第四十九話 悪人のアジト
わたしの前で、エシュリーが体を拭いている。
寝る前に体を拭いておきなさいと叱ったら、しぶしぶながら従ってくれたというわけ。
今は宿の自室。わたしとエシュリーの二人きりだ。
見てて思うけど、年齢的なものなのか、エシュリーの体にはシミもニキビも無く、キレイな肌をしている。
ニャンコみたく、種族的な真っ白い肌とまではいかないが、十分色白美肌と言って問題ない。
わたしも同じようにシミも何もなく、ムダ毛も目立たないから、何のケアも必要としないんだけど。
「どうしたのだ?」
わたしの視線に気付いたか、エシュリーが問いかけてくる。
その表情から、特に羞恥心も不快感も抱いていないようであった。
「うん? エシュリーのお肌がキレイだなーって」
「な、なにを言ってるんだ」
おや、意外にも恥ずかしがった。
明らかに狼狽している。
「うーん、単なる感想」
「肌なら、モナカだってキレイだろう? 皮膚の損傷が自動修復するんだし」
「その言い方にはロマンスが足りないな」
「雰囲気が必要なの?」
「そゆこと」
エシュリーとは、時々、話がかみ合わないんじゃあないかと思う時がある。
なにせ相手は、外見は十一歳の中身は異世界の神様だ。
中身三十五歳の普通のOLだったわたしと、感性が違って当たり前だと思う。
分かりやすく言うと、ファーストコンタクトした宇宙人と、いきなり意思の疎通を図れと言われたようなものだ。基準も指針も何もないのでは、普通は混乱してしまう。
今のところ、エシュリーが中身まで普通の十一歳っぽい振る舞いをしていて、神様らしくないので、そこらへんは救われている。
「エシュリー後ろ向いて。背中拭いてあげる」
「おおう、頼む」
ベッドに座り込んだエシュリーが、こちらへ背中を向けた。
これでエシュリーの表情は見えなくなる。
桶の中の水で布をゆすいでから強く絞る。力を入れ過ぎると引きちぎってしまうので、そこは加減して。
エシュリーの背中は、子供らしく小さくて、そしてすべすべだ。エシュリーの言葉ではないけど、拭いてあげなくても十分キレイなんじゃないかな?
口に出して言うと、ならなんで拭けと言った、って叱られてしまいそうだから、心の中だけで思いとどめる。
「エシュリーの背中は小さいなー。これだとすぐに拭き終わっちゃって、やりがいがないや」
「ゆっくりと何度も繰り返せばいい。そうすればたくさん拭けるぞ」
「ねえ……」
「うん?」
わたしの発した小さな声にも、しっかりと反応してくれる。なんだかんだで可愛い子である。
「わたしエシュリーちゃん。可愛いでしょーうふふって、言ってみて」
「なんでや!?」
「ちょあっ! 拭いてるときにいきなり振り向くなー!」
「変なこと言うからだろうが……ううっ、うあー、ええい!」
なんか叫んだ!?
エシュリーが深呼吸一つ、口を開いた。
「わたしエシュリーちゃん。可愛いでしょーうふふっ」
振り返りながら、あごに指を当ててニッコリ笑顔まで追加してくれる。
「かわいいいいっ!」
思わず背中に抱き付いてしまった。
「か、かわいいのか……」
「あ、服濡れちゃった」
「……今拭いている所だからな……」
エシュリーの表情がなんとも言えない微妙なものになった。
「わたしモナカちゃん! 可愛いでしょーうふふっ」
「大丈夫か?」
「なにその反応ー!?」
「なにを期待した!? ちょっ! くっつくな!」
足がなんか引っ掛けた。
ぶちまけた水を二人で一緒に拭いてから寝た。
楽しかった夜だったけど、なんとも微妙な気持ちで終わるのだった。
「あそこが悪党たちのアジトなんだ」
「はい、憲兵が何人か張り込んでいまして、組織の人間の出入りを確認しています」
翌日のお昼。ピコリンが指揮する二十名の憲兵と共に、アジトと言われる大き目の建物を囲んでいた。
調査とかのめんどい行程抜かして、カチコミだけ手伝えばいいのは楽である。
「隠れてても意味ないんじゃない? もうバレてるでしょ」
「リンの言う通りよね、これじゃあ……」
