第五十五話 金属魚
水揚げされた魚のうち十匹程が、金属化していた。
一番酷いのが、さっき見た半分機械化してしまったカサゴ。残りは、エラなどが金属部品に変わっていたり、ウロコ数枚が金属化したりなど、ごく一部の変化だけであった。
「ここ数日、何匹か掛かるようになったんだ」
沈痛な面持ちの漁師たち。
金属化した魚達は弱っておらず、元気にはねているのがまた不気味である。
「えっと、コレってこの地方の特産品、金属魚でしょうか?」
「いやいやいや! そんな魚聞いたことないよ! なんだいそれは?」
わたしのズバリな名推理は、頭から比定された。
「いやー、そんな種類のお魚さんがいるかもなーって、思ってみたりなんかして……」
漁師たちの反応を見るに、金属製の魚は釣れないらしい。
そんなわたしを他所に、エシュリーが何やら魚をまじまじと見ていた。
「ふむふむ、これは……」
「なんか分かるの?」
すっごく難しい顔をしている。
「ふむ、微妙によく分からないが、たぶんバーゼルの仕業であろう」
「ちょっ、エシュリー。分からないこと、全部バーゼルのせいにしたらダメでしょ?」
「いやいや、根拠はあるぞ!」
「根拠?」
金属魚を掴み上げ、金属部分を指して言う。
「やつらは機械を使う」
「大雑把過ぎるだろ。根拠」
それではゲーム中の電池切れや、夜中に電球が切れるのも、全部バーゼルのせいになってしまう。風評被害はなはだしい。
「エシュリー、後でちゃんと手を洗ってよ」
アリスが見た事の無いようなイヤーな顔で、エシュリーの手を見つめていた。
あの魚がよっぽど嫌なのだろう。
口には出して無いけど、ニャンコも嫌そうだ。
「ちょっと見せて」
「うん、いいよ?」
周りの反応を気にせず、リンが無造作にエシュリーから金属魚を取り上げた。
リンもなんだか熱心に見ている。
「リンは、何か心当たりあるの?」
リンは少し眉を寄せた。
「うーん、心当たりというか、なんか引っ掛かる感じというか……」
金属部分を触れながら、何やら考えている。
「バーゼルは知らないけど、こういうこと出来る種族の心当たりはあるかなー?」
「おおっ!? それは何?」
「星界人」
リンが口にした単語は、聞いたことが無いものだった。
「星界人?」
「ずーっと上の、星の世界に住んでいる連中だよ。だから、星界人」
何故かテルトが答えてくれた。
「テルト、詳しいんだね」
「ウチらの宿敵なんだよ。ウチら幻魔と星界人はずーっと戦争中。この国と、巨人族との関係と同じなんだ」
「そっかー、幻魔も大変なんだね」
「大変なんだよー」
テルトが年不相応に、肩をすくめた。
テルトがそんな仕草しても、生意気そうにしか見えぬ。
「ねえ、エシュリー。バーゼルさんは星界人と同じことが出来るの?」
アリスがエシュリーに確認をする。
「星界人よりは劣ると思うけど……うーん、分かんない」
「結局、振り出しに戻っただけかー」
推理しても結論は出ないので、半分機械のカサゴだけもらって、一旦解散することとした。
残りの魚はと聞いてみたら、金属魚は全部処分するようだ。
活きがいいといっても気持ち悪いもんね。
なんか微妙なものを見てしまって、テンション下がっちゃったけど、ちょっと早めの晩ご飯でも食べて、気持ちを切り替えてみよう。
「はーい! フィッシュスープお待ちどう!」
「おー!」
ご飯屋さんの女将さんが持ってきてくれた料理に、一同が感嘆の声を漏らす。わたし以外――
魚介類のたっぷり入ったクリームスープである。クラムチャウダーみたいなものだろう。
「どうしたの?」
先に運ばれていた、焼いたシーフードの盛り合わせに手を伸ばしていたエシュリーが、わたしの異変に気付いたようだ。
「うーん、なんと説明したらよいのか――」
このモヤモヤ感を言葉にしてみる。
「ラーメンを食べに行ったら、スープがクリームスープだった、みたいな。いや、クリームスープも美味しいんだろうけど、今は口の中が醤油でスタンバイしてたんだよ、的な?」
「まるでわからん」
興味を無くしたのか、エビの皮むきを始め出した。
うーむ、伝わらないか。
つまりはだ――港町だ! 新鮮な海鮮が食べられる! 新鮮な海鮮といえば刺身とかお寿司! みそ仕立ての鍋もいいよね! ――という脳内イメージが膨らんでいたところ、生の料理無し、みそも醤油も無いとなると、口の中のスタンバイが撤収することになり、非常に残念な気持ちになってしまうのだ。
「はい、モナカの分。おいしいよ」
「ありがと、アリス」
アリスから受け取ったスープを、具材と一緒に口へと運ぶ。
スープには魚介のエキスが十分染み出ており、クリームスープに非常に良く合っていた。
「うん、これもこれで美味しいんだよねー……」
エシュリーに耳打ちする。
「ねえ、エシュリー」
「うん?」
「えーと、なんて説明するのかな? うーん……えっと、煮た大豆に塩を大量にかけて、何十日もほったらかして黄土色のネバネバになったものとか、菌が付いて真っ黒になってから絞った汁とか、食べてる国ある?」
エシュリーがものすっごい、気持ち悪そうな顔でこちらを凝視してきた。
「なにそれキモい」
「キモい言うな!」
例え方が悪かったのかな?
