第四十五話 ナンバー〇〇一
雪が降っているわけでは無いけど、冷たく硬質な空気が支配するその道を、六人ひとかたまりになって歩いている。
最初は寒さから、腕を抱いて縮こまっていたけれど、歩いていて多少体も温まったせいか、みな背筋をまっすぐ上げて腕を振り、普通の歩みを見せていた。
その歩みの先にあるのが、見上げるほどに巨大な建造物、大聖堂である。
ニャンコが予約に行ったら、どういうわけか、他の予約者を差し置いて、わたしたちの順番が翌日に設定されていたという。
「ナンバー〇〇一は、予知の力もあると言われております。未来のわたしたちの姿を見られたのではないかと思いますが」
ニャンコが先頭になって、進んでいる。
大聖堂は目の前にあるので先導されなくても問題は無いのだけど、気がはやっているのか、その歩みが少し早いものになっていた。
「単なる観光で来てるだけなのに、なんで早く会ってくれるのかな?」
「うむ、同じ神同士、どちらが上か早くハッキリさせたいのだろう」
「いや、エシュリー勝負になるの?」
「うむ、わたしの圧倒的なカリスマに対し、なすすべもなく打ち倒されるのであろう」
「いや、逆だし」
エシュリーはなんで自信満々で無謀なことを言うのだろう。
ナンバー〇〇一は、あんな巨大な大聖堂にいて、国中の信者に崇拝されているというのに。
「可愛いモナカに会ってみたいんじゃない?」
「ナンバー〇〇一は女好きなのか?」
「いえ、そんなことはないかと思いますが……」
アリスの提案にニャンコが顔を引きつらせる。
「宗教のお偉いさんって、裏でワイロ受け取ったり、浮気とかセクハラしたり、スキャンダルまみれな印象だけど」
「モナカさんの地元はどんな暗黒街だったんですか!」
うーん、偏見だったのだろうか?
「写真機持ってくればよかったかなー」
リンのつぶやきにふと気付く。
そういえば各地を巡っているのに写真とかまったく撮ってないや。持ってすらいないけど。
異世界にいると思うと、ついつい中世ヨーロッパの世界観というので考えてしまうな。
「モナカの考えてること、当ててみようか?」
テルトが突然、笑みを浮かべて言ってきた。
「なに?」
「みんなの裸の写真が欲しいなって」
「こらテルト! そんなこと考えて無いわ! お子様が何を言ってるんだ!」
テルトは笑いながらリンの後ろに隠れてしまった。
なんというませたガキだ。
「確かに! モナカの写真は欲しい!」
「アリスも何を便乗している」
「けど、記念撮影ぐらいしたいよね。あとで買いに行こうよ」
「テルト、わたしは魔法技師だ。買わずに凄い奴造ってやる」
「おおリンすごーい、どんなの?」
「防水小型で暗視機能付き、シャッター音の無い奴だ」
リン……その仕様だと、犯罪臭が凄いんだけど……
話している間に大聖堂へと到着した。
交通整理をしているおじちゃんに導かれて、中へと入る。
中へ入ると、風が無い分いくぶん温かく感じる。
そこは巨大なホールになっていて、床は磨かれた大理石のような素材。壁などに意匠が凝らされた造りになっていて、正面に開かれた巨大な扉があった。
中を覗いてみると、巨大な礼拝堂になっていた。キリスト教の礼拝堂と同じく、左右に長イスが配置され、中央奥に祭壇が、その奥に巨大な彫刻が鎮座していた。ナンバー〇〇一の御神体かな?
