴロゴロしていたら、変なうめき声が漏れてきた。
「デスローリングしかけるなー」
「失敬な、ただ抱いたまま回転していただけじゃない」
「うー」
何やら言いたそうだけど、わたしから抜け出る気配はない。
憂い奴である。
「モナカ、なんでエシュリー抱き続けているの?」
「えー? いやなーんもすること無くって、手持ちブタさんなんですよ」
「なにそれ?」
「手持ち無沙汰?」
「そう、それ」
エシュリーが的確に突っ込んでくれた。
さすがに付き合いの年季が違う。
「わたしはクッションではないぞ?」
「ちょうどいい大きさのが無かったんだよー」
エシュリーはふわふわモチモチで、大きなぬいぐるみ感覚なのだ。
「テルトはどう?」
「テルトは、ニャンコが獲っちゃったし」
隣のベッドでは、ニャンコがテルトを抱えて、わたしと同じことをしていた。
リンとアリスは、ベッドのフチに肘掛けて、こちらに視線を向けている。
「ほらー、エシュリーちゃーん」
アリスが指でエシュリーの頬をくすぐっている。
「ええい、わたしは赤ちゃんではないぞ。この中でも一番の年長者だ」
エシュリーには悪いが、見た目相応、一番の年少者にしか見えん。
「いよいよ明日ですねー」
「そだねー」
ニャンコが言う日とは、ナンバー〇〇一の予言した日である。
アリスが突然体を震わせて、視界を明後日の方に向けた。
「あ、父さんから念話が来ました。ちょっと失礼します」
寝室から出ていく。
親との電話って、友達に聞かれたく無いもんね。
念話なので、アリスの声が漏れて聞こえてくることは無いけど。
「あれ? 珍しい、わたしの友達から念話が来た」
今度はリンが言って、部屋を出ていく。
「リンって、他にも友達がいたんだ」
「モナカ酷いな。まるでリンには友達いないみたいじゃあないか」
「いやいや、そんなこと思って無いって。例えば……ほら、キルシュとか!」
「キルシュさん、懐かしい名前ですよね。もう、一月以上前のことですよね」
ニャンコの言葉に、記憶を思い返してみる。
そんなに経つんだな。
この異世界に来てからの日数で数えると、もう三か月になりそうだ。
エシュリーの顔を見つめる。
「え? な、なに?」
「けっこう長い付き合いだなーって思って」
「どしたの、しんみりしちゃって」
「テルト、大人には物思いにふけるときがあるのよ」
「大人って……うーん、十五歳だと、大人なのかー」
「そうですね、人間は十五歳だと大人ですね。幻魔は十五歳では、大人ではないんですか?」
ニャンコの言葉に、難しそうな顔をするテルト。
「幻魔の場合、年齢じゃなくて形態が変わると、大人って言われるの。個人差があるけど、三十歳以上かなー」
「形態?」
「肉の体から、精神体になるの。それから永遠の命が始まるんだ」
「つまりは幽霊みたいな存在だな」
エシュリーとテルトの説明に、ちょっと驚く。
「つまり、大人になったらモフモフ出来ないのか」
「出来ないのだ」
「それは、寂しいですねー。なら今のうちに、たーくさん抱きしめてあげましょう」
「わふっ」
テルトがニャンコの胸の間に埋没していった。
「テルトって可愛い女の子にしか見えないけど、やっぱり根本的に種族が違うんだねぇ」
幽霊になっちゃうのかー。
ごはん食べれないのは辛そうである。
「厳密には、国ごとに種族は違うんだぞ。ただ、ここシャルハルバナル、ファルプス・ゲイル、旧アース、バーゼル、大陸最南端の国スティレル、そこだけは差が殆ど無いから、ひとくくりに人間って言っているだけだ」
「そーなんだ。あ、南の国って今初めて聞いた気がする。どんなところ?」
「蒸気機関が発達した国だ」
つまりはスチームパンクの世界か。
ラ〇ュタとか海底二万〇イルとか、あんな世界が広がっているのか。
ちょっと面白そうだ。
「帰ってゆっくりしたら、そこにも旅行に行きたいねー」
「そだね。わたしも行ったこと無いから、ちょっと気になる」
まったり空気だったのに、突然アリスとリンが勢い込んで部屋に入ってきたので、ちょっと気持ちが覚めた。なんだ? なんだ?
