第五十二話 ニャンコの故郷
首都ではグルメとショッピングを存分に楽しんだ。
寺院巡りもしたが、最初の街で見た大聖堂レベルのモノは無く、感動は今一つ。
そして今、わたしたちはニャンコの故郷目指して、スピーダーを飛ばしている所であった。
「この毛皮で出来たシャツ、暖かくていいわ」
首都で買ったシャツの効果で、外の風がそれほど気にならなくなっていた。
「全然風を通さないものね。ただ、屋内だと暑過ぎて蒸れちゃうけど」
アリスが自分の着ているものを、まじまじと見ていた。
防寒性が凄いので、全員分買ったのだ。
ただ、アリスが言うように通気性が大変悪いため、ホテルとかレストランとか、しょっちゅう屋内に入る機会が多い場合には向いていない。北国の屋内は、暖炉効果でめちゃくちゃ暖かいのだ。
逆に言えば、屋内に入らない旅の間は有効ということ。
「最初着た日、レストランに入ったら、あまりに暑くて、その場で脱ぎそうになったもんね」
「テルト、お子様だけどレストラン内で脱いじゃアダメでしょ」
「脱いでないじゃん」
確かに、そのときは地獄であった。
なんとか耐えたけど、すぐさまホテルに逃げ帰って脱いだっけ。
「ニャンコの故郷って、ここから二日くらいだっけ?」
「はい、途中にもいくつか街はありますので、どこかで一泊して行くことになりますが」
「小さな街なんだっけ?」
「今まで行ったような街とは違い、こじんまりとしてます。わたしの父が神父を務めております教会が一軒、あるくらいでしょうか」
観光地としては微妙だろうけど、ニャンコの家族には会ってみたいな。
「教会というのは、ナンバー〇〇一のか?」
「イルミナルとナンバー〇〇一、両方を祭っています」
エシュリーの問いに、ニャンコは普通に答えたけど、それって、教会でキリストと釈迦を同時に祭ってあるようなものだ。すっごい違和感。
「ニャンコのご家族ってどんな方々なの?」
アリスがニャンコに問いかける。
「父が神父をやっている以外は、いたって普通の家族です。妹が一人いまして、ワンコと申しますが、エシュリーさんくらいの年頃でしょうか。とてもおとなしく可愛い子です」
「ちょっと待ってニャンコ、妹ってワンコって言うの?」
「はいそうですが?」
安直というのかな? いや、この国では普通なのかな? いやいや待て待て。
葛藤しているわたしの顔を、ニャンコが不思議そうにのぞき込んできていた。
「えーとちなみに、ご両親の名前は?」
「父がチーマメ、母がペルッコです」
「両親はワンニャン関係無いのか」
「はい?」
ニャンコが訳が分からないというように聞いてくるが、こっちの方が訳が分からない。
意味は考えず、単語として覚えておこう。
途中立ち寄った街――名前は忘れた――で一泊、そのままスピーダーで街道を突き進んでいると、前方にかなりの人数の一団が見えてきた。
「なんだろう?」
「ちょっと聞いてみようか」
リンがスピーダーを、一団の最後尾に付けてくれた。そのまま一団のスピードに合わせる。
一団は、鎧に身を包んだ軍隊であった。
数は二千はいるんじゃなかろうか。
わたしたちに気付いた兵士が、こちらへ振り向いた。
「君たちはなんだね?」
乗っているのが美少女ばかりだからか、警戒はされていないようだ。
「旅人ですー! この先にある、えーと――」
「ペルシエルシマ」
ニャンコが補足してくれる。
「そうそう、その街に行く途中なんです」
「そうかい。その街から南には行かない方がいいよ」
兵士が謎の忠告をしてきた。
「何かあったんですか? こんなに沢山の兵士さんたちもいるし」
「君たちは聞いてないのかい?」
驚きの顔の兵士に対して、わたしは首を振った。
「隣国のバーゼルに動きがあるようでね。国境付近は厳戒態勢で、我が国の兵団が集結しているところなんだ」
「ペルシエルシマは大丈夫ですか!?」
ニャンコが身を乗り出して聞いた。
「まだ、戦闘行為は発生してないし、国境からかなり離れているから、被害は無いよ。本当に危なくなったらナンバー〇〇一に来てもらうだろうしね」
「……そうですか」
兵士は気楽に考えているようだけど、ニャンコは不安げである。
「この国にはナンバー〇〇一がいますから、大丈夫ですよ」
アリスの励ましの声にも、あまり浮かない雰囲気だ。
「……ええ、そうですよね」
「見えてきました!」
ニャンコが身を乗り出して指をさすその先、城壁の無いのどかな小さな街が見えてきた。
しばらく沈んでいたニャンコも、故郷を目の前にして、やっと笑顔を見せてくれた。