今回は礼拝堂には用は無い。受付に行き、ニャンコが名前を伝えると、すぐに係の人が案内をしてくれた。
後ろの待合席に大勢の人がいるのに先に行けるというのは、特別感があって凄い優越感だ。
ちなみに、大聖堂に入ってから、みな辺りを見回して「すごーい」などと小さくつぶやくのみで、私語はあまり口に出していない。
教会とか神社とか、建屋に入るとなんか声が小さくなっちゃうよね。なんか悪いことみたいに感じて。
係の人に案内されて、五階まで上がり、奥へ奥へと歩いて行く。
今更ながらにデカい建物だ。建物内でこんなに歩いたのは、アリスのお城以来である。
「こちらになります」
係の人が示した扉は、他のものと変わらず特別感は感じられなかった。
彼女が扉を叩き確認をする。
「どうぞ」
中から男性の声が聞こえた。
どう説明したらいいのか、低くも無く高くも無い、普通の男性の声といったところか。
係の人がためらいなく扉を開けた。
中は領主の館などにある執務室のような造りで、対して広くも無い。大聖堂のたたずまいからは想像できない程質素である。
奥の机に、男性が一人。
写真で見た通りの人物、ナンバー〇〇一だ。
「失礼いたします」
ニャンコが一礼して部屋へと入る。
わたしたちもそれにならった。
「みなさん初めまして、わたしがこの国の神、 ナンバー〇〇一です。お見知りおきを」
ナンバー〇〇一が、わたしたちに一礼をしてくれた。
わたしたちも一礼を返す。
「今日はご多忙な中、御身にお会いする機会を頂き、感嘆の念を禁じえません」
入室後の改めてのニャンコの礼に、ナンバー〇〇一は手で制す。
「かしこまらずに、自然体で構いませんよ。わたしも、あなた方にお会いしたかったのですから」
自然な笑みを浮かべて、こちらへと歩み寄るナンバー〇〇一。
「うむ、対等な立場である以上、礼は不要だな」
「エシュリーはもう少し礼を重んじてもいいと思うの」
ナンバー〇〇一にうながされ、わたしたちは席に付いた。
本人も、わたしたちの向かいに座る。
「あ、あの、ナンバー〇〇一ですよね、わたくし、ニャンコと申します。東南にあるペルシエルシマ出身です。……本当に、お会いできるなんて……毎日、欠かさずお祈りしています」
ニャンコが前のめりになって、たどたどしく言葉を紡いだ。
出身の街の名前を初めて聞いたけど、やっぱり複雑な名前だ。帰るころには忘れている自信がある。
「ありがとう。信者一人一人の信仰が、わたしの助け、シャルハルバナルの助けになっている」
「そう言って頂けると、感無量です」
両手を胸の前で組、今にも感動で涙を流しそうなニャンコである。
わたしも信者だし、何か言った方がいいかな?
「えっと、モナカです。わたしも信者なのでよろしく」
「モナカ、それエシュリー並みに酷いあいさつだぞ」
「おいこらテルト、エシュリー並みってどんな基準だ!」
テルトにつかみかかるエシュリー。それをニャンコが慌てて止めに入っていた。
うーむ、エシュリー並みか、気を付けないと。
ナンバー〇〇一を見ると、顔が笑っていた。
「それくらいでいいですよ。かしこまり過ぎると、話が進みませんし」
うむ、良かったようである。
仕切り直して、他の四人も簡単に自己紹介を済ませた。
「わたしが未来を見れるという話を聞いていると思いますが、それは夢の中で抽象的なイメージとして見えるだけで、細かいことは分かりません」
ナンバー〇〇一はわたしたち全員の顔を見回した。
「イメージでは、お美しい少女たちがわたしに会いに来られると言うものでしたが、確かに、その通りの方たちでしたね」
「つまり、美少女をはべらしたかったんですか?」
リンの言葉に ナンバー〇〇一が盛大に吹いた。
「違います! いや確かに可愛い女性と会うのは好きではありますが」
「好きなのか」
「ああ、わたしの中の ナンバー〇〇一のイメージが……」
ニャンコが顔を覆ってくずおれているが、まあがんばれ。
「まあ、仕方ないんじゃない? わたしだって、モナカたちと会えるなら国を捨ててでもって思いますし」
