第五十三話 家庭料理
「あらあら、いらっしゃい。ニャンコの母です。いつも娘がお世話になっているようで」
わたしたちに深々と頭を下げているのが、ニャンコのお母さんだ。
この国の人はみんな、肌が白く、白銀の髪で目が赤い。
ニャンコ母は、長い髪を後ろで編んでおり、顔は十六歳の娘がいると思えない程若々しい。服は毛糸のセーターと厚手のロングスカート、いたって普通だ。
「こんにちわ。わたくし、ファルプス・ゲイル出身のアリス・ファルプス・ゲイルと申します。いつもニャンコさんと、楽しい日々を過ごさせて頂いております」
アリスが代表して返答をした。
母親の隣に立つニャンコは、嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべている。
「アリス・ファルプス・ゲイル? まぁ、お名前にファルプス・ゲイルとあるということは、王族関係者の方かしら?」
「はい、第二王女です」
聞いたとたんに、ニャンコ母が激しく狼狽しだした。
「お、王女様ですか! 申し訳ございません、知らぬこととは言え、とんだ失礼を」
「いえいえ、お気になさらず」
アリスはそれをやんわりと返した。
ニャンコ母がニャンコに、他の人の紹介をするように目でうながす。
それに気付いたニャンコが慌てて、わたしたちの前へ出た。
「えっと、改めまして、こちらがわたしの母です」
改めて、ニャンコ母がお辞儀をした。
「お母さん、わたしの旅の仲間で、こちらから、アリスさん、リンさん、エシュリーさんにテルトです」
みな、個別にあいさつとお辞儀をニャンコ母と取り交わした。
リンはすかさず、例の肉ペーストセットを取り出した。
「これ、我々一同からのお土産です」
「まあ、ありがとう! 何かしら、ジャムのような――」
「各種肉のペーストです! パンとか野菜に付けて食べて下さい!」
「へえぇ、初めて見たわ。ありがとう」
肉ペーストは、ちょっとは喜んでもらえた様だ。
そして、ニャンコが場の空気を変えるかの如く、両腕を真っすぐ開き、わたしを囲んだ。
「そして、こちらがモナカさん! なんと、わたしが布教して、信者になってもらった人なんです!」
そういえば、それが出会った切っ掛けだったな。しかし、わたしだけ紹介が派手だな。
ニャンコの説明を聞いたニャンコ母が、目を見開いた。
「あ、あはは……よろしく、です」
「まあ、なんということでしょう! モナカさんって言いましたよね。あなた、ナンバー〇〇一の信者になってくれましたの!?」
「ええ、まあ……」
言葉だけではなんだなと思い、呪文を唱える。
「【平静】」
丁度いいので、ニャンコ母の興奮を静めてやった。
「ほんとうに、信者になられているのですね。ニャンコ、よく頑張りました」
口調は穏やかになったが、そのまま勢いで娘を抱きしめ始めた。
「あ、ちょっ、お母さん、みんなが見てる前で恥ずかしいって」
ニャンコが顔を真っ赤にして脱出した。ニャンコのこんな表情、めずらしい。
どんな理由であれ、親子の触れ合いというのは見ていて微笑ましい。
「大変狭い家ですが、どうぞ、ごゆっくりしていって下さい」
「はい、お邪魔しまーす」
ニャンコ母は狭いとは言ったが、そこそこの広さはあり、わたしたちは客間へと通された。
お城や聖堂みたいな豪華さは無いが、目立った汚れも無く、掃除が行き届いているようだ。
「あれ? ニャンコは?」
ニャンコの姿が見えない。
母親のところかな?
「父親を呼びに行くって出て行ったよ。ついでに買い物もしてくるって」
テルトが教えてくれた。
「そっかー、買い物ならわたしたちが行っても良かったよね。久しぶりに家族と会えたんだから」
「まーすぐに戻ってくるでしょ」
リンが暖炉近くのソファーを陣取りつつ、そう言った。
リンの方を向いていたら、背後から視線を感じた。
「うん?」
振り返ると、扉を少しだけ開けて、覗いているやつがいた。
「なにをしておる」
エシュリーが扉を勢いよく開け放つ。
「うわぁ!」
飛び出してきたのは、小さい女の子だった。
「よっしゃ、捕まえた!」
それを背後から羽交い絞めにするエシュリー。
女の子がもがきだした。
「やーっ! 助けてー」
「やめなさい」
エシュリーの頭を小突く。
「あうっ!」
エシュリーから解放された女の子は、辺りを見回し、アリスの座るソファーの裏に逃げ込んでしまった。
「もー怖がらせちゃ、ダメでしょ?」
「わたしなりのスキンシップなのだが」
あれがスキンシップなのか。
女の子の方を見ると、ソファーからそーっと覗いていた。
目が合ったので、手を振ったら、隠れてしまった。おやおや。
「よし、怖がらないようにエシュリーを押さえておこう」
「ちょっ!」
今度はわたしがエシュリーを羽交い絞めにしてやった。
「ほら見て、怖いお姉さんは捕まってるよー」
アリスがソファーの裏に向かって話しかけている。
「誰が怖いお姉さんだ!」
お前だ。
ソファーからまた覗き見した女の子は、こちらの状況を見て安心したのか、そのまま立ち上がった。
「こんにちわ、わたしはアリスっていうの、ニャンコのお友達だよー」
「……うん」
みんなに注目されて緊張しているのか、女の子が言葉を詰まらせる。
「わたしはリン。同じくニャンコの友達だ。君はなんていう名前かな?」
いつの間に背後に回ったのか、リンが女の子を後ろから抱きしめた。
一瞬、体が震えたけど、リンに頭をなでられて、ちょっと安心したようだ。
「えっと……わたし、ニャンコお姉ちゃんの妹で、ワンコっていいます」
ニャンコの妹さんか。
エシュリーよりもちょっと背が低いくらいかな?