「あれがペルシャなんとかかー」
「ペルシエルシマです!」
いろんな街名を聞いてて、何がなんやら分からなくなっているのだ。
間違えてても大目に見て欲しい。
「ご家族はおうちにいるかしら?」
「うちの家族は、父以外は基本家にいますので問題ないと思います」
携帯とか無いので、連絡が出来ないのだ。
昔はいるかどうか分からない、移動中はドキドキだったんだろうな。
今はお昼を少し回ったところ。お父さんはいないんだろう。
スピーダーを街の出入り口に停めさせてもらい、食堂へと向かう。
いきなり大人数で押しかけて、お昼ご飯をたかるわけにもいかない。
「ニャンコ、落ち着きなよ」
トマトソースで和えた肉団子をほおばりながら、リンが声を掛けている。
「あ、あ、はい、ありがとうございます、リンさん」
食堂で食べているとき、ニャンコは異常にそわそわしていた。
無理も無いだろう、久しぶりの実家に、これから行くのだから。しかも友達を引き連れて。
「友達のお家に行くのって、初めてでドキドキしますね」
アリスもそわそわしている。
手に持ったスプーンがあんまり動いていない。
「初めて? グレイスのお家とかに行ったこと無いんだっけ?」
コケモモジャムを塗ったパンにかぶり付きつつ、聞いてみる。
「グレイスとは、家族がらみの付き合いですし、物心つく前から何度も行っていたので、ドキドキ感は無かったのよ」
なるほど、アリスはお姫様だし、家に遊びに行ける相手も少ないだろうしね。
アリスが何かを思い付いたのか、ちょっと飛び跳ねた。
「あ、お土産を用意してなかった」
「あ、お構いなくです」
「ニャンコはそう言うけど、なんか持って行きたいよね」
「お土産? リン、なんか無い?」
テルトがリンに無茶振りしだした。
「なんでわたし」
「だってー、いつもいろんな道具とか出してくるから、なんか持ってるのかなーって」
「確かに、リンって、何でも持ってそうだよね」
わたしも話しに乗ってみる。
アリスも、何か出てくるんじゃないかと、期待のまなざしを向けている。
「えー、うーん、なんかあるかなー?」
ポーチの中を探し出した。
いつも思うが、大量に入ってるポーチから、どうやって目当てのモノを引き出してるんだろう?
「土産か? 現金ならあるが」
「お土産として最悪だと思う」
エシュリーは何を突然口走るか。
「お、これなんかどうかな?」
「うん?」
「じゃーん」
取り出したのは、何やら白いボールであった。
「なーにそれ?」
アリスが興味深そうに見回している。
「えっとー、それって……」
ニャンコは思い当たるものがあるのか、えらく困った顔をしている。
「そう! 閃光弾!」
リンの頭を軽くはたいておく。
「なんで友達のお土産が、閃光弾なのよ!」
「わたしも、激しく遠慮しておきます」
リンは、心底意外というような顔をして、はたかれた箇所をさする。
「うーん、いいと思ったんだけどなー」
なんでいいと思ったんだろう?
またも、何か探し始めるリン。
「この村で何か買ってみるとか?」
「この村の人へのお土産にならないでしょ。エシュリーはおとなしくコケモモ食べてなさい」
素直に、コケモモを食べ始めた。
酸っぱい酸っぱいと言いってるけど、ヨーグルトソースと合わせれば、酸味もそこまで辛くないんだけどねえ。
ビタミンミネラル豊富で、美肌効果もあるから体にいいんだぞ、コケモモ。
「お、ファルプス・ゲイルで買ったのがあった」
「どんなの?」
リンの手元を覗き込む。
白い箱にビンがセットで入ってる。食べ物のようだ。
「ジャムのセット?」
アリスがそんな予想を立てた。
「肉ペーストのセットだよ」
「まあ、妥当……なのかな?」
この国にも存在しそうだけど、まあファルプス・ゲイル産なのは間違え無いのだから。
食事を終えて、いざニャンコの家へ。
といっても広くない街なので、五分も歩かずに着いてしまった。
「ここが、わたしの家です。なんか、恥ずかしいですね」
初めて友達呼ぶのって、ちょっと恥ずかしく思えちゃうよね。しかもアポ無しだ。
ニャンコの家は平屋の一軒家で、白い柵で囲まれた小さな庭もあった。
その横に教会が建っている。
「ちょ、ちょっと、家族に話して来ますので、待っていて下さいね」
ニャンコがそそくさと、家の中へと消えていった。
ニャンコのただいまの声と、それに応える声が聞こえた。家族は在宅中のようだ良かった。
さて、どんな人たちなのだろうか?