そんなこんなで、海鮮は食べれたのだけど、なんか微妙な気持ちのまま、晩ご飯が終わっていった。
宿屋へと戻ったわたしたちは、金属魚を乗せたテーブルを囲んで作戦会議を始めた。
「これ、どうするか?」
まだ生きてるようだけど、陸に上がってだいぶ経ったせいか、元気は無い。
「エシュリー、食べてみる?」
「食べるかい!? テルトが食べろー!」
「はいはい、ケンカしないの」
二人の頭を掴んで、離しておく。
ニャンコが、手を上げた。
「専門家に見て頂くのはどうでしょうか?」
「うん、それがいいかも。けど、なんの専門家?」
「機械関係の専門家とかですかね」
「それなら、お父様にお願いして、国の専門家に見てもらいましょう」
「そだね、アリスにお願いするね」
「うん! お礼はモナカからもらうね」
「なに請求されるんだろう……」
ちょっと後が怖そうだけど、それでいこう。
「今日は遅いし、明日の朝にファルプス・ゲイルの王城に行きましょう」
翌朝、朝ごはんにコケモモジャムのパンとか食べて、準備万全。
きのう、ミソとか醤油のこと考えていたせいか、米も食べたくなったな。ファルプス・ゲイルに帰ったら和食産業発展させるかな。
「みんな準備はいい?」
「いいよー」
服装は、薄手のものに変えてある。モコモコでは、向こうに行ったときに厚過ぎだろうから。
「テルト、行くよー」
「オーケー」
わたしはアリスとリンの手を握り、テルトはエシュリーとニャンコを。
同時に呪文詠唱を始めた。
「うわっ」
リンが小さく声を漏らした。
「ちょっと待って! ポーチが!」
リンの慌てた声に、わたしとテルトは詠唱を止めた。
リンの無限ポーチがガタガタとうごめいているのだ。
「どうなってるの?」
リンに聞いた瞬間、ポーチから何かが飛び出してきた!
「うぎゃあああっ」
テルトの顔面に飛び込んで行ったそれは、例の機械魚だった。
「自分で飛び出したの!?」
リンがナイフを取り出した。
アリスも剣を抜いている。
「気持ち悪いー!」
テルトが引っ掴んで、魚を床に叩き落した。
「大丈夫ですか!?」
ニャンコがテルトを抱き寄せた。
機械魚はその場で暴れまわり、すぐに動かなくなった。
「エシュリー、何がどうなっているの?」
「魚が死んだようだ」
うーん、何なのだ?
「モナカ離れて!」
リンに後ろへと引っ張られた。
「えっ? えっ? なになに?」
「崩れてる!」
エシュリーの指摘通り、魚の金属部分が崩れていっていた。
砂細工が風に舞って消えていくような、そんな崩れ方だ。
「そのカスを吸ったら危ないと思う、みんな息を止めて部屋の外へ!」
リンの警告を聞き、みんなで部屋を飛び出した。
舞い上がった粒子が一度、一つにまとまり、窓に向けて勢いよくぶち当たる。
窓ガラスの割れる音とともに、外へと逃げ出していった。
「なんなの? あれ」
「追うぞ!」
「エシュリー待って!」
走り出そうとするエシュリーを呼び止める。
「どうした!」
「モコモコの服に着替えようよ。これだと寒すぎる」
薄手の服を指さして、行くに行けない現状を説明してやった。
服を着替え、謎の金属粒子の追跡だ!




