第四十七話 パーティードレス
大聖堂の中に、巨大なホールがあった。
白いシーツで覆われたテーブルが複数置かれ、その上には中央に彩のためか鮮やかな花が飾られており、それを取り巻くように様々な料理が据えられていた。
その間を、着飾った紳士淑女が優雅に行き交う。
お城の夜会を思い出す風景だ。
大聖堂にこんな部屋があったとは驚きだ。宗教施設にはパーティー会場とか無いと思ってたんだけど。いや普通にあるのかな?
「ドレス買っておいてよかったね」
ピンクのワンピースドレスを着飾ったリンが、お皿に大量の料理を盛ってやってきた。
「うん、アリスのおかげだよ」
当然わたしもドレス姿だ。
前にお城で着たのとは違い、袖も長く若干厚めなので、上にコートを羽織れば外を歩いても寒さに震えることはない。
「でしょー、もっと褒めてもいいのよ」
アリスは白一色のドレス。金色の長い髪と相成って、まさにお姫様な感じである。
ナンバー〇〇一にパーティーに誘われたとき、ドレスコードとか聞いてなかったので、普段着のままでいいかと思ったら、アリスに待ったを掛けられた。
大聖堂に確認に行ったら、特に決まってはいないが、女性はドレスの場合がほとんどと聞き、急遽買い出しをしたのである。
余談だが、この国にはハイヒールは売られていなかった。雪もよく降るようで、そんな中では危険ということで発案されなかったのだろうか。
「お城のパーティーのときと同じくらい、食べ物の種類が多いね」
テルトが食べているのは、ワカサギみたいな小魚の酢漬け。それにミートローフもキープしていた。
それを見つめるリン。
「ミートローフ、どこにあったの?」
「あっち」
テルトが指した方に去っていくリン。
まだお皿にとり肉が残ってるのに、もう追加しに行くのか。
今日は神官衣ではなく、わたしたちと同じくパーティードレスに身を包んだニャンコがやってくる。
「ナンバー〇〇一は、まだいらっしゃらないようですね」
ニャンコの言葉に周りを改めてみると、そうらしい。
列席者は、あちこりで小さな集まりを作り、おしゃべりをしていた。もし、ナンバー〇〇一が現れていれば、人だかりが出来ているであろう。
「わたしたちを呼んだからには、何か用があるとも思ったが、何だろうな?」
エシュリーはわたしの横で、プチタルトをほおばっていた。キッシュみたいなものかな?
いくつもキープしてるので、魚卵の乗っているやつを一つ摘まませてもらう。
「おい!?」
ふむ、中身はクリーミーだ。魚肉も入っていてなかなかうまい。
「怒らないの。こっちの分けてあげるから」
平べったい肉団子のような料理を少し分けてやった。
「うむ」
それを口に運んだエシュリーが笑顔になる。単純で可愛い奴だ。
「みえられましたね」
ニャンコの声に顔を上げると、今回の主役であるナンバー〇〇一が数人の信者を引き連れて来ていた。
周囲に人の流れが発生し、みながナンバー〇〇一へと引き付けられていく。
「あれでは話しを出来そうに無いな」
エシュリーが嘆息する。
こちらが特別な用も無いし、無理して人の波に入りたくはないな。人の持っている料理でドレスが汚れるかもしれないし。
「御用があるのなら、向こうからアプローチがあると思いますよ?」
アリスは至ってマイペースだ。
カクテルグラスに口をつける仕草もサマになっている。
「エシュリー、デザート取りに行こう」
「うむ」
テルトとエシュリーのお子様ペアが、デザートのテーブルへと行ってしまった。
みな実に自由である。
「神さま来たんだ」
「お帰りリン。って、それ何?」
「ベーコン」
厚さが一センチ以上もある分厚いベーコンステーキである。立食パーティーにそんなのあるんだ。
肉汁でドレスが汚れそうなので、ちょっと距離を開ける。
「あら? わたしとくっつきたいの?」
移動した方にいたアリスが笑顔を向けてきた。
「微笑ましいですね」
「アリス、ニャンコ、違うって」
そんなことをやっている間に、神官服を着た知らない顔が近付いてきた。
わたしの方を向き、一直線だ。
「ニャンコ様御一行でしょうか?」
「えっと、はい、ニャンコはわたしですが」
少し慌てたような様子のニャンコ。
「ナンバー〇〇一よりご伝言です。後ほど、五階の執務室に来て頂きたいとのことです」
「はい、みなで行かせて頂きます」
「それでは、失礼」