「なんか、ヤバそうよ!」
アリスがかなりの声量でこちらに言ってくる。
「どしたの?」
「アリスの方もだけど、こっちの友達からも同じような情報が来てて。ファルプス・ゲイルから、こっちの国にまで緊急連絡がいっているみたいなんだけど……」
「緊急っぽいのは分かるけど、詳細を教えて!」
わたしの怒鳴り声に驚いたのか、冷や水を浴びせられたかのような顔をしている。
アリスが落ち着いて、再び話しを始めた。
「お父様の連絡では、南西の国から北へ向かって、軍艦が飛んで行くのが見えたっていうことなの。それで、危険だからすぐにこの国を出るようにって」
「軍艦って、飛ぶの?」
南西の国って、あんま聞いたこと無かったな。いや、あったかな? 関りが無かったんで、あんま憶えてないや。
「南西にある湿原の国の神器よ。無数のエネルギー砲台を持っていて、高速で移動するの」
「それが、この国を襲おうとしているの?」
「進行方向と速度から、この国の首都に向けて飛んでいると予想されて、あと一日で着くんじゃないかって」
「まさか、それがナンバー〇〇一の言っていた、災厄なのでしょうか?」
ニャンコが青ざめた表情で聞いてくる。ちょっとショックなのか、声も震えていた。
「今まで、湿原の国から攻撃を受けたことは無いのですが……」
「大丈夫、みんなでやっつけちゃうから」
テルトが、ニャンコを安心させるためか、抱き付いてあげていた。
その視線は、わたしたちへと向けられた。
「えっと……うん! やっちゃおうか?」
「えーと、モナカ……湿原の国って、メチャ強いよ?」
リンが以外にも弱気に言ってきた。
「そうなの?」
「ファルプス・ゲイルは何度も戦ったことあるけど、いつも一方的に負けてて、神器以外では対処出来なかったんだ」
「リンの言う通り。奴らは一般兵ですら、上級の巨人よりも強いんだから」
「そんなに強いの?」
不安に思ってエシュリーに聞いてみる。
「大丈夫だ。湿原の国の軍隊って、バーゼルの本隊くらいの強さだから」
「意外とそんなもんなの? ならいけそうだね」
「あれ? モナカたちって、そんだけ強い相手と戦ったことあるの?」
「そうらしい」
実感湧かないけど。
「リンさんやアリスさんに出会う前ですよね」
「そそ、そんなことがあったんだよー」
それも今は昔、懐かしい思い出である。
アーリアさん、元気にしてるかな?
「向こうに神器があるようですが、こちらにもイルミナルがありますから」
「神器対神器、それで力が拮抗するだろうから、我々は、周りの雑兵を掃除してやろう」
「な、なんか、やれる気がしてきた……」
「リン、大丈夫そう?」
「うん、アリス、わたしはやるよ、やってやるぞー!」
ようやく、リンらしくなったようだ。
わたしもガンバるぞー!
戦前の事前準備をしようとホテルを出ると、外はかなり慌ただしい事態となっていた。
目抜き通りは人で溢れかえり、街の外へと、みな逃げ出して行っている。
うちのホテルには地下シェルターがあるらしく、ギリギリまでサービスは続けてくれるようだったけど。
スピーダーが被弾しないように、外へと移動させ、あとは装備品のチェックに取り掛かった。
寒いのに薄着で鎧着るの嫌だなーと思ってたら、リンが厚着の上から着れるようにサイズを調整してくれた。
これで防御面はバッチリだ!
エシュリーの神の衣とかは、調整出来ないらしく、そっちはボロボロになるのを覚悟で、衣の上からコートを着ることになってた。
「テルト、街全体を暖かくする魔法とか無いんだっけ?」
「無いよ」
素っ気ない答えだ。
「むむ、こんな時に使えないとは」
エシュリーが愚痴をこぼす。
恐らく、自分だけ服がズタボロになりそうなのが嫌なのだろう。
「幻魔は大人になると精神体になるから、暑さ寒さとか関係なくなっちゃうから」
幻魔にしたら、いらない魔法なのか。
「エシュリー、仕方ないから観念しなさい」
「ぐぬぬ、仕方ない。戦いが終わったら、国を救った報酬でコートを買わせてやる!」
救国の報酬やっすいな。
レストランが全部閉まっちゃったし、晩ご飯は自前で用意した。
部屋に調理場があるのは、こういう時に便利である。
「いただきまーす!」
明日は大仕事になりそうだから、ちょっと多めにカロリーが取れるメニューとした。
わたしは、大き目のミートボールにかじりついた。
「明日はみなさん、よろしくお願いします」
ニャンコは食べ物に手を付ける前に、わたしたちに頭を下げてきた。
「いいって、仲間なんだから!」
リンは、サーモンとチーズの乗ったパンを口に運んでから、そんな泣かせることを言ってくれた。
「そそ、わたしらに任せて」
気楽に考えているのか、ホワイトシチューを食べる手は緩めていない。
「イルミナルもいるんでしょ?」
「そうですね、ナンバー〇〇一も以前お会いしたときに、気をしっかり持てと言われておりましたものね」
そういえば、個人個人にいろいろ言ってくれてたっけ。
「リンも確か個別で言われてるんだっけ?」
リンが個人的に言われていたのが印象的で、ちょっと今の気持ちを聞いてきたくなった。
リンも気にしていたことなのか、ミートボールを食べていた手を止める。
「なんだろうねえ? 前に戦ったことはあるけど、その時の復讐だーとかが来るのかな?」
なんか、昔やらかしていたようだ。
「ふーん、がんばって」
「ええ!? そんだけ?」
「リンだったら、問題無いでしょ? わたしたちもサポートするし」
「うーん、まあ、今は当時よりも強くなってるって自覚あるし、大丈夫かな?」
自分の中で納得出来たのか、ミートボールへ再度取り掛かり始めた。
「モナカさん、エシュリーさんも言われておりましたね。ちょっと不穏なものでしたが」
「ああ、イルミナルを壊すというの? あれって出来るの?」
「攻撃を加えれば、問答無用で封印されてしまうだろう。今のままでは無理だな」
「そうだって」
「そうですか、さすがにそれはやりませんよね」
イルミナルの信者でもあるニャンコにとっては、重要案件だったのだろう。
最も、わたしたちに壊す理由も無いし、実際には出来そうも無いと言うなら、どうにもならない。
ナンバー〇〇一、なんであんなことを言ったんだろう?