「国は大事にしましょう、アリスさん」
アリスは第二王女だけど、もし女王になる機会があったら、国が大変である。
「えー、それはともかく――」
「うむ、どちらが上かハッキリさせようということか――うわああっ!」
ナンバー〇〇一の言葉を遮り、いきなりな挑発を始めたエシュリーを引っ張り、抱き寄せた。
「この子、こー見えて神様なんですよ。変なこと言っててごめんなさいね」
エシュリーが、もがいてわたしから抜け出ようとするが、そうはさせじと、全力で押さえ付けてやる。
こうしてじっと見ると、エシュリーの髪って、めっちゃ艶があって枝毛もアホ毛も無いな。超美少女なわたしと同じくらいにキレイかも。
「存じておりますよ、女神エシュリー」
「えええええーっ!?」
ナンバー〇〇一の発言に、テルト以外のみんなが驚きの声を上げた。
「ほ、本当に神様だったんだ……」
「リン、その発言はどーいうことだ! 何度か言ったはずだぞ!」
「いや、だって……」
「ねー」
アリスとリンがうなずき合っている。
「神格としては下級神とかでしょうか?」
「ニャンコよ、真顔でさらっと酷いことを言うな」
エシュリー、散々である。
「女神エシュリー、あなたに伝えたいことがある」
「ほう、言ってみるがいい」
「首都に観光に行くといいでしょう」
なんだそりゃ?
「えっとー、わたしたち、ここの観光が終わったら首都へも行く予定ですが」
「それは素晴らしい。首都にはイルミナルもあり、見どころが多いですよ」
神様というより、観光協会の担当者みたいな意見だな。
「首都でなにかあるということでしょうか?」
ニャンコが恐る恐る聞いている。
ナンバー〇〇一は、ニャンコではなく、わたしたち全員を見て告げる。
「みなさんにもお願いいたしましょう。一月後に、首都に災厄が訪れます。それを救えるのは皆さんだけなのです」
ナンバー〇〇一の口調は至って軽いけど、言ってる内容は全然軽くない。
「災厄ですか!? もしや巨人たちの大侵略があるとか!?」
「巨人たちの侵略は二日後にありますが、それではありません。そちらはわたしが対処いたしましょう」
巨人たちとは別のものなのか。なんだろう?
「巨人たちの進行とかも、予言?」
「いえ、我が国の軍部からの報告です」
なんか一気に世俗的になっちゃった。
「二日後に国境の砦で迎え撃ちます。よろしかったら見学されますか?」
「観光に来たんだけどなー」
「いいじゃん、モナカ、神様がどうやって戦うか興味あるし、見に行こうよ」
「リンがそう言うなら、行こうかな」
「えええええーっ、モナカがリンに浮気したー!」
「なんで浮気になるんだー!」
アリスがだんだんとわたしに依存してきている気がする……
「巨人が災厄で無いとしたら、どのようなことが災厄なのでしょうか?」
気楽なわたしたちとは対照的に不安顔のニャンコ。まあ、自分の国だからしょうがないよね。
「複数の災厄が我が国に襲い掛かるとだけ、言っておきましょう。そしてニャンコさん、決して希望を失わないように。わたしに対してもイルミナルに対しても」
「はい、ありがとうございます」
うーん、抽象的な話だったけど、ニャンコは納得したかな?
「まあ、ニャンコ、わたしたちも協力するから。魔王だって倒したことあるんだし」
「そうですよね、みなさんなら大抵のことは大丈夫ですし、首都ならイルミナルの力がありますし」
少しは落ち着いてくれたかな?
わたしに抱かれているエシュリーがナンバー〇〇一に声を掛ける。
「ナンバー〇〇一よ、一つ聞きたいが、お前とイルミナルの関係はどうなんだ?」
ナンバー〇〇一は一瞬、虚を突かれたような表情を見せたが、ため息一つ。
「イルミナルは、やり過ぎだと思っております」
「そうか」
何のことか分からないけど、二人の間で会話は成立しているみたいだ。
巨人との戦いの後にまた会おうと約束され、面会は終わった。
結局、予言ぽいことはしているみたいだけど、神様っぽくは見えなかったなー。