言伝を終えると、そのまま帰って行ってしまった。
アリスがほくそ笑む。
「六人もの女性を相手にしようとはなんという」
「そのネタはもうやめなさい」
ナンバー〇〇一が退席した後、デザートを食いまくって執務室へと向かう。
「ううう、ぎぼじわるい」
「エシュリー、大丈夫?」
確かに、ビュッフェ後の階段上りはきついよねー。
背中に背負ってやった。前にもこんなことあったな。
「また背中で吐かないでね」
「大丈夫」
「吐いたことあるの?」
アリスとリンが不思議そうな顔をしてくる。当時は二人ともいなかったからな。
「食後に動いて吐いたの」
「わたしの名誉のため、もう少し具体的に説明することを所望する」
エシュリーは案外元気そうだった。
執務室には、ナンバー〇〇一だけがいた。
「みなさん、お美しいですね。ドレスがとてもお似合いですよ」
「やめて! わたしのモナカをそんないやらしい目で見ないで」
「おい」
アリスの頭に軽く手刀を当ててやった。
「へう」
変な声が出てきた。
そんなやり取りの中、ナンバー〇〇一は笑顔を崩さない。
「近々旅立たれるようですね」
「ええまあ、明日はのんびりして、翌日には出ようかなと思っていました。あなたの予言もありましたので」
「今晩みなさんをこちらに呼んだのは、予言した災厄について新たな未来が見えたからなのです」
みなでナンバー〇〇一の次の言葉を待つ。
「今から二十七日後、シャルハルバナルの首都に災厄が訪れる。それはみなさんにお伝えしましたね」
ナンバー〇〇一はナゼかリンに視線を向けた。
「えっと、わたし?」
自分が対象とされるとは思わなかったのだろう、ちょっと驚いているようだ。
「リンさん、でしたね。あなたは自分の夢のために全力を出して頂ければ良い」
「え? この国の首都で?」
リンの夢って確か強くなることだったけど、何か関係があるのか?
リンも頭にはてなマークが浮かんでいるようだ。
「わが信徒たるニャンコよ」
「は、はい!」
ニャンコが姿勢を正して固まる。
「絶対に悲嘆しないように」
ニャンコは、ナンバー〇〇一の目を真っすぐに見据える。
「悲嘆するようなことが起きるということですね。わかりました。試練として受け止められるよう、心の準備をしておきます」
その答えに満足したか、ナンバー〇〇一は笑顔でうなずく。
「女神エシュリー、モナカさん」
「二人セットなのか」
「わたしも特別扱いしてほしいものだ」
エシュリーのふんぞり返った態度に、ナンバー〇〇一は苦笑を浮かべた。
「とりあえず、片っ端からぶっ壊して下さい」
拳を上げるナンバー〇〇一。
「かなーり雑ですね」
「壊す相手はお任せします。ただ、イルミナルは良くない奴です」
まったく任せて無いな。めっちゃ指定してるじゃん。
「イルミナルを討つのですか?」
ニャンコの声がこわばっている。
ニャンコにとっては、もう一人の大切な信仰対象なのだ。
「今の制度は極端すぎると思っております」
「そうですか……」
制度が何か分からなかったが、ニャンコはうつむいてしまった。
「女の子は、もっと大切にしなきゃ、ダメですよ」
アリスがニャンコを抱き寄せた。
「これは済まない。なかなか、優しい言い方というのが難しくてね」
アリスに頭を下げるナンバー〇〇一。
神様に頭を下げさせるとは、凄い子である。
「わたしとかには、助言無いの?」
テルトが前へ乗り出す。
「テルトさんと、アリスさんには女神エシュリーのサポートをお願いしたい。あと、みなさんにはリンさんの好きにやらせてあげて下さい」
「うーん、またわたしかー。なんだろ?」
リン、影の主役なのか?
「ナンバー〇〇一よ、それは依頼となるのか? ならば報酬も欲しいのだが」
うちの女神さまは、ナンバー〇〇一よりもよほど俗物的であらせられる。
エシュリーの差し出した手に、ナンバー〇〇一がやんわりと自身の手を重ねた。
「すべてが終われば、莫大な報酬が約束されます」
「うーん、抽象的だな。具体的には?」
「すべてが終われば分かります」
結局抽象的だった。
話はそれですべてなようで、わたしたちはホテルへと戻った。
二日後、スピーダーに乗り、首都へと向かうことに。
街から出る時、まさかナンバー〇〇一が見送りに来ないよなと思ったが、やっぱりいなかった。
首都でなにがあるんだろう?