アリスがわたしたちの様子を見て、引きつり笑顔を浮かべる。
田舎町だからなのか、建物にそれほどしっかりとした囲いがあるわけでは無い。所々穴があり、ちょっとでも見られたらバレバレである。
「作戦とかあるの?」
「突入あるのみです」
「副隊長」
憲兵の一人が、ピコリンに話しかけている。
ピコリンが大きくうなずいた。
「みなさん、行きます」
「よし!」
憲兵が一気に出入り口へと走り、蹴り開ける。
なだれ込む二十人。
わたしたちもその後を追う。
中ではもう戦闘が始まっていた。
乱戦になってると魔法とか使えない。けど、相手のチンピラは弱いみたい、憲兵が圧勝してどんどん捕まえている。
「なんか、わたしらいなくても、いいみたいだね」
「油断しないでくださいリンさん! まだ本命の巨人が出てきていません」
巨人出るまでは気楽にしてればいいか。
あ、憲兵さんがこっち来た。
「副隊長! 一階制圧完了しました!」
「ご苦労! さあみなさん、あとは二階です! 働いてもらいますよー!」
「よし、行くぞものどもー!」
「エシュリー、わたしの後ろに隠れないの。いつも先頭でしょ」
わたしの背中にしがみつくエシュリーを、前へと押し出す。
ジタバタ暴れ出した。
「わたしはいつもいつも壁役なのか!?」
「そうだけど」
「ぐぬぬ……仕方ない、付いてくるがいい」
何だかんだで先頭を務めてくれた。
その後ろにわたしとリン、アリス、テルト、ニャンコ、最後にピコリンが続いた。
「憲兵隊だー、メキョラー! おとなしくしろー!」
ピコリンの大声が後ろから聞こえる。メキョラーメキョラー言ってるピコリンの声がなんか、なごんでしまう。
目の前の扉が開いて、二人突っ込んできた。
ナイフを持つその姿、まさにザコである。
エシュリーを飛び越え、二人をまとめてぶん殴って鎮圧。
「モナカ!」
「どうした!?」
「見えた!」
「アホ!」
スカートで頭の上を飛び越えるとそーなるのかー。
ニャンコがなんか震えている。なんだろうと思って見ていると、目が合った。
「二人とも、息ピッタリですね」
「二人で一緒に寝たから、仲が益々良くなったのかな?」
「え!? リン、それどゆこと!? モナカ、エシュリーと何したの?」
「なんもしとらん、落ち着けアリス」
「プライベートについては特に強制したりはしませんが、そこらへんはよく考えた方がいいですよ」
「ピコリンさん、変な想像しないでください」
「そーそー、エシュリーって脱ぐと凄いんだから」
「テルト、何を言っておるか!」
掴みかかろうとしたエシュリーの襟首を捕まえる。
「遊ぶのは仕事終わってからね」
「遊んどらんわー!」
おふざけはそこまで、とっとと部屋に飛び込む。二階にはここしか部屋は無い。
「いた!」
部屋の奥に、悪そうな体格のいいおっちゃんと、その目の前に体長四メートルほどの巨人。
「そいつです、メキョラー!」
「いえーっ!」
飛び蹴りを巨人に食らわせる。
その巨体が後ろに倒れこむ。
「わわわわわっ!?」
メキョラーが下敷きにならないようにと、慌てて横へと逃げて行く。
「捕まえたー!」
ピコリンが手錠を持って飛びつく。
だが、メキョラーもただやられるだけではないようだ。
「ギャー!」
あっさりと吹き飛ばされている。ピコリン弱い。
「逃がさない! 【催眠術】」
アリスが手を振りかざすと、メキョラーがとたんに暴れなくなり、ボーッとした。
操り人形みたいにしたのか。
「今度こそ!」
ピコリンが勢いよく手錠をかけた。
「捕れたー!」
よほど嬉しいのか、飛び跳ねている。
二十歳くらいなのに、いいのかな? まだギリいいのかな。
「うがあああああっ!」
「おわっ」
足元の巨人がいきなり起き出した。
「黙れ」
ぶん殴って沈静化。
「巨人を素手でって……やっぱりお強いんですね、モナカさんって」
ピコリンに向かって勝利のVサイン。
こうして、メキョラー一味は壊滅したのだった。
「全然手ごたえ無かったなー」