髪はショートでおかっぱ、わたしに近い髪型だ。
「わたしはテルトウェイト、テルトって呼んでね」
テルトもワンコに寄って行った。
そういえば、テルトウェイトって名前だったっけ、テルトとしか呼んでないから忘れてたわ。
「テルト?」
「そ、テルト、十三歳だ。ワンコは何歳?」
十三歳だったんだよね、言動がもうちょいお子様だけど。まあ、幻魔という種族の精神年齢が、人間の尺度で測れるかは不明だけど。
なにせ数千歳で十歳程度の精神年齢の子が、ここにいるし。
「わたしは、十一歳。テルトの方がお姉ちゃんだね」
「だね」
テルトがワンコを抱きしめる。
これでワンコは、リンとテルトにサンドイッチされた格好になったわけだ。
「いつまでもソファーの後ろにいないで、こっちへ来なさい」
アリスが自分の膝を指さした。
ワンコは元気にあいさつして、そこへ座りに行った。
「モナカも、いつでも座っていいのよ」
「いや、わたしは大きいから」
「モナカ?」
ワンコが不思議そうにこちらを見ている。
そういえば自己紹介してないわ。
「えっと、改めまして、モナカっていいます。それと、こっちのはエシュリー」
「う、うむ、エシュリーだ」
ワンコは、わたしたちをじーっと見ている。な、なんだろう?
「ほぉー、モナカお姉ちゃん、一番キレイ」
「ありがとう」
「むむ、これはモナカ争奪戦の新たなライバル到来か!」
アリスがなんか口走っとる。
「いや、十一歳に張り合わんでも」
そのままワンコはこの部屋に居ついてしまう。
エシュリーとも打ち解けて、テルトと三人でじゃれ合っていた。
ニャンコ父とも面会し、その日の晩ご飯もごちそうになった。
他の部屋からイスやテーブルを持ってきて、なんとか全員座れた。
そういえば、家庭料理って、この世界に来てから初めてかもしれない。テーブルにところ狭しと、料理が並べられていく。
「ニャンコが一人で布教の旅に出ると言ったときは不安になりましたが、無事に帰って来れたことに安心しています。みなさんみたいな素敵な女性が、ニャンコの友達というのは、本当にありがたい」
ニャンコ父にも頭を下げられてしまった。
自己紹介と簡単なおしゃべりが終わった後、いよいよ夕食である。
今日のメニューは、ジャガイモの生地に肉を入れて茹でたものにコケモモジャムを添えたもの、赤身魚のソテー、きのこのクリームスープ、野菜サラダ。
「これ、何ですか?」
ちょっと見ただけでは良く分からない料理もあった。
「魚肉と香草とジャガイモを薄くスライスしたものを何層にも重ねて、卵を間に流し込んで焼き固めたものよ。トマトをベースにしたソースをそれにかけているの。この地域の伝統料理なの」
ニャンコ母が教えてくれた。
「手間がかかってるんですね」
「それ程でも無いわよ」
言葉とは裏腹に、顔は笑顔である。
分かり易くていい人だわ。
食事はまったりと進み、今はクリームの添えられたスコーンをお茶請けに、食後のティータイムである。
ニャンコが中心となり、今までの旅の経緯を話す。
家族を心配させないためか、バーゼルの軍と戦ったことや、巨人の軍勢との戦いなんかは省いている。
「そういえば、来る途中で軍隊に出会ったんですが、最近多いんですか?」
ふと気になっていたことを口にする。
「……ええ、日が経つにつれて多くなっていますね」
ニャンコ父が少し暗い表情で語ってくれる。
「アースの国が滅んだ直後は問題なく、ニャンコが乗った様な乗合馬車も出ていたんですが、ここ最近、不穏な動きがあるとかで、兵隊がよく国境へ向けて移動しています。この街を通過する兵隊も多いですね」
「そーなんだ」
「物騒ですよねー」
ニャンコ母も不安はあるみたいだ。
「バーゼルの連中なんか、わたしがふっ飛ばしてやるー! 大船に乗ったつもりでいるのだー!」
突然エシュリーが大声を上げて立ち上がった。
「エシュリー?」
顔が赤い、酔っぱらっているみたいだけど、お酒飲んでないぞ?
スコーンになんか入ってるのかな?
「あ、ワンコも顔を赤くして寝ちゃってる」
スコーンを食べかけのまま握りしめて眠ってしまっている。可愛い。
「あらあら、リキュールの量がちょっと多かったのかしら?」
ニャンコ母がワンコを連れて行った。寝かしつけるのだろう。
「わたしたちは何とも無いけど?」
「恐らく、アルコールに強い人には影響が無い程度の微量なものでしょう」
リンの問いにニャンコパパが答えるが、そうなのか。
「エシュリー、もう寝たい?」
「大丈夫だぞー」
フラフラである。大丈夫そうに見えない。
「そろそろ夜も遅いし、帰りますか」
アリスの提案に相槌を打つ。
「そうね。あ、ニャンコは今日は家にいなさいよ。せっかく帰ってきたんだし」
「では、お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
ニャンコ一家にお別れのあいさつをして、宿屋へと行く。
外に出ると寒さが身に染みる。
気温だけじゃなく、なんか寂しい感じに襲われた。
「さて、行きましょう」
背中に背負ったエシュリーから伝わる体温が、妙に気持ちよかった。