「ニャンコ元気だして! モナカがいれば大丈夫だよ! わたしもガンバるから!」
アリスは、元気を表現するためか、コケモモを塗ったパンを勢いよくかじっている。
「アリス、あなたはニャンコと一緒に、エシュリーに守られていなさい」
「えー、わたしもなんかしたいなー」
「わたしとモナカ、テルト以外だと、有翼人には勝てないよ」
リンの口から、初めて聞く単語が飛び出した。
「有翼人?」
「ああ、有翼人は、湿原の国の住人のことだよ。背中に羽が生えていて、高い身体能力と魔法能力を持っていて、魔法耐性もメチャクチャ高いんだ」
天使様みたいなもんか。
「高いって言っても、わたしやモナカなら、簡単に抵抗突破できちゃうけどね」
「あんたら二人が異常なんだって」
翌朝、朝食を取って、すぐにイルミナルへと向かった。
到着の細かい時間は不明なので、朝からずっと待機するつもりだ。
「おーイルミナルの周り、凄いね」
塔の周りに大勢の神官と兵士が集まっている。
巨大な弓矢や投石機なんかも見える。
「聞いた話だと、外壁の上と、向かってくる方向の出入り口付近にも兵を配置してるって」
リンが情報を教えてくれる。
「街の全周をカバーするわけじゃあないんだ」
「巨人の進行も別途警戒しておりますし、バーゼルの方の監視のために向かった部隊もいるでしょうから、数がそんなにいないのではないでしょうか?」
防衛する箇所が多くて大変だなあ。
しばらく無言で待っている。
周りが静かなもんだから、こちらもしゃべちゃいけないように思えてきたのだ。
突然、氷に亀裂が入るかのような音が、大きく響いた!
周囲も騒然とする。
「上!」
テルトが空を指さした。
空に青紫の亀裂が入る。それが大きく広がっていく。
「空が、裂けている……」
アリスが小さくつぶやいた。
「次元の扉だ! 奴らが来るぞ!」
エシュリーの声を聞くまでも無く、めっちゃ臨戦態勢に入る。
リンもステッキの力を発動させ、変身を終えていた。
裂け目から、小さな影がいくつも飛び出してくる。
鳥のような、と思って見てたが、あれが有翼人かな?
羽の生えた人間みたいな姿。純白の羽にミスリル銀の鎧。まさに天使の軍隊である。
「あああっ、来ちゃったよ……」
リンが少し狼狽していた。
大丈夫かなー?
いくつもの影が抜け出た後から、巨大な船影が現れた。
かなりド派手である。
全面黄金色で光を周囲にまき散らしている。形は巨大な帆船だ。
「あの成金趣味みたいなのが?」
「うーん、その表現はアレだが、そうだ、湿原の国の神器、軍艦だ」
その巨体がゆっくりと旋回している。
それを見ていたら、塔の周辺にいた兵士たちから新たなどよめきが上がった。
「なんかあったの?」
「えーっと……あ! あれ!」
リンが見つけた様だ。
軍艦が出てきた方とは反対側。
黒い虫の大群のようなものが集まってきていた。
「なにあれ!?」
「あれ、見たことあるよね……」
テルトが珍しく弱気な声を発した。
前に見たの? 細かい大群――あれって!?
「金属魚のやつ!?」
「あれのデカいバージョンだな」
エシュリーが憎々し気にそちらを見ていた。
大群が寄り集まり、一つの形を形成していく。
「あれ、何なんでしょう……」
ニャンコは理解を越えているからか、同様の色を隠せないでいた。
たぶん、アリスやリンにも分からないのでは?
最初に出てきた軍艦、あれよりもひときわ大きなシルエット。
細長いシガレット形状で、緑色の分厚い装甲に覆われた巨体。
船首には、単眼のような光沢のある球体――わたしが以前見た、インパルス砲のでっかくした奴だろう。
「巨大宇宙戦艦?」
わたしにはそう見えた。
SF映画などで出てくる、宇宙人の戦艦だ。
「バーゼルのデザインだな。しかし……あんなの、見たことないぞ!?」
エシュリーが信じられないと言ったように、震える声を上げた。
予言されていた災厄。
それは、二大国家による総攻撃だったのだ。




